23 守神祇・金色一斗缶

 金色一斗缶と上ウンマイ中心部の上空で、がしりと組み合った。

 ふたつのハサミに金色一斗缶をかかえて、ベアハッグの要領で締めあげる。

「タラバァーッ!」

 驚異的な圧力が瞬間的にかかったはずだ。ぐしゃりと金色一斗缶の胴体……マントがひしゃげた。人であれば背骨が折れている。

 閃光が二匹の隙間なき隙間に走った。金色一斗缶の胴体から巨大な拳が飛びでて、ゴッドクラブをゼロ距離で打った。ゴッドクラブは手足をバタつかせながら吹っ飛んび、民家五軒を連続で大破させたのち、煙をあげながら停止した。

「響け、ストロング・ベル!」

 ドリルのように回転する金色一斗缶のマントが開かれた。中身にあるのは素の胴体ではなく、漆黒の闇――そこから誰のものとも知れない拳が、らせん状に広がりながら、いくつも撃ちだされた。

 飛来する拳のひとつひとつが、らせんの外側に向かうにつれて巨大化し、上ウンマイの上に鐘の音を響かせながら着弾する。小型の隕石が村を押し潰してゆくようだ。

 ゴッドクラブはシャカシャカと高速の横歩きで、ジグザグに移動しながら拳を回避する。その過程かていで進路上にある建物を破壊するのは、こらもう仕方ないと諦める。横に広いカニには、どうしようもないこと。

「ズワイっ!」

 ハサミをロケットパンチのように飛ばした。金色一斗缶はこれを回避するだろう。

 どちらへ?

 カニさんルーレットが頭のなかではじまった。上下左右と書かれた円盤、その中心でカニがハサミを高速でまわす。スピードがゆっくりと落ちていく。上……右……下……

「左ィーッ!」

 もう片方のハサミを左側に飛ばす。ルーレットどおり、一発目のハサミを避けるため、左に動いた金色一斗缶に二発目が直撃した。爆発。この間、コンマ二秒。

 戻ってきたハサミを受けとめる。

 夜明け前の空を灰色に染めていた煙を押しのけて、一斗缶が突進してきた。

「そのカニミソ野郎、すぐ追いだしてあげる!」

「カニの死にバサミだな。執念深いねってことね」

 一斗缶の頭突きを急降下でかわす。下に潜り、逆にカニ頭突きをカウンターで打ちこんだ。手ごたえは甘いが、フォームを崩させた。

 攻めろ。ここは欲張って攻めて構わない。

 異次元の胴体から放たれた巨大な拳を、ひるがえってかわし、その加速のままどんけつを当てた。押しだされた金色一斗缶に向かって、ハサミを向ける。

「カニカマシンガン!」

 カニカマを毎秒五千発の速度で連射する。マントのなかはやはり空洞なのか、カニカマが貫通して抜けた。一斗缶に当たったカニカマは弾かれはするものの、火花を散らせていた。べこりべこりとブリキの表面がへこんでゆく。

 本当なら、ここで即死奥義であるカニ砲を放ってゲームセット。完全勝利の圧倒的制圧、涙の凱旋がいせんパレードを決めるところだが、依代よりしろがひ弱すぎるのに加えて、力がごく一部しか接続していないため、放つことができない。

 守神祇ごときとの戦いをここまで長引かせてしまっていることに、ゴッドクラブは恥を感じていた。

「跳ねろ、リフレクト・ミラー!」

 金色一斗缶のマントを貫いたカニカマが跳ねかえされてきた。

 それはちょっとまずい。返品不可。我不太喜歓それはあまり好きではない

「ドラゴン、こい! 我を守――」

 オメガドラゴンがこない。逃げたやがったな、あの野郎!

 自分の撃ったカニカマが跳ねかえってきて、全身を強く打たれた。

 我ながらすさまじい威力である。いい仕事してますねぇ。なんて思っていたら、金色一斗缶が目の前に! アカン!

