第12話 人質

 ……俺は、心のどこかで期待していたのだな。奴となら、わかりあえるかもしれぬと。だが、奴は俺が今まで出会ってきた人間共と結局同じだった。どの連中も、俺の上辺しか見ずに俺自身を全く見ようともしない。

 このガキが住む街のとある公園。この世の全てを燃やす尽くすような夕焼けと誰もいない寂しげな公園の静けさは、俺の中に同時に存在している怒りと失望を表しているように見えた。だが、そんな情動も今までの過去を思い出す中で諦めの気持ちに変わっていく。

 ふっ、何を今更……。あの時から、わかっていた事ではないか。あのような醜い姿を見せる人間共、そんな人間共を守り続ける奴とは最初からわかりあえるはずがなかったのだ。愚かな期待をしただけ。ただそれだけの事だ。


「虎のおじさん、どうしたの?」


 思い耽っている俺に、並び立っていたガキが身体を向けて声をかけてくる。俺は期待を裏切った同胞の友であるガキ、その守るべき価値を未だに見出せない人間の一人であるガキに向かい合った。

 誰でもいい。このやり場のない感情を誰かにぶつけて、心のわだかまりを消したかった。


「……なぜ、お前達人間は異端の存在を差別し、迫害する? 数で勝る者が常に強く、正しいわけではないというのに。異端の存在にも貴様らと同じ『心』があり、『痛み』があるというのに!! なぜ、その者達を『見よう』としないのだ!!」

「……あまり言いたくはないけど、それは人間が、弱い人達をいじめる事で自分の方が上だって思って嬉しいからとか、相手の力や見た目が怖いからとか色々理由はあると思う」


 ガキの言葉に激しい嫌悪感を感じた俺は、眉間に皺を寄せてガキを指さすと大声で怒鳴った。


「弱者を傷つける事で優越感に浸り、強者は恐怖から数で排除するというわけか!! つくづく救いようのない種族だな、人間は!!!」

「……でも、確かにそうかもしれないけど、人間は変われるんだよ!! 俺だって最初は、ライオンのおじさんが怖かったよ。それに、自分はただ弱いだけの人間なんだって思ってた。でも、俺は今こうして自分の強さを教えてくれたライオンのおじさんと友達になってる。失敗しても、人間は変われるんだよ!!」


 反吐が出る程の綺麗事を言ってのけるガキに、俺は思わず歯ぎしりをして拳を振り上げる。忌々しいことに、ガキは俺が拳を振り上げても微動だにしなかった。

 なんだ、その目は? 俺は貴様からの信頼を得たくて、こんな事をしているわけでは断じてないというのに!! 

 ガキを傷つけて本性を晒してやりたくなったが、奴との約束だと自分に言い聞かせ、怒りに震える拳を下ろす。だが、憎悪の念から吐き出される言葉は止まらなかった。


「人間共の愚かな失敗のせいで傷つけられ大切な何かを失った者に、貴様は同じ事が言えるのか? 人間は変われるだと? その失敗で失ったものは二度と戻ったりはしないのだぞ!!!」

「……虎のおじさんは、昔何かあったの?」

「貴様の知った事ではない!! さぁ、さっさと自分のあるべき場所に帰るがいい! 人間には俺のような半獣人とは違い、沢山のお仲間がいるのだからな!!」


 俺の言葉に、ガキは悲しんでいるような表情を浮かべながら後ろにある公園の出口に向かって歩き出した。その時、


「シャシャシャ、やーっとご帰還かい人間のガキんちょ!!」

「我ら2人の出番がようやく来たようですね」


 俺の視界の左端に、直立したクモのような獣人とドグガのような獣人が現れる。


「コウモリ獣人の言った通りだったな!! あの裏切り者の半端者が心の支えにしてるっていうガキんちょが、この街にいるって話は。街全体に俺様の糸を使った結界を張っておいて正解だったな!! 空間転移の鍵でのみ結界の中に入れるよう細工しておいたからな。空間転移の鍵の力を感じた場所に行けば、そのガキんちょってのがどいつか即座に特定できるってわけだ!! 俺様、あったまいいー!!!」

「クモ獣人、あの裏切り者の半端者を倒したわけではありません。喜ぶのは早いですよ」

「わーかってるよ、ドクガ獣人! だが、今まで奴の討伐に何の役にも立たなかった俺達がこうしてチャンスをつかんでるわけだろ? 舞い上がらずにいられるかよっ!!」


 コウモリ獣人からガキの情報を伝えられたらしい奴らは、まだこのガキを特定しただけなのに妙に舞い上がっている。


「俺の存在を忘れているのか? ビーストウォリアーズの獣人共。奴をこの手で殺すまでは、このガキには指一本触れさせんぞ!!」


 俺はクモ獣人、ドクガ獣人に向かってファイティングポーズをとった。


「人間のガキ、俺は貴様ら人間が嫌いだ!! だが、奴との決着がつくまでは貴様を守り通すと奴と約束している。約束は必ず守らなければならん。貴様を守るのは俺の目的の為である事を忘れるな!!」

