4-2『Y講習中、K仕事中』




 ちょっとだけ熱い…。

 4月の後半に差し掛かろうとしているのに、もう初夏に近づいているのか?と思うほど、太陽が眩しい。

 今年の夏は猛暑になりそうだと思いつつ、僕は封筒のなかに入っていた書類の通り、指定のコーヒーチェーン店の中へと入った。

「いらっしゃいませ~」

 全国展開されている有名なチェーン店だからか、店員各々の挨拶もしっかりしているし、若々しい大人の人達も沢山いる。

 うちのような近所の人くらいしか来ない喫茶店とは比べ物にならないな。

 なんて思いつつ、僕は書類に入っていた依頼者の写真を片手に、店内を見渡した。

 香り高いコーヒーの匂いが舞うなか、店内にいるのは、登校日であろうに机に座って読書をしている高校生であったり、コーヒーを片手に仕事をしているビジネスマン、たった今カフェオレを受け取った子連れの女性は、一口それを飲みつつ出口へと向かっていった。

「あの人かな…?」

 様々な人間が行き来するカフェの中、僕は窓側に座っている一人の中年男性を見つけ、そこに歩み寄った。

「カネモリ シンジくん…?」

 机に手を置きながら聞くと、僕が何者か知らない彼は首をかしげた。

 スプリミナルは秘密結社だから、この反応は仕方がない。

 自己証明のため、僕はパーカーについたエンブレムを揺らしながら、タロットカードのケースをポケットから取り出し、そこから名刺を一枚引き抜いて、彼の目の前に置いた。

「…っ!はい!スプリミナルの方ですよね!?」

 僕がスプリミナルだと気づいた依頼者は、即座に立ち上がり、僕の右手を彼が両手で掴んだ。

「あ…うん…」

 少し引き気味になりながらも、彼の問いに答える。 

 中年といっても、近くで肌を見る限りはまだ若そうで綺麗な純人類だ。

 髪は綺麗に7:3整えられているが、スーツは少し古めの形。

 なり的には平社員にも見えるが、彼のような人間が社長となったって、別に不自然じゃないのが今の時代だ。 

「どうか…どうか!娘を助けてくださいっ!私には…あなた方しかいないんですっ!!」

 突然、血眼になりながら穆に悲願する姿と大声に、驚いた多くの人間は一斉に僕らに目を向けた。

 こういうケースも良くあるが、個人的に注目されるのが嫌いだから、僕は彼の近くに「シーッ!」と人差し指を立てる。

 それにハッとした依頼者は、周りを少し見回すと、明らかに浮いていることに顔を赤らめる。

 失礼にならないよう、僕らは他の客に向けて軽く頭を下げ、近くの席に座った。

「それで…娘って?」

 気を取り直して、腕を組みながら机に置き、今回の依頼についてを聞くと、依頼人は周りに気遣いながら、小さな声でそれを話し始めた。

「はい…実は……」


 精密機械部品業界の中企業、金城コーポレーション社長、兼森 宍道カネモリ シンジ

 彼が今回の依頼者だ。

 依頼を簡単に言うと『娘を探してほしい』とのこと。

 数年前、妻に先立たれてしまってからシングルファーザーとして、小学生の娘、兼森 柚子カネモリ ユウコを、彼は男手一人で育てていた。

 父親と中企業社長、二足のわらじを履いて、愛する娘のために死ぬ気で頑張っていたらしいのだが、その娘はつい最近、反抗期に入ってしまったらしく、最近では父を無視したり、いきなり話を遮断したりと反抗的な態度をとられていたとのこと…。

 そのために、あまりコミュニケーションもとれていなかったし、そもそも社長業が沢山立て込んでいたから、一緒に話すこともあまり多くなかったとのこと。

 その影響でか、最近は彼の意志も、育児から仕事に向いてしまい、娘を放っておいて夜まで仕事をしてしまうこともしばしば…。

 ここまで聞けば、仕事優先のダメ親に聞こえてしまうが、だからと言って、彼女を愛していないわけではなかったらしい。

 粗方の彼女の世話は、ちゃんと家事代行サービスの人間に頼んでいたらしいし、"今日は娘がなにをしていたのか"等も、しっかりと報告をしてもらうようにし、たまには土産を買って帰ることだってあったとのこと。

