第3話 導師
「……は? はあ? よ、妖精さんたちを統べるって……じょ、女王……様?」
確かにそのような存在がいることは、過去に妖精さんたちに聞いたことがあった。しかし、私の傍にいた妖精さんたちも生き方を知らず、私を案内することはできなかったのだ。
ただそこは妖精さんたちだけの楽園であり、とても穏やかな時間と空間に彩られた場所だと。
だからいつか行ってみたいとは思っていたが、まさかこんなふうに辿り着けるなんて夢みたいな話だ。何故なら人間が入っていい場所ではないとも教えられていたから。
「……こ、ここが【ユエの森】で、それで……あなたが妖精さんたちの女王様だとして、何で私をここに? いや、そもそも人間を……私をここに連れてきても良かったんですか?」
妖精さんたちは穢れのない存在。純真無垢で、自然の結晶体が彼女たちだ。そんな彼女たちが住まうここは、まさに聖なる領域。負の感情を抱くような人間が近づいて穢れては大変なことだ。
私の質問に対し、イシルロス様は穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「すべてをご説明します。どうぞ最後までご清聴くださいませ」
どうやら彼女による説明が始まるようだ。
「しかしまずは謝罪させてください。あなたの意思を無視し、逆行させてしまったことについて。本当に申し訳ございませんでした」
「逆行……じゃあ、やっぱりここは過去の?」
「その通りです。本当に……何と謝罪していいやら……」
恐らくこの人はとても偉い立場にある存在だろう。私みたいな矮小な人間に頭を下げて良いような人じゃない。
「……頭を上げてください! 私は、私は逆に感謝してるんですから!」
「! ……感謝……ですか?」
「はい。……私はかつて、妖精さんたちを拒絶しました。……孤独を選び、そしてそのまま死んでいくことを望んだんです。でもそれが間違いだったことは……死ぬ間際に気づきました。もしかしてあの時、妖精さんたちを連れてきてくれたのはあなたですか?」
イシルロス様は「ええ」と首肯する。
「妖精さんたちは、死に逝く私を見ながらとても悲しそうでした。そこで理解したんです。ああ、私の独りよがりで悲しませてしまったんだなって」
「……この子たちは、あなたとずっと一緒にいたいと願っていました。本当に心から……ずっと」
「……本当にごめんなさい」
「今のこの子たちには、あの頃の記憶はありません。ですがあの子たちは一度もあなたを恨んだりはしていませんでした。それどころか一緒にいる間はとても幸せだったと。また一緒に暮らしたいと……そう願っていました」
嬉しい。そう思ってくれていたのか。でもだからこそ、本当に自分がバカだったと思う。
「だからこうしてまた妖精さんたちと過ごせる時間をくれたあなたに……私は感謝しかありません」
「……そう言って頂けるだけで救われます。ただ本来なら、このようなことになる前にあなたをココへお呼びしたかったのですが……」
「……そういえば、過去にはこんなイベント? は起きなかったですからね」
「逆行する前の人生において、今のように顔合わせができていたら、きっとあなたの人生は違ったものになっていたはずです。それもこれもわたしの目覚めが遅かったから……」
「目覚め……?」
前の人生、イシルロス様は、この時期はずっと眠りについていたのだという。
いや、女王の席はずっと空席のままだったらしい。
「空席? 一体どういう……?」
「妖精の女王は長き年月を生きます。ですが人間と同じく、歳を経る度に力も弱くなり女王としての任務を全うできなくなるのです。ですから眠りにつき、自らの時を戻す術を自身にかけるのです」
そうしてまた若く力の溢れていた時期に戻り復活を遂げる。それを何度も繰り返して、この森を守ってきたのだという。
「時間を戻す力……もしかして私に施したのも?」
「その一端によるものです」
「はぁ……女王様って物凄いんですね」
時間を操作するなんて、魔法だって有り得ないとされていることだ。つまりこれは魔法ではないということなんだろう。
「ですが時期が悪かったのです。わたしが眠りについたのは、ちょうどあなたが生まれた時。そして目覚めたのは……あなたの死期がすぐ傍まで来ていた頃だったのです」
それはまあ……何というかタイミングが悪かったようだ。
「わたしが目覚めてすぐ、この子たちに聞いたのです。……ようやくわたしたちが望んでいた者が世に現れたと。ですが……残念ながら手遅れでした」
話の流れから私のことだと思うが……。
「あ、あの……あなたたちが望んでいたというのは私のこと……ですか?」
「その通りです。わたしたち妖精一族は、ずっとあなたをお待ちしていたのです」
「「「「お~」」」」
イシルロス様の言葉に呼応するかのように、周囲の妖精さんたちが声を上げた。
「ま、待ってたって……どうしてですか? 私は妖精さんが見えるだけの平凡な人間ですよ? それに前の人生でも今でも変人扱いですし……」
しかしイシルロス様たちが揃って頭を左右に振る。
