僕らの1LDK大学生活

 さて、ここで大きく時は飛ぶ。理由はお察しくださいというやつである。かくも世の中というのはなかなかに世知辛いもので、何事にも制約というものが存在するのである。


 まあそんな事はさて置いて、夏休みのバーベキュー海水浴や、コミケ目的の東京旅行、恐怖スポット巡りに行ったと思ったら本当に恐怖だったのは恭弥の運転だったというオチの肝試しなどなど、対外的に見て、僕らは充実した夏休みを過ごした。


 それからもダラダラと僕の家で宅飲みをしたり、アウトレットモールに皆で行ったり遊園地に行ってみたり、なんて日々を過ごしていたら、気が付けば季節は冬になっていた。


 十二月も半ばに入り、札幌の街並みにはすっかりと白のデコレーションが施されている。駅前や少し大きいショッピングモールに行けば、一丁前に大層なクリスマスツリーが飾られている。もう少し時が経てば、性夜とも呼ばれる否モテ男達にとって蛇蝎のごとく嫌われるクリスマスと呼ばれる日がやってくる。


 しかしながらそんな事には当然のように縁の無い僕は、去年がそうだったように、今年も僕の家で百鬼夜行の飲み会が開催されるのだろう。


 確かに楽しい。楽しいのだが、片付けが大変なのだ。七面鳥やオードブル、特大のクリスマスケーキ、そして何よりも大量の酒。僕含めて皆ベロベロになるまでしこたま酒を飲むので、部屋がゲロまみれになるという程ではないが、まあ酷い有様になる。


 去年の様を思い出し、少し辟易としていると、不意に僕のスマホが音を鳴らした。

 画面を確認すると、東條からだった。


『クリスマス、私と過ごしてくれる?』


 彼女にしてはとても自信無さげな文面だった。いつものように語尾を伸ばしたり、顔文字を使っていない。東條がどんな表情で、どんな想いで短いこの文を僕に送ってきたのか、僕はすぐに思い浮かんだ。


 実を言うと、僕はあの日東條と二人で出かけてからその後も何度か暇を見つけて二人きりで遊びに出かけていた。それは見方を変えればデートと呼べるようなものだった。しかしそれは、あくまでも「暇」を見つけて、である。優先したのはグループでの集まり、繋がりであり、今までは全員で過ごす時間を大切にしていた。だが今回東條は、わざわざクリスマスという全員がまず間違いなく集まって過ごす日を指定してきた。それはつまる所僕に、東條と皆のどちらをとるか? と聞いてきたのだ。


「どうしたものか……」


 すぐに返事をする事は出来ず、僕は床に寝そべってその辺に置いてあった煙草に火をつけた。


 ここで僕が東條の誘いを断っても、彼女は何食わぬ顔でクリスマスパーティーに参加するだろう。だがその時僕はどんな顔で彼女を迎えられる? 


 どう転んでも関係が変わってしまう。正直、東條からの好意は前々から感じていた。だけど僕は、この居心地の良い皆との関係が変わってしまうのが怖かったのだ。東條もそんな僕の心を見透かしていたからこそ、今まで選択を迫らなかったのだろうけど、彼女もその辺思う所があったのだろうか。


 わからない。僕はどうするべきなんだ。


 皆に相談するという選択肢は無い。それは、東條の想いに対して失礼だ。


 いつしか煙草は根本を残して吸いきってしまっていた。


 選択する事は怖い。だがもう決めた。僕は東條に「わかった」とだけ送った。


   ○


 待ち合わせ場所は札駅南口広場のイルミネーションきらめくツリーだった。そこにいた東條は、思わず二度見してしまう程に綺麗だった。白いコートとブーツはこの間一緒に買い物に行った時に僕が選んだ物だった。着ている所を一度も見た事がなかったので、失敗したかと思ったが、今日という特別な日のために着ないで残してくれていたらしい。