 家事代行サービスの来ない時間、所謂二人きりで朝食をとる時間の間でも、なんとか彼は反抗期の娘と寄り添おうとしていたのだが、彼女はそれに反発してか、ひたすら無視を繰り返していたとのこと…。

 しかし、その反発の気持ちが、この悲劇を生んでしまった…。

 確認できた時間は昨日の18時45分くらいのこと。

 依頼人が仕事の最中、突然変異家事代行サービスの従業員である亀梨 叶緒カメナシ カナオから「柚子ちゃんが帰ってこない」との電話報告があり、彼は仕事を放り投げて飛び出し、一晩中彼女の姿を探した。

 しかし、いくら捜索をしても彼女の姿どころか、手がかりも全く見つからず…。

 それでも娘の安否が心配で、警察に駆け込んだのだが、警察側は『手がかりや証拠がなければ、下手には動けない』という理由だった。

 そのため、彼は警察経由でスプリミナルに書類を提出、依頼したようだ。

 一応、警察と連携してるからこそ、このスプリミナルに面倒が回ってくるってことは良くあることだから慣れているが…税金泥棒扱いされるのが分かるほど、少し職務怠慢気味なのではないか?とも感じた。


「それで……ここが娘さんの登下校ルートってこと…?」

 彼の一連の話を聞いてから、僕らはコーヒーチェーン店から出て、依頼人の案内で通学路となっている、町工場の近くの道まで来た。

 ガンガンと機械音が少しうるさいが、もしも誘拐するとなると、被害者の叫び声を隠せる場所としては、最適かもしれないな…。

「一年生どころか、保育園の頃から今まで、一切通学路が変わったことはないんです」

「ふぅん……」

 彼の言葉を一応取り入れつつ、僕は周りを見回す。

 町工場の通りの近くには、スーパーや民家もちらほらと見えるな…。

 それなら、いくら機械音が大きいと言っても、町工場の人間がいるなら、兼森 柚子が『助けて!』と叫ばなくても、目撃した人が一人位はいる気がする…。

 また近隣住民には聞き込みもするけれど、もしも一人も聞いてないのであれば、誘拐の線が弱くなるな…。

「まぁ…行方不明って言っても、それが誘拐なのか家出なのか迷子なのかって言うのを、一概に判断することはできないよね…」

「な…なぜ…?」

 僕自身の考えに、依頼者は首をかしげた。

「だって、君は娘さんとのコミュニケーションが少なかった。娘さんが寂しさを紛らわすために、どこかへ行ってしまった可能性もあるし、君に気をかけてほしかったから、あえて家出をして探して欲しいという可能性もなくはない」

 あくまでも自分が考察した事を答えていくと、依頼者は自分自身の至らなさを否定したいかのように言葉を取り繕う。

「で…ですが、家出でそこまでしますかね!?私、隣街まで探したんですよ!?」

「さらに隣の街までバスや電車で移動するという可能性もなくはない」

「でも…それなら、他の人が不思議に思って警察に通報することだって…」

「夕方頃なんだから、登下校が電車だと勘違いする可能性だってあるでしょ?それに、ここは大都会バラーディア。他人に無関心な人間も多いし、なにより小学生の高学年が一人で電車に乗るなんて、不思議じゃないよ…あと……あっ」

 僕が反論をしていくうちに、依頼者が少しずつ彼の顔から色がなくなっていくのに気づき、さすがにまずいと感じて口を紡いだ。。

「そ…そうですか……」

 流れ込んできた僕の言葉に落ち込む彼の姿を見て、自分はつくづく自分を嫌いになる。

 依頼者を不愉快にさせる気はしなかったのに、まるで論破しつづけるような受け答えをしてしまい、落ち込ませてしまったがため、少々悪いことをしてしまったような気がした…。

 まぁ、人間嫌いの自分だから、きっとこんな感情もすぐに忘れるのだろうが、きっと自分の中で微かに息をしている性善説の問題だろう。

「ごめん、ちょっと鬱な気分にさせて。とにかく…迷子だろうが誘拐だろうが、スプリミナルは善良であるならば、人間もリージェンも守らないといけないから、ちゃんと君の娘さん探すよ」

