第13話 まろびでるコンプレックス
ラノベや漫画を読む人なら分かるだろうけど、大抵の作品には金持ちキャラというのが存在しているケースが多いと思う。
嫌味な性格だったり世間知らずだったりとそこは作品によって違うけど、まぁ何かしらの形で主人公に協力してくれる、所謂便利なお助けキャラ。物語を円滑に進めるための潤滑油みたいな存在だ。
ラブコメだったら夏休みに友人達を連れて別荘にでも招待すれば、それだけでちょっとした長編くらいは作れるだろうし、旅行にだって簡単に行ける。話しを進めるうえでこうも便利なキャラはいないだろう。
事件に巻き込まれたらお金で解決してくれる時もあるくらいだ。いくら友人のためとはいえ、あまりにも人が良すぎるとは思うが、これは一種の約束事であり、突っ込んではいけないところだった。
この手のキャラは初期は高飛車で取っつきにくいが、仲良くなればほとんどの場合、主人公を影で支えてくれる裏方の役割だ。
その分、所謂メインヒロインというポジションにはつきにくいが、それはキャラクターの特性上仕方ないことなのだろう。
主人公にとってはこれ以上なく頼りになるのに、何故か物語では負けヒロインになる確率が高いのは正直可哀想に思ってしまう。
だけど、これはきっとどうしようもないことなのだ。
彼、ないし彼女とは、住む世界が違うのだから。
それに気付かないほど鈍感なのか、あるいはいいやつばかりが揃っているのか、登場キャラはそのことに言及しない。
本筋に関係ないこともあるだろうけど、逆にそのキャラクターが物語の本題とは関わらないことが暗に仄めかされているようで、僕としてはあまりいい気はしなかった。
だって、僕なら必ず嫉妬するだろうから。
生まれの優劣。選べない両親。生まれついてのお金持ちであるという、ただそれだけのことで、劣等感というのは生まれてしまう。自分自身と他者の現状を、人は比較してしまうのだ。
それは人間である以上どうしたって生じる心のバグ。否定しようとすればするほど自覚せざるを得ない、人の心の醜さだった。
お金というのはとても重要であることは、僕たちの年齢になればもうとっくに知っている。進学にも関わってくるのだ。親にお金があれば、将来選べる道だってグッと広がる。
これを否定することなんてそうはできない。自分の道を自分で切り開くなどと言えるのはそれに見合う才能の持ち主だけだ。
凡庸な人間は凡庸なりに持ちうる手札で勝負するしかないのが現実であり、足掻く手段が勉強だ。それで将来が決まるのだから、やれるだけ頑張るしかないのだ。
現に僕も、できれば大学は私立ではないところを狙って欲しいと言われている。
家のローンの支払いがキツイんだそうだ。二馬力でもまだ数十年の支払いがあるし、老後の蓄えも欲しいらしい。なんとも夢のない、嫌な話だった。
その割には去年随分と立派なBOXワゴンを買ったものだと思う。
まぁその理由は分かってる。お隣の楓の両親に対抗してのことだ。
一昨年買った高級車を見て対抗心に駆られたのだろう。向こうのご両親のほうがうちの親より稼ぎがいいと、酒を飲んでる時にぼやいていたことを、僕はしっかり覚えている。同時につまらない意地を張るんだなと呆れたこともだ。
今はそれが僕自身にブーメランとして戻ってきてるのだから、笑えない話だった。
仲がいいのは確かだろうけど、そこに嫉妬心が挟まれないわけではないだろう。親子二代でそのことは証明されている。
楓と僕が付き合い始めたことも購入を決意したきっかけかもしれないが、実際どういう理由なのかは聞く気はなかった。
どうせ僕はあの車にほとんど乗っていないし、両親がどうお金を使おうが彼らの勝手だろうから。僕が口を挟むことじゃない。そう思って過ごしている。
家族といっても、僕らの心はほとんど通ってはいないだろう。現にあの人達は僕の考えを察してくれないし、お互い話し合う時間を設けたこともない。話しても説教か他人のことばかりで、両親というよりは同じ家に住む同居人といったほうが、僕の感覚では近かった。
都合のいいときだけ親の顔をしてくる大人を、血の繋がりという目には見えないものだけで慕うのは、僕にはできなかったのだ。
話せばなにか変わるかもしれないが、今の両親にうんざりにしている自分では無理な気がして出来ていない。
