逆行から始まる〝ざまぁ〟成り上がり人生 ~無価値と呼ばれ家を追放されたが狙い通り~

十本スイ

プロローグ

「もう少し…………もう少し早くあなたと出会えていたなら……!」


 掠れた声。涙ながらに発せられる言葉だが、もうあまりハッキリとは聞き取れない。

 それもそのはずだ。


 私はすでに死に体に等しく、今は誰もいない辺境の山奥にある古びれた小屋に設置された汚いベッドの上で横たわっているのだから。


 ミイラのように痩せ細った体躯。伸びに伸び切った白髪が、ベッドから零れて地面にまで到着している。

 歳は幾つだったか、よく覚えていない。それでも無駄に長生きしたような気がする。


 そんな私は、病にかかってしまったのか……いや、もうこれは寿命なのだろう。身体に力が入らず、言葉も話せなくなっていた。


 本当に何のために生きていたのか分からないが、それでもまだ寿命で死ねたのなら幸いなのかもしれない。世の中には、もっと理不尽に命を奪われることだってあるのだから。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 重い瞼を必死に上げると、そう呟きながら私を見下ろしている存在がいた。


 全身が薄く発光していて、神秘的な力を感じる。明らかに〝人ではない〟。しかし人によく似た存在でもあった。

 透き通るような白い肌を持ち、水晶のごとく壮麗な羽衣を纏う美しい女性である。


 一度も会ったことはないし、声だって聞いたこともない。

 それなのに、何故か懐かしい感じがする。


 そして……彼女の周り、正確には私の周囲には、私たち以外の存在もまたいた。

 彼女たちがそこにいることに不思議はない。何せ私が生まれた時からずっと傍にいてくれた者たちなのだから。


 手に乗るほどに小さな人型の生物。愛らしい顔立ちと華奢な身体を持ち、その背にはそれぞれ数枚の羽を有し空を飛ぶ。頭にはそれぞれチョコンとアホ毛が飛び出ている。

 私は彼女たちをこう呼んでいた。


 ――〝妖精〟――


 本当に当たり前のように、いつも傍にいてくれた。

 ただ彼女たちの姿は誰にも見えない。


 …………私にしか見えなかったのだ。


 そのせいか、何も無い空間に向かって喋る私に対し、周りの者は気が狂っていると口にした。

 両親や兄弟までもが、私を不気味に思い遠ざけ、挙句に疫病神だとして家から追放したのである。


 それでも私は妖精さんが傍にいてくれるだけで良かった。彼女たちだけが味方で、いつも私を支えてくれていたから。


 ただ生きていくには苦労した。やはり妖精と話をする者を雇ってくれる人はおらず、金を稼ぐことも叶わず、日がな一日を山や海でのサバイバルで過ごすことになった。


 それでも苦ではなかった。妖精さんが傍にいてくれるだけで、暑い日も寒い日も、どんな日だって元気に乗り越えてこられたからだ。


 しかしどうやら私の人生は穏やかなままでは終わってはくれなかった。

 何が何でも不幸塗れにしたい神の仕業か、私はとことん人に嫌われ蔑まれ拒絶されてしまう。


 時にモンスターの活性化の原因にされたり、村や町に事件が起きれば、その都度私のせいにされた。

 ただ余所者で、何もないところに向かって話し、笑い、泣く不気味な人間だという理由から。


 何もしていないのに投獄されてしまったこともあった。

 人殺しの罪を背負わされたのである。無論私は無実だ。


 だが誰も私の言葉に耳を貸さなかった。

 言動がおかしい――それだけで人は私を〝悪〟と断定したのだ。


 そうして誰もいない絶海の孤島へ島流しにされてしまい、私はさすがに妖精さんにも迷惑がかかると判断して、断腸の思いで彼女たちを拒絶した。

 これ以上、私と関わっていても嫌な気分にさせてしまうだけ。


 私は……一人でいるべき存在だったのだ。


 無人島に辿り着いた私は、たった一人で生き永らえてきた。何年も、何十年も。

 孤独に押し潰されそうになり、何度も死にたいと思ったが、それでも怖くて結局……ここまで来た。


 ただその無価値な人生もこれで終わりを迎える。

 そう思い横たわっていた時にこれだ。


 見たこともない女性が不意に現れ、泣きながら謝罪してくるのだから驚きである。 

 それに離別したはずの妖精さんたちも、何故かたくさん私を取り囲んでいた。


「わたしの眠りが……もう少し早く……解けていたら……!」


 何故泣いているかは分からないが、どうやら女性を襲っているのは後悔の念らしい。


 後悔……か。私もまた、後悔しているのだろうな。


 あの時こうしていたら。妖精さんを拒絶していなかったら?

 などなど、様々な記憶が蘇ってくる。同時に、そこにあったであろう幾つかの選択肢も冷静になってみると、どれが正しいのかも分かってくるのだ。


 きっと私は、私の選択はどれも間違っていたのだろう。

 何故なら……。


「「「「~~~~~っ」」」」


 こんなにも大好きな妖精さんたちを泣かせてしまっているのだから。

 彼女たちのことを思って選んだものでも、結局は独りよがりの答えでしかなかった。


 それをもっと早く気づいていたら。

 そんな後悔や反省が次々と浮かんでくる。


 ……人生も……変わって……たのかも……なぁ。


 もしまた人としての生を受けるなら、今度こそはもっと自由に生きてみたい。

 きっとそれを掴めた人生もあったはずなのだ。それを私は手放してしまった。


 だから今度こそ、自分にとって正しい選択肢を選びたい。そう願う。


 ……そして……次の生も…………また君たち……と……。


 表情筋に力を込め、必死に笑顔を見せる。

 妖精さんたちは、きっと怒っているだろうが。それでも……。


「わたしに償えるのは…………今のわたしにできることは、このくらいしかありませんが」


 もう瞼を閉じている。ただよく通る女性の声だけは、しっかりと鼓膜を震わせていた。


「許してほしいなどとは申しません。ですが――」


 女性が祈るように手を合わせると、周りにいる妖精さんたちも同じような仕草を取る。

 彼女たちが一斉に輝き始め、その眩い光が私を包み始めた。


 まるで麗らかな陽射しを浴びているかのような温もりを感じる中、再び女性の声が私の耳へと届く。


「――――――妖精たちは、あなたを求めています」


 その言葉を最期に、私の意識は深い深い闇の中へと沈んでいったのである。




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