第29話 誰かの為の騎士と参謀

「撒き餌の基本は分かりやすくだ。ローラは熟考タイプ。裏の裏、果ては自分で考えられるルート全てを洗い出して選択肢で一番可能性の高い答えを仮定として保持する。言い換えれば、考えれば考える程彼奴のリソースが削れるわけだ」

「それは良い事なのか?」


 フィンは首を傾げる。

 考えられる隙を与えれば、答えに辿り着く可能性もこれまた高くなると言うことではないだろうか。


「良いことだ。信じられんぐらいこの上なく効率的にローラを撒ける」

「何で?」

「リソースは限りある。アレが無駄な事に時間を割いてくれれば、此方が畳みかけるタイミングが出来るからな」

「分からん。困るのはこっちじゃないか?」

「だからこそ、バレてもいい撒き餌を置くんだよ。今回で言えば、俺の正体だな」

「バレてもいいのか?」

「俺は、少なくともローラの処刑を防ぎたい。しかし、だ。恐らくだが、貴様の話を聞く限りでは俺と貴様が動いたところでもうにもならん。ローラの思惑は恐らく……」

「恐らく?」


 フィンはタクトを真剣に見つめる。

 好きか嫌いかで言えば、タクトの事は間違いなく嫌いだとフィンは思う。

 まず、考え方も言い方も気に入らない。

 大人な事もムカつくし、一人で勝手に爆発した事も未だにフィンは根に持っている。

 だから嫌いなのだ。

 しかし、信用問題となれば話は違う。

 考え方、言い方、大人である事に、一人で選択肢を決める決意。

 どれをとっても、仲間としては信用が置ける人間なのだ。

 少なくとも、フィンの中では。

 だからこそ、頼る、甘える。

 勿論、本人は無意識だが本能的に、頼るべき大人を嗅ぎ分けてると言ってもいい。ローラも大人だが、どちらかと言えばフィンはローラには頼られたい。

 フィンの中では、タクトは嫌いだが、タクトは信用たる己と同じローラに使えるべき家臣だと信じているのだ。

 ローラへの淡い恋心もフィンは知っている。それでも最後まで隠し通し、ローラの事を思い死んだ事まで。

 確かに気に入らない。全て気に入らない。全てが合わない。

 だが、その全てが、フィンが最も信用が置けると思う人物像なのだ。

 その死に際まで。

 だから、フィンはタクトの言葉を素直に受け止める。


「恐らく、ローラはこの世界で死ぬ気だ」


 タクトは忌々しそうにくちびるを噛んだ。


「……は?」


 しかし、さすがのフィンもこの言葉には耳を疑った。

 ローラが死ぬ気だと?

 何故?

 何故、ローラが死ななければならない?

 何故、それを彼女が望む?


「お前、何を……」

「状況的に考えろ。貴様はローラの一番の家臣。信頼も信用も全て貴様に注がれている。俺たち以上に貴様らは近い。現世に来てまで、あの女は貴様を一番手元に置いておきたい。前世では、貴様を生かす為に自分の命を捨てる覚悟を捨てた女だぞ? あの女が、貴様に隠し事をすると言うのは、随分と限られているとは思わないか?」

「でもっ! ローラ様も生きてここから出るって!」

「今も尚、事情がコロコロと変わってるだろ。その言葉を吐いた後、あの女を取り巻く情勢は変わっている。俺は断言できる。あの女は、ローラは、ローラ・マルティスは、このゲームの中で死ぬ気だ。しかも、貴様ら全てを救う尊い自己犠牲のつもりだとっ!」

「……は?」


 フィンは目を見開いた。

 私達を救う?

 ローラ様の命で?

 あり得ない。そんな誰も望まない事。

 あり得てはいけない。そんなくだらな事。

 でも……。

 フィンは、今日までのローラを思い出す。

 あの人の指先一つの動き迄。

 そして、思い出すのだ。あの言葉を。


『私を疑って欲しい時にお願いするから、その時は全力で疑ってくれる?』


 そして……。


『案外、助けてくれって時かもよ?』


 と、ケラケラと意地悪く笑うローラの姿を。


「信じられないならそれでもいい。俺と貴様は、今や敵同士だ。簡単に信じるとはこちらも……」

「……タクト」

「何だ? 急に」

「私は、お前の事が凄く嫌いだ」

「……は? 貴様、人に散々集って甘えて奢らせて、その台詞いい度胸だな?」

「嫌いだ。お前なんか、すごく嫌いだ。まだ、お前の事を私は何一つ許してない」


 そう言って、フィンはタクトの胸に拳を向ける。


「……フィン? どうした。貴様……」

「大人なお前が嫌いだよ。大嫌いだ。鼻につく。私が一番ローラ様のことを知っているし、わかってる。お前に言われるまでもなく、私が一番ローラ様に愛されてるし、愛してるっ」


