8-2『Aの炎、殺戮の信教』




 スプリミナルオフィスビル2階。

 ここには、事務、会計、情報捜査課と言った、主にデスクワークを中心とした部署が詰め込まれている。

「妹さんって、スプリミナルにいたんですね」

 もう少しプレッシャーが抜けないまま、僕は赤城さんに聞く。

「まぁね。情報捜査課で働いてるんだけども……彼女はちょっと特別でね」

 彼は愛想笑いを浮かべつつ、僕らは2Fフロアを歩いていく…。

 特別…とはどう言うことなのだろうか。

 彼女もなにかしらの特異点なのか、それともなにか重大な事件のカギを握っているとか…?

 探偵課の家族だから特別待遇……って訳ではさすがになさそうだし…。

「ここだよ」

 なんて色々考えていると、突然、赤城さんは情報捜査課ではない部屋の入り口の前で立ち止まった。

 目の前に聳えるその入り口は、ペールオレンジ色の塗料で塗られている。

 小窓すらもない上に、素材は鉄製でなんだか重苦しい。

 そもそも情報捜査課からかけはなれているのも気になるし…。

「ここって……倉庫じゃ……?」

 思ったままに言うと、赤城さんは首を横に振った。

「倉庫に見えるけど、実は個室なんだよ。ユウカだけの特別な部屋」

 すると、彼は銀のドアハンドルを持ち、力を入れて引く。

 ゴゴゥと重い音を立てながら、ゆっくりとその扉が開かれると、目の前に広がったのは、ほぼ暗闇の世界だった。

 目を凝らしてみると、ぼんやりとだけ青白い光がついているのがわかる。

「ユウカ~?起きてる~?」

 赤城さんは声をかけながら、背後の明かりと奥の光を頼りに、暗い部屋の中を進んでいった。

 迷わぬように、僕もそれに着いていく。

 部屋の中はビジネスホテル位の大きさに、風呂とトイレがつけられてるだけ。

 その部屋を狭くしているのは、両壁に備え付けられた二つの大きなガラスケースと、床に散乱したぐちゃぐちゃに丸められたわら半紙やコピー用紙だ…。

 二つのガラスケースの中には無数のアニメグッズが飾られ、ケースの間の隙間には、ゴミ袋と段ボールが器用に一ヶ所に積み重ねられている。

 几帳面なのかズボラなのかよく分からないな…。

 そして、部屋のどんずまりでは、この部屋の主であろう女性が、パソコンの明かりだけを頼りにデジタルイラストを描いていたのを見つけた。

 部屋の明かりはパソコンのブルーライトだけだから、彼女の描いているエッチなイラストがわかってしまうのがなんか申しわけないな…。

「フフフ……そうそう…もうちょっとお尻をこう…丸く描けば…」

 架空の女子中学生の裸体を描いている彼女は、僕らが部屋に侵入していることに全く気付いていない。

「ユウカ?」

「ニャアアッ!」

 赤城さんが彼女の肩に手を置くと、その女性は驚いて声をあげた。

 まるで鼓膜をシャーペンの先端でつつかれるかのように大きな声で…。

「びっくりしたぁ…そんなに声あげなくても…」

「あ、ごめんお兄ちゃん…と……」

 未だキィンと頭に響く中、彼女の顔を見た。

 灰色のスウェットに、桃色の下縁メガネとボサボサロング髪…。

 頭に過るは、はじめてここに来た日の事。

「…あっ!君、あのときの」

 あの時、叶さんが捕まえていた女の子だと気づくと同時に、彼女もアッ!と口を開いた。

「入社試験の時の新人さんだ!ごめんなさいこんなところ見せちゃって…」

 少女は動揺しつつも、パソコンに写っているイラストをそっと消し、シワの多い服を正した。

 こんな部屋だけども、一応女の子らしいところはあるんだな…。


「えっと…改めまして。赤城 佑香アカギ ユウカって言います。色々あって、スプリミナルで情報捜査課のお手伝いをしながら、フリーの漫画家してます…」

 緊張して髪をいじりつつ、自己紹介する彼女。

「ユウキ テツヤです。よろしく…」

 僕も挨拶を返すと、佑香ちゃんは緊張のまま「よろしくお願いします」とお辞儀をした。

 ちょっと変な子ではあるけども、赤城さん同様に、礼儀がよくて優しそうな子だな…。

 それに、結構綺麗で可愛い顔してるし…何て言ったら、怒られるだろうか。

「それで…今日はなに?なんか用?」

「先生から指令。依頼者の護衛に着いていって欲しいんだって」

 赤城さんがそう言うと、彼女はめんどくささを露骨に表情に現す。