「堕ちろ、フォール・ハイ!」

 巨大なげんこつがゴッドクラブの頭上に発生して、押しこむように叩き落とした。地面に激突する。巨体によって粉砕された石畳が、渦巻き立った砂塵さじんに巻きこまれながら飛散した。

「トドメだ、ギガフィスト・クルーエル!」

 青い炎でできた拳のようなものが金色一斗缶のマントから発現した。温度差によって屈折率が変化し、拳のまわりがもやもやと歪んでいる。酸素を吸っているのか青い幻染みた拳はみるみるうちに巨大化していっている。トドメの一撃だ。

 の発射寸前、金色一斗缶の死角からチャクラムが駆けあがってきて、マントを下から上へ切り裂いた。

「死ににきたか!」

 攻撃を中断して、金色一斗缶がマントをひるがえした。


 街灯の上にブランドンは立った。

 弧を描いて戻ってきたチャクラムをキャッチして、かっと敵意を剥きだしにする金色一斗缶と対峙した。

「この威圧感……守神祇かYO……」

 ただの神祇たちよりも発する気、その圧力が段違いだった。戦闘力も桁外れだろう。

 神祇たちのヒエラルキーは明確で、たった四つの階級で成立しきっている。

 第四位に神祇、第三位に守神祇。第二位にたった四匹で構成される破神祇。このレベルになると大物も大物であり、勇者と渡り合い、相当な手練れたちが束になってやっと勝負の形になる強さだという。ヒエラルキーの頂点に立つのは第一位の離神祇で、たった一匹しか存在しない神祇たちをべる王である。人類がこの一匹に挑むのであれば、超規模大戦の末にひねり潰されるであろう。しかし、これは全盛期の勇者ミキ率いる最強のパーティーによって討ち滅ぼされており、現在ではすでに存在しないということになっている。

 肝心の守神祇は下から二番目……それでもだ。兵士として働いて長いブランドンでも、守神祇と向き合うのははじめてだった。

 前に立つだけで、電流が全身を駆けめぐり、内臓も筋肉も脳も焦がされそうな感覚におちいる。

 一手でも間違えば、死ぬ。

「アニヤ・ギアエ。シルバー……オートマトン」

 ギアエを肉体にまとって、鋼鉄の刃と化した。

 大きな力のとばっちりでボロぞうきんのようになった村の姿を見渡し、みずからの士気を高める。

 事件解決のために派遣されてきた兵団の一員でありながら、ここまで神祇のやりたいようにやらせたのは不覚。副村兵長の手腕で犠牲者はでてないようだが、それがなければいったい何人が死んでいたのか。その仮定のなかで、おれは罪深い。

 自責がつのる一方で、一歩を踏みだす勇気がでない。守神祇の持つプレッシャーに心臓を握られていた。

 でるか、でないか。どのタイミングででたら勝てるのか。どうすれば先んじられるのか。上回るためにはどう踏みこめばいいのか。

 堂々めぐりの思考、その深みに沈みこんでいく最中さなか、地上から弾丸が群れて放たれた。金色一斗缶を狙った大量の弾丸。

 撃ったのは、似合わない白衣を着る群青色をしたおかっぱの少女だ。なにやら仰々しい射撃装置を地面に立てて、乱射している。

 ――いまだ!

 ふたつのチャクラムをいっせいに飛ばし、自身も丸ノコに変じて突撃する。

 金色一斗缶の両サイドをチャクラム、正面をブランドンが固めた。三方を縛られた標的の動きはかぎられる。

「浅はかな……」

 金色一斗缶が選んだ進路は、進撃してくるブランドンのほうである。迷うことなく前へでた。

 標的がいなくなったため、チャクラムとチャクラムが火花を散らせて衝突した。

 拳が、アッパーに似た軌道で金色一斗缶から繰りだされた。ブランドンの顔面に、それがめりこむ。

 刃ごと高速回転し、丸まった彼をものとものせず、合間をぬって打った拳だ。それを無傷で狙うのにどれだけの動体視力とスピード、思いきったメンタルが必要なのだろう。

 アイスマンとの戦いで折れていたブランドンの鼻がぐにゃりとまた折れて、奔流ほんりゅうのような鼻血が噴きだした。同時に精神的なが途切れ、彼のギアエが解除された。人型に戻ったブランドンの顔面には、まだ拳がめりこんだままである。

