こちら、異世界転生総合窓口です。

椿 千

こちら、異世界転生総合窓口です。

目が覚めたら、そこは知らない場所でした。


そんなありがちなセリフが自分の頭に浮かぶことがあるなんて・・・・・・と、どこか現実逃避しながら青年は周囲を見渡した。

まるで雲の上のような、現実味のない真っ白な世界。ふわふわとしてそうな地面は、触ってみれば土のような感触でとりあえず床が抜け落ちることは無いのだと、ほっとした。

「って、そうじゃなくて!」

他にもっと気にすることがあるだろう!とセルフツッコミをしながら青年はもう一度周囲を見渡した。

先程まで自分はいつも通り出勤するために家を出て慣れた道を車で通っていたはずなのに、気付けばこんな所に立っていた。一体ここはどこなのか?

そもそも日本でもなさそうだし、その前にどうやってこんな所に来たのか。

キョロキョロと辺りを見渡しながら、何か目印や特徴的なものはないかと探していれば、ふと背後から足音ともに子供のような声が聞こえてきた。

「目が覚めました?」

「っ!ここは、俺・・・・・・」

人がいたことに驚きながらも振り返れば、そこには髪から服まで全身真っ白な格好の少年?少女?が立っていた。

そのあまりにも全身真っ白という現実離れした容姿に驚きはしたが、一先ず誰がいたことにほっとしながら、ここはどこなのかと聞こうとした。だが、それを聞く前に少年(だと思う)は自分を見上げて端的に告げた。

「あなたは先程死にました」

「・・・・・・はい?」


今、なんて・・・・・・?


「だから、あなたは先程死んだんです。事故で」

信号無視のトラックと衝突して、即死でした。


「し、んだ・・・?」

「はい」

死んだ人間に対する配慮などなく事実だけを述べるように告げた少年は、衝撃で固まる自分に気付いていないのか淡々と言葉を紡いでいく。

「ということで、次の転生先へとご案内させていただきます」

この道を真っ直ぐ進んだ先に〜・・・と何事も無かったかのように事務的に説明を続ける少年に気付けばちょっと待て!!と叫んでいた。

「なにが、ということで?!展開早くないか?!もっと説明とか!他に言うことあるだろ?!事故で即死って・・・・・・じゃぁ俺はあのあと死んだのか?仕事は?家族は?というか、そもそも普通もっと死者に対して優しく接してくれるものでは無いのか?!思いやりや慈悲の気持ちは?!」

思わずそう叫んだが、少年は表情を変えることなく、むしろめんどくさそうにため息を吐かれた。

え、傷つくんですけど・・・。

「時間ないんですよねぇ〜、こっちも色々忙しくて。それにいちいち死者の話相手をしていたらキリがありませんよ。毎日のように貴方みたいな人が来るんですから。そもそも終わった人生を僕相手に嘆かれたところで僕はただの下っ端でしかないんで、どうにも出来ないし。むしろ泣き喚かれても迷惑なんでやめてくださいね。死んだのは運が悪かったと割り切るしかないので。もしくはそういう運命だったと思ってください。・・・・・・はいっ、という事でとりあえず詳しいことと、あなたの案内はあっちで聞いてくれたらいいですから。さぁ、行った行った」

「は、はぁ・・・・・・」

先程のやる気なさそうな態度とは違い一気にそう捲し立てた少年の勢いと、それ以上聞いてくるな、という圧を感じて小心者の自分はそれ以上聞くことは出来ず、大人しく言われるがままに少年が指さす先に向かうしかなかった。


一体なんなんだ、ここは!


入れたとおりに歩くが相変わらず視界は白一色で、理解が出来ない状態にもんもんとした気持ちを抱えながらもとりあえず進無しかないので足を動かした。そうしていればしばらくして見慣れた日本語の案内看板が目に入った。


これでようやく話が出来る人に会える!


そう安堵しかけたのだが、その文字を読んでますますここがどこなのか分からなくなってしまった。


『異世界転生総合窓口はこの先50メートル』


「いせかい、てんせい・・・・・・」

あ、やっぱりそういう展開なんだ、と納得しかけたのは一瞬でその後に続いている総合窓口という文字に首を捻るはめになった。

そもそもここはどこなのか。死んだってことは天界?冥界?天国?地獄??つまりあの世・・・・・・?