 まるで子供が癇癪を起こしたようなフィンの態度に、タクトは諦めた声を出す。


「……ああ、そうだな」

「私が何でも一番だ。ローラ様の一番は私なんだっ」

「……ああ」

「恋人なんて愛がなくなりゃ終わりだ。たが、私は違うっ! 私の忠義心があれば何処までも私はあの人の騎士なんだっ! 私とローラ様の関係は変わらないっ! ランティスなんて、敵じゃないっ! お前も、お前ら諸共、私の敵じゃないっ!」


 そうだ。

 だって、私は騎士なんだ。

 まるで自分に言い聞かすようにフィンは何度も声を上げる。


「だからっ! だからっ!! あの人を、ローラ様を……、私は守るんだよ……っ」


 死なせたくない。


「フィン……、貴様は……」

「あの人は、ローラ様は、本当に死ぬ気だ……。お前が言っていること、多分合ってる。それぐらい、私は近くにいた……。あの人は、ここで死んで、消える気でいると思う……」


 漸く、意味がわかった。

 ローラの思わせぶりなセリフに立ち回り、フィンを遠ざける理由。

 ローラらしい。実にローラらしい。


「消える? ゲームの世界だぞ?」

「それでも。あの人は、多分、消える気でいるっ」


 運良く外に出られる。恐らく、それは自分以外の仮定だ。

 ローラの言葉を思い返せば、端々にその思想が取り憑いていた。

 そして、恐らく、ローラはそれを一番の良策だと思っている。何の力もない人なのに。戦う力すらない人なのに。

 フィンよりも、弱いのに。

 だから、フィンが気付かないように、気付かないように。少しずつ弱さを見せるのだ。

 フィンが迷わない様に。

 大切にされている。愛されている。

 それが分かるほどの優しさを、ローラはフィンに向けている。

 だが、それは。

 それは、酷い裏切りに他ならない。

 何よりも酷い裏切りに。


「……タクト。私はお前が嫌いだが、お前の事は誰よりも信頼している。悔しいが、お前の事は信頼できる仲間だと思ってる」

「……クソガキにそう言われるのは、光栄だな」

「私は、あの人とこのゲームから出る。絶対に。私が死んでもっ」

「それは良い心がけだな。忘れずに励んでくれ」

「そんな悠長な事なんて言ってられるかっ! 今すぐ、私に策を寄越せっ!」


 今にも泣きそうだっと言うのに。

 フィンの顔はあの頃と同じ顔付きをしている。

 タクトや王子に剣を向けた時と。


「ははは」


 思わず、タクトは懐かしさに笑い声が込み上げる。

 全く、クソガキの機嫌は山の天気よりもコロコロと変わるものだ。

 だが、それが決意なのだ。

 それが、強さになるのだ。

 タクトだって、フィンの事は信頼を置いている。

 勿論、子供だと思う事は少ないくない。

 図々しいクソガキだと、今し方思ったばかりだ。

 しかし、だ。このクソガキが幾度もローラの剣となり、危機を救った事は数知れず。

 現代に置いても、それは変わらない。

 タクトだって、フィンの事が好きだとは言えない。

 フィンの言う通り、全てが合わない事この上ないのだから。

 態度も考えも、行動も。全てがタクトから見れば呆れ返るものばかり。

 しかしながら、それがタクトにとってもフィンの信頼を絶対と言うものにしているのだ。

 フィンは考えない。強さ故に、優秀さ故に。

 タクトにとってはそれが一番理解できないのだが、その行動全ては一貫している。

 前世では信じられないかも知れないが、現世のフィンは弱音を良く吐く。そんなにも吐くのかと、本当に同一人物なのかとタクトが疑いたくなるぐらいには簡単に。そして、頻繁に。

