5-4『一番のSと越権裁判』




 殴られた頬が痛む…。

 無効化の特異点の筈なのに、何故痛みを感じているのかは不明だが…。

 久々にジンジンと痛む頬を撫でながら、僕は法廷の中へと入る。

 傍聴席は、カテキンが公判に出るという興味からか、何故か若者の方が多く、今通りすがった人の会話からは『本当にカテキン殴ったのかな?』と言う疑問の言葉でさえも飛び交っていた。

 膨張室で裁判を見るのは、そんなに難しいことではないと聞いたことはあるが、カテキン目当てだけの人間がいても良い物なのだろうか……。


「おかえり、ちょっと長かったね。便秘ぎみ?」

 席に戻ると水原くんが少しからかい、僕は違うよと苦笑いで返しながら座る。

「ハァ…」

 刹那、思わず口から漏れてしまったため息を、水原くんは聞き逃さなかった…。

「…どうかした?ほっぺた赤いし…」

 彼は少し観察力が鋭いから、こんなのもすぐ気づくんだな…。

 隠していても仕方がないだろうから、僕は正直に住浦さんがなにをしていたのかを話すことにした。

「スミウラさんが…ちょっと……」

「…あぁ。差し詰め、利益のある方に行った…とかかな?」

 水原くんが言葉を紡いだことに、僕は驚いた。

 まるで、言おうとしていたことを、予測していたかのようだった…。

「知ってたの…!?」

「うん。あのスタイルを貫いてんのがアイツだからさ…。そうするだろうなーとは思ってた」

 何も知らないから驚く僕に対して、水原くんは呆れるように、一つ欠伸をする。

 彼の態度に少し凹むが、粗方知っているのならば、話は速い…。

「……止めないといけないよね…アイツのこと…」

 住浦さんの暗躍を止めるために、僕は立ち上がろうとしたが、彼は僕の腕を掴んで止める。

「そろそろ裁判始まるよ。座んないと…」

「でも、これじゃカネイさんが…!」

 公判が始まる前にここから出て、住浦さんを止めないといけないだろうに……。

「うーん……心配する気持ちはわかるけど、恐らく大丈夫だと思うよ…。スミウラだし…」

 水原くんの持つ謎の余裕に、僕の中にある疑問や不安が涌き出る。

「そ…そんなこと!」


 カン!カン!


