エピローグ

「――というわけデ、しばらくお世話になりまス」


 クロガネ探偵事務所に、〈シエラゼロ/スナイパー〉ことナディアが訪れた。


「……ちょっと待って。今、話を整理するから」

 大袈裟な荷物を背負った褐色の少女から事情を聴いたクロガネは、頭痛を堪えるようにこめかみに指を添えて天井を仰ぐ。


 ――曰く、獅子堂の屋敷を三割損壊させるという大問題を起こしてしまった結果、罰として銃を取り上げられ、しばらく謹慎を命じられた。


 ……ここまでは良い。屋敷の三割を損壊させたとか、かなり洒落にならないが、仮にも奇人変人達人超人魔人狂人の集団であるゼロナンバーが暴れたのなら仕方ない。むしろその程度の損害はまだ軽い方だろう。次。


 ――というわけで、クロガネの元で謹慎することにした。


「そこがおかしい」

 眉間にシワを寄せて、ナディアに向き直る。

「何だってウチなんだ? お前も地図にダーツを刺してその場所にやってきたクチか?」

「懐かしいですねぇ」

 感慨深げに呟く美優。実際のところ、ダーツ云々は嘘だったがな。

「ダーツ? イヤ、ワタシには他に行くアテもないシ、頼れる人はクロしか居ないかラ、ここに来たんダヨ?」

 はぁ~と長い溜息をついて、クロガネは首を横に振る。

「新倉といい、どうしてお前たちはウチに泊まりたがるのかなぁ……」

 仮にも獅子堂直属のゼロナンバーならば、高級な宿に連日泊まれるくらいの金はあるだろうに。

「……エイハチも、クロの所に泊まっていたノ?」

 ナディアの目に、危険な光が宿る。

「……もっと、オシオキすれば良かっタ」

「やめろよ、ご当主に大迷惑だ」

 その『オシオキ』とやらを実行した結果が、今の状況なのだろう。独房や懲罰房に入れられないだけ、かなり健全な処分である。

「このメンタルバーサーカー2号め……」

 クロガネは疲れた口調でそうぼやいた。ちなみに、1号は新倉である。

「どうするのですか?」美優が訊ねてくる。

「どうするって……このまま放り出すわけにもいかないだろう」

 放り出したら危険である。色々な意味で。

「じゃア……」

 クロガネの言葉に、ナディアの顔が明るくなった。

「家事の手伝いをしてくれるなら、しばらく泊めてやる――ヨ゛ッ゛!?」

「アリガトウ、クロ! 大好キッ!」

 ナディアがタックル同然に勢いよく抱き着き、彼女の頭部が鳩尾にクリーンヒットする。急所の一撃に、思わず身悶えるクロガネ。

「…………」

 それを無表情で見ていた美優は、無言で背後から抱き着いた。

「ごほっ、み、美優?」クロガネは戸惑って振り向くと、

「……ずるいです」

 どこか不機嫌そうに頬を膨らませた美優が、背中に抱き着いたまま上目遣いで睨んできた。

「……何がだよ?」

 困惑していると、そこに。

「(ガチャ)おじゃましまー……す?」

 呼び鈴もノックもなしに、海堂真奈が現れた。前触れもアポもなく、いきなり現れるのは彼女の常套手段であるが、今回ばかりは間が悪かった。

 そして、悪い偶然とは重なるものである。

「黒沢ー、借りてたガラケー返しに……」

 清水刑事まで現れた。


 ここで現在の状況を整理してみよう。


 場所はクロガネ探偵事務所リビング兼オフィス。

 その中央にクロガネこと黒沢鉄哉(二一歳・成人男性)が立っている。

 そして褐色肌の少女ナディア(一三歳・褐色幼女)が、正面から彼に抱き着いている。

 更には探偵助手である安藤美優(外見一六歳前後・ガイノイド)が、彼の背後から抱き着いている。


 幼女と美少女に前後から挟まれた成人男性の図を、第三者が見たら何を思うか。


「……鉄哉、まさか貴方にそんな趣味が……ぐすん」

 口元を手で押さえ、悲しそうに目を逸らす真奈。ちなみに「ぐすん」は、どこか棒である。

「ねーよ」

「間違えた。……まさか貴方にそんな性癖が……ぐすん(棒)」

 一度真顔に戻り、再び口元に手を当てて目を逸らす真奈。彼女はどこまで本気なのだろう?

「ねーよ。ていうか、前にもあったな……こんなやり取り」

 クロガネはげんなりすると、今度は清水が真顔で進み出た。

「事案だな、ついにやらかしやがったか。青少年育成法違反の容疑で、ご同行願おうか?(じゃら)」

「この茶番も前にあったな。とりあえず、その手錠はしまってくれ」



 (以前にもあった)閑話休題。



 真奈と清水に事情を説明すると、とりあえず二人は納得してくれた。

「それでお前の所に泊まる運びになったと?」と清水。

「そうだ。知らない仲でもないし、放り出すわけにもいかないだろ」

「確かにな。放り出して、ロリコンの変態どもが寄って来たら大変だ」

「むしろ、その変態どもの身が危険だから、ウチで預かることにしたんだよ」

「……ああ、なるほど」

 複雑な表情で納得する清水。以前、入院したクロガネの見舞いに訪れた際、ナディアに銃を突き付けられた時のことを思い出したのだろう。

 猫舌なのか、ナディアは出されたお茶に「フー、フー」と何度も息を吹き掛けていた。その可愛らしい姿を見た清水は、彼女が平然と人を撃ち殺せる子供だとは信じられない様子だった。

