【第22話】走背送背


 いつもと代わり映えのない昼下がりの駅前商店街。元気よすぎな呼び込みの店長達をのらりくらりかわしながら一人で大通りを歩いていたら花屋の店内から「ああ!」と勢いよく飛び出してきた。

「八花ちゃん、いいお茶が入ったんだけど、どう一杯?」

 馴染みの花屋の店長だった。

「興味ない」

「いいからいいから」とほぼ強引に紙コップを手渡してきた。今回は上手くできたんだから、と自信満々でいる店長を横目に紙コップの中を嗅いだ。

「なんか変な匂い」

 強烈なハッカが充満してまるで歯磨き粉を溶いたような匂いがする。

「さっぱりする方がいいと思って取り寄せてみたの、どうどう?」

 そんな熱い視線を向けられてしまえば断れるはずもなく、渋々口に含んで…一気に流し込んだ。口の中という粘膜と言う粘膜が悲鳴を上げ、紙コップを早々に返して「御馳走様」と逃げ出した。

「ありゃ、今回もダメ? 結構いい葉を使ってるんだけど、ちょっと越し過ぎたかしら?」

 何がいけなかったのかと、ブツブツ調合方法や蒸す時間を呟く店長。

 八花に言わせれば越し過ぎたをちょっとから逸脱している飲み物はもはや凶器でしかない。

 しかも花屋の店長は悪気なく淹れているのだから始末に負えない。趣味なのに一向に上達を感じさせないのは一種の才能か。

 人付き合いは苦手な方なのでズカズカと入り込んでくる花屋が少しだけ苦手だった。

 口の中が苦みとハッカの効果でスース―する。

(こういうのは緋天の方が適任なのに)

 何せ味音痴だ。何を出されても「美味しい美味しい」と言うに決まってる。

 花屋を過ぎたところで店長が「また寄ってね」と見当違いなことを言っていたが、とりあえず振り向かずに手を振った。



 花屋の店長は受け取った紙コップを覗き見た。

「まずいと思うのにまずそうな顔一つしないで結局いつも全部飲んでくれるのよね~」

 可笑しそうに笑いステップを踏みながらお店の奥へと戻っていった。

「いつか絶対に君に上手いって言わせてみせるんだから」

 そんな意気込みを感じられた。


 ⁂


 八花は買い物を済ませしばらく目的もないままふらふらと歩き通した。すでに日は傾き始めいつの間にか夕方になっていた。

 河川敷を意味もなく歩いていると反対側から女子の声で掛け合いが聞こえてきた。どこかの学校の生徒が列を成して走ってくる。

 ぶつからないように草場へと避け、走り込みをしてる生徒に背を向けた。

「ほら、もう少し」

「これ終わったらグラウンドでストレッチ!」

 はい、と後列の生徒全員が返事をした。

 八花は何となしに振り向こうとして止めた。

「こらペース守んなさいよ、これ準備運動だって言ったでしょ」

「あんた病み上がりなんだから、無理しない!」

 部長の炭谷と副部長の由比が吠えると「すいません!」とそれすらも嬉しいらしい生徒が満面の笑みで元の位置にペースを落としていった。

 二人は十夜の顔をみて呆れた顔して、再び掛け声を出していく。背を向けたままの八花を通り過ぎていった。

 一瞬見えたその顔は苦痛でもなく昼間の太陽のように楽しそうな笑顔だった。


 生徒全員が通り過ぎていく。

 河川敷に戻った八花の口元は少しだけ笑っていた。


 第一部 【完】

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