第30話 誰かの為の全消去

 さて、何故フィンは私に嘘を吐いているのか。

 確かに、応戦した跡はあるが、切り傷はない。私は戦闘に疎い一般市民だが、前の時代では戦いを間近で見ていた。服だけ切られるのも、紙一重で避けていたフィンならば可能かもしれないが、数的に可笑しい。

 本当にあの甲冑達と戦ったのか?

 怖気付いて戦いを回避し、その嘘を?

 いや、この二つは違うな。

 何故なら、フィンにはその必要がない。

 怖気付いて回避し嘘をつくぐらいならば、何故戦いを回避したかの説明をフィンは出来る。

 それに加えて、私は先程も言ったように戦闘に対しては素人も素人。フィンの説明は受け取るしか術はない。

 それをフィンは完全に理解している筈だ。

 そうなると、フィンは上記の理由で嘘を吐く必要がなくなる。

 そして、もう一つの疑問である本当に甲冑達と戦ったのか。

 この事についても、フィンの服の傷を見ればわかる。

 炎に焦げ付いた箇所。

 明らかに、火がある。剣同士でましては、自分で炙ってなんて無理があるだろう。

 自分でつけた焦げのあとだとは考え難い。

 そうなると、確かにフィンは、あの甲冑達と戦っている。

 しかし、それは一時的。

 良くて最初の一コマ。服の汚れからして、それは確定。

 しかし、そうなるとなぜ途中で終わった?

 そして、何故、あの甲冑達がフィンの嘘の証拠付を手伝っているんだ?

 フィンは、何を私に隠している?


「……そんな理由でアリス様が狙われているだなんて、そんな……っ」


 取り敢えず、私は気付いていないフリをして会話を戻す。

 本当に、騎士の目的がアリス様なのか?

 これも、嘘?

 可能性的にはあり得る。

 しかし、嘘ではない可能性も高い。

 これは一つの仮説であるが、騎士側もアリス様の処刑を良しとは思わずフィンに取引を持ちかけた可能性は捨てきれない。

 そうなると、何故私にまで嘘をつく必要性があるのかと言うところが随分とネックになるが……。

 今は、アリス様が本当に狙われている可能性がある事の方が重要。

 

「……フィン、悪いけど暫くはアリス様の護衛を優先して貰えるかしら?」

「アリスの? しかし、今の私ではあの甲冑共を退ける力はないですよ?」

「応戦はしなくていい。騎士としての恥かもしれないけど、どうか逃げ切る事に全力を注いで。お願いできないかしら?」

「ローラ様がそう仰るなら……」

「有難う。ごめんなさいね。無理な注文をしてしまって。しかし、それ程、あの甲冑達は強いの?」

「恐らく。魔法の力と言う未知の力を見せつけられた今、私では太刀打ち出来ないでしょうね」

「魔法か……」


 確かに、魔法に対しての情報がない今、私にはフィンの言葉だけが頼りになる。彼女の言葉をどれだけ信じるか。

 何か事情はありそうだが、ここまで隠し通すとなると本当の事は直ぐには聞けないだろう。

 ここは少し、フィンを泳がす必要があるな。


「確かに、今はあの甲冑達の情報が足りないわ。恐らく、アリス様が狙われるのならばアリス様への過度の行動が期待できる。アリス様の安全を第一に、魔法に対しての情報を少しでも手に入れてもらえるかしら?」