 僕がそう言うと、彼はパッと顔をあげた。

「ほ…本当ですか!?」

 少々面倒ではあるが、こんなな悲願の顔を見せられてしまっては、探さないわけがない。 

「勿論。スプリミナルの社則にもあるんだ。受けた依頼は絶対に全うしろってね…」

 少し悲観的になっていた依頼人に、僕はニヒルに微笑んで安心させようとする。

「よろしくお願いします…っ!」

「はいはい…。承りましたよ~と」

 深く頭を下げる彼に手を振りつつ、僕はここらの調査を始めようと歩きだした。


「ん?」

 その瞬間、自分が違和感を感じたのはその瞬間だった。

 靴の下から、普段よりも大きくジャリ…っという音が聞こえたことに疑問を感じた僕は、その場でしゃがみ、アスファルトの地面をよーく見てみる。

「……砂…?」

 それを指につけてみると、石と言うには明らかに細かすぎるし、粉と呼ぶには固すぎる物が、まばらだがこの地面に多く落ちていた…。

「何故ここにこんなものが……」

 手についた砂を眺めながら考えてみる。

 ここら辺は登下校する児童が多いし、グラウンドや砂場の砂が靴や服について、それがここに落ちた…と考えられないこともない。

 だが、それにしてはあまりにも量が多い気がするし、色も少し変だ。

 まるで、地面と同化させようとしているような……。

「そうか……」

 非幾何学的に頭に浮かんでいる想定が、少しずつ道を狭めていくように、自分の中でその結論が出来上がった…。

「カネモリくん。前言を撤回する」

「へ…?」

 たった一つの手がかりから成る無数の想定から、導きだされたその結果は一つ。


「今回の事件、誘拐の可能性が高い…」


 決定的な断言は正直できないが、自分が掴んだこの予測を信じ、僕は彼に向けて宣言した。

 消えた反抗期真っ盛りの社長令嬢。

 手がかりは登校ルートと砂。

 少なくも多い手がかりの中、兼森柚子行方不明事件は、そこから幕を開けた…。




    ◆




 叶さんの案内で、僕はスプリミナル内の様々な部屋を見て回った。

 自分が働く職場はもちろん、喫茶店のCafeフェイバリットや休憩室、事務課や会計課、情報捜査課、開発室等の様々な部屋を見て回った。

 仕切っていた者の多くが人間だったのが目立っていたが、リージェンやそのハーフであるリージェレンスの人たちも、少なからず仕事をしていて、パワハラだとかセクハラだとか、そう言ったブラックな感じの類いも、一目では見られなかった。

 多くの種族が分け隔てなく働く。

 統制を図る組織として、まさに相応しいスタイルなのかもしれないな…。


「……そして最後に、ここが会議室」

 と、最後に叶さんに連れてきてもらったそこは、まさにフィクションで良くみるようなサイバー調の会議室…。

 中心には床に備え付けられた大きな机があり、扉から向かって左、おそらく大勢が注目するであろう場所には大きな液晶スクリーンが備えられ、その横にはホワイトボードも置かれている。

 部屋は全体的に少し暗めだが、壁や床、机に通っている非幾何学的なラインが照明になっていて、行動するのには支障はなさそうだ。

「ちょっと近未来的ですね……。なんかこう言うの、重苦しいのと同時に少しワクワクします…」

 想定していたものとは全然違って、会議室がまるでSF映画のようだったから、また自分自身の少年心をくすぐってしまうのだ。

「ちなみにちょっと豆知識なんだけど、元々スプリミナル本部は特に決まっていなくて、特異点が数名集まった後、やっとここに移転したっていうのはさっき話したわよね?」

「あっ、はい」

 確か、開発室へ行くときのエレベーターの中で話してくれたな…。

「その時、メンバーの皆が案を出しあった末に、こんなSFチックな物になったのよね…。当時は男ばっかりだったからかなぁ…あおいちゃんもこういうの好きみたいだからノリノリだったし…」