「えぇ…今日のノルマまだなんだけどぉ…。撮り貯めたアニメや、まだ読んでない漫画もあるし…」

 この職場は本当にめんどくさがりの人が多いな…。

 すると、赤城さんはポケットからスマートフォンを取り出すと、そこからとあるページを開いて、佑香ちゃんに見せた。 

「そういうと思って…これ、先生の奥さんが」

 彼女は目の前に出されたそれをみると、パッと目を見開いた。

「…あっ!ごとのとのクリアファイルのキャンペーン!しまった!今日からだったんだ!」

 スマホを奪い、それを大事そうに眺めている佑香ちゃんには、赤城さんもやれやれとため息を突く程だ。

 町の一大事よりも、そこらのコンビニでやってる人気ミステリーアニメのキャンペーンアイテムに惹かれるとは…。

 こちらでさえもため息が伝染しそうだな。

「着いてきたら買ってあげるよ…?」

 赤城さんは腕を組みつつ手のひらでお金を現すと、佑香ちゃんは一瞬にして目を輝かせた。

「ホント!?行きますっ!いや、行かせてくださいっ!!」

 赤城さんの甘い言葉に興奮している彼女に、彼は「交渉成立」と呟いて、自らの妹の手を引っ張って連れていく。

 ミラーマフィアが関係してるかもしれない結構危険な仕事なのに、随分と安く動くんだな…。

 まぁ、どこでも妹はそんなものか。




  ◆




 それから数分後、依頼者を含めた僕ら四人は、冴羽さんの護衛任務を遂行していた。

 彼女の会社は花菜村から二つ程離れた場所にあるらしいのだが、赤城さん曰く「冴羽さんを殺すために公共交通機関を爆破させたり、突然銃を乱射してきたりするケースも考えられなくはない」という恐れから、他人を巻き添えにするのを防ぐため、今回は徒歩での護衛ということになった。

 現在の天候は曇り。

 少々、雲が厚くなってきているようで、太陽は朧気に光るも少しずつ明るみを失っているので、通りすがる人々の中には折り畳み傘を手に持ち始める人もいた。

 今日の天気予報は一応、晴れだったはずだったのだが…久々に外れたようだな…。

 

「ここらも、にぎやかになってきましたよね」

 ふと冴羽さんが、隣を歩く赤城さんに声をかける。

「そうですね~。物騒なことは多いですが、ここらはまだ平和な方ですからね…」

 笑顔を返す赤城さんだが、冴羽さんの顔は現在の天候の様。

「それでもミラーマフィアが影を潜めてると思うと…怖いですね……」

「僕もそれは思います。誰かが傷つくのも自分が傷つくのも嫌です。だからこそ、自分の体だけではなく、心も大事にして生きないと…」

「…そう……ですね…」

 少々ネガティブな冴羽さんと、笑みを忘れず鼓舞しようとする赤城さん。

 こう言う、何気ないコミュニケーションも、依頼人のケアとして必要なのかもしれない。

 自分も今後、一人で探偵をしないといけない可能性もあるから、覚えておかないと…。

「ムッフフゥ…やっぱりタケカナはよきだねぇ…」

 なんて思ってる傍ら、僕の隣を歩く佑香ちゃんは、お菓子との入ったレジ袋片手、特典のクリアファイルにご満悦だ。

 お荷物と言うわけではないけれど、郷仲さんはなんで、彼女を連れていけと言ったのだろうか…。


「それにしても…ミラー…」

「サエバさん」

 ふと、赤城さんが彼女の話を止める。

 彼は後ろを見るように促し、それに従って僕らは顔を向けると、物陰になにか白いコートのようなものを着た怪しげな人がいたのが見えた…。

「ミ…ミラー仮面…っていうヒーローが~昔いたらしいですよね~、妹さん!?」

 その人達がミラーマフィアだと察した冴羽さんは、少々苦しいが、なんとか話題を変えた。

「うぇっ!?なんで私!?ま、ままぁ、居たけど…。確か…今はリメイクされて、ミラー騎士…みたいな感じになってるんじゃなかったかな…」

「そうなんですねぇ~!い、今は特撮ドラマもいろんな進化を遂げてるんですね~!」

 その瞬間、佑香ちゃんの中でなにかのスイッチが入った。

「そうなのです!昔は人間しかいなかったから、怪人のスーツは0から100までしっかりと作らないといけなかったんですけど、リージェンがいてくれるから、特性や外見をお借りして、予算を抑えることができているから、昔よりも沢山のスーツも作れてて!それが超かっこいいし綺麗なんですよ!!それにそれにヒーローの外見だって……」