「はい。分かりました」

「それと、フィン」

「はい? 何ですか?」

「青色は何か言ってなかったかしら?」

「……何か?」

「ええ。何か」


 私が首を傾げると、フィンは少しだけ天井に向けて視線を逸らす。


「いえ、私が記憶している所では、何も」

「そう。有難う。では、アリス様の護衛をお願いね」

「はい」


 フィンは私に一礼して部屋を出る。

 フィンがいなくなった扉を見つめて、私はため息を吐いた。


「……知り合いか?」


 不味いな。

 可能性が、多過ぎる。

 ここに来て、随分と誤算ばかりだ。




「やあ、ローラ。ご機嫌は如何かい?」

「ええ、最悪よ。リュウ」


 私は図書館のリュウの場所で足を止める。


「本当に最悪そうだね」

「ええ。本当だもの。リュウ、貴方が死ぬ時迄の王子って、どんな人だった?」

「王子? ああ。彼とまた何か?」

「随分と色々ありすぎて答えられないわ。取り敢えず、キャラ変してた」

「ああ、昔の王子だとは思えなかった?」


 通じるのかよ。キャラ変。


「そう。小賢しくなってた」

「まあ、君が死んでから彼にも色々あったからね。昔の純真無垢の彼ではいられないんじゃない?」

「純真無垢ねぇ。片腹痛いわね」

「そう言わないであげなよ。彼も大変だったんだから」

「具体例をくれよ」

「まず、死んだ君が神格化されてしまった所から始まるけど?」

「はぁ、聞きたくない。けど、手短に」

「まぁ、簡単に言えば彼は選択を何度か誤った事を責められ続けたんだよ。彼は賢かったけど、無垢すぎるからね。君への扱いはその最たるものさ。彼は君への価値を誤った。次に、彼が望む世界だ。彼が掲げた世界は実に不現実なものだった。彼は、選択をまた間違えた。でもね、矢張り彼は無垢な人間だ。その時、石が投げ込まれた。ローラ、それが君だ」

「私? この話に私関係ある?」

「君は常に彼のキーパーソンだったんだよ。俺が煽った所もあるけど、あの学園にいた奴らの手のひら返しは笑ったね。文字通り、君は彼等に神に近い存在で崇められていた。自分たちの命を助けたのは、ローラ。君の死だって」

「……下らないな」


 最後まで、私のことを憎んで嫌っていればいいものを。


「忌々しそうに言うなよ。理由は置いておいて、結果、彼等が君たちに救われた事には変わりないんだから。貴族に晴れてなった彼等は言ったんだよ。ローラ様だったらって」

「……忌々しい話だ。私だったら何だと言うんだよ」

「君の選択は全てを導く。自分の損益も嫌われる事も厭わず、人々に救いを与える。笑っちゃうね。物語は物語だと言うのに。でも、王子は考えた。君を求める君ぐらいに君の事を。そして、彼は君になろうとした」

「悪夢の様な物語」

「その結果、彼は瞬く間に自分の方向性を記憶の中の君に置き換えて行った。彼は頭がいいからね。君の様に、嫌われる事も厭わず、自分が傷つく事も厭わず、君になり続けた」

「吐き気がする」

「そう言う事をいってあげないでくれ。彼は彼なりに努力した結果だ。そして、彼は君の道標のお陰で完璧な王になった訳だ。文字通り、彼は君だったよ」


 私は顔を上げる。


「過去形?」

「途中まではね。アリスとのご成婚が終わった当たりから、少し変わったんだよ」


 変わった?


「……何で?」

「何でだと思う? 俺は、君が既に答えを知っていると思っているよ?」


 答え、ねぇ。

 考えられる可能性は一つしかない。


「……ここは、現実と陸続きだって事か」

「俺もそう思う」


 そう言うと、リュウはニコリと笑って私を見た。


「リュウ、お前は誰の味方なんだ?」

「俺? 君の味方だと言っただろ?」


 そうか。

 それも、あり得るんだな。


「そうか。残念だ」


 現実世界で、私とフィンは同じ時間から来ている。

 恐らく、時間軸としては同じ時間軸。

 しかし、過去から来た彼等の時間軸は各々で違う。

 死期が迫った時に、私があの時代でゲームの中のローラに出会った場所の様に、この世ともあの世とも取れない場所であるここに来ている。

 各々、死期が迫った時間は違う。

 そうなると、一つの仮説が浮かび上がらないか?