「あたしね」

 予約していた少しだけ高めの居酒屋に向かう道すがら、東條は至極真面目な顔で話し始めた。


「今日誘うかどうかすっごい悩んだの。あんたが皆との時間大事してるのはわかってたからさ。やっぱクリスマスって特別じゃん? 去年も一杯ご飯とかお酒買って楽しかったよね」不意に、東條は黙りこくってしまった。「やっぱり、迷惑だったかな?」

 そう言った東條の目には軽く涙が溜まっていた。


「なんでそう思う?」

「だって、あたしと会ってから、まだ笑ってくれてない」


 僕は東條にこんな顔をさせるために皆とのクリスマスパーティーを蹴ったのか。あの時僕は決断したじゃないか。皆と東條を天秤にかけて東條をとると。


「迷惑、というよりも戸惑いの方が大きい。東條はいつも唐突に過ぎる。正直、悩んださ。僕はすっかり今年も僕の家でクリスマスパーティーをやるもんだと思っていたからさ。だけど僕は、東條をとった。まあ、そういう事だよ」


 何がそういう事なのか僕自身わからないが、とにかくなんとなく恥ずかしい事を言ったような気がして僕は東條から顔を逸した。


「そっか……」

 東條は立ち止まった。そしてまた、唐突に爆弾を放り投げてきた。

「ね、キスしてよ」

「は?」

「そしたら、信じるからさ」


 会話に集中していて気が付かなかった。いつの間にか僕は人気の無い場所に誘導されていた。チラリと見た東條の顔は不敵な笑みを浮かべていた。

 ハメられた。嘘泣きだったのだ。


「おま、ふざけんな!」

「してくれないの……?」


 僕の発言に東條は再び愛らしい双眸に涙を浮かべる。

 八方塞がりである。最早僕に逃げ場は無かった。


 ちくしょう。もうこうなったらヤケクソだ。とびきり濃厚なのをかまして東條の度肝を抜いてやる。僕は勢い勇んで東條にキスをした。


 その後僕らがどんな時間を過ごしたか。それは決して語らない。なぜなら恥ずかしいからである。まあ、世間一般の例に漏れずという奴である。


 なんとも締まらないが、こうして僕らは晴れて恋人と相成った。


   ○


 さて、僕が心配していたその後の皆との関係はというと……。

「だーはっはっはっは! 間違いなくお前はかかあ天下だな!」

ウィスキー瓶を片手に僕を煽る結城。

「よ、東條お母さん!」と恭弥。

「付き合って早々尻に敷かれてんのか……可哀想に」と圭介。

「女の子の立場が上だと関係が長続きするって同人誌に書いてた」と勘九郎君。

「東條まま~ボキも尻に敷いて~」


 などと気持ち悪い事を言っている秀一に対し美優は「黙れ」と絶対零度の目線で言葉通り黙らせた。


 意外な事に、付き合ってからというもの美優は僕以外の男とは距離を置くようになった。身持ちが固いというのとも違うが、とりあえず彼氏の僕としては安心である。


「まあ気持ち悪い秀一は置いておいて。いい加減、僕と美優を肴にするのはやめてくれ」

「いやそりゃ無理だろ。なんてったって今一番ホットな話題だからな」

 ものすごい正論を圭介に言われてしまうと何も言い返せなかった。


「さいですか……」

 まあ、こんな感じで何かが大きく変わるという事は無く、今日も今日とて僕の家に集まり、酒を片手に騒いでいた。


「やっとくっついたか」とは圭介の言である。他にも「見ててまどろっこしかった」などなど散々色々と言われたが、皆僕らを祝福してくれた。


 少しだけ変わったのは、僕と東條が皆と過ごす時間が減り、二人だけの時間が増えた。それ以外は今まで通り、全員でお出かけをしたり、こうして宅飲みをしたり、相も変わらずくだらない生活を送っていた。


 もうすぐ学年が上がる。そうなると、就活を始める奴も出てくるだろう。だけど、と僕は思う。どれだけ環境が変わろうと「僕らの1LDK大学生活」は続くだろうと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らの1LDK大学生活 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