 アッと自分の饒舌さに恥ずかしさを感じた頃、例の怪しい人物はすっかり姿を消していた…。

「あっ…すみません…喋りすぎちゃった」

「いえ、こちらこそスミマセン…口裏合わせてもらって…」

 耳を赤くして平謝りをする佑香ちゃんに、冴羽さんも頭を下げた。

「こういう時、とにかく自然にしておかないと、背後から撃たれる可能性もありますからね。お気を付けて…」

 赤城さんの言うとおり、怪しまれないように話題を変えるのも一つのカモフラージュの方法なのだろう。

 これも今後のために覚えておかなければ…。


 また町を歩く

 歩きつつ、ふと考えてみる。

 思えば、赤城さんからすごく学べている気がしている。

 今後に必要となってくる話術だとか、周りに気を配る認識力だとか…。

 そう言う"探偵としてのいろは"に気付かされているのだ。

 この会社は大体、"感覚か身体で覚えろ"って感じだけども、なんか赤城さんの方が、学んだことが体にスッと入ってくるような気がしていた。

 もしかしたら、彼は自然と"教える"と言うスキルに猛ていたりするのかもしれない。

 何度言ったかはわからないが、彼とは馬が合うからか、結構二人で仕事するのが結構気が楽だし…。

 イヤ、ほんっとに楽、マジで。


「ねぇ、ユウキさん…」

 ふと、佑香ちゃんがクイッと僕の服の裾を引っ張った。

「なに…?」

 振り替えると、彼女は不安げに眉をひそめている。

「なんか…どんどん町から遠ざかっていく気しない…?」

「え?」

 首をかしげながら周りをみてみると、確かにさっきまで多くあるいていた人々が極端に少なくなっている気がするし…なにかやけにガランとしている…。

 シャッター商店街、蹴飛ばされた空き缶、また厚くなってる曇天。

 空気に湿っぽさも出てきて、今にも雨が降り出しそう。

 街に潜んでいるコンビニエンスストアや小さな飲み屋の明かりがぼんやりと光り、陰鬱とした空気を漂わせていた…。

「えと…きっと気のせいだよ…。ここらだけがこういう雰囲気なだけ…」

 自分に言い聞かせるように、返答する。

 声がまごついたのは、この雰囲気にちょっと不安を覚えているからのかもしれない。

 ここらなら…人を殺してもなかなか見つからないだろうし…。

「そういえばサエバさん。事件の時がどういう状況だとか…犯人がどんな感じだったかとか…改めて教えていただけませんか?歩きながらで良いので、参考に教えてもらえますか…?無理にとは言わないので…」

 暗い雰囲気の中、赤城さんがそっと依頼人に聞く。

「……あまり、思い出したくはないのですが…。わかりました…」

 恐怖で少し億劫になりつつも、冴羽さんは当時のことを話し始めた。


「粗方は事務所の方でお話しした事と同じです。飲み会の後で家に帰る途中、リージェンの男が数名、互いにアタッシュケースを交換していました…」

「アタッシュケースですか…」

「あ…先ほど話したときには麻薬と言いましたが…実は、本当に麻薬だったのかどうかは、うろ覚えの決めつけでして…」

「そうですか……。まぁ、そう言う思い込みというのも確かにあります。しかし、それが麻薬でなくても拳銃や違法指定物品の可能性もありますからね。ちなみに、そこでどうやってそれを見つけたとかはお教え願えませんか…?」

「はい、場所は路地裏でしたかね…。大体、住宅街と繁華街の間辺りだった気がします…。帰り道で、路地裏の入り口の前を通るので、たまたまチラッと見かけてしまった…という感じです…」

 素人がここまで聞く限りは、別に不自然な点があるとは思えない。

 マフィアは路地裏や下水道等、一般人に見つかりにくい場所で取引をするって言うのはアニメとかコミックでも常識だし、それを無関係な人が見てしまうというのもよくある話だ。

 そもそも、自分も誤って路地裏で取引を見てしまって、ここにいるのだし…。

「リージェンのタイプとかは覚えてます…?強制ではないので、答えられなくても大丈夫ですよ」

「それなら少しは…。確か……スーツを着ていたのは…龍でしたかね?後は…あまり覚えてないですが、取引していたのは鳩型のリージェンで、学生っぽい方だったと思います…」