 潰れ割れたサングラスが眼球に突き刺さる。

 歯が口内で砕けて、砂利じゃりと同然になった。

 打たれた顔面の全域が高熱を帯びて、痛い。痛みを超えた痛さだが、痛いものには痛いというしかない。痛い、痛い、痛い。

 涙が反射的にあふれでた。

「兵士どもめ。お前らがこなければ、もっと楽に――」

 グポ……と拳が、ブランドンの顔から放された。

 浮きあがるブランドンの後頭部に、金色一斗缶がその頭部を振りおろした。ゴーンと低い鐘の音が鳴った。破片が突き刺さって傷ついた眼球が、飛びだしそうになる衝撃であった。

 重力に逆らえない。力の方向どおり、墜落する――

「まだ落としてあげないよ!」

 また拳が迫りのぼってきて、ブランドンの腹部を貫いた。鋼鉄の腹筋を裂き、骨を割り、内臓を押し広げ、そして肉をえぐる。

 串刺しになったアフロ男が沈みゆく月に照らされながら、血を吐いた。一斗缶にかかった赤黒い血は、無情にブリキに弾かれながら垂れた。

 金色一斗缶の背後に立っているカニタマウンマイウンマイ村の監視塔をのぼる人影が、かすむ彼の視界に入った。金髪。オーバーオール。必死な横顔が、美しい。

 ブランドンが壊れた顔で、にっと笑った。貫かれたまま、金色一斗缶の胸倉をつかむ。

「カスの分際で調子コキやがってYO~……」

 カウンターを食らって停止していた全身の刃を再稼働させる。ギアエを練り直す。

 唸りをあげて、一斗缶に頭突きを入れた。銀色の守りに一本の亀裂きれつが走った。に刃が触れた。

「!?」

 すこし遅いが、チャクラムが戻ってきた。金色一斗缶の背中にふたつ、突き刺さる。マントのなかは空っぽというわけではないらしい、おれと同じで力をまとっている。意表を突かれたところを攻めた追撃だからこそ、効いた。

「許さんぞ……」

 ブリキの裂け目の間から、赤く変色しつつある金色の眼が怪しく光った。人間の眼だが、人間をやめている。腐りきったき溜めの眼だ。ブランドンはそう感じた。

「フォール・ハイ」

 金色一斗缶がブランドンの腹部から拳を振り抜いて、チャクラムふたつを一撃のもと粉砕した。

 アフロの上に拳が出現した。うっとうしい虫を潰すように――

 監視塔の屋根に走りのぼっていた女が難しい顔をして立っていた。イチヨだ。

 ……なにやってんだYO……と、彼は思った。


 プレスコットはカミナリ号の上に手枕を作って寝転がり、カニと金色一斗缶の戦いを見ているだけだ。まるで動こうとしない。

 その草野球を観戦してるオッサンみたいになっているプレスコットに、レビンはまとわりついて「久しぶりじゃーん」「甲冑かっちゅうとかアシェアノとか改造してあげようか」「カニタマウンマイウンマイ村に住む気なったんしょ」だのと話しかけている。

 返事はといえば「それな」「やめて」「全然」という具合でそっけない。

「おい立つな、オカマ」

 ぜぇぜぇと立ちあがったマックスに声をかける。体に受けた傷は、死にはしないにも柔い傷ではない。

「愛車に戻るわ。どうにかしなきゃ……古道に潜んでるであろう神祇たちもどうにかしなきゃだわ。上のアレに引き寄せられて襲撃してきたらどうすんの」

「いま、古道に神祇はいないはずだ」

 プレスコットがいった。

「なにいってんのよ! アテクシの調査では、神祇たちは古道を使って――」

「カニと戦ってる奴が召喚士だ。あの様子だと、カニが手強くて神祇の召喚を維持してられんだろう」

「あのマント野郎が召喚士?」

「なんでそんなこと知ってんのさー。あっやしー」

「レビカスと違って、俺は物知りでな」

「おやおや、人のことをバカにしていらっしゃるようだが、科学的分野のほうではどうなのかね、ン? 科学的分野の知識でアタシに勝てるのかね、旧石器時代の騎士くん。答えたまえ、知能指数でアタシに勝るのかね?」

「『人のこと』のあとからなんていった? ごめん、きいてなかった」

「難聴のフリして逃げたよね、いま。はい論破。低学歴おつかれ」

「『難聴』あたりからきいてなかった。なんて?」

 いい合うプレスコットとレビンはいいとして、いまの情報は大きい。ゴッドクラブと戦っているマントが事件のボスであり、アレが倒れれば、アレから派生して生まれ、村に来訪してきていた神祇たちもいなくなるというのは吉報である。

「って、ああー!?」

 エントレーと呼ぶべきか、ゴッドクラブと呼ぶべきか。どちらも正解なのだろうが、とにかくそのカニさんが情けなく地面に突っこんだ。

 なに普通に負けてんだよ、カニさま!

