第二十四話「戦人たる心意気」


 さて、前回妙な化け物と戦っていた冒険者の少女ら三人。どうやら事の顛末、事情は多少知っている様子。色々互いに聞きたいことは山ほどありますが皆で鍋をつつき終わり、ある程度傷の処置を施しました。


「とても美味しかったです!」


「野営ではこんな食料にありつけないですから」


「は〜、生きかえります…」


 腹ごしらえもすんで、街の亡骸を埋葬することが先決でした。動ける一行は埋葬をし、カナデとレイは傷の治りが浅いミスミとスノウの治癒に専念しました。


 皆で埋葬が終わるとすでに午後。改めて悲惨で、無惨なことであったと痛感しておりました。重兵衛が、ミスミへ語りかけました。


「ミスミ殿、ここで何があった」


「私達が着いた時には、もう街の人々は犠牲になっていました。まず、王都にこの街の使いが到着したのは4日前。フードを被った妙な連中が街を占拠したと。それで兵士達が先に出たのですが、2日後に兵士との魔法交信が途絶したんです。それで王都直属の冒険者である私達ミーティアが緊急派遣されて、今朝方到着したらあの化け物に襲われたんです。」


 フード、布被りの者と聞いて重兵衛と奏太朗とカナデは一つの村を石化させた魔術師を思い出しました。


「なるほど。あの亡霊達は王都の兵士達であったか。道すがら彷徨う彼らの亡霊とすれ違ってな。拙者が簡易ではあるが供養しておいた。」


「そう…でしたか。きっと無念だったろうに。ありがとうございました。」


「あの、ずっと探しているのですが、あなた方の武器らしいものが見当たらないのです。どういたします?」


「あぁ!?姫君にそんなお手数をおかけしてしまったとは!私とスノウの武器はこれなんです」


 ミスミは両腕の黒く輝く小手を、スノウは両足を包む白い脚鎧を指差しておりました。ライトが腰掛けたまま説明をしました。


「二人は接近戦・体術が得意で、特殊な合成金属で作られた武具で戦うのです。私は後衛の魔法使いなので、杖一本あれば大丈夫です。」


「ほう、己が身一本とは男気…いや失礼。気合いが入った奴らだな。息のあった良い戦い方であったぞ。」


「重兵衛さんと奏太郎さんの剣技も、見事でした。思い出せば身震いするほど。どれほどの死線を潜ってきたのですか…」


 ミスミの目は憧れや畏怖を含んでおりました。ただの女子ではここまで理解る者も滅多におりませんでしょう。


 その夜、重兵衛はミスミに呼び出されたのでございました。日中埋葬した墓達が見える小高い丘の上で、ミスミは待っております。


「随分と星が映える夜だ…。」


 重兵衛は頭を下げようとするミスミを右手で「良い」と止め、持ってきた器を一つで渡したのでした。熱い酒でございます。


「重兵衛さん、お休み前にごめんなさい。改めてお礼と、どうしても一人の戦士として…聞いてみたいことがあって」


「なんだなんだ…畏まっては。立ち話もあれだな、そこの岩場へ腰掛けよう」


 その様子を木の影からカナデが盗み見しておりましたが、二人とも気づいておりました。


「まずは死んでいった者達へ、献杯だ。」


「けん、ぱい?」


「安らかな眠りを祈ることだ。」


「けんぱい…」


「ん、美味い。して、聞いてみたいこととは?」


「はい…。重兵衛さんは、生きることは辛いですか」


「お主、うちのカナデ殿ほど若いのにもう生き苦しんでおるのか」


「あ、いえ。そうじゃなくて。いや…そうなのかも…知れません」


 このミスミの眼は、どうやら深い悲しみを数多く見てきたようでございます。察した重兵衛は、静かに語らいました。


「生きるのは辛いな。歳を取れば取るほど、悲しいことも辛いことも増えてゆく。」