「なるほど……。お金稼ぎを探していた学生が、道を踏み外して、路地裏で危険物の取引をするっていうのはたまにありますからね…。情報ありがとうございます。不快に思われましたらすみません」

「いえ…大丈夫です…」

 これで冴羽さんの状況説明は終わった。

 赤城さんはそれ以上、聞くことはなく、彼は後ろを歩く僕に顔を向け「こういうのも必要だから覚えとこうね」とだけ言って、また冴羽さんの方に顔を戻しただけだった。

 このたった数分の時間で、彼は大なり小なり様々な情報を彼女から引き出した…。

 あらゆる情報にはなにかしらの手がかりがあるということは、前の事件で実感済みだ。

 しかし彼は、恐らく僕のために、聞き込みとしての手本を実践してくれていたのかもしれない。

 踏み込みすぎず、尚且つ情報を手に入れる。

 そして、あくまでも"任意"ということを忘れずにと…。

 深読みしすぎな気もするが、それでも大切なことにはかわりない…。

「お兄さん…やっぱりすごいよね。すごく配慮ができる人と言うか…」

 小声で佑香ちゃんに彼への尊敬の弁を述べると、彼女は僕に向けて目を輝かせた。

「でしょ?お料理も上手いし、優しいし、それにぃ…」

 すると、彼女は前を歩く赤城さんに、勢いをつけて抱きつく。

「うぉっ!」

「なにより、超強いんだからね!」

 抱きつかれた赤城さんは耳を赤くしながら、彼女の頭を撫でる。

「ちょっと~恥ずかしいからやめなよ~」

 なんて事を言うけども、彼は引き剥がそうとはしない。

 そのちょっと心酔しているような仲良しな光景に、しばらく僕と冴羽さんを口が閉じられなかった…。

「な…仲良しなんですね…」

「ですね…」

 なんか仲良くしすぎな感じはするが…これが彼ら家族の愛の形なんだろう。

 うらやましい…。

 なんて、彼ら兄妹にちょっと嫉妬しちゃった自分が情けない。

 自分も早く、妹と普通に会話ができるようになりたい…。

 なんて願いに囚われ続けている。


 それからまたしばらく歩き、彼女がようやく足を止めたのさは、町からもう結構離れた場所だった…。

 ここらを通る人は殆どおらず、老朽化の進んだビルが、点々と野暮ったい光を灯していた…。 

「こんなところに会社なんてあるんですか…?」

「ありますよ。ここです」

 きょろきょろと周りを見ていた僕に向け、彼女は一つの煤けたビルに向けてゆびを指した。

「え…古っ!」

 驚いて、思わず声が出てしまった…。

 ここら一体、古い建物が多いが、それにしても、ここはアスベストでも使っていた時代に作られたのかと疑うほどの古さで、外壁塗装もボロボロに剥がれている。

 もう取り壊しが決まっている廃屋なんじゃないかと疑ったが、窓を見てみると一応、ちゃんと蛍光灯はついているみたいだし、本当の会社のようだ…。

「うちは長く続いている会社ですので…ですが、内装はそこまで悪くはないですよ」

 彼女は冷静にそう言うと、全体的に埃っぽいビルのなかに足を踏み入れる。

 それに続き、僕らもビルの中へ入った。

 これで、彼女をシェルターまで送れば終わりか…。

 後は彼女を襲おうとしている輩の捜査を頑張らないといけないわけだな…。


「…サエバさん」

 すると、ふと赤城さんが彼女に声をかけた。

 振り返ってみると、彼はこのビルの中に爪先すらも入れていないことがわかった。

「なんですか?」

 振り返らずに応じる彼女。

 口を開こうとする赤城さんの目は、全く笑っていなかった…。


「……そろそろ、本当の目的教えてもらえませんかね…?」


「え…?」

 彼のたった一言に、僕の頭のなかに大量のはてなが暴れ出る…。

「なんのことでしょうか?」

「だって…嘘ですよね?取引を見たっていうの」

 笑みすらも浮かべない赤城さんに、郷仲さんに似た謎の恐怖を感じた。

 どういうことだ…?

 だって、彼女は被害者で、あんなにも明確に当時の状況を説明してくれていた。

 なのに…それすらも嘘だったというのか…?

