第9話「風」

 ビオレの住む村は、500人程度のグレイス族だけで構成されている、小さな村だ。 村人は日々狩りをして、作物を育て、平穏に暮らしている。

 

 グレイス族は自然の声を聞くことができるという能力を活用し、野山で暮らす亜人主だ。

 別名"自然の守護者"。グレイス族はそう呼ばれるほど緑を愛し、尊敬している。

 

 容姿は人間に近く全員尖ったような長い耳を持っている。大人になると、手足がすらりと長くなる。美男美女ばかりだと思ってくれて差し支えない。

 人間とのもっとも大きな違いは寿命の長さだろう。子供と分類されるビオレでさえ31歳。しかし容姿は人間ヒューダ族の10歳そこらの少女にしか見えない。


 自然と共に生きることを誉れとしているため、大半はのどかな地で一生を終える。だがビオレはそれを嫌っていた。


 村から出たい。尊敬する父のように、世界中を旅し、名を馳せたい。

 幼いながらもしっかりとした野望を秘めながら歩いていると、村の入口が見えた。


「おかえり、ビオレ」

「うん、ただいまぁ」


 村の入口に立つ衛士が、長い右手を上げ話しかけてきた。

 衛士はビオレを見て訝しんだ。


「どうした。ボロボロになって。魔力も減っているぞ」


 サンクティーレの生き物たちは、老若男女問わず全員が、体の中に流れる魔力ヴェーナを探知できる力を持っている。


「モンスターに襲われたのか?」

「違う。ラミエルと特訓してたの」

「ラミエル様がいらしてたのか!? あとで挨拶に行かなければ」

「行ってあげて。寂しそうにしてたから」


 村の中へ足を踏み入れ、自分が住む家へ向かう。途中で野菜屋の男性店主や、学校の教師、近所の人に声をかけられる。

 ビオレは村長の娘であるため全員がいい顔をする。それをビオレは嫌っていなかった。

 

 適当に挨拶をし、貢物を貰いながら村の中心にある自宅へ向かう。うるしを塗られた黒い木造建ての家で、村長でもある父とふたりで暮らしている。


「ただいまー」


 扉を開けると、シャイアス=ミラージュがいつもの仏頂面を浮かばせながら、玄関に立っていた。

 彫りの深い顔をしている大柄な男性。肉体は彫刻の如く鍛え抜かれている。華奢で美形が多いグレイス族の中では異質と言わざるを得ない体躯だった。


「どこに行っていた」


 眉間に皺を寄せて言った。ビオレは思わず、顔をしかめてしまう。


 ────お帰りくらい言ってもいいのに。

「……散歩」


 誤魔化すように言うと、シャイアスは顎をクイと動かした。。


「また勝手に魔法を使ったな」

「いいでしょ、別に」

「駄目だ。ガーディアンになりたいなら規則を守れ。お前たちに教えている技術は、生ける者を傷つける、危険な物なのだ」


 ビオレは顔を伏せた。


「わかってるよ」


 最悪だった。突然説教が始まるとは。

 シャイアスは村長にして、村の者たちに戦い方を教えている教官だ。こういう説教は得意中の得意である。ビオレは諦めて聞き入れようと項垂れた。


「どうして魔法を使った。まさか、ラミエルと修業したのか」

「そうだけど。昨日教わった風の魔法、ちゃんと制御できるようにした」


 シャイアスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「ビオレ。ラミエルは────」

「ビオレ!!」


 後ろから甲高い声をかけられた。振り向くと、ビオレと同じ訓練生の少女が弓を持っていた。


「害獣が出た! 早く倒しに行かないと畑荒らされちゃうよ!」

「わかった!!」


 ラッキーだった。ビオレはシャイアスの横をすり抜けるように家に上がり、自室にある弓を取ると、再び玄関に行く。


「ビオレ」

「帰ったら話聞くから!!」


 面倒くさい説教から逃れられるのであれば何でもよかった。

 ビオレは仲間と合流し、その場を後にした。

 まるで遊びに行くようなビオレの背中を見つめ、シャイアスはため息をついた。


「……ラミエル、か」


 悩みの種である名を聞いたシャイアスは後頭部を掻いた。




★★★




 巨大な牙が特徴的な、猪型のモンスター 「ブル・ボア」が見えた。体長3メートルという巨大な体躯。奴の突進を食らえば無事では済まない。

 凶暴な見た目通り食欲は旺盛。雑食で木々や葉っぱ、畑の野菜や果物、さらにはグレイス族などの亜人や人間をも喰らう。

 グレイス族は、このモンスターを害獣扱いして処理を行っている。


 木々の上で待機していたビオレは目標を捉えた。周りには5人、自分と同じく弓を持った者たちがいる。


「私がる」


 ビオレは弓を構える。


「待てよ。一斉射撃で」

「ひとりで充分だよ」


 腰の矢筒から矢を取り出し、弦を引く。

 集中し、頭部に狙いを定め、矢を放った。

 放たれた矢は直線に近い弧を描きながら、標的に向かっていく。


 その時、ブル・ボアが急に体を横に向けた。音に反応したのか、それともただの気まぐれか。

 予想外の動きをしたため、ビオレの放った矢は巨大な牙に弾かれた。


「ばかっ!」


 ひとりが声を張り上げた。

 ブル・ボアが大声で鳴き、その場を走り去ろうと前脚を上げた。

 ビオレは冷静に二の矢を放つ。右前脚に突き刺さった。敵が硬直する。


 即座に、もう一度放った。今度は弦を思いっきり引き、威力を高めて。

 矢は光のように空を駆け、猪の頭部に深々と突き刺さった。微かな鳴き声と共に巨大な体が傾(かし)ぐ。

 そして、ズズン、という音と共に害獣が地に伏した。


 仲間たちが賞賛の言葉を上げる中、ビオレは自慢げに鼻を鳴らすと地面に降りた。絶命しているモンスターを見下ろしながら、ため息を吐く。

 こんな雑魚ではなく、ガーディアンになって、強力な敵を倒したい。はやる気持ちを必死に抑え、モンスターの処理をするため仲間たちに指示を出し始めた。


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