「いいえ。あなたこそ、わたしたちを導く唯一の存在――『導師』様なのです」
「ど、導……師?」
聞き慣れない言葉だ。いや、前にどこかで……。
私は思い出す。それは前の人生において読んだことのある一冊の本だ。
それは一人の少年が、妖精を楽園へと導く物語。
世界に大災害が起こり、人類がほとんど壊滅した中で、たった一人の少年が産声を上げる。
その少年は、人には見えないもの――妖精を見ることができた。
彼は妖精に頼まれるのだ。穢れた大地のせいで絶滅の危機に瀕している妖精たちが生きることができる場所を作ってほしい、と。
少年は妖精を導き、誰にも穢されることのない大地へと送り届けた。
そうして妖精からは英雄と持て囃され、彼は『妖精導師』と呼ばれるようになったのである。
ただそれはあくまでも創作物語だと当然思っていたし、『導師』なんて存在しないはずだった。
今この場でその言葉を聞くまでは……。
「私が……『導師』? 妖精を導く存在……ですか?」
「はい。しかし唐突なことで信じられないのも無理からぬこと。ですがこうして妖精の姿を見ることができ、この場に来られる事実が、あなたがそうであることを示しています」
確かに妖精は誰にも見えない。見ることができる者と会ったことはない。
「妖精と意思疎通を交わせる者こそ『導師』の証。あなたこそ、わたしたちが待ち望んできたお方なのです」
「「「「わぁ~」」」」
パチパチパチと歓迎するかのように妖精さんたちが拍手をする。
彼女たちに喜んでもらえているのは嬉しいが、正直戸惑いの方が勝ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 導けって言われてもよく分かりません! だって私は…………魔力だってないし魔法だって使えない…………私は何も持たない……無価値な人間で」
家族でさえも私を見捨てたほどの……無力な人間のはずなのだ。
「いいえ、それは違います」
「……え?」
「確かにあなたには魔力は存在しません。誰もが本来微弱ながらでも必ず有しているはずの魔力をあなたはまったく持たない」
そう、魔法を扱えるかどうかは素質次第だが、魔力そのものは人間ならば必ず持っているのにもかかわらず、私には微量すらも宿っていなかった。それが異常で異質で、不気味な存在だと言わしめた理由の一つでもある。
「しかしあなたには甚大とも言える〝導力〟が存在します」
「ど、どうりょく?」
またも聞き慣れない言葉だ。話の流れからいって動力……ではなさそうだが……。
「導く力――その名を〝導力〟。そしてその力を駆使して扱うのが――〝導術〟」
今度こそ初耳な言葉だった。
「この世のあらゆる事象に干渉し、思うままに形作ることができる天与の術。わたしが扱う時間操作も、その一端に過ぎません」
「!? じゃ、じゃあ私もあなたと同じような力が……使える?」
「その気になれば何なりと」
……開いた口が塞がらない。魔法どころの騒ぎではない。
この世のあらゆる事象に干渉できるということは、文字通り好き放題できるということ。
何も無いところから火を出すことも、そこにある物体を任意で消滅させることだって容易なわけだ。
そんな力、まるで神が振るう御業のようで……。
「ですが当然、すぐにそのような強力な術が扱えるわけではありません」
ああ……ですよね。まあ、当然と言えば当然だと思うが……。
「ですから……ここで修練を積んでみませんか、アオス様?」
「え? しゅ、修練……ですか?」
「はい。そうすれば自ずと理解できるはずです。あなたの身に宿った本来の資質を」
正直言って半信半疑だ。いくら妖精さんたちの女王様が私に力があると言っても、今までが無価値な自分で過ごしてきたので、おいそれと自分を信じることなどできない。
でも…………信じたい。
それは自分自身を、ではなく彼女たちをである。
妖精さんたちは私に嘘を言うことはない。だからそこに在るといえば、必ず存在するのだ。
だったら――。
「……私は…………私に本当に価値があるのか確かめたい。だから……お願いしてもいいですか?」
「当然です。わたしはそのためだけにこの場にいるのですから」
「……あ、でも」
「どうかされたのですか?」
「……多分家に帰ると、しばらくは軟禁されると思うんです。監視もつけられるし、それじゃあ……」
「ご安心を。この世界では時間の流れを操作することができます。外での一時間を、ここでは数十日に広げることも可能です」
「そ、それは凄い……」
さすがは女王様と言えばいいのだろうか。凄過ぎて何だかよく分からないが。
いや、そもそも人の人生をやり直させることができるくらいだから、当然この程度なら可能なのだろう。
「ですからアオス様は安心して修練に励んでください」
「はいっ! どうかよろしくお願いします!」
そうして私は人生のやり直しの機会を得ただけではなく、無価値から脱却する術すら手にすることができたのである。
私は彼女たちを信じて、思うままに突き進んでみようと思った。
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