.6



 奴隷を購入しようと思い至っているグレッシオであるが、この国はそもそも奴隷商というのもほぼ入り込んでは来ない。

 ……来るとしても奴隷を仕入れようとしているそっちの目的の奴隷商の方が多い。


 この国には貴族というものがほぼいない。

 だからこそ、貴族を相手に商売をすることが多い奴隷商というものは、この国にわざわざ奴隷を売りには来ない。




 ――グレッシオは奴隷という存在や奴隷商というものを知っている。こっそりとマドロラと共に国外の様子を見に行った時に、奴隷商を見かけたことがある。



 もちろん、グレッシオは戦争をしかけてきている隣国に赴いているわけではない。元々ニガレーダ王国の貴族たちの多くが亡命している。そちらにいけば、流石にニガレーダ王国の現王家が有名ではないとはいえ気づかれてしまうものである。

 そんなわけでもっぱらグレッシオがこっそり向かう地といえば、北の国である。




「――北に向かいますか」

「ああ。準備をしてから向かう」



 この国では奴隷を手にすることさえも難しいのならば、当然だが他国に買いに行くしかない。

 それも聖魔法を使えるような奴隷を探すのならば、正規ではない奴隷商を探さなければならない。




 一国の王太子が簡単に他国に出向くなど――通常ならありえないだろうが、そのあたりはやはりニガレーダ王国が国としての形をかろうじて保っているだけの国であるからだろうか。






 北の国に向かうにしても、様々な準備が必要になる。

 グレッシオがこの国を一時離れるとなると、体調不良で倒れている王に国を任せなければならない。文官と言える文官も、この国には数が少ないのである。

 そしてこのニガレーダ王国で、王位継承権のあるものはほぼいない。

 グレッシオの母親は、既に儚くなっており、グレッシオに兄妹はいない。



 王位継承を持っているものなんて、グレッシオの次はグレッシオの従弟ぐらいだろうか。

 かろうじて保たれているこの国で、グレッシオが亡くなってしまえば大変なことになってしまう。




「ただ、奴隷を買うことだけを目的にしたいわけではないんだよな」

「そうですね。折角、他国に向かえるのでしたらもっと多くの成果を手にしてこの国に持ち帰りたいですね」




 奴隷を買うことだけを目的とするではなく、出来ればもっと多くの成果を持ち帰りたいと思うのは当然である。



 グレッシオは他国に赴いたことがあるとはいえ、その回数は少ない。王族であるからそこまで自由に行き来出来るわけがない。

 そして北の国とは、戦争関係にないとはいえ、その関係が友好関係であるというわけではない。敵対していないだけ……というそれだけでしかないのだ。

 ニガレーダ王国には、北の国が友好関係を結ぶだけの価値がない。何か価値を示すことが出来れば、交易を結ぶことは可能かもしれない。……が、現状はニガレーダ王国が差し出せるものはない。




 何もないからこそ、ニガレーダ王国は、待っているだけではなく、自分の手ですべてを手にしようとしなければならない。



 そのことを十分に自覚しているからこそ、グレッシオはわざわざ自ら他国に赴いて、奴隷を手にしようとしている。




「折角他国に行くのですから、もっとこの国でも育てられそうな作物も欲しいですよね。書物も買えるだけ買いたいですし。いいえ、例えば書物を手に入れらなかったとしても知識だけでも頭に留めることが出来ればこの国のために使えますよね」

「そうだな。マドロラは記憶力が良いからな。マドロラが役に立つと思うものは何でも記憶してほしい」

「当然です。他国に向かうという貴重な経験が出来るのですから、覚えられるだけ私は記憶しますよ」

「でもそうだな……。何でも覚えることばかりを優先して、見落としたら問題だからな。俺はマドロラが夢中になって記憶している間、周りをきちんと見ておこうと思うよ」

「殿下は、脳筋な部分も大きいですけど、いざって時は冷静ですよね」

「……父上を見てたらそうもなるからな」

「そうですね……。陛下は結構思いついたら即行動ですものね。陛下は思いついたら即行動でも成功させていくという鬼才だったとお母さんが言っていましたね」



 グレッシオとマドロラは北の国に向かうことを考えて、そのような会話を交わしていく。




 マドロラは護衛としての能力もあるが、その真価は驚くべき記憶力だろうか。人の顔を覚えるのも得意で、その記憶力はこの国のために役に立っている。

 ニガレーダ王国の民が他国へ向かうのは、危険が伴うことなのだが、マドロラはグレッシオと一緒に危険地帯に向かうことも慣れているので、他国に向かうこともすっかり楽しんでいる。



 グレッシオはどちらかというとカシオの血を継いでいるというのもあり、体を動かすことの方が得意で、記憶力はそこまで高くはない。しかしいざといった時は冷静な部分を持ち合わせている。




 ――そして二人は、それから一週間ほどして、他国へ向かう準備を終えるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る