「へ…へぇ…」

 なるほど…やっぱり僕と同じような少年心に突き動かされた人がいたから、こんなことになったのか…。

 それを聞く前は、郷仲さんは中二病なのだろうか?と失礼なことを思っていた。

 この会議室に向けて、やれやれとため息をつく叶さんには、こう言うSFアドベンチャー映画のようなかっこよさはわからないんだろうな…。

 しかし、そんな遊び心もこの秘密結社のなかにあるのかと考えると、すこし意外だな…。


「それじゃ…これから色々お話しするから、そこに座ってもらえる?」

「わかりました」

 彼女が指定した通り、僕はスクリーンの前の席に座ると、足元の照明が少し弱まり、液晶に白色の映像が写された。

「それでは、ユウキテツヤくん。これから新人研修を始めます」

 彼女がそういった瞬間、スクリーンにはパワーポイントでつくられたような『スプリミナル新人研修』と言う文字とシンプルな背景が写し出された。

「あ、よろしくお願いします…」

 僕は椅子から立ち上がり、深くお辞儀をした。

「はい、よろしくお願いします。座って良いよ」

 彼女の返答に合わせ、また腰を掛ける。

 自分はこういう企業の就職は全くしたことが無いのだが『それっぽい』という新鮮な感覚が、僕の身体をめぐっていた。

「それじゃあまず、特異点についてね」

 開始の言葉と共に、スクリーンの画像がリージェンと人間の身体図に変わり、叶さんは、自分のスーツのポケットからポインターペンを取り出すと、それから赤い光が照射スクリーンに照射される。

「この世界は、リージェンと人間が共存する世界。でも、力や頭脳はやっぱりリージェンの方が少し上って言うのは知ってた?」

「い…いえ、普通に同等かと…」

 叶えさんの問いに僕は首を横に振る。

 テレビからでも学校からでも『人間とリージェンは対等だ』と言っていたから、そう言うことは全く知らなかった。

「実は、近年の学業グラフや企業の表を見てみると、リージェンと人間を比べて、リージェンの方がほんの少し高いの」

 スクリーンに次に写されたグラフには、確かに微妙の差があることが記されている。

 確かに侵略後の世界の中で、雑誌やテレビで見る成功者や著名人を思い浮かべてみると、リージェンの方がほんの少し多く見る気がする。

 ただ、そう言う著名人を集めて、リージェンと人間を分けるとしても、割合はどちらかが過半数になることはない位だろうから、本当に"リージェンがほんの少し多い"くらい…と考えた方がいいだろう。

「その上、異形生命体ヘトロモーガンの括りとして考えると、無知能生命体ノーインだって脅威の一つ。自分が生きるためだけに動いているだけで、本質は動物と全く同じで同じと言われても、それが私たちに牙を剥かないわけがないわよね」

 彼女の言葉の投げ掛けに、僕は頷く。

「確かに…メディアでよくノーインの事故を見かけますよね…。ペットにするっていう人もいるらしいですけど、それはどうだか…って感じしちゃいます…」

 害獣として判断されているが、本来ノーイン自体は、サバンナで生きているライオン等と同じただの動物だ…。

 それと、ついこの前キメラ型のノーインに襲われた…と彼女に言おうとしたが、あまり心配掛けさせたくないという気持ちが先行して、口を紡いだ。

「へトロモーガン族が増え続ける世界の中、このままでは人間が淘汰されて衰退してしまうのではないか?そんな懸念が立っていた時、人間の本能が進化という道を"自然に"切り開いた。それが『特殊異形能力』なの。そして、その一部が『特異点』というわけ」

 彼女がそう言った瞬間、スクリーンに特殊異形能力の文字がバン!と大きく写し出される。

「ちなみに、一応解説をしておくと、リージェンにも『特性能力』というのがあって、その形のリージェンに沿った能力を大なり小なり使えるリージェンがいます」

「それは昔から知ってます。犬なら超嗅覚とか、ハチならシバリングとか…そういうやつですよね?」

 この国家になってから、僕らは小学一年生の頃から"リージェンの特性を虐めてはいけない"と、厳格な教育を受けることになっていて、特性能力についても授業で習っていた。

 勿論、それでいじめがなくなったわけではないけれど、きっと無いよりはましだったと思うし、リージェンの特性についての関心を得て、医者になったという同級生もいたから、プラスの効果にはなっていると思う。