 現世で出逢ったばかりのクソガキは、あれが出来ない、これが出来ないと、会えばタクトに泣き言ばかり言っていた。

 実際、本人は頑なに認めていないが、泣いていたのだから仕方がない。

 それでも、彼女は全てが一貫していた。

 己の行動全てに、彼女は最大限の努力で向き合って来た。

 彼女は決して嘘を付かない。

 いや、嘘にしない。

 それが騎士道なのかは騎士ではないタクトには分からないが、その姿勢、精神は確かに信頼を置けるものであったのだ。


「威勢が良いのは、良い事だ」

「馬鹿にしてんのか?」

「何でだよ。褒めてるんだ。珍しく、な?」


 口が悪いのはどうにかして欲しいが、こればかりは仕方がない。


「だが、直ぐに事を詰めるのは勧めない」

「何でだよ?」

「貴様、相手はローラだぞ? 此方が自分の動きに気付いたと思ったら、どうすると思う?」

「……手を変える?」

「そうだ。先程も言った様に、ローラは可能なルートを洗い出す。これがダメなら、既に出来上がっている数多の選択肢の中から違うルートに入る事は確実だ。今回はたまたま俺たちが先に気付いた。しかし、違うルートに入った場合、俺たちは気付く事が可能かすらわからないんだぞ? 今のルートを変えさせる行為は、ローラの死を早める事になるのは間違いない」

「……でも、早くしないとっ!」

「焦るな。ローラだって、準備があるからこそ直ぐには死なないんだろ? あの女、直ぐに死ぬと決まればその場で自分の首ぐらい落とすだろ。それをしないと言う事は、まだローラの死に至る準備は終わっていない。貴様をまいている所を見れば、それなりに時間はかかりそうなんだと言う事は分かる。それを逆手に取るんだよ」

「逆手?」

「処理の割り込みだ」

「処理の割り込み?」


 タクトは呆れた顔でフィンを見る。


「……理解できないからと繰り返すなよ。時間の無駄だ。取り敢えず、今は最初の案で十分時間が稼げる。貴様の頑張り次第によってだが」

「……何すりゃあいいんだよ」

「取り敢えず、簡単に分かり易い嘘を吐く」

「タクトがいい人だったとか?」

「貴様はっ」

「何だよ。他になんかあんのかよ」

「いい。貴様に質問とかした俺が馬鹿だ。取り敢えず、そこに立ってろ」

「……立つだけでいいの?」

「いいよ。動くなよ。服を少しだけ切るから」

「何で? 服じゃなくて肉まで切った方が戦った感出るぞ?」


 これだから脳筋はと、タクトは頭を抱えたくなるが、今は説明をしてる時ではない。

 そんなものは後でいい。このクソガキには。


「そうだな。それが要らないから服だけを切るんだよ。マジで動くなよ。動いたらもう二度と、勉強見てやらないし、夏休みの宿題手伝わないからな」


 思わず、うっとフィンが止まる。

 どうやら、それで困るのはフィンの様だ。

 タクトは剣を振り上げ、炎と共にフィンの服に切り傷と焦げ目を入れる。

 まるでパンの様だと他人事の様にフィンは思った。


「動いていいぞ」

「これじゃあ、戦ってないってバレるぞ?」

「それでいいんだよ。貴様はこれで俺と戦ったと嘘を付けよ。それで今回は十分だ」

「だから、速攻でバレるってば」

「だから、それでいいんだってば。今回あの女が考えるのは、何故フィンが嘘を吐いているか。そして、その嘘に何も関係ないはずの魔法騎士が協力しているか、だ」

「……成る程」

「これで数日は確実に稼げる。その間、貴様はボロを出さなきゃの話だが」

「出さねぇーし。どうせら近寄らせてもらえねぇーし」


 何だかんだと用を言いつけられ遠巻きにされるのは分かっているのだ。


「それがいい。後、ローラには自分が狙われていると言う話はするなよ。今回の彼方の計画上便乗してくる可能性が高い。ローラのアキレスでもあるアリスを適当に餌に使え」

「アリスが狙われてるに変えればいいって事?」

「それでいい。そうだな、理由は砂漠の国と全面戦争とかでっち上げとけ」

「適当でいいの?」

「優先順位でいけば、貴様と嘘を疑う前にアリスには保険をかけるだろう。少なくとも、ローラは貴様の嘘を裏切りとは評価しない。そうなれば、貴様の次の仕事はアリスの護衛だ。事がうまくいけば随分と動きやすくもなる」


 フィンはため息を吐く。

 裏切りにカウントされないなんて、なんたる皮肉だろうか。

 此方は、酷い裏切りだと傷ついていると言うのに。


「二日後、また此処にこの時間に来い。俺も調べる事がある」

「わかった。けど、ランティスの方はどうするんだ? 記憶がないんだろ? ローラ様の所まで勝手に行ったらどうするんだよ」

「その時は……、仲良く仲間割れでもするさ」


 タクトはそう笑ってフィンに背を向けた。


「……何だそれ」


 上手く巻かれた気がして、矢張りお前の事なんて大嫌いだとフィンは一人呟いた。

 



次回更新は二月十日になります!お楽しみに!

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