「本当ですよ。だって、さっきも言ったじゃないですか。路地裏で見つけたって…」

 振り返って反論する冴羽さんだが、赤城さんは納得していない。

「えぇ、取引は路地裏等の影になる場所で行われる場合が多いです。ですが…一般人に見られるような"路地裏の入り口"でするはずがないんですよね」

「あ…」

 思い返してみれば確かにそうだ。

 僕が初めてマフィアと出くわした時、彼らが取引していたのは路地裏の入り口近くではなく、路地裏の"奥"だった。

 マフィアが入り口で取引をするだなんて、警察を出し抜くための囮や挑発、それかどうぞ捕まえてくださいとでも言ってるようにしか思えないじゃないか……。

「それに、ミラーマフィアだったら家で様子を伺うなんてことはしません。ミラーマフィアの名前に鏡が入っている理由は『鏡を媒体として移動する』からです。彼らはノーインの血液を自らの体内に注入して移動できるようにする、そんなブッ飛んだ組織なんですよ…」

 なんと…ミラーマフィアの語源にはそんな理由があったなんて…。

 そこまで知らされてなかったっていう物がまだまだ多くて困る…。

 真実を突きつけられた冴羽さんの顔を見てみると、彼女は如何にもバツが悪そうな顔をしている…。

 この光景に似たものを見た覚えがある。

 法廷の中で、高飛車銭ゲバ先輩が、大嘘つきの裁判長に真実を突きつけていた時と全く同じだ…。  

「で…でもちゃんと言いましたよね…?龍のリージェンが取引してたって…」

「そこが一番の嘘ですよ、サエバさん」

 それでもアリバイをなんとか作り出そうとする彼女に、赤城さんは嘘への突きつけを重ねる。

「ミラーマフィアの社会には、大きな格差がある。下級テッラ中級ヴェント上級ステッラ王級コンツェット。その中でも唯一無二のコンツェットマフィア『零ヴァ呈ン』は、絶対にこんな見つかりやすい場所に出ることはない。その上……」

 また知らない情報が沢山出ているなか、赤城さんは人差し指をぴんと立てる。


「龍のリージェンの構成員は、コンツェット以外には絶対にいない」


 その瞬間、辺りの空気が図星や緊張で固まった…。

 決定的な彼の一言を聞いて、僕はとあることを思い出した。

 スプリミナルに入るよりも前、たまたま出会った年配のリージェンに聞いた話なのだが、龍属のリージェンはこの地球に移住する前はリージェンのなかでも王位につくほどの実力や力の持ち主だったらしい。

 その影響からか、僕は今までに龍のリージェンが事件を起こした等の報道を一つもみたことがないし、なにより龍のリージェンにすらもなかなか出会ったことがない…。

 その理由の一つとして、多くの龍のリージェンが、その最上級のマフィアに加入していたのだと言うのなら納得だ。

 あっさりと化けの皮が剥がされてしまった冴羽さんだが、なにか動揺しているような素振りはなく、ただ顔を下げているだけだった…。

「なんで嘘をついたんですか…?なにか事情があるんですか…?」

 赤城さんが鋭い眼光を向けながら言及すると、彼女は肩の荷を卸すように大きくため息をついた。

「そうですね……。私…どうかしてました……。全てお話しします。自分がなぜこのような事をしたのかについて…」

 顔を上げた彼女は笑みを浮かべており、それは喜びと言うにはあまりにも掛け離れている笑いだった。

「まぁ、聞ければですけどね…」

 彼女はそう言うと、大きく羽を広げて拳銃を取り出した。

「…っ!」

 僕らが臨戦態勢に入ろうとする中、不敵な笑みを浮かべている冴羽の銃の矛先は、赤城さんではなく、佑香ちゃんに向いていた事に、僕だけが気づいていた。

「あぶないっ!」

 危険を察知した僕は、彼女が引き金を引く数秒前、佑香ちゃんに抱きつくように押し倒した。


 ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!


