第4話 拉致
廃工場にさらわれた事件から、俺は少しでもライオンのおじさんの力になりたくて行動を起こした。ライオンのおじさんが戦っている場所に行って傷の手当てをしたり、危ないかもしれないけど大声で応援したり。もちろん、学校がない日で行ける場所だけだったけど。
その日、ライオンのおじさんは獣人を倒した後、俺を背負って人気の無い公園に寄った。
俺を公園に下ろしたライオンのおじさんは、戦いの疲れからか公園の長椅子に腰掛ける。そして、顔を上げると俺の目を真っ直ぐ見て言う。
「アキラ、頼む。もう戦場には近づかないでくれ!!」
公園に来る途中で、ライオンのおじさんは走りながら俺を諭すように言った。自分は獣人と同一視されることも珍しくない。そんな自分と一緒にいたら、お前まで迫害されるかもしれない。自分はそれが怖いのだと。
確かにそうかもしれないし、獣人達の暴れる場所に行くのが危険なのもわかってるよ。でも、俺は嬉しかったんだ。ライオンのおじさんが、俺なんかを強いって認めてくれたのが。
「俺は、おじさんの力になりたいんだよ……」
俺は用意しておいた大きめのペットボトルに水道水を入れて、おじさんの身体に刻まれている傷を洗う。水がしみたのか、おじさんは少しだけ顔を歪ませている。その後、傷薬を傷口に塗って包帯で患部を覆っていく。
「アキラ、お前には本当に感謝してる。こんな俺を気にかけてくれるだけで、俺は嬉しいんだ。だが、戦場に近づくのは止めてくれ。もしお前の身に何かあったら、俺を受け入れてくれる存在は誰もいなくなっちまうんだからな」
「……確かに獣人は怖いけど、おじさんが一緒なら平気だよ! ライオンのおじさんは強いんだから!!」
俺の言葉に、ライオンのおじさんは後ろめたそうに目線を逸らした。
どうしてだろ? 無敵ってわけじゃないかもしれないけど、ライオンのおじさんがそんな簡単に負けるわけない。自分の力に自信だってあるだろうし、あんなに強いんだから獣人達だって怖くないでしょ?
そんな事を思っていると、ライオンのおじさんは俺に目線を戻して大声で忠告した。
「アキラ、俺の力をもってしても、獣人達からお前を守り通すのは限界がある!! 正直、足手まといで迷惑、だ。だから、次からは絶対に戦場へは近づくんじゃねぇぞ!!」
ライオンのおじさんが跳躍して公園を立ち去った後、釘を刺された俺はその場にしゃがみこんでいた。こんな事くらいで落ち込む自分が嫌だったけど、少しだけ悲しかったんだ。
……ライオンのおじさんだけは、学校の奴らみたいに俺をちびだからって馬鹿にしなかった。俺はただ、俺を強いって言ってくれたおじさんの力になりたかっただけなのに……。結局、おじさんも俺を突き放すんだ。
***
次の日、俺はいつものように学校に向かっていた。オオカミの獣人達に校舎が壊されてから、学校は青空教室に変わってはいたけど授業があるのは変わらなかった。その途中、俺はいきなり背中から衝撃を受ける。
「おいちび、何ボーッとしてんだよ!」
うつ伏せに倒された後、立ち上がって後ろを振り返る。……学校の同級生だった。そいつらの1人に、背中から蹴りつけられたようだった。
「……うるさい」
「うるさい? 学年一のちびで運動も全然できない奴がそんな事言っていいのか?」
「そうそう、友達の1人もいないくせにさ!!」
そいつらは俺を馬鹿にして、腹の立つ笑い声をあげる。
「お前ってさ、最近ニュースとかに出てるライオンの化け物みたいだよな。誰にも相手にされてない所がさ!! 化け物のくせに、正義の味方みたいな事してるのを考えたら、あの化け物の方が馬鹿なのかもしれないけどさ!! あっ、でもあの化け物は俺達の役に立ってる分、お前の方がいる意味も無いよな!!」
「……俺の事はいいけど、ライオンのおじさんを馬鹿にするのは止めろよ!!」
「ライオンのおじさんって、お前あの化け物と仲良いのか? そういえば学校が襲われた時、先生が止めるのも無視して追いかけてたな!! やっぱ似た者同士なんだな、お前ら!!」
「ライオンのおじさんは俺よりずっと強いし、馬鹿にされる事なんて何もしてないだろ!! それに確かに、俺はちびだよ。でも、ライオンのおじさんが俺を強いって認めてくれたんだ。俺だって」
「あの化け物は多分、お前があんまり弱いから同情してんだよ! そうじゃなきゃ、誰がお前を認める事言うかって話だよな!!」
「うるさい!!」
俺はリーダー格の奴に反撃しようとしたけど、仲間の奴らに簡単に取り押さえられる。
「馬鹿が!!」
リーダー格の奴は言うと、俺の腹に重いパンチを入れてきた。
「ガッ!!」
息が詰まって、呼吸が一瞬出来なくなる。その場にうずくまった俺を残して、あいつらは青空教室への通学路を先に歩いて行く。惨めで、悔しくて、仕方なかった。
ライオンのおじさんは、強い。でも、俺には何の力も無い!!
