第38話 アバン王との戦い

――来た!

 長老は追跡羽が近づいたのを察知し、全神経を集中させた。

(何処だ……何処に居る)

 この時長老は必死にライリーを操っている呪術師を探していた。

 ライリーが動くたびに術者はわずかな術の痕跡を放つ。

 それを必死に探し出そうとしていた。

 かすかな動きも見逃してなるものか。

 ヴェリエル率いる有翼馬隊が葬られた崖ガル・デルガ付近に戻ってきたと同時に、ついにライリーの姿を確認した。

 ライリーはアバン王の大軍を引き連れて堂々と葬られた崖ガル・デルガの前に足を下した。

 その姿を見たとき長老は一瞬顔を歪めた。

(許せライリー、すぐに解放してやるから)

 乱れた心を落ち着かせる為、大きく息を吸い込んだ瞬間信じられない光景が目に飛び込んできて、息を止めた。

 そして、慌てて崖上から大声で叫んだ。

「何をしているリタ! 戻れ!」


 ライリーが近づいてくる気配を察知した時、リタは気づけば無我夢中で走っていた。

 結界の中にいるダイモーンたちの手を振り払い、危険だと分かっていても、どうしても止まる事が出来なかった。

 崖の下にいるみんながライリーの姿に目をとられているお陰で、リタはライリーの目の前に出る事が出来た。

 そして、肩で大きく息をしながら、両腕を広げてライリーの前に立ちはだかった。

「ライリーやめて!」

 リタはそう叫ぶとライリーの目を真っ直ぐ見据えた。

 その時、ライリーの瞳が一瞬揺らいだのを見逃さなかった。

「ライリー! 私だよ、リタだよ! 分かるでしょ?」

 リタは必死にライリーに呼びかけた。

 その時、誰にも予想し得無かった出来事が起きた。

 なんと、ライリーの後ろからアバン王が姿を現したのだ。

「これはこれは小さなお嬢さん。これは大人の戦争だ。そんなところに居ては危険だと思うがね」

 左右に巨体な大男をたずさえて、アバン王は馬の上からリタを見下ろしていた。

 日に焼けた浅黒い肌にしっかりとした眉、その下には獲物を狙う蛇のような鋭い眼光を宿した瞳があった。

 その圧倒的な威圧感から、リタは彼がアバン王だと悟らずにはいられなかった。

「あなたが……あなたがライリーを奪ったんだ!」

 リタは恐怖よりもライリーを奪われた怒りの方が大きかった。

「ああ、君の相棒かね? 子供の飛竜はまだ精神が未熟だからね、随分扱いやすかったよ」

 そう言うとアバン王はにやにやと不愉快な笑みを浮かべながら、綺麗に整えられた顎髭を撫でた。

 リタはぎりっと奥歯をかみしめてアバン王を睨みつけた。

「なんでライリーにこんなことするの!? ダイモーンや飛竜は人間に攻撃出来ないって知ってるくせに!」

「ああ、知っているさ。飛竜一匹討伐することなんぞ俺にとっては造作ないことだ。しかし、それでは退屈だろう? 俺は面白いものが見たいんだ。お前たちダイモーンは人間とは戦えぬ。一方的にいたぶっても面白みにかけるだろう。だったらで争ったほうがよっぽど面白いじゃないか。なあ? しかし、まさかお前たちに人間と戦える味方がいるとは思わなかったよ。お陰でいい戦いが見られた」

 そう言うとアバン王はリタたちを馬鹿にするように高らかに笑って見せた。

(そんな事の為に……こんな奴の為に……ライリーは)

 リタは悔しくて溢れそうになった涙をぐっとこらえて、唇を噛み締めた。

 突き刺さる爪の痛みも忘れ、肩を震わせながら拳を握りしめて、アバン王に向かって叫んだ。

「あなたに王を名乗る資格なんて無い!」

 するとアバン王は鼻で笑いながら、腰に差していた剣を抜き、リタを指さした。

「笑わせるな小娘。それを決めるのはお前じゃない。弱き者は死に、強き者が人々の頂点に立つ。これが世の道理だ。そろそろ飽きたぞ、やれ」

 アバン王の合図でライリーの目が鈍い光を放った。

 それと同時に口が大きく開き、リタの姿を捉える。

 リタは目を見開きながら、ライリーの口の奥に溜まった炎に目を奪われた。

 しかし、その時リタにはちゃんと見えていたのだ。

 ライリーの瞳から零れ落ちた一筋の涙を。

(ライリーごめんね、辛い思いをさせてごめんね)

 リタはぎゅっと目をつむり覚悟を決めた。

 後ろからはリタの名前を叫びながら、沢山の人が駆けてくる足音が聞こえていた。

(みんな優しくしてくれて有難う、私とっても幸せだったなぁ)

 みんなの顔を浮かべながらリタは穏やかに笑っていた。

 その時、その場に居た全員が甲高い指笛のを聞いた。

 その瞬間、熱気を帯びた暴風が正面から吹き荒れ、リタは驚いて目を開けた。

 そして、目の前の光景を呆然と眺めていた。

 そこには翼を大きく広げ、リタを炎から守るようにしてライリーの前に立ちはだかったタバルの姿があった。

 そして、リタにははっきり見えたのだ。

 タバルの横に立ち、凛とたたずんでいる懐かしい後ろ姿を。

 その人物はゆっくりと振り返り、穏やかな笑顔をリタに向けてくれた。

(お母さんっ……!)

 その瞬間、今まで必死に堪えていた涙がとめどなく溢れ出し、嗚咽をかみ殺す事が出来なかった。

 ライリーが奪われて悲しかった事、何も出来なかった自分に腹が立った事、アバン王に憎悪の感情を覚えた事。

 今それらの全ての感情を母の優しい腕の中で吐き出したかった。

 幼い赤子が母にすがりついて泣くように、リタもそうしたかった。

 リタが思わず母に駆け寄ろうとしたその瞬間、力強く腕を引かれ気づいた時には誰かの腕の中にすっぽり収まっていた。

 そして、耳元で声をひそめて囁くように声が聞こえた。

「俺にも見えた。だが、行くな。今はこらえろ」

 強く抱きしめられて顔を上げる事は出来なかったが、リタはその声の主を知っている。

 鍛え上げられた固い胸板に押さえつけられて苦しいはずなのに、リタは思わず相手の背に両手をまわし、奥歯を噛み締めた。

「師匠はお前を守ってくれたんだ。今度はお前がライリーを守る番だ」

 ジョナは穏やかに、しかし力強くリタをさとすと、まるで赤子をあやすように背中を二度ほど優しく叩いてみせた。

 リタはライリーと言う言葉を聞いて目が覚めた。

 ジョナからそっと離れると、止まらない涙を何度も袖でぬぐった。

 固い生地の袖が肌にこすれて痛かったが、ライリーはもっともっと痛いはずだ。

 ライリーの涙を思い出し、リタは一つ大きな深呼吸をしてアバン王に向き直った。

 いつの間にかタバルを先頭に、飛竜守りとその飛竜たちに囲まれて、リタは完全に守られていた。

 大きな飛竜たちの隙間から見えたアバン王の顔は、その圧倒的な光景に驚愕の表情を浮かべていた。

 しかし、リタは次の瞬間、口の端が不気味に上がったのを見逃さなかった。

「ほう、飛竜同士の争いもまた一興だな」

 下衆な笑みを浮かべるアバン王に腹の底から怒りが湧き、リタは駆けだした。

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