第14話 うどん

いつも私を実弟(じってい)のようにかわいがってくれているので、こちらも兄のように思っている兄の友人二人が我が家にやって来て、兄を誘(さそ)った。

「おい、旨(うま)いうどん食いに行くぞ‼」

兄はそばにいた私をちらっと見、にやりとして「よし、行くか。」と腰(こし)を上げた。兄の『ニヤリ』の意味をいぶかっている私に、兄の友人が、

「おい、弟‼お前も一緒に来い!」と声をかけてきた。

どうしようかと助けを求めて兄を見ると、兄はまたニヤリとして、「来いよ‼」と、優しく言った。

 兄の友人の運転で車は走り出した。我(わ)が町を出て隣(となり)町(まち)を過ぎ、次も過ぎ、また次も過ぎ、かれこれ1時間、40キロ程走ると、車は大きなスーパーの駐車場に止まった。こんな所のどこにうどん屋があるのだろうときょろきょろしたが見当たらない。

「うどん屋はここじゃないぞ‼トイレ休憩(きゅうけい)するだけじゃぞ‼」と言う。

みんなそそくさとトイレを済ませると飲み物を買って再出発した。

『ちょっと遠い所かな?ま、もう着くじゃろう。』と思っている私をしり目に、車は海岸線の道路を離れ山の中の道に入り、どんどん四国(しこく)山脈(さんみゃく)方面を目指していく。

『このまま行ったら阿波池田じゃ。阿波(あわ)池田(いけだ)の町に行くがかな?徳島にも美味(うま)いうどん屋はあるろうけど、ここまで来んでも高知(こうち)市内にも美味いうどん屋はあると思うけどな……』等と思ったが、しかしそこも通り過ぎた。これからの道は四国(しこく)山脈(さんみゃく)の一番高い所を通る四国一の難所(なんしょ)。『どうするんだろう。このまま行ったら香川県。金毘羅(こんぴら)さんか?』

何だか不安になっているのがわかったのか兄の友達が、「弟!腹減っつろ⁉もうチョットじゃきに我慢せーよ!もうすぐ美味(うま)いうどんが食(く)えるきんにゃー!」となだめるように声をかけてくれた。兄もニヤニヤ笑っている。

それからも車は走り続け、とうとう高松駅の駐車場に止まった。

 「おい!着いたぞ!これから切符(きっぷ)を買うからな!」

私は耳を疑った。まさかの聞き間違いではないかと問い返した。

「え?切符?まさか宇高(うこう)連絡船(れんらくせん)に乗って岡山(おかやま)に行くが?」

「行きゃせん!入場(にゅうじょう)切符(きっぷ)を買うてうどんを食べるがよね!」

 なんと!旨(うま)いうどんとは高松駅の構内(こうない)の立ち食いうどん屋の事だった。

確(たし)かに四国の人間、特に高知の人間は『ちょっと出かけてくる。』というと50kmや60kmは平気で出かける。県が東西に細長く、大きな都市のある平野部も点在しているので、都市間の行き来に時間のかかるのが常である。従ってみんなそれが普通の事なのである。

しかし、地道(じみち)で180kmキロも走って、何時間もかけてうどんを……、しかもうどんの有名店なら高知にもいくつもあるのに、わざわざ、それも高松駅の構内(こうない)の立ち食いうどんを食べに来るとは…。『ここのうどんがどれだけ旨(うま)いんじゃ?そんなに旨(うま)い事は無いろう。』とあきれ返っている私を尻目(しりめ)に、みんなはどんどん先に進んで行く。遅(おく)れずについていって訝(いぶか)りながらも立(た)ち食(ぐ)いうどんを食べた。

 だが、確かにこれだけの時間をかけてきたからだろうかうどんはこの上なく旨(うま)く美味(おい)しかった。

 「覚(おぼ)えちょきや。高い金を出せば旨(うま)いものは世の中にはいっぱいある。けんど、安くても美味(うま)いものもいっぱいある。特に思い出と重(かさ)なりあっている場所の食い物は、安くても美味(うま)いもんだぞ、思い出の味がするからな。

お前も高校出て都会に出て行ったらここのうどんの味もおもいだすじゃろう、楽しい思い出としてな。じっくり味わえ!うまいろう⁉」と兄の友人は、話してくれた。

兄はといえば、何も言わずニコニコして頷いているが、『よく言ってくれた。こいつもそのうちにわかるようになるさ。』と言っているようだ。

最近どうも面白くないことが続いて腐(くさ)っている私の気分転換をしようと、三人で私を連れ出す計画であったようにも思える。気のせいかもしれないが…。

 何も言いはしないが、見ないようでも見守ってくれている。いつ何をしてやればいいのかわかっている。『いごっそう』である。完璧(かんぺき)にこの人たちの優しさにはかなわない。『感謝(かんしゃ)』『感謝(かんしゃ)』である。

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