第2章-3 大天使しほりん降臨

 そこに立っていた一人の女の子に俺は目を奪われた。


 長い黒髪にすらっとした立ち姿にきれいな顔。うん、人気があるのも頷ける。ほかの奴らが手を振りまくって叫んできゃあきゃあやってるのに比べて、手を胸のところでこう小さく横に振っていて、動きが控えめというか清楚というか大人しげな感じがする。優等生っぽい正統派アイドルって感じだな。うん、二次元だったら合格点。三次元なので残念不合格!


「これが、お前がいっつもうるさく言ってるしほりんか」

「しほりーんっ、きゃあっ、きゃあああっ! しほりーーーーーんっ!!!」


 だめだ、ついていけねえ。


 横できゃあきゃあ言ってる亜季乃はおいといて、うん、まあ確かに可愛い……綺麗? と、その時だ。まさかこっちの視線に気付いた、というわけではないのだろうが、そのしほりんがこっちを向いて、目が合って、そして笑った……気がした。いやまさか、そんなことはない。


「ねえ兄貴っ今しほりんこっち見なかったっ? いやっ 見たよねえっ! きゃああああっ! しほりーん! しっほりいぃいいいん!!!」


 隣ではしゃいでる、もとい狂っている妹よ。それはお前の自意識過剰、残念勘違い、というやつだ、きっと。あ、俺も同類か。さっきから心臓がバクバクいってる気がするのだが。


「みんなぁ! 今日は来てくれてありがとーーーーっ!」


 わああああああああ 沸き起こる歓声。

 センターの子が大きく手を振って叫ぶ、そして自己紹介らしきものをして礼をしたのだが、歓声がすごくてよく聞き取れない。

「あの子がセンターのhiroよ! めっちゃ可愛いでしょっ?」

 隣の妹の声でさえかなり聞き取りづらい。ステージでは次々とメンバーの挨拶が続く。そして妹が横でさわぎだした。


「くるよくるよっ」

 

 何が来るんだよ……と思ったが、どうやら妹一推しのしほりんにマイクが回ったようである。



「えーっと……りんりん、しほりん、しほりんりんっ♪ 3年生チームキャプテンのshihoですっ! きょ今日は、みんなに会えてとってもうれしいです。どうか最後まで楽しんでいってくださいっ」



 えw? 何そのダサい自己紹介ワロタ。と思いきや、あろうことか今日一の大歓声が発生。わあああああああああ すげえ人気だな。きゃあきゃあうるさい妹みたいなのが何人もいるんだからもううるさくて仕方がない。

 メンバー紹介のあと何曲かまた歌があって、しほりんは袖に下がってしまった。すると照明が変わって今度はステージに5人出てきて、曲が始まる。息つかせない展開にもう息が詰まっている。


「今度はなんだよ……」

「1年生チームのユニット”kz-girls”よ。ほらセンターのhiroがいるでしょ?」


 知らねえよ興味ねえよ覚えてねえよそして覚える気ねえよ。


「あとmiki でしょ。そしてsaki  risa  saya の第一期メンバー全員のユニットなの。こっからはしばらくユニットライブの時間ね」

 そんなんまでやってんのか。正直三次元アイドルに何の思い入れもない者としてはぶっちゃけ苦痛な時間なんだが。確かに可愛いのは認めるし、すごいとも思う。だがこの人ごみの中でずっと立ってるのはつらいし、周りの奴らが一糸乱れぬ掛け声と拳突き上げとかやってる中で何もわからずに突っ立ってるというのはホント場違い感しかない。気のせいと思いたいが、さっきから横の奴がちらちら迷惑そうに見てきてるんだよなあ。なんかお前もちゃんとやれよ的な目で。はあ。早く終わんないかなあ。


