鈴虫と女

黒乃 緋色

鈴虫と女

 だからわらわは、それを手に取った。


 *****


 暗い空を薄い雲が覆う。淡い光が笠のようにぼんやりと浮かんで、そこに月がある事を教えている。女の視界は狭く、床の間を照らす灯りは女の目元だけを怪しく照らし出していた。


 襖と障子、木の扉に閉ざされた部屋の真ん中には布団が一枚。そこに腰を下ろした男女が肩を寄せている。

 男に顔を背けた女の頭が少し揺れる度に鈴の音が鳴る、男は口角を上げて女の肩に手を回すともう一方の手で女の簪を引き抜いた。

 それに合わせて女が軽く頭を振ると艶のある長い黒髪が小さく跳ねる。

 男は手にした簪を振って女に見せると、簪は鈴の音を響かせた後、押し入れの前に放り投げられた。

 男はこれから始まる情事に、女は悦びに思いを馳せて声にならぬ笑みを浮かべた。

 やがて二つの唇がその距離を狭めていくと男は女の唇に吸い付いた。

 女の顔がほのかに紅潮すると今度は女が男の唇を貪るようについばむ。

 この部屋に、世界に、二人しか存在していないかのように、互いの熱を求めては、触れた一部がまた熱を帯びて全身に広がっていく。

 男は女の着物を剥ごうと乱暴に手をかけたが、それを制止した女が立ち上がり、自らに重ねた物を削ぎ落としていく、一枚、また一枚と己が自制心を剥いでいくように着物を脱いでいった。

 その様に男もまた自制心を刈り取られてしまう、最後の肌着に手を掛けたところで完全にそれを失い、立ち上がって肌着を奪い取ると再び唇に吸い付いた。唇の隙間から吐息が漏れて、その隙間に舌を押し入れると女は男の頬を掴んで濡れた舌を絡ませる。離した唇から唾液が妖しく垂れ下がると男は首筋に唇を当てた。

 男の耳元で漏れる吐息とかすれた声が舌の動きを加速させる。熱を帯びた舌が首筋から肩へと這う、そして脇から胸に顔をうずめると女はより一層大きな声で鳴いた。そのまま女を下に布団に倒れ込むと腹を空かせた獣のように男は貪った。

 水音が床の間に響く度に女の足が布団をつかみ、つま先を立てて悶える。


 その度に女は何度も唇を噛みしめた。


 やがて男は女のかかとを掴むと足の指先を舐める、丁寧に、時に強く舌を押し当てては足の甲へと舌を這わせていく。

 女は先程とは違う恍惚を浮かべて足を舐める男を眺めた。

 男の舌が足の甲からくるぶし、ふくらはぎへと進み、太股に辿り着くと女は身体を震わせて布団を握りしめた。だが男の舌は女が待ちわびた場所を通り過ぎて首筋から唇を舐める。

 女は腰を浮かせた後、男の着物を脱がせた。腕を腰に回し、男の身体を引き寄せては腰をうねらせ、その時を待つ。

 果実は濡れて、下品に滴る。

 やがてそれが濡れた果実に触れると女は口を両手で塞ぐ。男がゆっくりと押し込んでいくと痺れるような快感が女の全身に広がる。塞いでも漏れる吐息と鳴き声、女は男の首に手をまわして体を密着させ太股を震わせた。感覚は鋭く、思考はもはやただ一つ。ただ昇るだけ、そこに到達しようとしたその時だった。


 きぃぃと押し入れの扉が開いた。


「楽しそうねぇ」

 押し入れから出てきた女はそう言って簪を踏みつけた。何度も噛みしめた唇から血を流して女は笑う。

 あまりの出来事に身体を重ねていた男女は身体を離して逃げようとしたが足が上手く動かない。

 灯りは女の顔に色濃く影を落とす。


 その手には磨き込まれた鋼色が妖しく煌めいていた。

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鈴虫と女 黒乃 緋色 @hiirosimotsuki

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