 水原くんに反論をしようとした所で、ついに小槌が鳴ってしまった…。

「静粛に」

 たった二回の打音が響いただけで、鶴が大声で鳴いたかのように、傍聴席のざわつきが一瞬で静まった…。

 裁場をよく見てみると、純人類である裁判長を中心に、証人も被告人達、全員がそれぞれ準備を終えて、そこに揃っていた…。

 公判が始まってしまっては、もう動けない。

 水原くんの言う通り、行く末を見守るしかないか…。


「これより、ヒノデ キミカさん暴行事件を巡るカネイ キノミさんの裁判を始めたいと思います」

 如何にもと言いたげな程、尺の高い席に座る裁判長がそう言うと、僕らを含めて大勢の人が立ち上がる。


 よろしくお願いします。


 その言葉が響くと共に、ついに兼井利已かねいきのみ暴行事件の裁判が始まる。

 緊迫のなか、裁判長の指示で兼井さんが被告席から立ち上がると、まずは様々な確認と共に、検察側が状況説明と本人確認をはじめる。

 その内容は、きのう被害者側から確認したものと同じ、兼井さんが日之出さんを押し倒したところで店員の利郷さんが見つけたと言うもの。

 弁護側の状況説明も、加害者側の確認と同じく、遊んでいたら日之出さんが転んでしまい、それを勘違いされてしまったと言うもの。

 遊んでいた理由として、日之出さんの酩酊状態が笑い上戸の遊び好きという説明がしっかりと成されていた。

 ここまでは僕らだけはもう知っていることだ…。

「では、証人を」

 裁判長がそう告げると、第一発見者である利郷さんが証言台に立ち、証言を始める。

「自分は暴力だと判断し、通報させてもらいました。それが事実ではないという証拠がないなら…それで良いと思ってます」

 たった数十文字で証言を終えた利郷さんだが、裁判長はなにも気にせず、裁判の進行を進める。

「弁護側、なにか反対尋問は?」

 弁護士の方が立ち上がり、利郷さんに向けて尋問を始める。

「利郷さん。さすがに尻餅をついただけで暴力と断言するのは、少々無理矢理なのではないでしょうか…?」

 弁護士が聞くと、証人はなにも動じることは無く、返答する。

「それは…最近は、色んな形のハラスメントがあるんで……」

「確かに、この世界にはまだ沢山のハラスメントがあります。恐らく、本当だったときのための予防策にと思ったのではないでしょうか…?」

 利郷さんの言葉を補足するように、検事側が弁明をする。

「しかし…それだけではあまりにもその場の感情によりすぎなのでは…?」

 弁護側は少しムッとしたのか、僅かに踏み込んだ事を言うと、裁判長が目の色を変える。

「弁護側、そちらも場によりすぎとも捉えられます。ここではそのようなことは慎んでください。他にはありますか…?」

 質疑を切るような発言によって、この質問は終了し、弁護側は渋々違う質問をして尋問を続けた。

 その後も同じような感じで、まるで弁護側をひっくるめて誘導しているかのような尋問が続く…。

 なにか検事側が結託しているような気はしてしまうが、反対側としての意識過剰的な思考が働いているのだろう。

 それに、法廷において、僕ら傍聴人は過度に裁判に踏み込むわけにはいかない…。

「利郷さん、ありがとうございました。それでは、もう一人証人を…」

 自分がどうすれば良いのかを考えている頃には、もう一人目の尋問が終わり、日之出さんが証言台に立っていた。


「私は……検察側、弁護側、方法の説明を指示し、最終的に出た結果に、全てを託します」

 彼女の証言はそれだけだった。

 利郷さんよりも遥かに少ない言葉だが、それでも尋問は続いていく。 

「ヒノデさんは…証人とは恋仲関係と聞いたのですが…」

「これ以上は申し訳ないですが答えられません…。私は、説明を指示することしかできません…」

 その後、弁護側は似たような質問を幾つかしたが、日之出さんはその一点張りで、その状況説明が、合っているとも間違っているとも、彼女は言わない。 

「黙秘権…ですか…」

 僕が思っていたことを偶然、検事がポツリと呟く。

「自由の尊厳のため、黙秘は許可しています」

 黙秘権の乱用に傍聴席が少しザワつきはじめた中、裁判長がそう言った途端、法廷内はスンと静まる…。

「失礼…一応、続きを…」

 裁判長の指示で、検察と弁護士は、また尋問を始める…。


 しかし…今も尚、彼女の事を信じている僕にとって、この光景はどこか複雑な気持ちだ…。

 利郷は住浦さんから買った"冤罪をでっち上げられるであろう証拠物品"を手中に納めている上に、検事と裁判を仕切る物達の腕が立っている物だから、もう兼井さんが一番悪いという雰囲気になりつつある…。

「こんなの…間違ってるよ……」

 もしも、この世に法廷侮辱罪がなければ、今すぐにでもここから飛び出して、検事達に兼井さんは悪くないと訴えたい。

 傍聴席がカテキンの裁判に湧いている中、そんな僕の思いを汲み取ったのか、隣で膨張していた水原くんが、咄嗟に僕の腕を掴んだ。

「ここで声を荒げちゃだめだ。明確な証拠がない以上、声を上げれば一発で退室処置になるし、今後、スプリミナルの立場も狭くなる…」

「でも…」

 それでは、兼井さんが冤罪のまま終わってしまうのではないか。

 水原くん自信も、兼井さんが冤罪であると言っていたではないか。

「君がしゃしゃれば、全てが水の泡だぞ」

 そんな反論をしようとする前に、水原くんが言葉で僕を遮った。

「裁判は…この世で唯一、法という大きな存在の下で裁かれる場所なんだよ…。僕らのような、法を無視して生かされているような人間が、証拠も無しに声をあげれば、罪無く普通に生きていた筈の人間を、殺すかもしれないんだよ…?」

