第三話 追及の朝
翌日。
「おは
特に恨まれる覚えもないが、多分ノリで飛びかかってきてきたのであろう将也を空中で迎撃して、陽一は揚々と教室に踏み込んだ。クラスの席は既に半分くらい埋まっていたが、将也の奇声を気に留めた者は一人もいない。
席に着いて鞄を机に掛けた陽一のもとに、痙攣しながら再び将也が近づいてくる。一撃で殊の外体力を削られたらしく、ある意味いい塩梅のテンションになっていた。
「おはよう陽一。いい朝デスネ……」
「そうでもないな。花粉が多い」
「知らねーし……」
目を合わせようともせず、氷点下のトーンで返す陽一に、肩を落とした将也がぼやく。それから彼は両手を陽一の机に乗せ――それで必死に身体を支えているようにも見える――抑えた声で続けた。
「なぁ陽一、一つ聞きたいんだけど。昨日お前と一緒に帰った女子さ」
「ああ」
「お前の妹ってマジ?」
「ああ」
尋ねる将也に二度同じトーンで相槌を打って、陽一はちらりと横目で相手を見た。猜疑の目で自身を睨むその顔を、実に面倒くさそうに睨み返して、陽一は短く鼻を鳴らす。
「疑うんなら学にでも聞けよ。アイツなら中学のときから知ってる」
そう付け加えてはみたものの、将也の視線は陽一に固定されたままだ。舌打ちしたい衝動に駆られながらも、結局視線を正面に戻す。
そこへ、やはり小声のままで将也が再度話しかけてきた。
「名前呼び捨てにされてたよな、お前」
「アイツの癖だ」
「義理の、とか、実は妹みたいな親戚、とかでもないんだよな?」
「何が言いてぇんだよ」
「仲良過ぎないか? 実の妹にしちゃ」
苛立ちも露わに吐き捨てる陽一に対し、将也もそれ以上は勿体ぶらず問いかける。
だがその問いに、陽一はきょとんとした顔で将也に向き直った。よっぽど意外なことを言われたという反応だ。彼の反応の毒気の無さに、尋ねた将也までも呆気にとられてしまう。
二人の会話に、何人かのクラスメイトたちは聞き耳を立てていた。昨日学が指摘した通り、陽一と星奈の関係は学年でもそこそこ有名だったが、そこまで突っ込んだ事情を知る者はいない。そして、直接尋ねはしなくとも興味を持っている者は少なくなかったようだ。
しばし呆然としていた陽一は、やがて小さく首を傾げつつ、
「仲悪いのか、普通の兄妹って?」
率直に問う彼に、将也も困惑したものの、咄嗟にその目を盗み聞き集団の方へ移した。何人かが驚いて肩を跳ね上げる中、将也はちらちらと陽一の方にも目をやりつつ声を張り上げた。
「いや仲悪いって言い方するかは微妙だけど、少なくとも腕組んで一緒に帰ったりはしないと思うぜ……なあ?」
同意を求める将也の声に、やはり何人かは首を縦に振った。妹のいる男子、或いは兄のいる女子たちが、自分のことのように真剣な目をして二人を見つめる。将也の剣幕は苦にしなかった陽一も、逆にこれにはたじろいだ。
「そういうもんか……俺は別に特別なつもりはなかったんだけどなぁ」
「ホントかよ~? そんなこと言いつつアレじゃないか、実は妹に欲情したりなんかして~?」
「粉々にするぞ」
途端に調子を取り戻してからかい口調になった将也。突き放すように陽一が言うが、堪えた様子はない。忌々しげに嘆息した陽一は、細い目で彼を睨み返しながら、その表情に僅かに影を落とした。
「……ま、うちは昔っから親が奔放で、放っておかれることが多かったからな。ガキの頃から半分星奈と二人で暮らしてたようなもんだし、一緒にいるのが当たり前だった。むしろアイツと仲が悪かったら生活が成り立たねぇよ」
「だからってあんなにイチャつくもんかね?」
「そう見えてんなら眼科に行け。ヤブで
「いいわけねーだろ行かねーよ」
納得がいかない様子の将也が、げんなりした顔で放たれた陽一の軽口を受け流す。一方で、周りで聞いていたクラスメイトの半分くらいは、今のを聞いてこれ以上無粋な詮索はしないことにしたらしい。一団がまばらに解けていく。
それを見て取った将也は、内心溜息をつきながら、一瞬外していた視線を陽一に戻した。
「……それなら、仲はいいけど普通の妹、ってことなんだな?」
「
念を押すような口ぶりに、陽一が応じる。
「ならさぁ。妹に彼氏とかできたら?」
「いいんじゃねぇの? 大事にしてくれる相手なら」
重ねて問う将也と、応える陽一。後者の表情は、次の展開が読めたのか、酷くけだるげだ。そんな彼に構わず、将也はそこでキリッとした表情を作り、
「陽一。一生大事にする、だから妹さんに紹介してくれ」
「論外」
「何でッ!?」
即答され、瞬時に将也の表情が崩壊した。バンッ、と机を叩いた彼の掌に、陽一は握り拳を叩き落としながら、言い聞かせる口調で告げる。
「だから昨日言っただろうが。お前の見境なしなとこは信用できねぇって。他の誰かならともかく、お前は絶対紹介しねぇ」
「ちっくしょう……」
「恨むんなら今までの自分の行いを恨め」
押し殺した声で吐き捨てながら、将也は肩を震わせた。心なしか涙目にも見える。自分の提案を完膚なきまでに断られたからか、掌を叩き潰されたからかは分からないが。
その頃には席もほとんど埋まっていた。時計を見れば、あと数分でホームルームだ。陽一が時計を指さし、続けて手を振ると、将也は悔しそうに自分の席へ戻っていった。
やがてホームルームが始まり、今日の学校生活が幕を開ける。
新学期が始まってすぐの退屈な時間をぼんやりとやり過ごしながら、陽一の頭の中には将也の指摘が、しつこく張りつき続けていた。
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