第4話 女王として

「――まずはわたしの力を感じてください」


 現在、私はさっそく導術を扱うべく修練を開始していた。

 最初に術を扱うための導力を引き出すことから始めていたのだ。


 自然体で立つ私の背後からイシルロス様が背中にそっと手で触れている。

 彼女が自らの導力を私に流し込み、それを私が感じることで力を認識させるつもりなのだ。


 目を閉じて背中に意識を集中させていると、次第にじんわりと触れられている部分が熱くなってくる。いや、そう感じた。

 その力がゆっくりと広がり、私の全身を包み込むような感覚がある。


「……陽だまりに包まれてる感じだ」

「さすがはアオス様です。もう感覚を掴めてきていますね。そう、その陽だまりのような熱こそ導力なのです。導力というのはすべてを照らし導く、太陽の力とも称されます」


 なるほど。確かにこれはポカポカと暖かいお日様の下に立っているような感じだな。


「そして感じるはずです。自分の中にある蕾が少しずつ開いていくのが」


 そう言われたからか、私は鳩尾らへんに蕾があるのを意識する。そこには明確に蕾をイメージすることができ、それが早送りをされているかのように花開く様子が映し出された。


 ――パァァァァ!


 蕾が弾かれるような勢いで一気に花を咲かせた直後、私の中から何かが溢れ出てくる感覚が走った。


「わっぷ!?」


 思わずその感覚に驚き目を開けると、自分の身体から山吹色の光が噴き出ていることに気づく。


「こ、これは……!?」


 魔力の輝きに似ているが、あれは青白い光を持つ。つまり魔力ではないことは明らか。


「す、凄い……! 今なら何だってできそうな気がする……!?」


 ただ山吹色の輝きを纏っているだけなのに、全身からどんどん力が溢れてくるような気がする。いや、これは錯覚ではなく実際に身体能力が跳ね上がっていた。今なら岩の塊を片手で粉砕することも容易だろう。


「それがあなたの中に眠っていた力です」


 いつの間にか目の前に立っていたイシルロス様からの言葉。


「これが……導力」


 実感できた瞬間、両目から涙が溢れ出てきた。


「私にも…………誇れる力があったんだなっ……!」


 ずっと無価値と蔑まれ、人生にも恵まれてこなかった私だったが、知らなかっただけだったのだ。私にはまだ、誰にも負けないものが残っていたのである。


 すると泣いていた私を、優しげな温もりが包み込む。気づけばイシルロス様が抱きしめていたのだ。


「……本当に、遅くなってしまい……申し訳ありません」

「っ……そんな……あなたのせいじゃ……」

「ですが、気づいてください。喜んでください。誇ってください。これが……唯一無二の、あなた様だからこそ持ち得る価値です」

「……っ!? ……あり……がとう…………ありがとう……ありがとうっ……!」


 彼女は私を導く存在だと言うが、私こそ彼女……いや、妖精さんたちに導かれている。そのお蔭で知り得た価値だ。


 本当に……本当に心の底から感謝している。


 しばらく抱きしめられたあと、精神的に良い年をしていることもあって、私は少し気恥ずかしさを覚えつつ彼女から離れた。


「では次に、導力をコントロールする術を鍛えましょう」


 彼女曰く、今は力を垂れ流しにしている状態で、言うなれば水道の蛇口を一気に捻ったまま。それを調節し、必要な時に必要な分だけを利用できるようにしなければならない。


 いくら膨大な量を有しているからといって有限であることには変わりない。どんな力も枯渇してしまえば、普通の人間と大差がなくなる。

 だからまずは力のコントロールは必須なのだ。


 これはさすがに数日はかかるだろうとイシルロス様は言った。

 実際にコントロールは難しかった。強過ぎる力は制御するにも一苦労だというのを実感する。


 それでも私は、その苦労がとても嬉しかった。

 自分の兄弟たちが、魔力のコントロールに四苦八苦していた時、それを黙って指を咥えて見ているしかなかったから。


 武術にしろ、早々と槍を扱う才が皆無だと父に見切りをつけられ、鍛錬することすら醜いと言われ禁じられていた。どうせ無駄だから、無様な姿を見せるなと。

 何もせずに、ただただ家の中にいろと。それは生きているようで、死んでいるような人生だった。


 だが私は――今日、この時、生まれ変わった。


 人生をやり直すことができるなんて普通では有り得ないだろう。

 だからこそ私は――いや、俺はここから新しくスタートしたいと思う。


 まだ『導師』なんてピンとは来ないが、妖精さんたちに期待されるのは嬉しい。

 この力で何をするのか決めてはいないが、俺は妖精さんたちのために生きていこう。彼女たちに恩返しがしたいのだ。


 私はその決意を胸に、厳しい修練を続けていったのである。



     ※



 わたしは今度こそ間に合ったことにホッと胸を撫で下ろしていた。

 今、わたしの目の前では必死に修練するアオス様が映っている。


 汗塗れになりながらも、どこか嬉しそうな顔をしている彼を見ていると心がキュッと締め付けてきた。

 これは本来、もっと前に在るべき光景だったはずなのだ。


 すべてはタイミング。こればかりは時期が悪かったとしか言えない。

 ただそんなものは言い訳だ。そのせいで彼には辛く苦しい思いをさせてしまった。


 だからこそわたしは……〝禁忌〟を犯してでも、彼を救うことに決めたのである。

 その時、不意に視線を自分の右手に向けると、その存在感が薄まり透過しているのが分かった。


「……まだ、もう少しもってください……あと少しですから」


 キッと力を込めると、右手の存在感が元に戻っていく。


 わたしは再びアオス様を見つめる。妖精たちが楽しそうに彼に声援を送っていた。中には彼の汗を拭いてあげたり、飲み水を持ってきたり、進んで彼の世話を行っている。あれほどまでに妖精に好かれる存在をわたしは知らない。


 いえ、そう言えば記憶の中に浮かぶ一人の『導師』。彼もまた今のアオス様のように、特別に思えるほどに妖精に好かれていた。

 こうして見ていると、その方の子供の頃とフラッシュバックする。


 ただ長い歴史の中で、その方を含め導師という存在は過去にもいたが、アオス様ほど非業な運命に翻弄された方はいない。

 強大な力を身に宿しながら、それに気づかない者たちによって排斥され、最期まで報われない人生を送る。


 その優しさから、ただ一つの救いだった妖精たちとの縁を切ってまで、彼は孤独を選んだ。


 ……本当に不器用な方ですね。


 だからこそ私が目覚めた時、妖精たちから彼の話を聞いて思わず運命を呪ったほどだ。

 彼こそ真に報われるべき存在だというのに……。

 故にわたしはあの力を使うことを一切躊躇はしなかった。


 そして今、彼は無価値だった自分を捨て、新しい自分へと変わっている。

 わたしはただただ、そんな彼を後押しするだけ。


 それがわたしの義務であり、償いでもある。

 妖精の女王としての役目。


 このわたしの手で、新たな導師を誕生させられたことを誇りに思う。

 それだけでわたしは救われる思いだ。


「……アオス様。頑張ってください」


 最期の最期まで、わたしはあなたの人生を祝福していますから――。



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