甘えかたがわからなかった。
…話が逸れた。親のことなんて、今はどうでもいいんだ。
要は僕ら学生にとってお金というのは大事なものであり、例えそれが親から貰ったお金であろうと、奢って貰うのは彼氏としてのプライドが許さないという、ただそれだけの話だった。
(分かってる、楓には悪気がないんだ)
楓はただ純粋に僕と出かけたいだけなのだろう。彼女の顔からは何らかの思惑があるようには読み取れない。
ただ自分が稼いでる仕事で臨時収入が入ったから、どこかに行こうと彼氏を誘った。それだけだ。たったそれだけのことなんだ。
でも…それが、僕には…
「ねぇ、どうかな凪君?」
楓はそんな僕の心情に気付きもせず、今も話しかけてくる。
僕は彼女に気付かれないよう、強く拳を握り締めた。
「そう、だね。悪くないんじゃないかな」
そう答えるのが、精一杯だった。
…別に、分かってほしいわけじゃない。楓は小さい頃から僕の母親代わりをしてくれていた子だ。その感覚がまだ抜けきれてないところがあるから、こういう男のプライドに触れる部分に多少鈍いことは分かってる。それでも、普段なら気を遣う性格が覆い隠して滅多に出てこない。
それが今、気持ちが高揚しているのかたまたま顔を出しているだけだって、僕にはちゃんと分かってる。分かってる、けど…!
この場には宮間がいて、僕らのことをじっと見ていることに、せめて気付いてほしかった。
「…………」
宮間の顔はどこか困惑しているように見える。なにを言おうか迷っている顔だ。僕はその口がいつ開かれるのか、怖くて怖くて仕方ない。
―――藤堂、アンタ、楓にデート代奢ってもらうつもりなん?それでも楓の彼氏?サイッテーだね
こんなことを言われる未来が、容易に想像できてしまう。
彼氏失格の烙印を押されることが、とてつもなく怖かったのだ。
自分では、そのことをとっくに気付いているつもりだった。
だけど、楓の目の前で実際に誰かにその事実を指摘されたら、きっと僕と楓の関係は、本当にもう取り返しがつかないことになる。そんな予感が脳裏を掠めた。
僕が楓に釣り合っていないことを事実を事実として認めなくてはいけなくなる。
なにもかも、誤魔化せなくなってしまう。
だから……
「…あー、楓?ちょっと…」「分かったよ」
宮間に喋らせることだけは、絶対にさせない。
「いいんじゃないかな、行こうか楓」
彼女がなにか言いかけた直後、僕はそれを遮り、楓の言葉に返事を返した。
「え!ほんとに!?」
「ああ」
そしてすぐに首肯する。これで約束は確定した。彼氏と彼女のデートの約束に、これ以上口を挟むなんて宮間でもしないだろう。そんな打算込みでの返答だ。
そこに楓に向けるべき愛情が篭っていないことに、僕はまだ気づけない。
「…藤堂、アンタ」
そう思っていたのに、まだ宮間はなにか言いたいことがあるようだ。今度は僕に問いかけようとしてくる。あぁ、確かに言葉不足ではあったけど、これから大事なことはちゃんと言うから、追求しないでくれよ、頼むから。
(勘弁してくれよ。僕たちのことに口を挟まないでくれ)
内心で舌打ちする。ある意味で、僕は追い詰められていた。
「あ、楓。それと、少しいいかな」
「なに、凪君?」
やはり、僕は限界が着実に近づいていたのだろう。宮間の表情がなにを意味するのか、自分が何故これほど焦っているのか、正しく理解できていなかったのだ。
「デート代は、楓が払うことなんてないよ。僕が全部払うから」
そして余裕もなかった。僕は残された僅かなプライドを守ろうと必死だったのだ。
「え、いいよ。私が誘ったんだから。それに凪君、今月新しいゲーム買うって言ってたじゃない」
楓はキョトンとした顔を浮かべた。本当に、彼女からすればなんてことのないことを言っているであろうことが、その顔からはわかってしまう。
「っつ…」
悪気もない、純粋な好意。だからこそ刺激されるプライドがあるのだということを、このときの僕はまだ知らなかった。
だから、僕は…
「いいよ…」
「え?」
我慢することが、できなかった。
「僕が払うから!楓はなにもしなくていいんだよ!!」
ちっぽけなプライドが大きな声量を伴って、外界へとまろびでた。
出てしまった。
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