12 治癒局弾丸バトル

 ショットファーザーは治癒局に入るなり、まず局内地図を見て、一階ずつのぼりはじめた。病室がある階は二階から五階と地下一階である。

 隊員たちもその動きを追って、二階まであがってきている。

 警報が鳴って、赤く明滅する二階の廊下をショットファーザーが歩く。病室のドアを蹴り破ってはなかを確認し、ターゲットがいないとわかると、次のドアに向かうを繰りかえして、着実に一室ずつ潰していっている。

 廊下のT字から飛びでてきた七人とショットファーザーがかち合った。患者五人を連れて避難する局員ふたりが運悪く、治癒局を揺るがせる震源地と遭遇してしまったのだ。

「あわ、わ」

 あとずさる七人に四連イヤヤナを構えて、ショットファーザーはトリガーに手をかけた。

ェッ!」

 六人の背後から、いきなり号令が放たれた。

 ハイレン・ヴァイスカの男たちは長い廊下にしゃがんで、あるいは立って、観葉植物やベンチに身を隠しながらいっせいに射撃を開始した。

 見事な腕前である。

 立ちすくむ七人にあたらぬよう、的確にカウボーイひとりをオートマチックのトフェキで狙い撃つ。六発撃ったら、手早くリロードしてまた撃つという洗練された彼らの動きには間髪かんぱつがなく、反撃の余地を与えない。壁や床に跳ねたのは薬きょうだけで、一発すら撃ち漏らさない卓越した射撃技術の総計がそこにはあった。

 一発。十発。百発。

 隊員のひとりの予備弾倉がなくなった。ほぼ同じタイミングで隊員たち全員の弾が切れた。持ちえるすべてを撃ち尽くしたのだ。

「逃げろ!」

 震える患者と局員に、隊員のひとりがいった。腰を抜かしながら七人がよろよろと逃げた。

 硝煙しょうえんで白くなった廊下の先を、隊員たちが見る。ショットファーザーの薄く黒い影はまだそこに立っている。倒れていない。

 影が動いた。

 鳥の翼のように横に広がった四本の筒が火を噴いて、一気に三名の隊員を床にすべらせた。

「バカな!」

 ショットファーザーのダスターコートとウェスタンシャツは穴だらけだが、血がでていない。地肌をさらした顔面もところどころいるだけで、皮ふの下にある骨はきれいな白色をしていた。

「くたばりやがれ、チリコンカーン野郎!」

 死に物狂いで突進した隊員のひとりが、ナイフをショットファーザーの腹に突き刺した。するりと腹腔に刃先が吸いこまれた。空洞を刺したような、心もとない触感があったのか、隊員はかすかに首をかしげた。

 その隙を突いて、ショットファーザーは腕を伸ばし、隊員の首をつかみながら、いとも軽く持ちあげた。

 放る。投げられて、空を舞っている最中の隊員が四連の散弾で撃たれた。残骸となった隊員が床にドチャと落ちた。

「ひるむなーッ!」

 退くわけにもいかず、隊員たちはショットファーザーに食ってかかった。

 殴りかかってくる隊員たちを片手でつかまえては、ショットファーザーが壁に叩きつける。立派な大の男たちを、である。そして流れ作業的に、投げた隊員を四連イヤヤナで撃ち、壁にはりつけにした。

 一分もしないうちに廊下は、ハイレン・ヴァイスカ精鋭せいえいたちの巨大な墓となって息絶えた。


「なんだァ……?」

 耳をつんざくほどの銃撃戦サウンドは、地下一階の病室にいるイチヨにも届いていた。

「いったい、なんの騒ぎだよぅ」

 いろいろと注射されすぎて身動きが取れず、ベッドの上でイモムシのようにくねることしかできない。上から小さく「ぐえ~」だの「おぎゃあ」だのといった悲鳴まできこえてくる。漠然とした不安が、体の芯まで冷えるような恐怖に変わってゆく。

 非常事態だ。なのに、誰か助けにきてくれる様子がてんでない。

「もしかして私、忘れられてない?」

 イチヨ、突然の孤立!

 そうとわかった瞬間、イチヨは白い天井を見上げながらフリーズした。脳の処理容量が限界を超えたのだ。ローディング処理の途中、直近の記憶がリプレイして彼女の頭のなかで再生された。

 部屋をでていく局員が、なにかをイチヨにいっている。

「なにかあったら、枕元のベルを鳴らしてくださいね」

「くださいね……」

「さいね……」

「ね……」

 エコーする局員の声に息を吹きかえすと、イチヨは激しく体をくねらせて、頭の横にあるベッドサイドテーブルに視線を向けた。

 そこに呼び出し用のベルがある。ボタンを押す必要があるだろうが、それなら多少は時間がかかっても、なんとか押せるだろう。鼻でも顎でも使えばいい。

「キィーヤァー!」

 叫ばずにはいられなかった。

 ベッドサイドテーブルの上に置かれていたのは、想像とはまったく違うハンドベルだった。青銅の鐘に木の棒がついたその楽器は、やけに大きく、抽選会や福引きで大いに活躍しそうな見た目をしている。

 ふざけている。患者がこんなもの振れるわけないだろ、いい加減にしろ!