腹を押さえながら、俺は自分の無力さに怒りを感じていた。結局力が無ければ、何も出来ない。そんな考えが頭の中を支配し始めていたんだ。
***
「足手まといで迷惑、か。心にも無いことを言っちまったな」
アキラに釘を刺した日の翌日深夜、俺は自室のベッドに座りながらあいつの事を考えていた。昨日の戦いでも、俺を応援してくれた所をアキラが獣人に攻撃されちまった。バリヤーを展開するのが少しでも遅れていたら……。思わず、冷や汗を掻く。
アキラの事を考えているうちに、アキラの母さんから以前言われた言葉を思い出す。
あなたがいるから巻き込まれてしまう人もいるんです。なるべく私達には関わらないでください。
逃げ出す事が正しいとは絶対に思わねぇ。だが、アキラの母さんの言う通りなのか? 俺がいるから、アキラや周りの奴らが危険な目に遭うのか?
そう考えながら、俺はベッドに横になる。しばらく悩んでいたが、やがて考える事を止めた。
「悩んでも仕方ねぇ。俺が戦わねぇと、人間は獣人に滅ぼされちまうんだ。だったら、俺は人間を守るために戦う。それだけだ!」
そう結論付けて、俺は1人つぶやいていた。
「俺も不自由になったもんだ。人間1人のためにこんなに悩むなんてな」
いつの間にか自分と自分を取り巻く環境が変わっていた事を自覚して、俺は内心驚く。だが、それが不思議と悪い気がしなかったのも事実だった。
***
次の日、街の中心部で鷲獣人が暴れている情報をキャッチした俺は、即座に変身して現場に向かった。
「そこまでだ、鷲野郎!」
「来たか半端者。貴様が来るのを待っていたぞ」
「待っていただと?」
「こうやって人間共をいたぶっておれば、獣人の血を持ちながら人間に与する愚か者の貴様をおびき出せるというわけだ!」
「なら最初から、俺だけを狙えばいいだろ!! これ以上、関係ねぇ人間を巻き込むな!!」
「どのみち人間も殺すのだ! 同じことだ」
鷲野郎の身勝手な言い分を聞き湧き上がった激しい怒りを、俺は拳を強く握りしめ抑えつける。自分の拳が怒りに震えているのがわかった。
「ふざけるんじゃねぇ。勝手な理由で人間を傷つけやがって。これでもくらいやがれ、フレイムバレッツ!!」
一気に勝負をつけようと、俺は自身の周囲に無数の炎弾を作り出す。そして、両腕を鷲野郎に向け一斉にそれら全てを放つ。
俺が放った無数の炎弾に対して、鷲野郎は自身の周囲に無数の細長いクリスタルを展開した。
「そんなもの、マジョリティーガード!!」
鷲野郎が叫ぶと、奴が展開していたクリスタルは組み合わさり、それらは奴を守る無数の盾となった。クリスタルの盾に、俺の炎弾が炸裂して激しい爆発と爆音が起こる。爆発の煙が晴れると、そこには傷1つ負ってねぇ鷲野郎の姿があった。
「相殺する。貴様の炎は私には効かん」
「そうかよ。だったら、直接ぶん殴ってやる!!」
そう言って、俺は鷲野郎に突撃する。
「愚かな。クリスタルアロー!!」
接近戦に持ち込もうとする俺に対し、鷲野郎は無数のクリスタルを矢のように飛ばしてくる。
「くっ!」
俺は円形のバリヤーを自身の周囲に展開して、飛来する鋭利なクリスタルを防ぐ。
「どうした、かかって来んのか? ブレイブレオの名が聞いて呆れるな、臆病者!」
「何だと、この野郎!!」
臆病者。最大級の侮辱を受けた俺の頭から、戦士の冷静さが消し飛ばされた。
「だったら、てめぇの望み通りにしてやるよ!!」
鷲野郎の挑発に易々のっちまった馬鹿な俺は、バリヤーを解除して再度奴に突撃した。鷲野郎の鋭利なクリスタルが、俺の肉体を切り裂いていく。鋭い痛みが全身に走り、思わず悲鳴を上げそうになるのを何とか堪える。
痛ってぇ!! だが、傷だらけになろうが、そんな事知った事か! 俺は逃げねぇ!!
