第37話 アバン王との戦い

 ヴェリエルは戦いながら敵の思惑おもわくに気づいていた。

 敵の騎馬隊は数こそ多いがあまりにも弱すぎる。

 よく練られた卓上の戦略を忠実に演じているだけで、剣術はさほど高くない。

――この騎馬隊は捨て駒だ。

 そう判断した直後、こちらに向かってくる騎馬隊の本陣を目の端で捉えた。

 同時にその規模を見て驚愕の色を浮かべた。

(おいおい、あれはさすがに数が多いぞ……)

 しかし、ヴェリエルは口の端をにっと上げた。

 その瞬間、敵の馬達は突如出来た地面の泥濘ぬかるみに足をとられ、動けなくなってしまった。

 慌てる兵士たちをよそにヴェリエルは叫んだ。

「止まっている馬には構うな! 抜けて奥に突っ込め!」

 ヴェリエルたちは怒涛の勢いで敵の大軍の中に正面から突っ込んでいった。


 眼下では、怒声と剣がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いていた。

 長老は周囲全体に神経をとがらせながら、ヴェリエルたちの戦いをじっと観察していた。

(アバン王とライリーはもっと奥陣だ。しかし、とにかく数が多い。持久戦になると状況は厳しくなる。ヴェリエル殿、急いでくれ)

 何としてでもこの騎馬隊を突破し、アバン王を引きずり出さなくてはならない。

 崖上から見ていると天使の子孫たちの凄さが良く分かった。

 ヴェリエルを先頭に敵陣を逆走する一本の道がよく見えた。

 長老は大きく深呼吸すると魔術師たちに叫んだ。

「敵の馬を狙え、岩でも泥濘ぬかるみでも、何なら物体移動で動かしてもいい! とにかく天使の子孫たちに道を作れ!」

 その号令を合図に魔術師たちは一斉に両腕を前に掲げた。

 全員の手のひらに青白い光がまとっていく。

 眼下では突如変化する地面や、見えない何かに足をとられたりと、奇妙な出来事が馬たちを混乱させ、恐れおののかせた。


 ヴェリエルは先頭を駆けながら敵の隊長を必死に探していた。

(全く、上手く隠してるな……どいつが隊長か分かり辛いときた)

 心の中で舌打ちしながらも、振り下ろされる敵の剣を弾いては瞬時に首を狩って進んでいく。

 その時だった、敵の剣が上手く弾けず力が拮抗したのか、互いの剣の動きが止まった。

 ヴェリエルは一瞬驚き、相手に目をやって確信した。

――こいつか、見つけたぞ!

 敵は気味の悪い微笑を浮かべ、舐めるようにこちらを見ていた。

 まだ幼さの残る丸みを帯びた輪郭に細い糸目がいやらしく垂れ下がっている。

 もっと巨体のむさくるしい男を想像していたが、どうやら違ったらしい。

(こんな若造がこの数をまとめているのか、それはそれで恐ろしいもんだな)

 ヴェリエルは剣を握っている手に力を込めた。

 相手の剣を弾くと素早く突きの姿勢を取ったが、どうやら相手も同じだったようだ。

 攻撃を剣で絡めとり、いなしながら、しかしお互いに隙を見せなかった。

 ヴェリエルの頬を相手の剣がかすめ、血が吹き飛んだ。

 負けじと相手の利き腕めがけて力いっぱい剣を振り下ろした。

 鈍く肉が切れる感覚があった後、敵の肩からも血が噴き出した。

(当たった感触は有ったが、まだ浅い)

 ヴェリエルは一歩引くと体制を立て直し、馬の横腹を強く蹴った。

 集中し視界を出来る限り狭くする。

 目標は敵の隊長1人、あとは仲間が何とかしてくれる。

 呼吸を合わせ、剣を構える。

 相手と目があった。

 そこにはもう最初のような微笑は存在しない。代わりに怒りと憎悪の眼差しが自分に向けられていた。

「異種の残党ごときが、人間のこの俺に勝てると思うなよ!」

 敵はそう叫ぶと同じく馬の横腹を強く蹴った。

 ヴェリエルは真っ直ぐ前を見つめ、相手の剣の動きに集中した。

(こうゆう時にいつも思う。怒りの感情というのは潜在能力を一気に引き上げるが、一方でいちじるしく判断を欠く。……隙だらけだぜ、若造)

 ヴェリエルは大きく振り上げられた相手の剣を力強く受け止めた。

 次の瞬間、相手の血走った目が大きく見開かれた。

 そして、大きく見開かれたまま、視線だけがゆっくりと自分の右脇腹に移動していった。

 相手がそこで見たものは、ヴェリエルのに握られた短剣が自分の脇腹に深く突き刺さっている光景だった。

「なっ……」

「残念だったな、異種の残党ごときに破れて。だが、死ぬ前に一つ覚えておけ。己の人種に誇りを持つことは間違っちゃいねぇ、ただ別の人種が自分達より劣っているっていうのは間違いだ。どんな人種であれ誇りを持っているものだ。その誇りをおろそかにするな」

 ヴェリエルはそういうと受け止めていた方の手に力を込めて強く弾き返した。

 そして、大きく振りかぶって相手に止めを刺した。

 敵は大量の血しぶきを上げながら、馬から落下し地面に倒れた。

 アバン王の兵士たちは自隊の隊長が打ち取られたのを見るや否や、敵に背を向けて逃げるように後退していった。

「追うな、アバン王を引きずり出す」

 ヴェリエルは血の付いた剣をさっと振り下ろし、地面に血を飛ばしながら敵を追おうとした有翼馬隊を制した。

(来いよ、己の私利私欲の為に、手出し出来ない者をいたぶっている趣味の悪い王様のつらを拝んでやる)

 ヴェリエルが一旦引き上げ、体制を立て直そうと葬られた崖ガル・デルガに視線を移そうとしたその時だった。

「ヴェリエル! あれを!」

 仲間が何かを指さし驚愕の表情を浮かべていた。

「……!?」

 振り返り仲間が指さしている方向に視線をうつすと、信じられない光景が目に飛び込んできた。

 同時に目の前で暴風が吹き荒れ、ヴェリエルは思わず腕で顔を覆った。

(待てよ、どうすんだ)

 一瞬目の端で捉えたに対抗するすべを俺たちは持ち合わせていない。

 ヴェリエルは暴風の中、何とか顔をあげ撤退の命を叫んだ。

「引け! 一旦葬られた崖ガル・デルガに戻れ! 絶対に戦うな! 剣を向ける事も許さん!」

 そう叫びながらヴェリエルたちは急いで葬られた崖ガル・デルガを目指した。


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