 イチヨは走りだした。無策だが、このまま黙ってはいられない。

「イチヨねーちゃん、どこいくのー!」

「チビはそこにいろ!」

「あのおバカ! プレスコットちゃん、いっしょにいってやんなさいよ! イッチョン死ぬわよ!」

「俺の戦争じゃあない」

「きいてないわよ! なんの話よ、それ!」

 話にならないというふうに、マックスはイチヨのあとを追って、闇のなかに消えていった。

「うるさいなー、この大人ども。バカスコットー、カミナリ号のなかにアタシの作った武器がいろいろあるから取ってー」

「自分でやれば」

「重いんだよ、考えたらわかるでしょ! ちょっとは手伝え、アホ!」

「そんなのだして、どうするつもりよ!」

「あのマント神祇を撃ち落としてやる!」

 ――……誰も追ってきてくれねーじゃねーか。

 勝手に飛びだしたの私だけど「お前だけにいいカッコはさせねぇぜ」みたいな、そういうのを少しだけ期待していた。

 古道を利用しながら、上ウンマイを駆ける。カニタマウンマイウンマイ村唯一の監視塔に近づいてきた。接近するなら、ここしかないだろう。カニとマントはほぼここの上空で戦っていた。てっぺんまでいけば、高度はマントと釣り合うし、距離も遠くない。話せるはずだ。そう思って、イチヨは村でもっとも高い建物を目指していた。

 轟音ごうおんが鳴った。駅のほうから、マントに向かって大量の銃弾が連続して飛んでいる。

「シニーか!?」

 マントが標的を切り替えるかもしれないと危惧きぐして、イチヨが空を見た。

「マジかよ」

 あのアフロ兵士とマントが争っている。

 呼吸が乱れてきた。肺と脇腹の苦しさを覚えながら、監視塔の急で、バランスの悪い木の階段をのぼる。木組みの塔を囲むように伸びる四角形のらせん階段を走る。

 目を配ると、アフロが殴られるシーンが目に入った。駆けのぼりながら、沼で少しだけ話した、あの天然記念物のような男が血みどろになりながら殴られ、打たれ、拳で腹を突き破られる瞬間を見た。もう彼女のほぼ頭上で起きている惨劇であった。

「野郎ォ」

 一匹とひとりが噛み合う側の面から外れれば、当然、目に入らない。それがもどかしい。四角形の階段のなかで、戦いの様子が見られるのは一面だけだ。

 本当は立ちどまりたかったが、手遅れになる前に監視塔の頭にたどり着きたかった。

 柵がないため、足をすべらせたら転落して死ぬ。かなりの高さだ。慎重にのぼるべき階段だが、イチヨは足元の確認もせずに勢いだけでのぼりきった。

 頂上に到着して、まず見たのは空中に浮かぶふたつ。背を向けたマントの、頭が一斗缶のふざけたナリをしたバカがうめいていた。そして、ブランドンの顔は見るべきではなかった。目をそむけたくなる、ひどい有様だ。

 なのに、である。

 目を離せないものがあった。ブランドンはの顔をしていた。覚悟を決めた、決死の誇り高い眼をしていた。それにイチヨは魅入られた。

 ふたつの上に大きな拳が、けむるように生まれた。

「フォール・ハイ」

 金色一斗缶がいった。

 この大神祇と話し合うつもりで彼女はここまできたが、その想いは瞬時にかき消された。

 その男を、それ以上どうするつもりだ。

 どうするつもりなんだ。

 やるか。

 やろう。

「んのやろォォォーッ!」

 イチヨが雄たけびをあげながら、走りだした。

 全速力で駆けて、地面がなくなるギリギリで跳んだ。形は飛び蹴りだ。落ちて死ぬということも、恐怖も吹き飛んでいる。あったのは、ほんの少しとはいえ関わった兵士を助けたいという気持ちと、村をこれ以上好きに荒らされるのは許容ゆるせないという炎だ。