全身血だらけ、切り傷だらけになりながらも、俺は鷲野郎との距離を縮めていく。そして、遂に鷲野郎の眼前にたどり着いた。
「終わりだな、てめぇの負けだ!」
俺は強力な熱を集中させた一撃必殺の拳を、鷲野郎に振り上げる。
てめぇの盾ごと打ち砕いてやる! 臆病と罵った俺の拳、くらいやがれ!!
「どうかな! クリスタルシールド!!」
鷲野郎は再度クリスタルを結集させると、厚みのある強固なシールドを作り出す。俺の拳が鈍い音を立ててシールドにぶつかるが、シールドの一部をわずかに溶かしただけだった。
「ち、畜生!!」
俺はガクリと片膝をつく。鷲野郎がシールド越しに右手を俺に向け、光のエネルギーを凝縮しているのが見えた。
「単純馬鹿め、サンシャインビーム!!」
シールドの解除と同時に、奴は高熱の光線を俺に放ってくる。
「ぐぁーーー!!!」
放たれた光線とクリスタルの矢で受けたダメージ。俺は双方への痛みに苦しみの叫びを上げ、遥か後方に吹き飛ばされる。鷲野郎が破壊した建物の瓦礫を蹴散らしながら吹き飛ばされた俺は、破壊された家屋に背中から叩きつけられやっと止まる。
「ガッ、ハッ!!」
背中から家屋に叩きつけられ、一瞬呼吸ができなかった。光線による火傷とクリスタルで受けた切り傷で全身が痛み、立ち上がるのもやっとだった。
「ハァ……ハァ……この……野郎!!」
俺は重い身体をふらつかせながら、なんとか立ち上がる。
「しぶとい奴だ! サンシャインビーム!!」
「そんな直線的な技、二度もくらうか!!」
奴が放った二発目の光線を避け、俺は再度突撃しようとした。だが、咄嗟に悪寒を感じて全力で横へ飛んだ。
「ぐぁ!!」
後ろから俺の脇腹をかすめていったのは、たった今避けたはずの鷲野郎の光線だった。振り返ると、そこには鷲野郎が展開したクリスタルの1つが宙に浮いている。
あのクリスタルが、避けた光線を反射したのか!!
「まだまだ苦しみ足りないと見える!! 私の攻撃に、一体どこまで耐えられるかな! クリスタル、展開!!」
今までのクリスタルが最大数じゃねぇのか!
今まで展開していた数の倍はあろうかというクリスタルが、鷲野郎の周囲に現れる。それらは、俺の周囲を瞬時に取り囲んだ。
「サンシャインビーム・スプリット!!」
鷲野郎は俺の周囲を取り囲む無数のクリスタルに、再度光線を放つ。すると奴の放った光線は、途中で枝わかれして俺の周囲に展開されているクリスタル同士で反射しあう。結果、俺は奴の放った光線に全方向から襲われる形になった。
クソォ、これじゃあ逃げ場がねぇ!!
咄嗟にバリヤーを展開してそれらを防ぐ。だが、鷲野郎は光線がバリヤーに触れて消滅する度に、間を置かず光線を打ち続けてくる。バリヤーに触れる度に光線は消滅するが、鷲野郎が立て続けに光線を放ち続ける。クリスタル同士で何度も反射され、放たれ続ける光線を前にバリヤーの耐久力が遂に限界に達する。
畜生、限界が来やがったか!
数十秒後、鷲野郎が俺の周囲に展開していたクリスタルを自身の周囲に戻す。俺は全身を焼かれて、うつ伏せに倒れていた。
身体が……動かねぇ。血を流しすぎた……か。だが、俺は負けられねぇんだよ!! こんな強力な力を持つ獣人、俺以外に誰が倒せるってんだ!! アキラの生きる世界を守るためにも、俺は絶対負けられねぇんだよぉ!!