 目を合わせて中立的で冷静な返しをする彼に、言葉でさえも貧弱な自分は、なにも反論をすることはできなかった…。

 この状況のなか、自分が動いてしまえば、まだ冤罪から復帰できる可能性のある兼井さんが、さらに不利になる。

 最悪の場合、懲役刑にもなりかねず、動画投稿サイト事務所も多くの負債をかかえる可能性だってななくはない…。

 そんな想定をした途端、自分は立ち上がろうとはできなくなってしまった…。


「それでは、第一審の判決に入ります。被告人…なにか証言は…?」

 自分が自分の心と葛藤している中、いつの間にか裁判が終わりかけていた…。

「……特にありません…」

 そう言って頷く兼井さんの目の色は、遮光性の黒ペンキを一面に撒かれたかのように、光が失われていた。

 自分達が不甲斐ないばかりに、第一審が有罪で終わると思うと、申し訳ない気持ちしかない…。

 あんなのに騙されなければ…きっと裁判なんかに立つこと無く、なんとかなっていたはずなのに…。

 もしも自分が天才だったら…こんなに未熟で終わるはずはなかったのに…。

「……それでは、第一審の判決を…」

 裁判の終わりを告げるように裁判長はついに小槌を手に取る…。

 もう、僕らにできることは無いのか……。




   ◆




 バァンッ!


「異ぃ議ありぃぃいっ!」

 裁決が出されることによる緊迫を切り裂くように、扉が勢いよく開く音と空回りする程の大きな声が、法廷のなかに鳴り響く…。

「証人は嘘をついている!」

 扉の中から現れたのは、フードを被って目元を隠した、慎重の低い一人の男性…。

 見覚えのある銀色のラインが入ったパーカーとパンツを着込み、その中には黒いYシャツと、ラインと同じ色のネクタイ…。

「スミウラさん…!?」

「やっと来たか…」

 急な登場に驚く僕と、反対に待ち焦がれていたかのようにため息をつく水原くん。

 そして、思わぬ人間の登場で法廷内は一気にざわつきが広がる…。

「なんて、言ってみたかったんだよなぁ~一度…」

 彼はニヤニヤと笑いながら、傍聴席からの驚きの声を掻き分けて、証人台へと歩いていく…。

 警察特殊認可特異行使結社スプリミナルの正装と、その人を嘲るような声は、まごうことなく彼だ…。


「誰ですか貴方は…!?」

 勿論、驚いていたのは傍聴席だけでなく、裁判官の人々も目を見開いていた。

「裁判長。彼は武装警察公認の秘密結社の社員です。弁護側として、証人の申請はしていたはずですが…?」

 弁護士が冷静に裁判長に報告をしている。

 弁護側の証人がなかったのは、そう言うことだったのか…。

「ご存じありませんでしたかぁ?裁判長…。あぁ、失礼。元々俺たちが公に正体を明かしてないからですかねぇ~」

 法廷だと言うのに、彼は相変わらず、お高く止まって人を馬鹿にしているような口調だ…。

「証人の方。お名前は?」

 対する検事が、住浦さんに質問をする。

「悪いな。存在が公に出ていない限り、スプリミナルは基本的に名前出すのダメなんだわ」

 何気なく、住浦さんがスプリミナルという名を出した瞬間、傍聴席のざわつきがさらに大きくなる。

 スプリミナルは都市伝説ではなかったのか、本当にそんな組織があったのか、神聖な司法の場でなんの冗談だ、等といった様々な憶測や驚愕の声が広まっていく。


 カン!カン!カン!カン!カン!