 なにをしているんだ、という非難に近い表情をブランドンは浮かべている。

 金色一斗缶が振り向いた。焦りと驚きが垣間かいま見える。

 粗いフォームで、一斗缶を蹴り飛ばした。ブランドンの頭突きで割れていた金色一斗缶の顔面を守るブリキが、そのたいしたことのない一撃でバコッと外れた。

「!!」

 さらされた顔を見て、イチヨとブランドンは息を呑んだ。

 チャームポイントのヘアバンド。端正な顔立ち。ただひとつ、記憶と違うのは金色に輝く左目だけだった。

 ――ルーチェ。

 彼女は、彼女のものとは思えない鬼の形相でイチヨをにらみつけていた。その右目は頭からあごまで伸びた直線の傷によって閉じられ、血がしたたっている。ブランドンにつけられた傷だ。

「どわああああ!」

 イチヨが落ちてゆく。ブランドンもコードが切れたように落ちる。

 空に残ったのは、金色一斗缶。否、ルーチェのみ。


 一部始終を見ていたレビンは、イチヨとブランドンがひゅーと落ちはじめた瞬間、わっと動いた。いつの間にかいなくなっていたマックスや、なんの反応もなく寝転がって白む空を見ているだけのプレスコットの存在など忘れて、カミナリ号から引っ張りだした発明品のひとつを構えた。

 先っぽに黒い傘がついた銃のようなものの照準を、イチヨに合わせようとするのだが焦ってしまって定まらない。

「だだだダミだぁ」

 レビンが弱音を吐くと、発明品の先端がグッと固定された。カミナリ号から降りてきたプレスコットが手で押さえている。

「俺が合図したら撃て。照準はここで合っ、いまだ!」

「え、いま!?」

 トリガーを引いた。どしゅーと、発明品と分離して黒い傘らしきものが絶賛転落中のイチヨに向かって飛んでいく。

「ちょっとー、イチヨねーちゃんに刺さるんじゃないの!? これだからバカスコットはー!」

「タイミングをずらしたのはお前だ」

 黒い傘が、涙目で落ちるイチヨのえりに引っかかった。そのまましばらくどしゅーと飛んで、大きく傘が開いた。クレーンゲームに吊られた人形のように、ふわふわとイチヨが建物の向こう側へ消えていった。

「レビカスの発明品は、なんか全体的にポンコツだなやっぱ」

「ほう、どうポンコツなのかね。具体的に、かつ論理的に話してくれるかな?」

 敵のボスがルーチェだったことはどうでもよかった。イチヨをなんとか助けられたことで、レビンは満足していた。ブランドンのことは忘れて……いない。少なくとも転落死はしていないだろう。根拠こんきょのない自信があった。

 と、壊れかけのオープンタイプのマキナ・ビトルがふたりの前までガタゴトと走ってきた。乗っているのは、虫の息のマックス。助手席には生きているのか死んでいるのかわからない血だらけのアフロ男。

「あー……アテクシの愛車……修理しなきゃダメね……車のなかで男ひとり受けとめたらさすがにね……アテクシの脚も折れちゃったわよ……」

「オカマ、グッドジョブ」

 プレスコットがのそりとブランドンのそばに寄って、顔を近づけた。

「きこえるか」

 真っ赤に腫れあがった目をゆっくり開いて、ブランドンが、

「……YO……」

「いい戦いだった」

「……さ、さ……サンキュー……」

 まるで魂を吐くように長く息を吐いて、ブランドンはまた黙った。

 レビンがマキナ・ビトルのボンネットに飛び乗る。

「ねぇ、オカマー。村兵呼べる? 死んじゃうよ」

「……」

 返事がない。気絶したらしい。

 ぴょんと、なかに入って村兵用の無線テレポンを手に取る。はじめていじる機械だが、見ただけで作りがわかった。

「メーデー、メーデー。駅前で重傷者二名。メーデー、メーデー」

 助けを呼ぶレビンの声をききながら、プレスコットが空を見あげた。

 ルーチェがじりじりとした憎悪の表情で、一点を見詰めている。視線の先は、カニさまが埋まった瓦礫がれきのほう――

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