「結局、どこなんだよ・・・・・・ここは」

何も説明がないままここへ行けと言われたが歩いても、歩いても変化もない何もない場所に、その後どうすればいいのだと頭を抱える。だがもう一度周りをよく見れば、役所にある窓口のようなものがその奥にあることに気づいた。

「・・・・・・あそこに行くしかないか」

それ以外、行く場所もないしな。

とりあえず従うしかない、と諦めに似た気持ちを抱きながら案内看板に従って進めば、ようやく窓口に人がいるのが見えて少しだけほっとした。

「あ、あの〜・・・」

そろそろと声を掛ければ、黒髪黒目の自分と同じ日本人らしき小柄な女性が視線に気づきこちらに向けられた。その真っ直ぐな視線にドキッとしながらも、彼女の動向を見守っていれば自分を認識した彼女はパチリ、と大きな目を瞬かせるとすぐにふわっと微笑みかけてきた。

あ、優しそうな人・・・・・・。

「異世界転生初めての方ですね?」

「は、はい」

むしろ初めてじゃない人がいるのか?なんてツッコミは野暮なので心の中に閉まっておきながら頷けば、彼女はにこにことした笑みを浮かべてくれる。

「お待ちしてました」

どうぞこちらに、と言われ一先ず受付のようなカウンターの前に座れば先程の女性が用紙を差し出してくるのを反射的に受け取った。

「とりあえず、こちらに記入をお願いします」

「はぁ・・・・・・」

なんだか本当に役所みたいだな、と思いながら備え付けのペンを持ち、渡された用紙を眺めた。


えっと・・・・・・名前、生年月日に学歴と職歴、特技・・・・・・。


そこには自分の名前や職業などが書く欄があり、履歴書のような様式になっていたが、どうしてこれを書く必要があるのか分からず、また書いたあとどうなるのか不安でなかなか手が動かない。それをどう捉えたのか、受付の女性は「分からないところでもありました?」と問いかけてくる。

「いえ、あの・・・あなたは・・・・・・」


誰ですか?そしてここはどこですか?


ようやく口に出来た問いに、彼女は合点がいったというように頷いた。

「申し遅れました。私、異世界転生総合窓口担当をしています佐藤華子と言います」

「あの、ここは・・・・・・」

佐藤華子と、名乗った彼女はここに来る前に誰かに会わなかったか?と聞くので、少年に会ったと答えると不思議そうな顔をされた。

「天使に話を聞きませんでしたか?」

「事故で死んだ、としか・・・・・・」

というかあの子天使だったのな、と思いながらもあとはこっちで聞けと言われたのだと、その時の様子を伝えれば目の前の彼女から舌打ちが聞こえてきた。


え?俺にじゃないよね??


可愛い女の人に舌打ちされるのはかなり心にくるものがあるが、すぐに笑顔になったかと思うと丁寧に謝罪された。

「それは失礼致しました。まずはそちらの説明からですね」

「は、はい」

お願いします!

「ある程度予想はついているかと思いますが、ここは死後の世界、来世との狭間、魂の集まる場所になります」

そう流暢に説明し始めた彼女の言葉に、やはり薄々感じていたが本当に自分は死んだのだと改めて実感させられた。だが悲観する暇など与えてくれず、さらさらと説明を続ける彼女に、その内容を理解するので精一杯なのは今の自分の精神的にある意味有難いことなのかもしれない。

「ここに来る魂はある条件を満たしたもの、ある適性を持ったものが集まる場所となります」

「条件、ですか?」

「はい」

つまり自分もその条件を満たしたからここへ連れてこられたということになるが、平凡な自分に突出したものなどなく一体どんな条件なのだと少し気になった。だが一先ず説明が終わるのを待ってから聞くほうがいいだろうと思い、開きかけた口を噤んだ。

「魂というものはリサイクルされます。これが輪廻転生であり、人は死後に魂の記憶をリセットし新しい人生を歩むことになるのですが大抵の場合は同じ世界に新しい生命として誕生します」