 このざわつきを止めるために、裁判長がやかましいほどに小槌を何度も叩いた事で、ようやく傍聴席は静かになった…。

「わかりました。それでは弁護側の証人の方、よろしくお願いいたします」

 司法の場の下、検事はスプリミナルのような秘密組織にも、冷静かつ寛容に接してくれるようだ。

 

「んじゃ、早速証言を始めさせてもらおう。まず、さっき言った通り、証人のヒノデとリサト。彼らは嘘をついてる」

 笑みを含めつつ、住浦さんが証言を始めると、証人の二人は瞳孔を開いて彼を見つめる。

「カネイから依頼を受けた俺達は、双方の様々な情報や証言等を集め、改めて情報を整理した。今回の事件は、様々な偶然が重なったがため、証拠が少なくて苦戦した。しかし、その少ないヒントを便りに推理した結果、今回の犯行の動機や方法がよーくわかった…。証拠として、俺達がかき集めた書類や証言などの手がかりが集められたファイルを提出しておこう」

 彼はそう言って、弁護士に僕らが集めていたファイルを渡した。

 あの人がファイルを持っていったのは証拠として提出するためだったか…。

「傍聴席や裁判官のために、ファイルに入っている証拠を掻い摘まんで紹介しようか。まずは、事件当時になにか皿や瓶酒よりも重いものが床に落ちた音が聞こえたという客からの証言。次に彼女が酒に酔った時に"笑い上戸の遊び好き"になるという友人からの証言。さらに、事件後にヒノデが動画投稿サイトの事務所に掛け合って、カネイの処遇を軽くしようとしていたっていう事実。そんで、数日前に会社の物影でヒノデ自信が『助けたかった』と呟いていたという事務所職員からの証言…」

 束ねられたファイルに入っている証拠の紹介に紛れ、僕らが知らない事実も彼の口から明らかになっていく…。

「そういった、証言やらなんやらが、この中には詰まっている。このファイルには、叩けば叩くほど、ヒノデ キミカが"なにかに怯えている"と言う推理が出来る様々な文書が、詰まっているわけだ…」

 彼の言葉を聞いて驚いた兼井さんが、申し訳なさげに俯いている日之出さんに振り向く。

「それだけじゃない。ファイルの中ここには、証人のリサト ジュリが炎上系の動画投稿者『リッサ』であることの証拠だってある。インターネットから集めたリッサの素顔写真があるんだが…それがどれも"証人と一致していた"んだよなぁ…?」

 住浦さんは証言をしながら利郷さんを睨むと、彼はバツが悪そうに目線を反らしていた。

「それらを全て集めた上で、今回俺が推理したのはこうだ」

 笑みを浮かべる彼は、ついにこの事件の推理を彼らに突き付け始める。

「証人である彼女は、確かにカネイに押し倒されてしまった。しかし弁護士側の説明であったように、証人のヒノデは笑い上戸のため、理由は"遊んでいたから"ということになる。カネイにも彼女にも悪意はなかったため、勿論このような裁判をするつもりはなかった。しかし、彼女は当時店員をしていたリッサ側から脅迫を受けてしまい、今回のような裁判へと至ってしまった…」

 住浦さんの推理を、多くの人間がセメントで固められたかのように硬直して聞き入っている…。

「脅迫の理由は、自分のチャンネルを売り出し、カテキンと言うデカイ山を崩すためだ。人気のコンテンツが最低な理由でオワコンになりゃ、そっちに流れ込んでくるかも知れねぇからな。こうして、この事件は被告人の暴行ではなく、店員の計画的な脅迫による物だった…ということだ」

 固唾を飲んで聞いていたその推理は、この法廷内の騒然を再燃させる。

 法廷が始まる前から知っていた僕らは驚きはしないが、カテキンとリッサという二人の投稿者へのイメージを知っている人々の頭の中では、パーツがカチンと填まっていたようだった。

「と、推理できるんだが…どうだ?」

 傍聴席が沸き出す中、住浦さんがリッサを睨み付けると、彼は目線を反らし、退路を失った彼の顔から、一筋の汗が流れる…。

「証人!証言と違うようですが!?」

 思わぬ新事実を聞いて一驚する裁判長が、冷静さを欠いて日之出さんに聞く。

「…本当なんて言ってない……。私は、"指示をする"とだけ言っただけです……」

 応える日之出さんの目から、少しずつ涙が滲み出してくる…。

「彼の言うことは一言一句本当です…。私は、あの人に脅迫を受けて…それで……キノミくんに…酷いことを……」

 少しずつ嗚咽が漏れだしながら、ついに彼女の目からは大量の涙が流れ出てきた…。

 彼の推理が真実であるという証明は、必死に涙を拭いている彼女の姿が物語っている…。

「てめぇが泣くな。泣きてぇのは、演技でもお前に裏切られたカネイの方だろうが」

 その姿に苛立った、住浦さんは日之出さんにきつく当たる。

 少々キツイような気もするが、冷静に考えてみれば、確かに日之出さんの行動によって、兼井さんも傷つき、切羽詰まっていたわけだから、妥当な気はしなくもない…。

  