 大量の弾丸が、僕らに向かって飛んでくる。

 幸運にも、弾丸はハイドニウム製ではなかったようで、特異の影響で僕の身体が透き通り、ほとんどは被弾を避けられた。

「うぐ…っ!」

 しかし、たったコンマ数秒、0.nミリの誤算が、悲劇を生んだ。

 たった一発の弾丸が佑香ちゃんの背中を掠り、横一文字に大きな傷をつけてしまったのだ…。

「ユウカッ!!」

 弾丸が止んだ頃、赤城さんが血相を変えて僕らに駆け寄った。

 銃撃のショックで気絶している彼女の身体から退くと、佑香ちゃんの背中から、じんわりと大量の血液が流れ出してきていた。

 あのたった数ミリの誤差で、こんなにも大きな傷が付くだなんて…。

 もしも僕があと数秒早かったら、こんなことには……。

「ごめんなさい…僕…」

 悔しさや罪悪感で拳を握る僕に、赤城さんは僕の肩に力強く手を置いた。

「謝るな、君は間違ってない。でも止血をしないと……そうだ!回復薬!」

 思い付いた彼は、ポケットの中から、消しゴム大の小さな注射器のようなものを取り出した。

 その中には、鮮やかとは言えない黒ずんだ赤色をした治療薬が入っている…。

「あまりない…昨日のやつで使いすぎたか……。ユウキくん、これをユウカの身体に刺して!その後にスプリミナルの医務室に…」


 カチャ…


 指示を伝え終わる前に、赤城さんの後頭部にその拳銃が突きつけられた。

「私は人間至上主義者です。リージェレンスである私を救ってくれたのは人間だった…。リージェンを守るあなたは、私たちにとって不要な存在……」

 ハイライトの消えた目で彼を睨むと、物陰からぞろぞろと白いローブを着こんだ人間達が数名出てきた。

 そうか、さっき物影に隠れていたのは、彼らだったのか…。

「今日をもって消えてください」

 黒く染まった目の彼女同様に、白ローブの人間達が僕らに拳銃を向けた…。

 このとき、僕は郷仲さんに見せて貰った写真を思い出した。

 白色のローブとライン。

 間違いない…彼らは人間至上主義者ヴィーガレンツだ…。

「ふぅ…」

 落ち着け…落ち着け…。

 自分が今できることは、警戒を強めて逃げ出すこと…。

 顔を隠した男に冴羽さんを合わせて、総勢6人。

 その他に隠れている可能性も無くは無い。

 でも、あくまでもハッタリであると仮定すれば、脱出が出来なくもない…。

 銃弾を受けることの無い僕が盾になれば…逃げれるかもしれない。

 佑香ちゃんの身体に、先程貰った注射器を突き刺して立ち上がり、エンブレムを取り出した。

肉体換装トランス&特具武装アーツアンフォールド!」

 トランスと共に武装し、彼女らに銃口を向けながら、守るように二人の前に立つ。

 とりあえず銃で牽制しながら、二人を守りつつ逃げる。

 自分に出来るのはそれくらいだ…。

「赤城さん…なんとかして逃げましょう…。6vs2は分が悪い…」

 僕が改めて退避の提案した途端、赤城さんは立ち上がり僕の肩に手を置いた。

「ユウキくん……退いてくれないか…」

「でも!」

「退けと言っている!!」

 聞いたことのない大声に驚き、僕は目を丸くして後ずさった。

 今の赤城さんの表情は赤。

 強く強く烈火のごとく燃えるような怒りが、周囲の空気をあからさまに変えていた…。

「お前……僕の家族に何をした…?」

 鋭くにらむ赤城さんだが、冴羽は一切動じない。

「答える義理はない」

「答えろっ!お前が義理等と口に出す権利はない!」

 赤城さんの怒号に、彼女はふんと鼻から息を吐く。

「やれやれ…あなたの家族が傷ついたのは、そのピンクのせいですよね…?助けるのが遅れたのかどうかわかんないですけど……途端に掛ける計画が浅はかすぎるんですよ」

 傷つけたことへの転嫁的意見な気もするが、確かに彼女の言うとおりではある…。

 助けるのが遅かったせいで、彼女は傷ついた。

 彼女の背中から血が出ているのは全て僕のせいだ。

 全て、自分が浅はかだったから…。

「違う…っ!」

 自責を積み重ねようとしていたところ、彼の言葉一つでそれは一気に崩された。

「ユウキくんは妹を守ろうとしてくれた…。だが、お前は…僕の家族を殺そうとした……。彼女の背中からは、汚ならしい赤黒い色が流れている…。それは朱殷よりも醜く…画家がもう二度と塗りたくないと言いたくなる程酷い色……」

