第15話 自転車(じてんしゃ)と母(はは)と兄(あに)

今日は日曜日。珍(めずら)しく家族全員がそろって昼(ひる)ご飯(はん)を食べる事になった。久しぶりである。

みんな集まってご飯を食べている時に、私が小学生頃(ごろ)の話になり、両親の都合もあり、家族全員そろってあちこち行ったことの少ない我(わ)が家(や)は、こんな機会にそれぞれの思いで深い出来事が話題になることが多々ある。六人家族ともなれば子供四人も一番上と一番下では8歳違う。みんなそれぞれ学校の都合や何やかやで家族全員揃(そろ)うのがあまりないし、この時がレクリエーションの代わりでみんなでわいわいがやがややるのである。

長男の兄が食事をしながら言った。

「今朝のパン事件の犯人はだれじゃ‼多分(たぶん)中の姉(し)弟(てい)じゃろう‼ この間の『帽子(ぼうし)パン』の中身の空洞(くうどう)事件と同じ犯人じゃろう‼ 自白しろ‼」

母が昨日(きのう)家族六人の朝食のために買っておいたカットされていない2斤(きん)の長い食パンを今朝(けさ)切ろうとしたら、中の部分が空っぽで、外側(そとがわ)の耳(みみ)の部分しか残ってなかった。

「ごめんなさい。すみませんでした。」

犯人は姉と私だった。パンがあまりにも美味しそうなにおいがしていたので、「ちょっとなら食べていいだろう。」「もう少しなら…。」と二人でたべていたら、ほとんど中は空洞(くうどう)になってしまった。今更(いまさら)どうしようもなく、悪い事をしたとは思ったが、翌日のみんなの驚く顔を見たいこともあり、二人で顔を見合見合わせたが、そのまま、外から見れば何事も無いようにして寝る事にしたのだ。申し訳ありません。しかし、今朝一番喜んで笑っていたのは長男のにいちゃんではなかったか⁈

一番下の妹が長男(おにいちゃん)に聞いた。

「お兄ちゃんは魚が嫌いなのはどうして?」

「魚はいかん。骨(ほね)がある。」

「ちりめんじゃこには骨(ほね)はないろう?それでも嫌い?」

「ちりめんじゃこは柔らかいから骨は問題ない。けど、『目(め)』がある。こっちを見る。『俺を食べるな‼』とばかりにジッとこっちを睨(にら)む。目(め)を取ってくれたら食べられるかもしれん。尾頭付(おかしらつ)きの魚は絶対に食べん‼」確かに肉には目がついてない。しかし『ん⁈』 である。

などと食べ物の話が多かったが、一番みんなが面白がったのは、兄と母の自転車事件であった。

 今では未舗装(みほそう)の砂利(じゃり)道(みち)などめったにお目にかかることはない。どんな田舎(いなか)でも、どんな小さな道であっても、きちんと舗装(ほそう)されている。しかし、少し前までは、田舎はまだまだ未舗装(みほそう)道路(どうろ)が多く、自転車で走り回ることの多かったみんなは、砂利(じゃり)道(みち)では、特に下りの坂道は、子供にとってズルズル滑るだけでなく、横(よこ)滑(すべ)りで転(てん)倒(とう)しそうで、どこに行くにも注意しながら苦労していかなければならなかった。

 まだ自転車の二人乗り規制(きせい)の無かった時代の事である。                      

ある日、母に急ぎの用事があったのか、どんな時も普段(ふだん)は歩いていくのに、珍しく高校生になった兄の自転車の後ろに乗って出かけた。暫(しばら)くすると、母が腰をさすりながら、兄は半笑いで困った顔をしながら帰ってきた。どうしたのかと尋(たず)ねると、兄は母と一緒に笑いながら話してくれた。

 兄が母を自転車の後ろに乗せて走っていると、目の前に小さな穴(あな)ぼこが見えたが、あまり気にもせず、そのまま通り過ぎたそうだ。

 『ドスン』と穴(あな)ぼこに落ちた抵抗感があったが、『大(たい)した事はない。』とそのまま走ったそうだ。が、なんだか二人乗っているにしてはさっきよりペダルが軽(かる)い。兄がなんだか気になりふと後ろを見ると、通り過ぎた穴(あな)ぼこを過ぎたあたりに、母が道路に尻餅(しりもち)をついた状態でいるのが見えたそうだ。

兄が大急(おおいそ)ぎで母の所に行き母に聞くと、さっきの穴(あな)ぼこで少々ドスンと揺れたときに振(ふ)り落(お)とされたと言う。

道路が未舗装(みほそう)で路面が柔(やわ)らかかった事が不幸中(ふこうちゅう)の幸(さいわ)いで、母は腰を少々打ったが大した怪我(けが)もなく無事(ぶじ)であったそうだ。暫(しばら)く痛(いた)がってはいたが。

 しかしそれ以来、母は一度も自転車に乗せてくれとも言わず、自転車に近づいてすらいない。よほど怖かったのか、それとも恥ずかしかったのか。本人がこのことに触(ふ)れたがらないのでいまだにどうだったのかはわからない。

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