第8話「少女と竜」

 太陽は今日も世界を明るく照らしていた。

 木々から差し込む朝日が、森をさらに美しく彩る。見ているだけで心が洗われるようだった。人間の手が行き届いていない緑。自然の生き物達が、幸せそうに暮らしている。


 そんな幻想的な空間の中を、ビオレ=ミラージュは駆けていた。


 ビオレは必死に走り続ける。ローツインの紫髪を揺らしながら。

 約束の時間までは余裕がある。けれど、早く彼に会いたかった。3日前からの約束なのだ。


 広場へと続く坂が見えてきた。ビオレは体内の魔力ヴェーナを活性化させ、足に風の力を纏わせる。


「よっ!!」


 意気込むと同時に魔法を発動し跳躍する。風がビオレを押し上げ、羽が生えたように飛び上がったビオレは、坂を一気に飛び越え広場に躍り出た。

 着地と共に突風が沸き起こる。


【むぉっ】


 広場にいた彼が、驚きの声を上げるのが聞こえた。


「ご、ごめん! ラミエル! 早く会いたくて魔法使っちゃった」


 ビオレは、目の前にいる彼に小さく舌を出し謝った。


【ああ。構わん。相変わらず元気いっぱいだな、ビオレ】


 真紅の鱗が特徴的な巨大なドラゴンが、著大な双眸そうぼうでビオレを見つめながら言った。


 ラミエルと呼ばれたドラゴンは、頭を下げ、顎を地面にのせていた。その重低音の声には、若干の眠気が垣間見えた。


 小柄なビオレを軽く飲み込めるほどの瞳に優しさが見える。ビオレは屈託のない笑みを浮かべ、ドラゴンの口元に、寄り添うように腰掛けた。




★★★




「昨日もお父さんが「まだまだ実力不足だな」とか言ってさ! どう思う!?」


 ビオレが怒気を混ぜた声で言った。尖った長耳がピコピコと動く。


「私もう31歳だよ? そら、身長は小さいし、子供だけど、村の中ではお父さんの次に弓が上手いんだよ!?」

【理由が分かっているではないか。子供だからだ】


 ラミエルが言葉を発すと、草木が激しく揺れた。

 全長40メートルの巨大なドラゴンの声は、一言喋るだけで、嵐のような風が巻き起こる。


「け、けどさぁ……私、本当に強いんだよ? 弓で害獣をいっぱい仕留めてきたし、魔法も上手に使えるもん」


 もみあげをいじりながら、拗ねるように言った。


【お前を心配しているんだろう。自分の力を過信する者は、必ず痛い目を見る。ビオレの父上は、元とはいえ優秀なガーディアンだ。だから、優秀なビオレを厳しい目で見ている】

「……そう、なのかな」

【嫌いか? 父は】

「大好き。お父さんは私の憧れなんだ。だからもっと強くなりたい」


 ラミエルが嬉しそうに両翼を広げた。空に浮かんでいた雲が一瞬で消え失せる。まるで、天が驚いたようだ。


【力を求めるか。その感情は間違っていない。ならば、我が鍛えてやろう】


 ビオレの顔が明るくなる。


「本当!?」

【ああ。たまには運動をしないとな】

「やったぁ! なら、魔法も見てね!」


 ラミエルの巨大な歯が見え隠れする。

 ビオレは感激し、鋼鉄の赤い鱗に近づき、唇を優しく押し付ける。


「ありがとう。ラミエル。大好き。いつも私の我儘わがままを聞いてくれて……村を守ってくれて」


 ラミエルの瞼が少し下がる。


【……お安い御用だ。お前達を守るのが、私の使命だからな】


 その目は、優し気に微笑んでいるように見えた。

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