扉の向こう

宇佐美真里

扉の向こう

日曜の昼下がり。偶然の出会い。

それは、あまりにも偶然過ぎた…。


扉の向こうから差し込んだ日差しに、

真っ白な扉の向こうから、突然、君は現れた…偶然に。


目が慣れた君は、すぐに僕に気がついたね。

一瞬…ほんの一瞬だけ、君は迷った顔をしたけれど、

キチンと挨拶をしてくれた…微笑みながら。

「偶然ね…」

「そうだね。もう、あれから二年になる…」

君は、カウンターに座る僕の隣に、腰を下ろした。

「元気そうね…」

「うん、元気だよ…。君もね…」

そう言いながら、さりげなく追う君の指…。

左手の薬指へと向かう僕の視線に、やはり君はすぐ気付いたね。

「彼と待ち合せなのよ。すぐそこで…。早く着き過ぎちゃって…」


もし仮に、あの頃の僕たちに戻ったとしたら…、

一瞬、掠めたそんな思いつきに、やはり君は気付いたんだろうね。

君はひとつ、咳払いをしたね。

「カーテンを探しているの。

 淡いグリーンのカーテンを、新しい部屋にはつけるつもり…」

いや、仮の話だよ…。もう昔の話だもの…。二年は長いよ。

「陽当たりは好い部屋なの?」

「ええ。とても好い部屋よ」

僕は、冷めかけた残り少ないコーヒーを喉に通しながら、

あの部屋の淡いブルーのカーテンを思い出した。


突然の別れ。

そう、君は黙って出て行ったままだったね。

いや、僕には突然の別れでも、君にはそうではなかったんだろうね。

優しく僕の背中に頬寄せてくれたのに、

僕は君に、ありのままの弱さを曝け出せずに…、

逆に君にあたってしまっていたね。


扉のこちら。

取り残された…僕は独り。

窓から入ってきた風は、淡いブルーのカーテンを撫でながら、

扉の向こうへ抜けていったよ。

あの時僕は幼すぎて、同じ歳の君は僕よりは少し大人だった。

あの頃の僕は、淡いブルーのカーテンの様だったんだ…。


「もう行くよ…」僕は言った。

扉の向こう…僕も何処か遠くへ往こう。

あの頃の記憶は、空になったコーヒーカップと一緒にそっと置いて往こう。

決して、胸の中までは空にはならないだろうけれど。

出て行った…あの時の君の気持ちを、もう一度噛みしめて…、

今度は僕がその扉を、先に出て行くよ…。

君がさっき、入ってきた扉の向こう…。


立ち上がり、振り向きながら僕は言った。

「偶然だね。

 今の僕の部屋のカーテンも淡いグリーンなんだ…。

 今の彼女が選んでくれた…」

「そう…。偶然ね」

君は言った。小さく微笑みながら…。


僕は扉を抜け、外の眩しさに一瞬、目をやられながら歩き出した。

待ち合せの時間までは、あと二十分。

僕の背中に頬寄せてくれる彼女との待ち合せ。


そう…。

あの頃より少し大人になった僕の背中に

頬を寄せてくれる彼女との待ち合わせ。



-了-

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