KARTE レオ page⒈

「あらぁ? どうなさいました?」


 この旅の案内人、エーヴ・マスカールの声で、現実に意識が戻った。


「何か考え事でもしていましたの?」


「いや……、何でもないですよ」


「何でもないっていう感じじゃなさそうですけど? まあ良いわ、他人のプライベートに深入りする趣味はありませんので」


 実を言うと、違和感を感じていた。

 傷跡の有る胴体トルソーを何日も目にしない感覚に。

 僕の恋人に触れない日は無かった。四肢を切断する瞬間は、自分が一番このひとたちをわかっている、理解していると思えた。しかし、皆、拒絶した。どうしても、何をしても満たされることはなく、一瞬だけ気分の高揚があるだけだった。

 全身の傷痕が疼く。


「そういえば、玲生レオ先生って、精神科医をやっていながら、児童相談所でも働いていますのね? 掛け持ちって大変じゃありません?」


「休日とかにちょっと寄るだけですけどね……。レストラン、もうすぐ休憩時間終わるんじゃないですか」


「ああ、別に大丈夫! この時間帯は滅多にお客様は来ませんもの。それに、もう少しお話したくて」


 彼女は目を細くして笑う。子供っぽさを感じさせる笑い方ではなく、詮索したい時の癖だろうか。バックに結んだツインテがざわつく。何か、興味を持っているんだ……、僕のことに。明らかに観光客の目ではない視線で、地元の人間を見ていることに気付いたのだろう。どのみち、巧妙に隠さなければならない。


 絶対に。


「そういえば、この近くに教会があるんですの。よかったら案内いたしましょうか? 私も信者ですのよ」


「いや……、遠慮しておきますよ。また後程行かせてもらいます」


「あらそう……。残念。またいつでも案内いたしますわ」


 いや……、明らかに残念そうな表情ではないだろう。

 まあ、僕の何かを知りたくて案内したかっただけかもしれないが。


「ありがとうございました、わざわざ観光案内までして頂いて」


「別にいいですのよ、お礼なんて! じゃあ、これで失礼しますわ」


 またいらして下さいね、とちゃっかり自営レストランの宣伝をしておきながら、去っていった。



 さっき、彼女が言っていた“教会”には、もう既に行ったことがある。やっぱり記憶力の問題で忘れてしまっているのか、わざと忘れたフリをしているのか、真相は掴めない。

 最近、僕はその教会に何度も通っている。ある企画のメンバーとなっているから。そう長くこっちに居座るつもりはないが、長引いたならそのときはそのときで考えればいいこと。


 商店街をほっつき歩いていると、先日、教会で会った女の子とすれ違った。

 いや、女の子と軽々しく言える立場ではないのだが。

 瞬時だったが、すれ違った時に苦虫を噛み潰したような顔が見えた。一度視線が合ったのだが、すぐに逸らされた。よほど僕に会いたくなかったのか。これを後日、マスカールに話すと、


「先生はもう少し女性について勉強したらいかが? 好みじゃない人物と外部で会ったらどうなるでしょう?」


……なにを言い出すかと思ったら、そんなことか。

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