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 グレッシオは、現在、馬に乗って移動をしている。

 他国に奴隷の買い付けに向かうと決めてから、早一週間。王太子の身支度の時間にしては短すぎる時間で準備を終えたグレッシオは、マドロラと数名の護衛を連れて北へと向かっている。

 


 ニガレーダ王国の王都は、他国から侵略された時のことを考えて、東側に位置している。

 なんせ、東側には巨大な山脈が存在しており、侵略するのには適していない。その山脈には、多くの魔物が住まい、その山に住まう魔物は侵略者にとっても脅威である。自然の防波堤と言えるべきものだ。



 そのニガレーダ王国の東に位置する王都から、北の国――スイゴー王国までの道のりは遠く険しい。

 そんなわけで王都を出発したグレッシオだが、まだ国内を移動中である。






 同じ国内であるとはいっても、ニガレーダ王国内は王が全体を治めるというのではなく、それぞれの地域の支配者がその土地を治めているというべきだろうか。もちろん、国の代表者は王族であるが、それぞれの土地では、その土地の支配者の影響が強い国である。

 それも仕方がない話だ。二十年前、この国は聖女さまの崩御により、大混乱に陥っていた。

 この国全体の支配者――王族はそう言えるだけの力を持たない。あくまで代表者であり、一つ一つの土地を治めている者の意向を無視することなど出来ない状況である。



 とはいえ、そのそれぞれの地域の支配者は王家に反旗を翻そうとしているわけではない。それぞれ個性はあるものの、この国を見捨てずにこの国の王家として、ニガレーダ王国に留まっているカシオの事を慕っている者が多い。



 さて、王が直属と治める地域をグレッシオたちは抜けようとする。

 隣の地域に向かうだけなのだが、その地域を跨ごうとした時、彼らは引き留められてしまった。






「おい、兄ちゃんたち、この地域に入るなら金目のものを出せ」



 その台詞だけ聞けば盗賊だろうか――と思うかもしれないが、その者が身に纏っている服は、王都の北の地域、ルグリード領の兵士の身に纏う正装である。

 ルグリード領とは、二十年前の当時、混乱に陥っていたこの領地をまとめ上げたのがルグリードという女性であったことから、この土地はルグリード領と呼ばれているのだ。



 いまだに現役で、元平民の女性だたっというのにも関わらず、そのニガレーダ王国内での影響力は強い。



 そんなルグリードの治めるルグリード領は、荒くれ者が多い。ルグリード自身が女性の身でありながら武人であるというのも一つの理由であろう。あとは盗賊くずれを従えて、従順な領民にしてきたというのも大きな理由だろうか。

 グレッシオたちに話しかけている口の悪い兵士は、まだ若い。元盗賊ということはないだろうが、もしかしたらルグリードが従えてきた盗賊くずれの血縁者か何かかもしれない。



「これでいいか?」



 この兵士は金目のものをよこせなどと、盗賊のような発言を言っているが要は通行料をよこせと言っているだけである。

 グレッシオは元々通行料として用意していたものの一部を差し出せば、男は満足したようにうなずいて、グレッシオたちを通してくれた。






「相変わらずルグリード領の兵士は柄が悪いですね」

「それも個性だろう。……ただ自国民はともかく、もし将来的に他国との交易を正式に始めることが出来るようになって、他国から旅行者などがやってくるのならばあの口の悪さはどうにかしないといけないな」

「それはそうです。国内なら問題はありませんが、国外では王侯貴族にこのような言い草をすれば不敬罪に問われることでしょう。グレさんが不敬罪を実行しても先ほどの場合は問題がないと思いますがね」

「俺はお忍びだしな。そんなものやらなくていい」

「相変わらず王都以外では顔も知られておりませんし」

「そっちの方が動きやすいから問題はない」



 王都を出たというのもあり、マドロラはグレッシオの事を「殿下」ではなく、「グレさん」と呼んでいる。

 自国内では殿下でも問題はないかもしれないが、他国に赴いていつもの調子で殿下と呼ぶわけにもいかないので、自国にいるうちから呼び方を慣らしているのであった。


 他国であるのならば、先ほどの兵士の対応は不敬罪に問われてもおかしくない。


 兵士の対応は今のニガレーダ王国だからこそ許されているというべきか。将来的にこの国が亡ばず、他国との交易をおこなえるほどに国力が回復をしたのならば正式にただす必要があるだろうが――、現状はあれだけ口の悪い兵士がいようともニガレーダ王国では問題がない。



 この地をおさめるルグリードは、敵対する者や歯向かう者には容赦がない女である。

 そんなルグリードが通行料をとることは許可しているが、身ぐるみをはぐことや通行者を殺すことなどは許可していない。そんなことを行えばルグリードの手の者に殺されるということが一目瞭然であるので、あの兵士も通行料をさしだせばすぐに通行を許可してくれたのだ。



 ちなみにグレッシオは王太子という立場で、国のために行動を起こしているものの、王都以外ではそこまで顔が知られているわけではない。

 そちらの方が動きやすいからという理由で、基本的に王族としてではなくニガレーダ王国の一般国民として赴く事が多いのである。


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