闘志の炎を燃やして、なんとか俺は立ち上がる。
「とどめだ、ビッグクリスタルブロック!」
「ハァ、こんなもん!!」
俺は右の拳で、向かってくる巨大なクリスタルの塊を砕き割った。……見かけの割には大した事のねぇ技だ。そう思いながらも、鷲野郎に再度攻撃加えようとしたその時だった。
「ライオンのおじさん!!」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、たった今砕き割ったクリスタルの塊が無数の破片となりアキラを取り囲んでいた。破片は再結集すると、アキラをその中に閉じ込める。閉じ込められたアキラの隣に、ネズミ獣人が姿を現す。
「アキラ、来るなって言っただろ!!」
「この子供は貰っていきますよ。私の計画に役立ってもらいます」
「待て! そいつは関係ねぇだろ! 狙うなら、てめぇらを裏切った俺を狙えばいいじゃねぇか!!」
「この子供があなたと親しいという情報が、以前の入れ替え作戦に参加していた戦闘員からもたらされましてね。この子供には利用価値がある。だから、頂いていきますよ」
「ライオンのおじさん、助けて!」
クリスタルの中から、アキラが必死に助けを求めてくる。
「待ってろ、今助ける!」
アキラを助けようと走り寄ろうとした俺の背後から、無数のクリスタルが飛来する。
「ぐぁ!!」
「私を忘れてもらっては困るな」
鷲野郎の攻撃に、俺はうつ伏せに倒れ込んだ。クリスタルと光線のダメージで全身に強い痛みが走っていて、上手く動かせねぇ。だが今は、そんな事どうでもいい!!
「くっ、この鷲野郎!!」
「では、私はこの子供を連れて行きます。後は頼みましたよ、鷲獣人」
「ライオンのおじさーん!!」
「アキラァァーー!!」
うつ伏せに倒れた状態で、俺は必死にアキラに手を伸ばした。だが、その手が届くはずもなく、ネズミ獣人とアキラは突如空に現れた黒い裂け目に消えちまった。
「ネズミ獣人の奴め、話が違うではないか! 私がガキを捕らえて人質にした後で、半端者を倒す計画だったはず。私を利用した上で捨て駒にするつもりか!! ……だが、まあいい。それは私の力のみでこやつを倒せなかった時の保険。満身創痍のこやつなど敵ではない!!」
鷲野郎が企みを暴露している前で、俺は空に手を伸ばしたまま呆然としていた。そんな俺に、鷲野郎が感情のこもっていない声で蔑みの言葉を浴びせてくる。
「無力なものだな、半端者。あのガキは貴様と関わったがために狙われたのだ」
厳しすぎる現実を突きつけられた俺は、静かに立ち上がり鷲野郎に向かい合う。
「ああ、そうさ。てめぇの言う通りさ。俺なんかと関わっちまったせいで、あいつは狙われた。初めて自分を頼ってくれた存在すら、守り切れなかった。俺は結局、周りを不幸にするだけの疫病神かもしれねぇな」
「自分でもわかっているではないか、半端者。そうだ、貴様は所詮」
「だがな! こんな俺をあいつは応援してくれた! 疫病神かもしれねぇ俺を必要としてくれた! だから、あいつはこの命にかえても必ず助け出す!!」
「無理な話だ! 貴様はここで死ぬ! あのガキも助からん!」
「あいつは俺の存在意義そのもの!! だから、絶対に、あいつは助ける!!! うぉおおおおーー!!」
俺は決意と共に叫ぶと、残っている炎の力全てを全身に纏う。強力な熱を帯びた俺は、跳躍して全身をドリルのように回転させる。
「ブレイブトルネード!!」
ドリルのように全身を回転させ、俺は一気に鷲野郎に向かっていく。
「させるか! クリスタルシールド!!」
鷲野郎は再び強固なシールドを作り出し、俺の攻撃をガードする。だが、強烈な熱を帯びた俺の全身を使った刺突は鷲野郎のシールドを徐々に溶かし、そのまま鷲野郎を焼き尽くす。
「こ、この私が、半端者ごときにーー!!!」
断末魔の叫びを上げた鷲野郎は光の粒となり、消滅した。
「アキラ、すまねぇ。本当にすまねぇ。俺のせいで……」
俯いていた俺は、必死に自分の心を奮い立たせる。どんなにボロボロになっていようが、ここで意気消沈してる場合じゃねぇ!!
「だが、だからこそ、お前は俺自身の手で必ず助け出す。必ず!!」
固く誓った俺は、忌々しいライオンの獣頭を上げて咆哮した。
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