「ではなぜ…人は生きるために戦うのでしょうか…。守るため、生かすため、誰かのため、自分のため…。最後は結局辛い思いをするというのに」


「小難しいことを考える娘っこだ。」


「もう十八です。」


「なおさら小娘よ。たかだか十八生きたばかりで知ったようなことを考えるでないわ。これからまだまだ辛いことはある」


「そう…ですか」


「だがな、その一つひとつの辛いことの合間に幸せがある」


「合間に…幸せ?」


「昨日今日とでお主らは多くの者達を失い、辛い思いをしたな。」


「はい…」


「だがな、これを見よ。」


 重兵衛はそっと手元の灯りを吹き消すと、周りは闇に包まれました。


「最後は闇、と?」


「莫迦もの。ようくと上を見てみよ」


 ミスミは慣れてきた目を夜空に向けると、ハッと息を呑みました。それは満点の星空でございます。まるで砂金や硝子を砕いて散りばめたかのような、輝く星々。ずっと俯いていたから気づかなかったのでしょう。


「わ…ぁ……すごい。王都は夜でも明るいから、知らなかった…」


「はは、それよ。」


「え?」


「それが合間にある幸せの一つだ。きっとこれは小さなことであろう。だが、この一つがいずれ積み重なり、生きる心意気を奮い立たせてくれる。ほれ、もう一献。」


 微かに星が反射する重兵衛の瞳は、力強く、まさに戦士でございました。ミスミの胸がギュッと、何かに掴まれるようでした。


「あっ……いただきます。ふふ、重兵衛さんはよく周りの女を泣かせてきただろうって言われませんか?」


「女遊びは昔からせん」


 かちゃりと鬼造平帳がせせら笑うように揺れました。同時にカナデが我慢しきれずに木陰から飛び出してきました。


「私は泣かされましたけどね!ゲンコツされて!」


「おおカナデ殿!?」


 二人の様子を見て、ミスミは決心したように大きく息を吸い…


「重兵衛さん!明日朝、一戦とご指導をお願いしまふ!!」


 盛大に噛んだ恥ずかしさに、頭を下げていても赤くなった顔がわかるほど。


「何を唐突に…。話から、そちらの王都へ行かねばならんようだ。時間はかけられんぞ?」


「王国へ案内し、国王様へ話を通す前金としてどうでしょうか!」


 なんとまぁ、したたかな女子でございましょう。こう言われては流石の重兵衛もカナデもほとほと呆れました。


 そして翌朝、日も登ったばかりにございますが森の中にあった広い空き場へ重兵衛とミスミがものも言わず静かに構えておりました。そこから少し外れの場所では、同じくスノウが奏太郎と向かい合っておりました。どうやら奏太郎も同じように唆された様子。


 レイもトールドラゴンも呆れて、見もせずに朝食と旅支度をしておりました。が、タマヨだけは奏太郎達のそばに座して、食い入るように見据えております。


 重兵衛はすでに抜刀し、腰を入れた状態。奏太郎も腰を落として抜刀の構えでごさいます。二人とも刀には(絶対に斬ってはならぬ。手出し無用)と強く言い聞かせておりました。


「行きます!」


 先に仕掛けたのはミスミでございます。


(速いな)


 対面していた距離5間(10m)程でしょうが、一気に眼前まで詰め寄られたのでございます。右拳が下から突き上げられ、顎下を狙ってきました。が、重兵衛は少し背を反って、それを左手で逆に上に流したのでございます。


「ぐっ!?」


 それをされてはミスミの一撃は上に流されてしまう、はずがその流される力を受けて右膝を蹴りあげてきたのでございます。


「なんとっ!?」


 咄嗟に反応できた重兵衛は、左肘で突き上げてきた膝を押さえたのであります。同時に左拳が向かってきたため、鬼造平帳の反りで押さえ、奇しくも鍔迫り合いのようになったのでした。