「……わかってるよ」

「話は終わりましたか? では、こちらからいかせてもらいますよ!! ポイズンパウダー!!」

「なっ!!」


 ドクガ獣人は毒鱗粉を周囲に撒き散らした。猛毒の毒鱗粉が公園全体を包み込む。利用するつもりゆえ傷つける事はしないと俺が考えていたガキも躊躇なく巻き込んだのだ。


「うわあぁぁ!!」


 恐怖から悲鳴を上げるガキに、俺は咄嗟に右手を向ける。


「ゴホッ、ガハッ……」


 猛毒の毒鱗粉をまともに吸い込んだ俺は、喉を押さえながら片膝をつき激しく咳き込んだ。息が、苦しい!! 激しく咳き込みながら、俺はガキが立っていた場所に視線を移す。……ガキが白い霧に覆われて立っているのが確認できた。なんとか……間に合った……か。


「貴様の周囲にある霧は、俺が作り出した霧のバリヤーだ。この中ならば、このような毒鱗粉の中でも生きていられる。だが、ぐっ、ぐあぁ」


 突如クモ獣人がガキに片手を向けた状態の俺に向かって口から糸を吐き出し、俺の身体を蜘蛛の糸が包み込んでいく。毒鱗粉で回避できなかった俺は、放射状に絡みついたクモの糸で拘束されてしまった。


「シャシャ、水属性の半端者よ。俺達は貴様がこのガキんちょを能力で守り、隙が生まれる時を待っていたってわけさ!! ドクガ獣人の毒鱗粉からガキんちょを守るために能力を使えば、その間はそれ以外の水を用いた能力は使えまい。そこをこの俺様、クモ獣人が貴様を捕らえ2人まとめて人質にしようという計画だったのさ!!」

「まぁ、もっとも、あなたはあの裏切り者と違って人間を嫌っていますからね。ガキを守るために能力を使うか、ガキを見殺しにして自身に能力を使うかは賭けでしたがね」

「くっ、おいガキ、貴様は早く安全な場所に逃げろ! 貴様が安全を確保するまでは霧のバリヤーは維持してやる! 急げ!!」

「う、うん!」


 ガキは霧のバリヤーに包まれた状態で駆け出し、撒き散らされた毒鱗粉の中から脱出しようとした。だが、


「おおっと、そうはいかないぜ人間のガキんちょ!!」


 クモ獣人が上空を見上げ口を開くと、口から大量の白い糸を吐き出した。それは天に向かって吐き出された後、放射状に分散して夕焼けの空を徐々に覆っていく。結果、それはガキと俺のいる公園一帯を包み込む巨大な結界となる。ガキも結界が作られる前に脱出する事はできなかったようだった。


「そ、そんな……」

「くっ、閉じ込められたか!」

「ゴホッ、おいドクガ獣人、俺にお前の毒鱗粉を中和する解毒剤を渡せ。このままでは、俺まであの世行きだからな」

「わかっていますクモ獣人。あなたは早く結界の外に出て、裏切り者の半端者をここへ連れてきてください。そして、この人質2人の命と引き換えにビーストウォリアーズに自らの命を差し出すように要求してきてください」


 ドクガ獣人は、クモ獣人に解毒剤らしい液体の入った小瓶を渡す。


「了解だドクガ獣人!! これで、我らの勝利は間違いなしだ!!」


 クモ獣人は小瓶を受け取ると、足早に結界に近づいていく。すると、蜘蛛の糸で作られた結界の一部が開き、結界の外へと脱出していった。


「ゲホッ、くっ、半獣人の身体能力を舐めるなよ!! 水の力が使えずとも、こんな糸の拘束ごときでこの俺を!!」


 身体能力なら同胞である奴にも負けているつもりはない。剛力を駆使して、俺は拘束を引きちぎろうとした。だが、俺の身体に絡みついた蜘蛛の糸は全く動かなかった。


「無駄ですよ、水属性の半端者。その糸は単純な腕力等の力は一切寄せつけないほどに頑強なのです。あなたは、そこにいる人間のガキと一緒に裏切り者を始末するための駒になってもらいます」

「虎のおじさん、なんで? なんで、そこまで? 俺を見捨てれば虎のおじさんは助かるんだよ!!」

「……奴と約束した。決着がつくまでは、貴様を必ず守り通すと。ゴホッ、何があっても、一度約束したことは、守らねばならん!!」


 そう、俺は、貴様ら人間のような恐怖に屈して約束を反故にするような弱い存在などでは、ない!!

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