「兄貴、大丈夫! あとですぐしほりんのユニットも出てくるからっ!」


 すまん妹よ、そんな心配は一切してない。




 どれ位時間が経っただろうか。妹の様子からその時が来てしまったのだとすぐにわかった。さっきのユニットよりも一際大きな歓声が上がる。


「きゃあっ、しほりーーん!」


 中央にしほりん、その両脇に一人ずつ、三人がステージ上で踊りだした。それに合わせて掛け声が飛ぶ。しほりんコールに混じって、他の名前もちらほら聞こえる。

三人がそれぞれのパートを真ん中で歌っては。また後ろに回って、を繰り返す。再びしほりんが真ん中に戻ってサビのところに入ると、みんなが一斉に叫びだす。俺以外の周りみんながジャンプを始める、ちっ、もう白い目で見られるのはごめんだ。俺も一応それなりのタイミングを計ってジャンプしようと試みた。しかしみんなが飛んでないところで一人飛ぶ羽目になってしまった。やはり慣れないことはするもんじゃない。


「ちょっと兄貴、私の動きに合わせて飛んでよね!」

「おい無茶言うな」

「ちゃんとせーのって言ってあげるから」


 おかげで二番のサビは何とか見様見真似でみんなに合わせられた。いや、亜希乃に手首をつかまれ無理やり引っ張り上げられたの間違い。何が一番嫌かというと、妹の「うんうんよくやった」的な満足そうなドヤ顔だ。兄貴もしほりんの魅力にはまったのねっ!? 的な思考がダダ漏れだ。それにどっちかって言うと、しほりんよりもさっきからこっちの手前のほうで踊ってるこの子のほうが俺的には好みかなって気がする。妹に言うと殺されそうだから絶対言わない。


「最後はねっ、ジャンプの前にちょっと間が空くからフライングしないでね! あと回数も一回最後に多いから」


 妹の的確な指示のもと最後のサビのところを無難にこなし恥をかかずに済んだ。ポーズが決まってものすごい歓声が上がる。あと妹のドヤ顔がまじでうざい。


「あれっ? おかしいな」


 亜希乃が横でなんか言った。


「あれmitzじゃない……誰だろ」


 そいつが誰なのかわからないので俺にはちんぷんかんぷんだ。


「んー……代役の研究生かなあ」

「誰のことだよ」

「ほらしほりんの左に立ってる子」

「代役とかあんのかよ」

「そりゃあ風邪とかほかの用事とかで入れ替わることあるよ」

 そんなゆるくていいのかよ? まあ言わないけど。

「どっかで見たことある気がするのよねー、でも研究生だって全員把握してるはずだからわかるはずなのに、新規の子かも」

 全員把握してるんすか……暇っすね。


「みんなーこんにちはー♪ 三年生ユニットのー」

「「「Chocolat Lipsですっ!」」」(三人)


 わあああああああああああっ

「きゃあああああああああああっ」

 なんでこいつらこんな人気なの?w 空気が、揺れているよ……

「聞いてもらったのは、Chocolat Lipsのデビューシングルでっ、sweet candy holidayでーしたっ」

 わあああああああああああああっ


「改めまして自己紹介しますっ! Chocolat Lipsのリーダーやらせてもらってます、りんりんしほりんしほりんりんっ! ことshihoですっ!」


 わああああああああああああああああっ

「きゃああああああああああああああああっ」

 耳元でつんざく悲鳴。お願いだからもう黙って妹よ! やばい耳が、みみがあぁぁぁ

「そしてー Chocolat Lips一の元気印! せーのっ」

「なっぎなぎー」(野太い野郎どもの声)

「にしてやんよー ことnagi★ですっ キラッ 今日はよっろしくう!」

 わああああああああああああああああああっ

 やばい。もうついていけない……


「そっしてー、もう気づいてる人もいると思うけどー、今日はmitzが風邪でお休みでー、代わりに特別メンバーに来てもらってますっ。どーぞ自己紹介をっ」

 

 そう言われて、さっきステージの俺らのいる側で踊ってた子が一歩前に出た。


「み、みなさん、ははじめましてっ」


 小さめな声でおずおずとしゃべり始める。他のメンバーと比べてもじもじしてる態度から明らかに場慣れしてないのがすぐにわかる。


「第五期研究生の、saraです……今日は先輩の代わりに急遽参加させてもらうことになって……すごく緊張してるんですけど、よよろしくお願いしますっ」


 セミロングの髪を後ろで束ねてポニーテールって言うのかな。大和撫子がなんか無理矢理洋風に合わせてみました的な感じ? まあ素人目に見て結構可愛いと思ってしまうのだが。


「……さくら……ちゃん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る