「そう。ただ、従来の人間がシバリングをするには無理があるし、口から火を拭くとかも、普通なら出来ない。そんな事が"可能になった"という現象が『特殊異形能力』なのよ」

 なるほど…。

 と言うことは、特異点とかそう言うのは、普通の人間ではできないことが出来るようになると言うことになるのか…。

「でも、ミズハラくんは特異点のことを病だって言ってましたけど…?」

 僕がそう言うと、彼女は小さく頷く。

「確かに、そんな考えもあるわよね。現在見つかっている特殊異形能力は二つ。その内の一つである特異点は、簡単に言えば『強力すぎる能力を与える』という物で、発症してしまえば、その影響によって身体が拒否反応を起こして、特異が結晶化した物が身体から生えだして、そのまま放っておくと、終いには全身を包んで、発症者を殺してしまうの」

 彼女の説明の最中、また静止画が変わった。

 今度は『特殊異形能力』の文字から『特異点』と『異能力』が分岐されたような表示だ。

 強力すぎると言われると、確かに漫画やアニメを見ていても『全部の攻撃の無効化』なんて、なかなか聞いたことがなかったな…。

 というより、そんな能力がこの世に存在していたということ自体、少しビックリだけど。


「それで、その結晶化を止めるための物質が『ルストロニウム』って言うことですよね?」

 僕が聞くと、叶さんは笑みを浮かべながら、僕に向けて光を付けずにペン先を指す。

「ご名答。ちなみに、ルストロニウムは2041年頃に、ヘトロモーガン族が持ち込んだ原子のことで、水と科学合成させることで粉末にして繊維と混ぜ混んだり、粉末を燃やして結晶にしたりすることが出きるのよ」

 彼女が説明すると、見覚えのあるルストロニウムの参考写真とそれの生成方法についてが飽きに写し出される。

「一応、昔ちょっとだけ学校で習ったことがあります。でも…特異点に有効とは知りませんでした…」

 中学の科学の義務教育として、ルストロニウムやハイドニウムについては必須科目にカテゴライズされているのだが、特異点との関係性については一切習った覚えはなかった。

「私たちは、"ルストロニウムが特異の出力を調整することで、自由自在に能力を操れることが出来るようになる"…って説明はしてるけど、まだ科学的証明が出来ていないらしいから、原理はわからないのよね」

「へぇ…」

 そうか…だから当時は特異点の明記が全くなかったわけか…。

 学校で習ったときは、ルストロニウムは『万能素材』と言われることが多く、エンブレムのような結晶として売られることはおろか、繊維状に加工して編み込めば、衣服として売ることができるし、体内にいれても問題はないことから、金粉のように削って、料理に使われることもある。

 だから、ルストロニウムが特異点に有効なのが不思議ではあるけど、納得だけはいく。

「ちなみに…ハイドニウムについては…?」

 ハイドニウムはルストロニウムを生成する際に出る産業廃棄物のため、これも同時に習うことになる。

 有害ではないが、どす黒くなんのメリットも無いため、廃棄されるだけの存在だ。

「それも、ルストロニウムと同じで原理はわかっていないの。ただ、昨日のお芝居の時に解説したけど、ハイドニウムには"特異点の力を消してしまう能力"があるの。まぁ、体を掠めるくらいなら、そこまで強く発動することはないんだけどね」

「それは…いやというほど知りました…」

「あ、そっか…」

 一昨日のお芝居で見たあの光景は僕の頭のなかにまだ残っている。

 肩を擦っただけなのに、しばらくの間あおいちゃんを全く動けなくさせてしまったハイドニウム…。

 自分も特異点になったのだから、自分もこれから気を付けていかなくてはならないな。

「でも…ちょっとわからないんですけど…ルストロニウムもハイドニウムも、結晶化を防いでくれる存在なんですよね…?二つは結局どう違うのかな?って…」

 素朴な疑問ではあるのだが、僕はそこがずっと気になっていた。

 特異を抑制してくれるのなら、どちらも「特異を消す」という点に置いては、同じものなのではないか?と…。

「そうねぇ…。違いを分かりやすく解説するなら…ルストロニウムは"特異を調整"してくれる物質で、ハイドニウムは"特異自体を削除"する物質…と捉えると良いかもね。水道管のバルブに考えてみると、ルストロニウムはバルブを閉める。ハイドニウムはバルブの菅ごとぶっこ抜くか、水道局ごと爆発させる…。っていうのが良い例えになるかなぁ…?」