「待ってください。ヒノデさんの発言の証拠はあるのでしょうか?双方の発言が真実であると言う事実は?」

 ふと、検事が住浦さんに質問する。

「彼女の本当の声を聞いたのは俺だけだ。だが…その彼女が『本当だ』って言ってんだ。それは事実になるだろう?」

「いや、しかし……それでは、証拠不十分になるのではないでしょうか…?」

 確かに、住浦さんの言うことは本当ではあるが、法廷の上では証言だけではなく、確定的な証拠がないと、簡単には結果が揺るがないのがルールだ…。


「……裁判長…。証拠を提出します」

 すると突然、利郷さんが手を上げる。

「嘘をついているって言う…証拠を……」

 彼はそう言うと、ポケットの中から細長い銀色の電子機器を取り出す。

「あれ…もしやボイスレコーダー…!?」

 取り出されて初めてそれが何だったのか気づいたが、彼の持っているものは紛れもなく住浦さんが取引をしていた物。

 それに、もしもこちら側の不利になることが入っているとしたら……!

「あぁ…そういや、そうだったなぁ……」

 取引を持ちかけた当人は呑気に笑っている。

 法廷に漂っている緊張と不安が降り混ざっていく中、利郷の手によって、そのボイスレコーダーは再生されてしまった…。


〈いやいや、お前が嫌いな彼氏を、ちゃんと裁いてやるためだよ。証言は沢山ある方が良いだろう?どうだ?〉

〈……わかりました。日常的なことから何から話します…〉

 録音され始めてたのは、僕らが日之出さんの家に来て、住浦さんが二人で話し合うことの提案をした時からだった。

〈ほら!ヒノデさんがそう言ってんだ!新人はとっとと出てけ!〉

〈わ…わかりましたよ……〉

〈聞き耳とか立てんなよ?〉

〈それも……了解です…〉

 自分の声が法廷に流れているのってなんか恥ずかしい…。

 チラリと横を見てみると、水原くんが僕を揶揄からかうような目でこちらを見ていた。


「これの…どこが証拠でしょう?」

「黙って続きを聞いとけ」

 住浦さんは裁判長の質問にすらも、バッサリと切るように冷たく返す。


〈それで……本音は?〉

〈さっきも言った通りです…私は別れたかったから…。だって、彼は一時期ヒモみたいな感じだったこともあったし……そ、それに、勝手に高いカメラ買ってたことだって!〉

〈そんで?お前は何がしたいんだ…?〉

 住浦さんが愚痴の流れを切るように聞く。

〈私は……あいつを絶対許しません…。私を殴ったあいつを…カネイ キノミを…!なんとしてでも、あいつを!〉

 ここまで聞けば、彼女が本当に兼井さんを恨んでいるように聞こえる…。

〈わかったわかった……。それで?〉

 しかし、日之出さんを疑い続けている住浦さんは姿勢を崩していない。

〈全部嘘なんだろ?俺らは内情知らないんだから、嘘をついて騙すなんて容易い。それに、別れたい位なら"お前が俺たちに助けを求めるわけがない"んだから…〉

 その言葉に、僕と当時の日之出さんは驚愕していた。

 

 日之出さんが助けを求める…?


 求めてきたのは、兼井さんじゃなかったのか…?