そのあたりはなんとなくだが理解ができたので、頷けば彼女はピッと指を一本立て中には例外もあるのだと告げた。

「ごく稀に別世界へと魂が渡り、新しい生を送ることがあるのです」


これが異世界転生です。


「そしてここは、そんな異世界転生する為に相応しい魂が集められる場所であり、案内所になります」

「あつめ、られる・・・・・・?」

「はい、神様によって選定された魂がこちらにおくられてくるのです」


そして再び神様によって、その魂に相応しい新しい世界へと送られるのです。


「私はそのサポートをさせていただいております」

あくまで、どの世界に転生するか最終的には神様が決めるのであり、自分はその人に合った世界を選ぶ為のサポートなのだと彼女はこの場所の説明を締め括った。

なんとなくではあるが、彼女の言ったことは理解できたと思う。

自分は死んで、異世界転生するためにここに集められた魂の一つなのだと。そしてこれからその行き先を案内され、新しい世界で生きるのだと。だからこそ、余計に先程の疑問が浮かぶのだ。

「あの・・・」

「はい、どうしました?」

「なぜ自分は選ばれたのでしょうか?その、条件っていうのは・・・・・・」

ある条件を満たしたものと彼女は言ったが、そんなもの自分には何一つないように思う。ごくごく平凡に暮らしてきた、平凡な人生を歩んできた自分に自慢できるようなことは無いし、適性に関しても同じだ。だけどそんな自分に対して、彼女・・・・・・佐藤さんはさらりと知らないと言う。


え、知らないの?!受付なのに?!


「先程も言いましたが、私はただのサポートです。最終的に決めるのは神様であり、ここに呼ぶ魂を選ぶのも神様ですよ」

神様の考えていることなんて、私には分かりませんよ、とあっさりと告げた佐藤さんはペンを向けてそろそろ記入を、と促してくる。

「いつあとの人が来るか分かりませんのでサクサクお願いしますね」

これでも結構忙しいのだと語る佐藤さんに、聞きたいことはまだあったがとりあえず言われた通り渡された用紙を記入することにした。

記入しなければどのみち前に進むことも出来ないのだから。それに死んだと聞かされているので、ここにずっといるわけにもいかないだろう。異世界転生先がどんな世界になるのか分からないが、なんとなく彼女がサポートしてくれるのならすぐには死ぬような悲惨な人生にはならないような気もしたから。

それから数分かけて、履歴書のようなものを記入して渡せば彼女はそれをしっかり確認しながら、なにかメモを書き始めた。

「ふむふむ、なるほど・・・・・・スポーツの経験があると」

「部活程度ですが」

「学力は専門学校卒業されていますから問題ないですね。あと、趣味は・・・・・・お菓子作り?」

「よく似合わないと言われますが、職業がパティシエなもので」

初めて会った人にそれを言えば必ず驚かれ、昔からの友人も料理の道に進むと話した時は散々似合わないと言われたものだ。特にパティシエになったと告げた時の親友の顔は見ものだった。だが作ったケーキを一番美味しいと言ってくれたのもの親友で、意外と甘いもの好きなアイツがうまい!と喜ぶ顔が好きだった。

それに似合わないと言われても、自分の作ったケーキを嬉しそうに買って帰る人の姿を見ると、とても胸が温かくなり、もっと頑張ろうと思えた。

それももう見ることが出来ないのだと思うと、悲しくなる。

「ご希望はありますか?」

「希望、ですか」

「はい。最近多いのは前世の記憶を覚えていたいとか、能力チートで〜とかですね。もちろん適性がありますので、全て通るとは限りませんが」

だから佐藤さんにそう言われた時、浮かんだのは一つだった。

「・・・・・・お菓子を、作って暮らせたら。あとは普通に平凡に暮らせたらそれで」

前の時は出来なかったパティシエとして自分の店をもち、お菓子を作って暮らしたい。あとは普通に過ごせたらそれでいい。

だからそう伝えれば、佐藤さんはふわりと今までで一番綺麗な柔らかな笑みを浮かべて答えてくれた。

「わかりました、そのように神様に伝えておきますね」

それはあなたでよかったと言っているようにも聞こえたが、その本当の意味は分からない。ただ彼女ならきちんと自分の来世への案内をしてくれるだろという謎の安心感が胸を満たし不安が薄れた。