「なる…ほど……?」

 例えに関しては少しわかりづらいけれど、とりあえずルストロニウムは『特異を出すか出さないか調整してくれるもの』であり、ハイドニウムは『特異そのものを消してしまうもの』というのはわかった…。

 となると、自分の特異である『どんな攻撃も受けない』って言うのは、ハイドニウムによる攻撃にも有効なのだろうな…。

「まぁ、ちょっとついでのお話が長引いちゃったから次に行くわね」

 自分の身体に対して考えている所で、叶さんが話を変え、画面も『スプリミナルの仕事の概要』という文字が描かれたものに変わってしまった。

「まず、スプリミナルと武装警察が行うのは、リージェンと純人類との統制を守るための犯罪阻止や粛清活動。そして、その特異点や異能力の管理や発症者の保護等を目的として動いている。言わば『特殊異形系の専門家』って感じかもしれないわね」

 彼女が解説をするが、統制を守るというのは、昨日、郷仲さんの話を聞いて理解はしている。

「なるほど……でも、それなら武装警察だけでも足りるんじゃ…」

 それでも、このスプリミナルがわざわざ設立される理由っていうのは、昨日の時点ではよくわかっていなかった。

 そもそも、探偵はここ以外にも全国各地にあるわけだから、わざわざ武力を持った探偵まで作らなくても…と言う見解も自分の中では払拭できない。

「それが駄目なのよ。スプリミナルが作られた様々な理由の中には、"警察が介入しづらい事件を解決させるため"という意味もあって、民事事件を含む詐欺や、マフィア、暴力団体等の事件が私たちの管轄になっているの。現に、スプリミナルが作られてから、一時期を20%を越えていた犯罪係数も大幅に減っている上に、幾つものミラーマフィアを壊滅させてるのよ?」

 スクリーンに写るスプリミナルの存在価値についての画像と、叶さんの力説を聞いて、なんとなく納得が行った。

「そっか…公務員ではなくて、探偵だから…」

 特異点と言う強すぎる力を持った探偵達だからこそ、"警察では踏み込めないディープな場所"へ行って、悪を討伐することができる訳だ。

 一時、25%とえげつないほどに犯罪率が延びた時も、今では2020年代よりもちょっと多い位に抑えられているのは、この探偵組織が生まれたお陰と言うことになるのかもしれない…。 

「そう、正式には警察特殊認可特異行使結社って名前だけど、簡単に言ってしまえば、特異点の探偵組織ってだけだからね」

 叶さんはスプリミナルに誇りを持っているかのように、ニッと微笑む。

 この前助けてもらったことを思いだし、こんなことにも気がつかなかった自分は、なんとなくこの職場への申し訳ない気持ちが沸いた…。

 この気持ちを糧に、これから自分も、役に立っていかなければ…。

「そして、お仕事の内容についてなんだけど、さっき建物内を見て回ってもらった通り、スプリミナルには様々な部署があります。私が課長をしている事務課、会計課、情報捜査課、開発課、そして、今後あなたがお世話になる特異探偵課。警察や特殊部隊と比べて小さい場所でも、部署が様々なの。定員は…今日非番の人も合わせて……まぁ、少なくとも150以上は居るのかなぁ…?」

 叶さんが首をかしげている中、背後のスクリーンには、彼女が言った通りの社内概要が写し出されている。

「特異探偵課…待ち合わせた部屋のところですよね」

「そうよ。ちなみにスプリミナルにいる、特異探偵課のメンバーは現在あなたを合わせて11人。その全員が、探偵業務とそれに伴った書類作成作業、そして接客業務を行うことになってるの」