 くぐもった声を発しながら、イチヨはベッドの上でひとりもだえた。


 一階の廊下がクランク型に折れた角で、ローズはMイーサッシを構えたまま棒立ちしていた。背後に壁を置く、屋内戦における彼なりの兵法である。

 ショットファーザーが移動する上の階に部下を送りこみながら、彼は待機していた。包囲網が突破され、地下一階にショットファーザーが向かうとき、ローズと鉢合わせる構図だ。

「ローズ隊長、アイツぁ化け物です!」

 負傷した隊員、三人が駆けてきた。待機所をでるまでの気勢が嘘のように、気弱なチワワになりさがった彼らがローズに泣きついた。

「あれは神祇ですよ! おれたちは神祇を相手したことがない、敵いっこありません!」

「戦場帰りはみんな、化け物だッ! このローズを含めてなッ! 弱音を吐くのは許しませんよーぼくわッー!」

「何十発、いや何百発も弾丸叩きこまれてるのに、ものともせずに歩きやがるんですよ!」

「防弾チョッキに決まってるだろ!」

「全身に被弾してるんですよ!? 防弾チョッキじゃ説明できません!」

「だったら、全身に防弾チョッキを装備してると考えればいいだろ! 敗北の言い訳を考えるな、ファイヤー!」

 怒りに燃えてローズは、ガトリングを乱射した。秒速で左から順に非力な隊員たちが撃ち飛ばされた。

「ものっそい勢いで、隊員があの世に退院させられてます!」

「ファイヤー!」

 仲間の死を嘆きながら走ってきた、先とは別の三人組をローズはまた撃つと、ズボンの股間部から手榴弾をいくつも取りだして、見境なしに投げまわりはじめた。

 警報発動による赤色とは違う、炎の赤色を作った神祇以上の狂獣は、高笑いしながら病室の一室に踏みこんだ。

 まだ避難できていない局員と患者たちが、なかにいた。

「邪魔だ邪魔だ! 外へでろ、邪魔だ邪魔だ!」

 わめいて、ローズは天井をドガガと撃った。

「ちょっと、ローズ隊長! なにをいってるんです、外に変質者がいるんですよ!」

「諦めるなッ!」

「わたしたちが外にでたら死んでしまいます!」

「諦めろッ!」

 今度はガトリングを床に撃ち、そのまま円を描くように壁・天井・壁・床と一回転して丸く撃った。

 局員は外にでる以上の危険を感じたのか、患者たちを連れて病室を飛びだした。

「お前たちの意志はローズが継ぐぞーッ!」

 帽子のプロペラが、ブルブルと高速で回転している。

 ローズはおもむろに指笛を鳴らして、隊員を呼び寄せた。

「お呼びですか、ローズ隊長!」

「状況はどうなってるんだ」

「ダメです、このままじゃ全滅させられますよ。野郎、部屋をひとつひとつ見てまわってます。誰かを捜しているみた――」

「向こうを向け、バカ!」

 報告の途中で、隊員の頬を鞭のようなスナップでローズはひっぱたくと、うしろを向かせた。困惑する隊員の背中に手榴弾を貼りつけて、廊下に蹴り飛ばす。

 歩いてきていたショットファーザーの真横に、隊員が倒れこんだ。人間爆弾である。

「ひどすぎるっぷぁ」

 隊員の体が、盛大に爆発四散した。零距離で衝撃を食らったショットファーザーは壁に叩きつけられた。

 爆炎の向こう側に向かって、ローズがMイーサッシを連射した。高速の振動に対して、一分の体幹のズレもなくガッチリと獲物をロックし、横殴りの雨を降らせている。

「効き目、薄くないスか?」

 あっけらかんとしたローズの言葉どおり、ショットファーザーの鋼鉄の肉体が弾丸を跳ね飛ばしている。着ている服が頑丈なのではない。防弾チョッキも着ていない。内側、骨が異常に硬いようであった。

 ショットファーザーは四連イヤヤナのハンドグリップをスライドさせて、炎と鉛の雨を気にする様子もなく、病室のなかに入った。

 ローズは発砲を中断して、垂直に高く跳ねた。天井のダクトを突き破り、病室から脱出した。ダクトから手製の爆弾をバラリとまき散らす。いくつものパイナップルに似た爆弾が、ショットファーザーの足元に転がった。


 ケホケホとイチヨが咳きこんだ。

 いままで、きこえていた悲鳴はもうきこえない。誰だか知らない声の主たちは大丈夫だろうかと、心配になる。

「おえっ、ゲホッゲホッ」

 また咳がでた。どうも息苦しい。呼吸がおぼつかず、頭がズンと重くなる。

 なにやら目が染みて、強めのまばたきをするたび、ぎゅっと涙が目頭にたまってこぼれる。

 何度も鼻をすする。妙なにおいがずっとしているのだ。

「あれ」

 そういえば、部屋全体がけむい。白っぽくなっている。

 眉根を寄せて、イチヨは目だけを部屋の入り口へ向けた。煙がもくもくと病室のドアの下からあがっているのが見えた。

「あばー、火事ですかー!」

 裏返った声でイチヨがいうと、部屋全体が轟音ごうおんとともに、スプーンで叩かれたプリンのように激しく揺れた。彼女の声からでる超音波で治癒局が揺れたのではない。上の階でローズがばらまいた爆弾が爆発したのである。