そして少しの間、なにやらパソコンらしきものに向かっていた佐藤さんは番号札のようなものを差し出してきた。

「ではあなたは番号3番と書かれている門へどうぞ」


これを持っていってくださいね。


そう言って渡された金色の箔押しがされている用紙には3、と数字が書いてありこれで次の人生が決まるのかぁ、と思うと少し不思議な気分だった。

だけど意外なことに、ここに来た当初のような不安はなく落ち着いていた。だからこそ、こんなことを言い出したのだろう。

「あの・・・・・・」

「はい、なんでしょうか」

「その、最後に質問してもいいですか?」

きっともう彼女に会うことも、ここで話すこともないだろうから。

「私が答えられる限りのことであれば」

どうぞ、と促す彼女に初めて会った時から思っていたことを口にした。

「なんであなたはこんなことしてるんですか?」

異世界転生の窓口案内なんて、聞いたこともない。その前に彼女は初めに会った天使とも違い、自分と同じ日本人のように感じたから余計に。

それを感じ取ったのか、彼女はふふっとにこやかに笑って答えた。

「なんとなく察しているかと思いますが、私も元々あなたと同じようにここにやって来た一人だったんですよ」

「え?!やっぱりそうなんですか?!」

「はい」

やはり予想していたように彼女も自分と同じだった。それならなぜここに留まっているのかという疑問も浮かんだが。

「でも、なんというかここのあまりにもずさんな・・・というかテキトーすぎる管理体制に危機感を覚えたと言いますか・・・・・・」

「ずさん?」

どういう意味だ?と首を捻れば彼女は質問を投げかけてきた。

「神様が自分の世界に転生される時、どんな基準で魂を選ぶと思います?」

基準・・・・・・?

「え、っと・・・それは、その、その人の能力に合った世界にじゃないんですか?」

「まぁ、普通の感覚の人ならそう思いますよねぇ〜」

受付が終わったからか、先程よりものんびりとした口調で答える。多分それが彼女の素なのだろう。

違うのだろうか?と考えていれば、彼女はもっと感覚的なものだと言う。

「つまり?」

「ぶっちゃけ見た目とか、神様の直感です」

最後のはともかく、見た目って・・・・・・それでいいのか神様よ。

「それが通るのが神様なんですよね」

「でも、見た目で選ぶって神様の好みってことですよね」

「正直、転生先のチョイスなんて神様の好みなんで、ただの人がどうこう言うことではないんですけど、ただ・・・・・・」

「ただ?」

「・・・・・・これはある世界の話です」

「はい」

「とあるイケメンが、神様の好みで選ばれた転生先で勇者になりました」

「はい」

「ここで大抵の物語通りですと、そのイケメンが持つ前世の記憶なんていうチート能力でチート勇者として活躍し、世界を救い最終的に平和な世界で幸せに過ごしましたというのがセオリーです」

「よくある話ですね」

俺も生前よく読んでたなぁ、そんな話。そして大抵イケメン勇者には可愛い女の子が周りにいっぱいいる。

「そうです。確かに可愛い女の子周りにいっぱいいるのは同じです、が!!」

え、俺声に出した?なんて聞く前に彼女の目がカッと見開かれた。

今までほんわか受付のお姉さんオーラだった彼女の豹変にどうした?!と思いながらも口を開けない状況に続きを待つ。

「その男は自分の顔を最大限に使いハーレムを築き上げました」

「えっと、勇者としては・・・・・・」

「成人の義で勇者として認められたものの、真面目に鍛錬することもせず、神様から与えられたチート能力としての前世の記憶も彼には上手く使い切ることも出来ず、まぁ簡単に言えば名ばかりのバカ勇者の誕生ですよね」

顔は良くても、中身は偏差値低い馬鹿な上に前世の知識も役に立たない、いや知識を使えなかったのだ。使えるほどの頭もなかったせいで。

そして出来上がったのが女性に養われて生活するダメダメニートのクズ勇者だ。むしろ勇者の仕事を放棄しているので勇者ですらない。

そうハッキリと告げる声に、彼女の言いたいことが分かりその先を想像して頬が引き攣った。

「うわぁ・・・・・・」

「その結果、その世界がどうなるかなんてわかりますよね?」

顔が取り柄のバカ勇者が誕生したあとの世界なんてロクな世界ではないだろう。

「そんな世界に尻拭いの為新しい勇者として転生してくれって言われたらどうします?」

「絶対イヤです!!」

ですよね〜と返されて思わず何度も首を縦に振った。


そんな世界で勇者とか嫌すぎる!!