「つ、強いですねっ!」


「見事な体術!だが!」


 鍔迫り合いとなった力を重兵衛が唐突に抜いたため、ミスミは体勢を崩して前のめりになった瞬間。


「しまっ!?」


 下から刀が首に向かって斬り上がってきたのでございます。首元でピタリと止まり、一瞬呼吸が止まったミスミは冷や汗が流れました。


「あ、ありがとうございます!」


 地面に刺さるのではないかというほど深々と頭を下げたミスミに、重兵衛は諭すように伝えました。


「身体の使い方は良し。あとは力の流れを理解するのだ。お主は男に勝るとも劣らない筋の力を持っている。それを活かすことができれば、昨日の化け物にも負けん。」


「あの、もう一戦だけお願いします!」


 久しぶりに熱く気合いの入った者と出会い、重兵衛も一戦だけのつもりがこのあと五度ミスミに指導したのでございます。


 さて、同じ頃始まった奏太郎とスノウの一戦。奏太郎は重兵衛より内心困っておりました。女子には弱い男でございます。加減というものが思いつかないのでありました。


 さて、互いに技の基本は脚でございます。似たもの同士が戦うと、決着は早い。


「シィッ!!」


 開始の合図も無く、一気にスノウの左脚の前蹴りが奏太郎の顔面へ向かい、飛び下がった瞬間に心の臓へ向かって更に右脚が繰り出されたのでございます。


(ほう、こやつ端正な顔立ちのくせになかなかどうして…)


 抜刀の苦手とする近距離に持っていこうとする賢さ、初手は本気で来ないと踏んだ心の臓への一撃狙い。よもや、ここまでしたたかな戦いをするような女子とは思いませんでした。見ていたタマヨも「ほほう」と感嘆の声が出るほど。


 奏太郎が避けて着地した所に間髪入れず、更に心の臓へ向かって右脚蹴りが一発。しかし刀の頭で鎧の隙間にあるくるぶしを打たれたのでございます。


「ぐっ!?まだ!」


 左脚だけで距離を詰めてきた所を、奏太郎は右脚で蹴りを出したのでごさいます。


(蹴り合いなら負けません!)


 左脚を地面に無理矢理に下ろして、痛みで鈍る右脚を捨てた後ろ回し蹴りが奏太郎の首元へ向かいました。


(取った!)


 しかし奏太郎は腰を落とし、そのまま抜刀の体勢を構えたのでございます。力のぶつかり先を失ったまま、身体は奏太郎へ向けて進んでしまいました。身体はどう捻っても胴体ががら空きでございます。


「あ。終わりましたね」


 タマヨが察する通り、スノウも理解しました。


(あ、終わった。せめて一発だけでも)


 刀を抜く瞬間を見極めよう視線を動かす前に、ドズンという重い一撃がスノウの鳩尾から一文字に胴を薙いだのでございます。


「ゲハっ…」


「あ、しまった!?」


「うわっ…師匠それは人としてどうかと…」


 奏太郎はスノウの殺気に当てられ、思わず強めの峰打ちをしてしまったのでした。流石のタマヨも苦言を呈しました。結局スノウは朝食が出来上がる時間までレイとカナデに回復され続けたのでございます。


 さて当の奏太郎は、重兵衛と共に回復魔法をかけているレイの前に土下座しておりました。


「奏太郎様。重兵衛様」


 その顔はいつもの微笑みに阿修羅が潜んでおります。


「「はい」」


「私は朝食の準備と旅支度でとても忙しいのですわ。回復の魔法も大変なのですよ?それに、ミスミさんは全身打撲、スノウさんは肋骨にヒビが入っておりました。指導とはいえ、敵意のない女の子にあれだけの怪我をさせてはなりません!」


「「おっしゃる通りでございます!」」


「それにカナデさん!タマヨさん!」


「「ひゃい!?」」


「見届けていたならば、ちゃんとお二人を止めてくださいまし!」


「「は、はい」」


 トールドラゴンも、回復魔法の補助をしつつ怒るレイを見ておりました。


「怖いのう…。」


 さて、次回はまたまた行き先を変えてエイゴウに向かうこととなるのでございます。



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武士、異世界へ渡る。〜仁と義の黒鉄〜 風来坊セブン @huraibo1201

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