〈カネイに面会に行ったら、アイツは一言目に『依頼を受けてくれてありがとう』じゃなくて『都市伝説じゃなかったのか』と言っていた。なんとなく不自然だと思っていた俺は、カテキンが所属している事務所に行って適当な書類をもらった。それを依頼書と筆跡鑑定をしてみると、筆跡がアイツの物とは一致せず、事務所のカメラマンとして働いていたお前の物と一致したんだ〉

 レコーダーから流れる住浦さんの言葉に、やっと気づかされた。

 都市伝説じゃなかったのか、なんて台詞は、依頼書を書くよりも前に言う台詞だろうし、その後に依頼を受理してくれたことの感謝を言う方が自然だ。

 しかし、あの時の兼井さんは、その台詞を述べた後には感謝を述べず、ただ驚いていただけだった。

 スプミナルの存在が公になっていないが故、気づかなかった…。

〈こういう書類から足がつかめるってのはよくあってな。恐らく、お前は表面上でカネイを騙して、裏ではそいつを救うために俺たちを呼んだ…と言うことだろ…?〉

 録音の中の彼が言葉を突き付けると、十数秒ほど沈黙が続いた。

〈はい……〉

 静かな空間の中、沈黙を破ったのは、日之出さん自信だった。

〈…お前がカネイの無罪を主張しないのはなぜだ?言ってみろ…〉

〈だって…仕方なかったの…。あの人が今でも大好きだから……私……〉

〈返答がハッキリしていない。俺が知りたいのは、何故主張をしないかだ…〉

 ストレートに物を言う住浦さんに対し、少しずつ涙声になっていく日之出さん。

〈脅迫…されています……。リッサって言う投稿者を……伸ばすために……〉

 リッサの名が出た途端、カテキン目当てで来た傍聴人の驚きが木霊する。

〈脅迫内容は?〉

〈カネイの有罪を主張しないと…彼を自殺に見立てて殺すって……〉

 殺害予告じみた脅迫内容を聞いた瞬間、傍聴席だけではなく、法廷全体がどよめき始めた。

〈それで…お前はどうしたい?〉

〈救いたい……キノミくんを…助けたいんです……〉

 日之出さんの声の後、コーヒーカップのような物が落ちて割れる音がレコーダーから響く。

〈お願いです!お金でもなんでも出します!だから、キノくんを助けて!あの人は悪くないんです!私ができなかったことを!どうか!どうか…っ!〉

 彼女の悲痛な叫びが響くと、法廷内のざわめきが一瞬にして静まる…。

〈引き受けた…〉

 日之出さんの懇願に住浦さんが答えると、レコーダーの音声はその仕事を終えた。

 このレコーダーは、法廷がひっくり返るような白物と言っていた。

 その言葉は"兼井さんの主張が有利になる"と言う点においては、まさに本物となったようだ…。


「このように!彼女が証言しているボイスレコーダーもある!この事件の犯人が誰か…おわかりですか…?」

 ボイスレコーダーの再生が終わった後、法廷内を沸かせるようする住浦さんは、汗滲ませる利郷さんを睨んだ。

「今回の事件の真犯人は……リサト ジュリ…」

 冷たく突き付けられたその眼光に、利郷さんは焦りを口から漏らし始める。

「ち……違う…違う!俺じゃ…俺じゃないっ!!」

 首を横に振り、大きな声で渇れの主張を否定しようとするが、その途端、傍聴席から大量のブーイングが巻き上がる…。

「真犯人は決まりましたね…。脅迫の罪で即刻逮捕を…」

 冤罪裁判にならなくてすんだからか、裁判長は薄ら笑いを浮かべつつ命令をすると、法廷内で待機していたガードマンの二人が利郷さんの腕を掴んだ。

 捕まってしまった彼は、一気に自分の目から光を失うと「なんでこうなるんだ」と小さな声で呟き、ガードマンに引きずられていく…。

「終わったか…」

 水原くんがポツリと呟くと共に、傍聴席の人々からも、真犯人についてや兼井さんの冤罪についての話題がポツポツとでてくる…。

 これで、全てが収まったのだと思うと、僕自信も少しホッとする。

 お陰で、兼井さんも日之出さんも助かったわけなのだから。

 住浦さんに騙された利郷さんが少々かわいそうにも思えるが、これで依頼は完遂か……。



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