「へぇ…そんなにいるんですか…」

 自分以外の約10人…。

 恐らく、あおいちゃんや水原くんもいるのだろうけど、他にはどんな人間が、どんな特異点がいるのか、自分は少しだけワクワクしている…。

 探偵業務は自分でも役に立てるだろうか、書類作業は自分でもちゃんと纏められるだろうか?そして接客はちゃんと……

「…ん?接客業務…?」

「えぇ、そもそもここは喫茶店が主流派だからね。私たちは、できる限りここら一体の地域の皆様への親睦のため、そして自分達の素性を隠すため、アオイちゃんを中心として、カフェテリアの接客業務を必ずしてもらうわ。勿論、ユウキくんもね!」

 叶さんが勢いづけて、ペンで僕を指す。

「は…はぁ……」

 ということは、探偵社員兼、喫茶店業務員…ということになるのか…。

 なんか締まらないけど、それがスプリミナルの郷なら、従わなければならないな。

 まぁ、接客業は何度かやったことあるから、そんなに気負いすることはないだろうし。

「それに…スプリミナルは普通の探偵組織じゃないし…」

 ふと、僕の思いを遮るように、叶さんの口からその言葉がぽつりと零れ落ちる。

「それは…どういう…?」

 こぼれ落ちた言葉について聞いた後、彼女の顔が少し曇っていることに気づいた。

「あんまり…他の社員の皆には言わないでほしいんだけどね…。実は、この組織で特異点を使っている社員の殆どは、何かしらの罪を背負っているの…。勿論、刑法的には何の罪も背負ってない人もいるんだけどね」 

 彼女の言葉に通ずるプレゼンテーション画像が、液晶には出ない。

 多くの人間に罪があると言うことは、あくまでも叶さん自身の言葉であり、これがスプリミナル内部にとっても、繊細な議題であることが分かる。

「罪…」

 この会社にいる探偵の殆どが罪人と聞くと、なにか淀んだ空気が僕の胃の中でぐるりと回る…。

「僕の詐欺も…それに該当しますか…?」

 自身の消せない罪が、頭にベットリとこびりついている。

 元詐欺師の僕が問う姿を見た彼女の、その曇った顔がより一層暗くなっていくように感じた…。

「そうね…残念だけど、それも罪に該当するわね…。それに、警察の間では、スプリミナルは『一生をかけて罪を償うための駒』とも言われている…。社員の皆が、世間から何かしらの偏見や侮辱を受け付けないように、機関の囲い以外には極秘にしてあるんだけどね…」

「そう…なんですね……」

 償いのために一生を掛ける捨て駒…。

 言葉通りに考えると、なんとなく僕がここにいても良い理由が分かった気がして、虚しさや罪への悪感が、傷口からじわりと滲み出してきた。

 それでもやらないと行けないから、今はそれを心の奥に封じ込めておくが…。

「ちなみに…スプリミナルに加入した場合には刑法とかって…どうなるんですか…?」

 ふと、スプリミナル加入を決めてから、郷仲さんがあっさりネタバラシをした時の言葉を思い出し、それを妻の叶さんに訊ねてみた。

「そうね…正直、そこら辺は曖昧にされてるんだけど…。多分、犯罪に関する依頼の完了が、警察の協力として換算されて、それが幾つか達成されたことで謝礼として罪が軽くなったりする場合もあるのかもしれないわね…。でも、ほとんどの子は自分の罪を受け入れようとしているから…」

 罪を受け入れようとする。

 その言葉を聴いて、自分自身がまた嫌いになっていく…。

「そうですよね……罪はどうやっても消せないですからね…」

 警察からの説明が曖昧だから、罪が消えると言うのは確定という訳ではない。

 けれど、どれだけ刑が狭まれても、罪を犯したというレッテルは、特撮ヒーローみたいに世界を救うくらいの大きなことをしなければ、絶対に剥がれることはないし、だからと言ってこのまま罪から逃げるなんてこともしてはいけない。

 その事を、自分以外の社員も背負っているのだから、僕がこれ以上気負いすることはないのだ。

 なんて思えば、少しは自分自身の荷が軽くなりそうな気がして、また自分が嫌になってしまうな…。


「……まぁ、暗いことは置いておいて、次は武装警察との関係について解説するわね!」

 気分を変えるためか、叶さんはパンと手を叩いて笑顔を見せると、またスクリーンの画像が違う題名の物へと変わった。


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