 揺れによって、ハンドベルがぽんと飛んで、地面に落ちた。

 カン。

 接地したため、ろくに音も鳴らずに、ハンドベルはその役目を終えた。

「じっしん!?」

 ベッドから転がり落ちそうになるが、なんとかイチヨは踏みとどまった。

 悲鳴はきこえないが、代わりに連鎖的な爆発音が上からきこえるようになった。音のたびに震動が起きて、パラパラと砂ぼこりが落ちてくる。

「ゴホゴホ!」

 シーツをぎゅっと強く握って、イチヨがまた咳きこんだ。

 どうも治癒局が大爆発を起こしているらしい。その場合、この部屋の天井がいつ落ちてきて、ペシャンコのおせんべいにされるかわからない。

「……どうしお」

 どうしお。「どうしよう」というより「どうしお」。どうしようもなさすぎて、知能指数が急激に低下、その四文字しか言葉にならなかった。


 炎がまわりはじめた局内は、混沌こんとんのきわみに達している。

 残ったハイレン・ヴァイスカの三人が、階段をおりてきたショットファーザーと交戦していたが、なんの成果もあげることもなく散弾のつゆと消えた。

 三十名、ここからローズを引いて二十九名。さらにローズ自身がなぜか手を下した七名を引いて、全二十二名を各階でほふり去った異質の祇神は無傷……ではない。

 ローズのみずからの職場を爆破するという暴挙の巻き添えになり、右脚を引きずり、左腕を失っていた。彼のトレードマークだったカウボーイハットはどこかへ消えて、ない。顔の半分の皮も剥がれ、頭がい骨があらわになっている。しかし、ぽっかりあいた空洞の片目は爆発によるものではない。最初からそうだったのだ。

 ショットファーザーが脚を引きずりながら、物置と緊急病棟がある地下一階の廊下を進む。ゆっくりと物置部屋が、ショットファーザーの右手側に近づいてくる。

 その真っ暗な物置のなかにローズは潜んでいた。

「さあ、きやがれ」

 息を殺して、ショットファーザーが部屋の前を通過するのを待っている。Mイーサッシのトリガーを握る指に、力をこめる。汗が、彼の顎からしずくとなって垂れ落ちた。

 ローズの表情は獣のそれである。眉間みけんにしわを集め、白目になった眼がぎらついている。口元は半分だけ吊りあがっており、怒っているようで、笑っているようで。

「そのまま進め」

「通りすぎろ」

「背中にたっぷりくれてやるぞ」

「鉛の味が好きだといいな」

 ローズの耳がピクリと動いた。

「治癒局をメチャクチャにしやがって、地獄におちろーッ!」

 勢いよくドアを開けて、ローズがMイーサッシを構えた。

「あれれぇ?」

 ショットファーザーがMイヤヤナを構えて、ローズに四つの銃口を向けていた。

 ローズの待ち伏せは見抜かれていた。気配を読まれていた。でなければショットファーザーはドアを蹴破って、物置部屋のなかを改めたはずなのだ。

 ローズは力強く上下の歯を噛み締め、ぐにゃりと笑った。真っ向の撃ち合い勝負をする覚悟を瞬時に決めた、面白くなった、殺してやろう。そんな野蛮やばんな笑いだ。

 先に、ローズの胸を小さな鉄球たちが貫いた。

 彼はぐらりと上体が後方へ傾けさせて、倒れそうになる寸前、右脚を一歩さげて踏みとどまった。

 ローズはMイーサッシのトリガーを引く。

 ショットファーザーの皮膚の下にある強靭きょうじんなカルシウムの塊が、弾丸を弾く。変則的な軌道で、壁や床や天井に跳ねかえった。

 撃たれながら、ショットファーザーは弾を詰め直して、発砲した。

 後退しながらローズは耐えた。撃つことをやめない。がむしゃらに撃つ。

 撃つ、撃たれる、撃つ、撃たれる。撃って、撃たれたら、撃ちかえす。銃撃のチキンレースであった。しぼりだされる薬きょうがとまらない。

 無表情のまま、ショットファーザーが五回目を発砲した。

 白い歯が見える大口の笑みと焦点の合わない目のまま、ローズは吹き飛んだ。一階と地下二階につながる階段の踊り場の壁にぶちあたる。

 ズズ……と膝を折りながら壁をずり落ちるローズを、なんの感慨もなさそうに見ながら、ショットファーザーは四連イヤヤナをさげた。廊下の奥、イチヨが放置されている緊急病棟へ、ぎこちない重心の崩れた歩き方で、ショットファーザーが進んでいく。

 ……ハイレン・ヴァイスカ、全滅。

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