 王子は、アリス様とのご成婚前の時間軸でここにいる。

 しかし、そこで王子の時は止まらない。

 彼には、その後アリス様とご成婚を果たし、子を授かる未来が約束されている。そして、それが史実である。

 となると、王子はこのゲームの中から、確実に未来に戻る事が出来ると言う事に他ならない。

 原理は、分からない。

 何故、そうなるかは知る筈がない。

 しかし、未来は確実に決まっているのだ。

 謂わば、この空間はブラックボックスの中と言っても差し支えがない。

 入った状態から出る状態。それだけが分かる。箱の中でどんな処理が起こっているかは分からない。

 だが、これで一つの前例が出来物だとすると、彼等は、間違いなくあの時代に帰れる事になる。

 その後、本当に死ぬかは分からないが、王子だけはそのままの生を全う出来る。

 そうなると、ある事が可能となる。

 それは何か。

 この世界の出来事の共有だ。

 恐らく、ここに来た過去の人物の中で王子が一番若い。

 王子はこの後の何かしらの事情の後、ここに来る人物が把握出来るとする。すると、何が起こるか。

 ここにくる人物に、ここで起きる出来事の共有が出来るのだ。

 流石に全員と共有しているとは思わないが、少なくともリュウの言葉の端々から得れるヒントを合わせれば……。

 リュウは、知っているのだ。

 恐らく、全てを。

 何故、私に言わないのか。

 味方では無いのか。

 そこら辺はどうでも良い。

 私達がここに来た原理と彼等がここに来た原理が違う今、闇雲に同期すればする分だけ歴史に亀裂が走る可能性がある。

 彼らは知っているが、私たちは知らない。その為に起こりうる事だって必ずあるわけだ。

 その選択肢は間違ってない。

 私に非難する資格も知識も持ち合わせていない。

 でも。


「残念? 何故?」

「リュウ、貴方、私の事本当に好き? 愛してる?」

「……情熱的だね、今日のローラは」

「茶化すなよ。真剣に、私は聞いているんだ」

「勿論、愛しているよ?」

「それは、どれぐらい?」

「とても大きく」

「大きさは要らない。欲しいのは、具体的な事だ。私を愛しているなら、お前は私を殺せれるのか?」


 全てを知っているなら。


「お前らの未来をぶち壊してでも、壊さなくても。私を殺す事が出来るのか?」


 愛しているなら、どうなんだ?

 なぁ、リュウ。

 答えてくれよ。




「お姉様っ!」

「あら、セーラ。おはよう。もう、いいの?」

「はいっ! ご心配おかけしました」

「貴女が元気になってくれたらいいのよ。気にしないで頂戴。でも、無理はしなで。本当に、大丈夫?」


 もう少し、時間が掛かるとは思っていたが……。

 ここでセーラの復帰は嬉しい誤算だ。

 今、私に切れる駒はとても少ない。

 

「はい……。お姉様のお陰で、何とか」


 あどけなく笑う姿はゲームの中のローラそのもの。違うのは髪型ぐらいか。

 しかし、間違いなく中身は、アリス様だろう。

 そもそも、あの時代に現れたゲームの中のローラは、何処からアリス様だったのか。

 明らかに、二人いた事は間違いない。

 本物のローラと、ローラだと思い込んでいるアリス様の二人だ。

 すると、ひとつだけ不可解な記憶が残る。

 あの記憶は、一体……。

 いや、今はそれら全ての考えは破棄だ。

 考える事が多すぎる。考えに体が引き摺られてしまうのは本末転倒もいい所だ。


「そう。では、今日からまた授業が受けられるわね」

「はい。でも、いいのでしょうか……。私達が授業を受けていても」


 フィンは別の任務についている事は既に伝えてある。

 嘘か誠か判断がつかない今、下手に隠し事をするのは帰って悪手になってしまう。

 その為、アリス様の事含めて、全てセーラには簡単に話してあるのだ。


「そうね。そんな事をしている場合ではないと、普通は思うわね」

「はい……」


 矢張り、セーラはこの一連の事件を自分要員だと思っている節があるな。

 確かに、我々をこの世界に招き入れたのは彼女だが、事の発端は明らかに彼女ではない。

 何か繋がっているのか?

 思い当たる節があるのか?

 フィンとあの甲冑達が繋がる様なパイプの様なものが、セーラにもあるのか?

 見極めなくてはならない。

 誤ってしまえば、そこで終わってしまう。

 私は、私の目的の為に。


「でも、そんな時だからこそ日常を送らなければならないわ」

「何故です?」

「私たちには情報が少ないからよ。この世界で何が変わったのか、全てを把握できていないでしょ? だからこそ、日常は大切よ。何がおかしいのかのバロメーターになる。それに、貴女はゲームの中の世界には人一倍詳しいはずよ? 貴女にしかわからない些細な変化を日常的にを過ごす事により洗い出してもらわなきゃ」

「な、成る程……。お姉様、凄いですね!」

「そんな事、ないよ」


 だって、私は。


 ここで死ななきゃいけないんだから。


 原因はわからない。

 世界の理も知らない。

 けど、これだけは分かる。

 私が、全ての時間、世界においてイレギュラーな存在である事を。

 全ては、私を起因にして回っていた。

 そして、私を起因に可笑しくなっていった。

 最後の最後で帳尻合わせが出来ていたかもしれないが、そうじゃない。

 リュウの話を聞いた限り、私と言う存在は多くの人を歪ませている。

 この場は、恐らくそれをリセットする機会を与えられた場。

 頭のおかしい話だと思うかもしれない。

 勝手な被害妄想に取り憑かれている話かと思うかもしれない。

 けれど。

 私にはそうとしか思えない。

 私と言う存在全てを、過去未来から消す。

 私に用意された道はそれしかなのだから。

 だから、誰にも邪魔はさせない。

 あの子にも、あの人にも、誰にも。

 私の死をもって、全てを終わらせる。

 それが、私に課せられた最後の使命だと思うから。




次回更新は2/19(金)となります。お楽しみに!

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