 怒りの頂点に達した彼は、キッとヴィーガレンツ達を睨み付ける。


「命を大切にしないお前ごときが……簡単に彩って良い色なんかじゃないんだよっ!!!」


 激怒の赤城さんは、血管が浮き出ている右腕に、デッサン用に芯が長く削られた鉛筆を一本握る…。

肉体換装トランスっ!」

 叫んだ瞬間、彼の体が赤ラインの入ったトランススーツに変わる。

 半閉じのパーカーとジャージ、Tシャツ…。

 背中の丸いデザインの中、ぽうっと光る赤色が、燃えているようにゆらゆらと揺れていた…。

「ユウキくん……ユウカをたのむ…」

 妹を僕に任せて背を向ける彼に、もう慈悲の心はない。

「こいつを殺す……っ!」

 顔を見なくてもわかる…。

 赤城さんは鬼の形相を彼女らに向けている。

 家族を傷つけられたのだから…その怒りは彼らを殺すこと以外ではきっと発散できないだろう……。


「行きましょう…。私たち人間のためにっ!」

 それに臆さぬヴィーガレンツ達は、弾丸をリロードし直し、それを赤城さんに向けて撃つ。

 先程よりも多く、激しい銃撃音が鳴り響く…。

 横殴りの弾丸の雨の中を歩く赤城さん。

 彼に向けて放たれたその弾丸は、まるで僕の特異のように、彼の身体をすり抜けていた…。

「バカな…ハイドニウムの弾丸のはず…」

 想定外のことに動揺しつつも、彼女らは弾丸を打ち続けるが、その弾丸は、一つだって彼の身体を傷つけることはできない。

特具武装アーツアンフォールド

 彼の特異がなんなのかを考え出していた所で、彼はエンブレムをナイフ型のアーツに変化させ、それを逆手に持った。

「こんなものか…」

 ぽつりと呟いた赤城さんの威圧的な佇まいに、敵は恐怖で思わずトリガーから手を離す。

「怯むな!撃ちなさい!」

 それでも、銃撃をやめさせようとしない冴羽と、また引き金に手を掛けようとしたヴィーガレンツ達に、赤城さんは哀れみの目を向ける。

「ふぅ…」

 ため息と共に彼は、右腕をそっと彼らに向けて伸ばす…。

 すると、パーカーの右腕のラインから突然ゆらゆらとオレンジや黄色の光がちらついたと思いきや、突然その右掌から火花が散り始める…。

 

 ゴォォォォォォォォォォォオウッ!!


