27 奈落の星に手を伸ばして
――俺は少し迷ったものの、結局、その事実をリリーに伝えることにした。
それに対して、リリーの反応は劇的だった。
驚愕で目を見開き、こちらに詰め寄ってくる。
「生き、てる……? ローズが、あの子が……本当に!?」
「ああ。断言はできないが、ローズって名前を名乗っていて、お前と似た容姿の女が『
「そう……、そうなのね……!」
リリーの目に涙が滲む。
「ただ、あくまでもナイアの発言だ。愉快犯じみた嘘の可能性もゼロじゃないし、その『
一応忠告しておく。
ナイアにはあの後詳細に問い詰めたため、まず間違いなく嘘ではないとは思うが、絶対はない。
ぬか喜びをさせたくはないが、かといって話さないわけにもいかない。
話すかどうかについてはラヴィニアが俺に一任したため、迷ったがこうして話しておくことにした。
無茶な作戦を立案して『
彼女には分かりやすい希望が必要だった。
「分かってるわ……だけど、ローズが、あの子が生きてる可能性がようやく見えたんだもの」
喜ぶなって言われても無理よ、とリリーは涙を零した。
時刻は夜。
俺はリリーの部屋に招かれ、彼女と共に部屋のバルコニーから星を眺めていた。
先程まではナタリアもここにいたのだが、仕事をサボっていたらしく、メイドを束ねる立場の婆さんに見つかって彼女は連れて行かれた。
こうして星を眺めたのは初めてであったが、地下にある『
「今まで、ローズを探しに行くとは息巻いてたけど、内心ではもう死んじゃってるだろうなって……そう思ってて」
「そうだな」
それが普通の考えだろう。
『
だが、それを理解した上で。
なおも諦めずに『
美しかった。
だからこそ、つい手を差し伸べたいと思ってしまった。
「ありがとう、ノア」
「情報を持ってきたのはナイアだ。礼なら後でナイアにでも言ってやれ。きっと喜ぶ――いや、あいつは別に喜ばないか」
へー、そう、良かったね。くらいの軽い反応で終わる気がする。
「それもそうだけど――それだけじゃなくて、あなたが彼女を匿う選択肢を取ったから、こうしてローズの生存を知ることができた。あそこでそのまま引き渡していたら、ローズの情報は得られなかったかもしれない」
「それは……結果論だ」
俺が言うと、リリーは頷いた。
「確かに結果論だわ。でも、結果論だとしても、あなたのおかげであることは事実よ――だから、ありがとう、ノア」
そう言うと。
唐突にリリーはこちらに向かって身を乗り出してきて、俺の唇にそっと自らの唇を押し当てた。
「……あ、ああ」
あまりにも唐突だったので、動揺する。
リリーはその白い肌を耳まで赤くしつつも、何事もなかったかのように話を続けた。
「――昔ね、姉妹四人で王城の屋根にこっそり登って星を見たことがあるの。夜中に、物置にあった梯子を使って」
「……随分とやんちゃだったんだな」
内心の動揺を抑えて、なんとか言葉を発する。
そのエピソードは、ずっと昔、アイリスに聞いたことがあった。
「すごく綺麗だったわ」
リリーは続けた。
「私はローズと、お姉さまたちと――姉妹四人揃って、もう一度星を見たいの」
「地下世界の『
「ええ」
リリーは夜空を眺めていた視線をこちらに向けて向き直ると、畏まった。
「だから改めて言うわ、ノア――私が『
「なら俺も改めて言うが――俺に任せろ。こう見えて俺は『
ナイアとの会話を聞いていたせいで、リリーには俺の出自は既にバレていた。
幸いなのは、リリーがそういうのを吹聴しない性格だったことだろう。
「そうみたいね。ナイアとの会話には本当にびっくりしたわ――まさか、あなたが死んだはずのアーク・オルブライトだったなんて」
「お前とは会ったことはないよな?」
「いいえ、お姉さまの婚約者でしたもの、パーティーとかで何度か挨拶はしたわよ」
「それは――忘れてたな」
リリーは呆れたように笑った。
「ともあれ、あなたの正体を言い触らすつもりはないわ」
「そうしてくれ」
「隠しているからにはそれなりの事情があるんだろうし――それに、『
「察しがよくて助かる」
「私からは何も言うつもりはないけれど……けれど、一つだけ」
「なんだ?」
「できればでいいから、お姉さまを――アイリスお姉さまのことを、気にかけてあげて欲しいの。最近なんか悩んでいるみたいで」
アイリス・エントルージュ。
俺の元婚約者。
それを気にかけて欲しいと、リリーは言う。
数日前に再会したときには、特に変わった様子はなかったけれど。
だが、アイリスは内側に溜め込むタイプの性格をしている。
たとえ何かしらの悩み事を抱えていたとしても、俺が気付かなかっただけの可能性もある。
……というか、リリーがこうしてアイリスが悩んでいると断言したのだから、実際に何かしら悩みを抱えているのは事実なのだろう。
「よく分からんが、任せろ」
「……そんな簡単に引き受けちゃっていいのかしら? 私から頼んでおいてあれだけど、正体がバレると困るんでしょう?」
「ああ。だけど、これでも元婚約者だからな。アイリスが困ってるっていうなら助けるくらいのことはするさ」
――俺にとって、妹のラケルと、アイリスの二人は特別だった。
魔術が使えないと判明し、掌を返すようにオルブライト家で俺が冷遇されていた中でも、ラケルとアイリスの二人だけは俺に優しく接してくれていた。
『
「もう! あんな男じゃなくて、いっそあなたがお姉さまの婚約者になればいいのに!」
「いきなりどうした」
さっきいきなりキスしておいてこの発言である。俺にはリリーが何を考えているか全く分からなかった。
「家族を『
「まあお前の立場からはそう言うわな」
俺としてもそう思わないでもない。
新しい婚約者がまともな相手だったのならともかく、よりにもよってジュリアンである。
正直に言えば――複雑な心境だ。
「それに、お姉さまと同じ男の人を一緒に好きになるのって、素敵だと思わない?」
「その考えはちょっと分からないな……」
「ハーレムを作るのなら、女の側同士が仲良しなら良いのよ――少なくとも、うちみたいに権力争いでドロドロするのは論外よ」
「なるほど」
俺には良く分からない考えだと思ったが、ここ数日の間続いているラヴィニアとナイアの小競り合いを思い出して、なるほど、と納得した。
「ともかく。アイリスお姉さまのこと、お願いね」
「ああ」
俺は頷いた。
アイリス・エントルージュ――俺の元婚約者。
彼女と関わるのならば、必然的に、オルブライト家の面々とも関わらざるを得ないだろう。
アイリスに今更自分の正体を明かすつもりはない。
ない、が――俺に何かできることがあるのなら、やるだけやってみよう。
満天の星空を眺めながら、俺はそう決意した。
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