「今話したのはそういった事の一部で、他にも生前苦労した女の子を可哀想だったから次の世界では裕福な家庭に転生させてあげようとした神様の優しさが逆に働いてしまい暴君に育ったり、大聖女になるはずの女性が中身クソビッチで人の婚約者を寝取ったり、本来王様になるはずの青年が神様の選択ミスで早々に命を落としたり、と。まぁ、こんなことがそれなりの確率で起きたわけです」


宝くじの一番下が当たるくらいの率ですね。


「いやな当選率だな!!」

そんなの当選しても嬉しくもない!というか本当にずさん過ぎではないか、神様よ。

「そういうことが続いている時に、たまたま私がこの世界に来まして・・・その現状を偶然見てしまったんですよね」

その時のことを思い出したのか、遠い目をする彼女が言うには、明らかに頭の悪そうなギャルが転生先で聖女となるのだと神様から告げられているのを見たそうで、絶対その世界に転生などするものか!と彼女は心に決めたそうだ。

オマケに神様からGIFTとして前世の記憶を受け継ぎ世界を発展させるためにその知識を使いなさい、と言われているのも聞いて、九九もできないギャルに何が出来るのだと思ったとも。

「私は別に世界を救いたいとか、そんな大層なことを思ってここにいるわけではないですけど、それでも自分があんな世界に転生されるのかもしれないと思うと・・・・・・っ!」

ぶるりと身を震わせる佐藤さんは、本当に嫌そうに顔を歪めている。

まぁ、自分も同じ場面に遭遇したら絶対はい!なんて素直には頷けないだろうが。でも、ここは神様の世界でただの人間である自分や佐藤さんがNOと言ったところですんなりと通るとは思えないのだけど。

だけどそんな疑問も、彼女の次の言葉で解決した。

「それで駄々を捏ねている時に、これまた偶然ハデス様にお会いしたんです」

「ハデス、さま?」

「冥界の王ですよ」

新しい人物の名前に首をかしげれば、そう教えてくれた。

「神様が適当に転生先を選んだ結果、ハデス様の元に来る人が急増したみたいで、その文句を言いにいらしてたんです」

冥界の王であるハデス様とやらは、いわゆる死者の世界を管理する人で通常死んだ人間はそちらの冥界に落ちて裁判を受けるらしい。その後に天国もしくは地獄へと判決を下す役目をハデス様が担っているのだと。

つまり日本で言う所の閻魔大王か!と思っていれば微妙に違いますけどね、と苦笑された。

「ハデス様は元々能力が無いものが大役を持って転生する事にあまり乗り気ではなかったそうです。実際そのせいで死者が増えた冥界の調整やら裁判に追われていたみたいで、かなりご立腹されていました」

これ以上無駄に死者を増やすな!きちんとその人間の生き様や人となりを見て判断しろ、と他の神様に説教していた姿を見て、佐藤さんはすぐさまこの人だ!と思いハデス様に土下座する勢いで異世界に転生したくない!と頼み込んだそうだ。

このまま転生したところでろくな世界に飛ばされないと察したらしく、それを回避したかったのだと。

「ここに来る人は神様に選ばれた人ではありますが、その中でもその人に合った世界を選び案内することで不用意な死者を減らすことが出来るということ前職の事務能力を生かし面接や軽いテストをすれば、ある程度相手の能力の選別を行えることを説明し、その案内を私がしますと売り込んでハデス様の許可の元、私はここに滞在することを許されたのです」

なるほど、だから九九が書いてあったのだと渡された紙にいくつかあった数学や理科などの基礎問題に納得する。どれもこれも高校生以下の問題だったので、普通に答えることが出来たが、それも答えられないとなるといくら学力が全てでは無いとしても、最低限の学力が無ければ大役は難しいだろう。