 その刹那、彼の腕から炎が燃えたぎり、敵の一人に向けて炎柱が発射される。

「ぐぁぁあっ!」

 攻撃をもろに受けてしまった彼は全身が炎に包まれ、断末魔をあげながら地面に倒れた。

「ハシヤダさん!」

 彼の隣にいた者は恐怖で腰がくだけ、その隣にいた者が彼を助けようとローブを脱ごうとする。

「…っ!」

 その刹那、いつの間にか彼の裏に移動していた赤城さんが、ナイフで彼の首の丁度真ん中を貫く。

 ぼうっと肉が焼け、血液が蒸発し、人体がコンクリートに打ち付けられた。

「うぅ…うわぁぁぁぁあっ!」

 腰を抜かしていた敵は、やけくそになって、銃を逆手に持って彼に向っていく。

「#F29C9F…」

 赤城さんが小声で謎の番号を唱えた途端、身体から小さく薄い赤い色の火の粉が散る。

一重梅・突ヒトエウメ・トツ…」

 その言葉と共に、数量飛び散っていた火の粉の一つが、突如針のような形状となって彼の胸を貫いた。

 心臓が焼け焦げる匂いと共に、倒れ行く敵の身体。

 それを見守る赤城さん。

 三体の死に行く肉叢の間に立つ彼の身体の所々から、ゆらゆらとその焔が燃えていた…。


 赤城隆泉の特異は炎…。

 単純に、水原くんの特異の火バージョンと考えた方が早い。

 自分の体内から炎を出したり、自信の身体を炎と同化したりする。

 そんな全身炎人間が、彼なのだろう。

 ハイドニウムの弾丸が効かなかったのは、おそらく"着弾するギリギリで身体を炎化して穴を空け、弾を避けた"からと考えられる…。

 即座に回避術と暗殺術を考え、それを実行に移せる。

 やはり、彼はすごい人だ。

 いやそれとも、まだ自分が未熟すぎるだけか…。


「同胞を守って!アイツ…本気で殺す気ですよ…」

 卑屈なことを思っている傍ら、冴羽が残った仲間二人に注意を呼び掛ける。

「安心してください…。殺しはしない…」

 燃える身体で冷ややかな目を向ける彼は、倒れている敵にプリズンシールを突き刺すと、まだギリギリ生きていたのであろう身体がその小さな結晶の中に収納された。

「死にたいほどに痛め付けて捕まえる…それだけだ…」

 恫喝、全身の焔がゆらゆらと燃えるその姿は、まさに郷仲さんと瓜二つ…。

 美しく、そして冷ややかに怒りを表しているその姿に、僕は手も足も出せない。

 と言うよりも、加勢を禁止されているような気がする。

 大切な人を傷つけられると怒るのは僕も同じだが、ここまで彼の怒りが燃えているのを見ると、何故か恐怖すらも感じてしまった…。


「う…うぅ…」

 そんな中、ずっと気を失っていた佑香ちゃんが目を覚ました。

「ユウカちゃん!動かないで…」

 彼女に安静を呼び掛ける。

 身体をよく見てると、あんなに血が出ていた傷はもう塞がっているようだが、疲労感やダメージはまだ残っているようで、あまり身体を動かせていない。

「お兄ちゃんは…?」

「…戦ってる…。ごめん…僕が不甲斐ないばかりに……」

 僕が彼女に謝ることしかできない傍ら、赤城さんとヴィーガレンツの戦いは激化していく…。


「確実に消しましょう!ハイドニウムナイフも準備を!」

 彼女が指示をすると、彼らは黒瑪瑙オニキスのように真っ黒なサバイバルナイフを取り出した。

「無駄だ…」

 しかし、それに臆することの無い赤城さんは、自分の赤く光るナイフ型アーツを地面に突き刺した。

「#ffdbed…」

 また新たなコードを口にすると、彼の全身から薄いピンクの炎が溢れだした。

 それに対抗しようと、彼らは拳銃とナイフを守りの体制にて構える。


八重桜ヤエザクラ!」


 その途端、彼のナイフから、炎が根のように枝分かれしながら地中を伝う。

 そして、敵の真下にその炎が到達すると共に、それが巨大な桜のような形に変化して、地面から噴出する。

 桜の枝状の炎に身体を貫かれながら、冴羽の裏にいた二人のヴィーガレンツ組員が、声も出せずに燃えた…。

 桜の中で炎に包まれる味方を見て、彼女は震える。

「そ……そんな…」

 炎の桜が散ると、彼らの持っていたナイフだけが、無傷で地面に落ちた。

 その光景を見て、冴羽はついに肩を落とす…。

「これで五人だ…」

 落胆する彼女を睨む赤城さんの手には、もう二つのプリズンシールが握られていて、その中には先程燃えた2人の組員が就航されていた。

「くっ…」

 絶望的な状況の中、彼女は迫ってくる赤城さんから顔を反らす…。

「落ち着かせようとしてるんだね…気持ちを…」

 哀れみの目で冴羽を見る赤城さんだが、彼女は未だ諦めようとはしていなかった。

「違う…私の特性能力を発揮しているだけd…」


 ザシュ!


 勢いづけて冴羽が広げた翼を、彼は無惨にもナイフで焼ききった。

「ひっ…うぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

 早すぎる祟り目に彼女は泣き叫び、赤城さんは頬に浴びた黄土色の血をパーカーの袖で拭った。

「翼をはためかせて、炎を消化させようとしたんでしょ?それくらい分かるよ…。でも、ごめんね…。仕方ないよね…?」

 すると、彼は右手に炎の玉を作り出す。

「ユウカを傷つけたなら…それなりの報いは受けなきゃ…」

 彼女にとっては、もう非の打ち所のない程の絶望的な状況だ…。

 しかし、それでも冴羽は歯を食い縛る。

「私は…諦めない……!」

 顔をあげ、赤城さんをまっすぐな目で睨む冴羽。

「我々、人間至上主義ヴィーガレンツが!いつかお前達のような悪魔を!完膚なきままに殺してやるっ!!」

 根太く、強く、そしてしつこいまでの信念に、彼はついに哀れみを向けるようになった。

「そう…」

 まるで炎が溜め息をついたかのように、彼の右手の火球が爆炎へと変わった。

「#……」



 

 ドスッ!


 その驚異は突然現れた…。

「……っ!?」

 赤城さんがコードを口にしようとした矢先、彼の背中を黒色のナイフが貫いたのだ…。

「なん……で……」

 背中に穴を空けられた赤城さんは、混乱のまま、地面にバタリと仰向けで倒れてしまった。

「お兄ちゃんっ!」

「アカギさん!」

 僕らがその光景に焦る中、突然聞こえてきたのは、コツコツとヒールがコンクリートをならす音…。

「Antithese Regenism……」

 それを彩るは、おぞましい英語の羅列…。

「Rebel yell Humanism……」

 そして倒れた赤城さんの前に現れたのは、一人の女…。

「どうも…スプリミナルの皆さん……」

 片方だけ刈り上げられた髪に、ワイルドな顔立ちと釣り目、右側に泣きぼくろ

 そして、ブランドもののTシャツと革ジャンの上に羽織られているのは、白と赤の大きなローブ……。


「私は高坂 沙羅コウサカ サラ。リージェンを排除する救世部隊…ヴィーガレンツが一人……」


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