「それで受付に?」

「まぁ、そういうことです」


今はハデス様の庇護の元、異世界転生総合窓口の受付という立場で、働いています。


そう締めくくった佐藤さんは、さて、とつぶやくと視線を自分の後ろへと向けた。

「そろそろ時間です」

その声に促されるように後ろを振り向けば、いつの間にか来た時とは違う新しい道が出来ており、キラキラとした粒子が舞っていた。

それがまるで自分の新しい門出を祝福しているように感じた。

きっとこの先に自分の向かうべき門があるのだろう。それだけは分かったので、お礼を伝えてそこへ向かおうとすれば、背後から佐藤さんの柔らかな声が耳に届く。

「最後に一つだけ、あくまで神様から与えられた環境とスキルをどう生かすかはあなた次第です」

この先どう生きるかも、何を成すのかも、全て決めるのは自分自身なのだと。神様に決められたからではなく、自分の意思で掴み取って欲しい、と。

それだけは忘れないで、と。

「あなたの、あなただけの人生を歩んでください」

その声に一度だけ振り返れば、彼女はとても晴れやかな顔で見送ってくれた。


「行ってらっしゃい」


行ってきます、そう心の中で応えて新しい道を一歩踏み出した。








先程まで案内していた人の姿が見えなくなるまで見送っていれば、見覚えのある姿を見つけて佐藤は表情を明るくした。

「ハデス様!」

その声にこちらに近付いてくるのは、佐藤の雇用主でもあり冥界の王であるハデス様だ。

「仕事は終わったのか?」

「はい、さっき見送ったばかりですよ」

自分よりも少し年上の男性は、話したところしっかりとした常識も知識もある人だったので、きっと転生後も変な問題は起こさないだろう。彼自身も穏やかに平凡に暮らすことを望んでいたから。


どうか彼が健やかに暮らせますように。


そう心の中で祈りながら、次に来る人もこういうひとだと楽なのになぁ、とこれまで対応した人を頭に浮かべながら思った。


あの厨二病全開の女の子は、今世では真面目に暮らしているかな・・・・・・。


少し前に対応した頭の中が花畑な女の子は、自分の話をろくに聞かずに来世はお姫様かお嬢様で乙女ゲーの世界に転生させてよね!なんて頭の悪い発言をして去っていったが、はたしてどうなっていることやら。

転生後どんな生活をしているのか、佐藤は知るすべは無いので考えたところで仕方ないのだが。

そんなことを思いながら、ひと仕事終えたばかりなのでうーーん、と伸びをすれば隣から労わるように手が伸びて、ポンポンと頭を撫でられた。


ハデス様、一応これでも私28歳ですよ?


まぁ、ハデス様に撫でられるのは嫌いでは無いのだけど少し気恥ずかしい。

「ハナコはまだ転生する気にはならないのか?」

「なりませんねぇ〜」

まだ私の頭を撫で労りながらもそんなことを言うハデス様に笑って返す。

それは本心であり、早く生まれ変わりたいなんて思っていない。確かにここに来た時はなんで死んだのだろう、生き返りたい、家族に会いたい、なんて思っていた時もあったが、仕事を与えられている今そう思うことは無い。むしろいずれは転生する身なのだと理解しているからこそ、早くどうにかなりたい、なんて気持ちは湧かなかった。

「そうか」

「それに、私がいないとハデス様が困るでしょ?」

見上げるように顔を覗き込めば、一瞬ハデスの目が見開かれたように見えた。

「・・・・・・あぁ、そうだな」

「ふふ、だからしばらくはまだ転生しませんよ〜私」

相変わらず表情が分かりずらいが、なんとなく彼の表情がわかるようになった今、本気で転生を勧めている訳では無いと知っている。そうでなければただの人でしかない自分など神に逆らえるはずもなく、もうとっくに転生先に魂を落とされているはずなのだから。

「次はどんな人が来るかなぁ〜」

「頼んだぞ、ハナコ」

「はい!」

よろしく頼む、とかすかに微笑む上司にしっかりと頷き返した。

そしてまた現れた新しい人を前に私は微笑む。


「初めまして、こちら異世界転生総合窓口です」



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こちら、異世界転生総合窓口です。 椿 千 @wagajyo

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