「ナディアに関しては、俺が責任持って預かる。とりあえず、それだけは認知しておいてくれ」

「……解った。少なくとも黒沢には懐いているようだしな、俺も可能な限りフォローしよう」

 難しい顔で頷いた清水に、頭を下げる。

「ありがとう、助かるよ」

「とはいえ、限度はあるからな。頼むから面倒事は起こすなよ」

 念入りに釘を刺すと、「お邪魔しました」と清水は探偵事務所を後にした。仕事の合間にガラケーを返しに来ただけだったようだ。

「美優、ガラケーの初期化を頼む」

「解りました」

 美優は卓上に置かれたガラケーと充電器一式を手に取ると、デスクの方に移動する。

「さて」

 真奈の方に向き直る。

「か……真奈も、何か言うことはあるか?」

「う~ん、そうだなー」

 名字ではなく、名前でクロガネが訊ねると、どこか上機嫌で真奈は考え込んだ。学園祭の一件が片付いた後、ひょんなことから彼女の両親と挨拶する羽目になってしまい、その時の出来事がきっかけで以降は名前で呼ぶようになったのだ。

「まぁ、私もナディアちゃんと久しぶりに会えたのは嬉しいかな」

「ワタシも、マナに会えて嬉しイ」

 ナディアが同意すると、真奈は彼女の頭を撫でた。まるで仲の良い姉妹のようだ。

 かつて、瀕死の重傷を負ったクロガネを救ってくれた真奈は、ナディアが心を許す数少ない一人なのである。

「クロガネさん、ガラケーの初期化、完了しました」

「ご苦労様」

 一仕事を終えた美優をクロガネが労うと、口をへの字にするナディア。彼女の変化に「おや?」と首を傾げる真奈。

「ところで、ナディアさんの寝室はどこにしますか? 私と同室にします?」

 美優の問いに、クロガネは「うーん」と考え込む。

「ちょうど掃除が終わったことだし、隣の部屋で良いんじゃないか?」

「えっ、そこは元々クロガネさんが使う予定でしたよね?」

 そのために時間を掛けて物置部屋を片付けていたのだ。

「知り合って間もない二人がいきなり同室だと、緊張するだろ?」

「そのお気遣いはありがたいですけど、クロガネさんはどこでお休みに? まさか、ナディアさんと同衾ですか?」

「これまで通り、リビングここに布団を敷いて寝るよ」

 どこか焦った様子の美優に呆れながら、クロガネはそう答えた。

「ドウキンってなんダ?」

 ナディアが真奈に訊ねる。

「えーと……一緒のお布団で寝ることだよ」

 真奈がそう教えると、彼女は目を輝かせた。

「採用ッ! クロと同衾したイ!」

「ダメだ(です!)(よ!)」

 クロガネ、美優、真奈が即座に却下する。

「エー、何でサ?」と不満そうに口を尖らせるナディア。

 三人は顔を見合わせると、代表して家主のクロガネが説明する。

「ほら、ナディアももう年頃だろ? 野郎と一緒に寝るのは流石にモラルというか……世間的にアウトな感じなんだよ」

「そんなのワタシに関係なイ。クロと一緒に寝たイ」

 誤解を招くような発言は慎んで貰いたい。

「……『また』? クロガネさん、どういうことですか?」

「年端もいかない幼女相手に、貴方まさか……」

 美優と真奈が疑惑の視線を向けてくる。とりあえず、幼女呼びはどこか犯罪臭がするからやめてほしい。

「ナディアの面倒を任された時、こいつはまだ六歳か七歳の子供だった。家族を亡くしたばかりで泣いてばかりいたから、当時は毎晩、俺が添い寝をしていたんだよ」

 ゼロナンバー時代の記憶を思い出しながら説明すると、

「毎晩!? 添い寝!?」

「くっそ、何て羨まけしからんっ!」

 何故かショックを受ける二人。何やらナディアに嫉妬しているようだが、当時はまだ小さかった子供相手に何を考えているんだ?

「またあの頃みたい二、一緒にお風呂にも入ろうヨ」

 ここで更なる燃料を投下するナディア。もしや、わざと言ってないか?

「また!? 一緒に!? お風呂!?」

「くっそ、何て羨ま以下略っ!」

 案の定、ますますヒートアップする助手と担当医。

「どういうことですか、クロガネさん!? 私の時は、一緒にお風呂に入ることを拒んだのに!?」

「いやだから、年頃の娘は恥じらいというものが」

「いや待って! スルーしそうになったけど、美優ちゃんともお風呂ってどういうこと!?」

「それはワタシも知りたイ」

「だからモラルが」

 クロガネは「もう面倒臭い」と言わんばかりなしかめっ面で、説明しようとする。

 だが。

「クロガネさんッ!」

「鉄哉ッ!」

「クロッ!」

 訊いておいて聴く耳を持たないというのは、流石にヒドイだろう。

 女三人寄ればかしましい、という諺があるが、まさにその通りである。

「あぁもぅ、うるせェええええええッ! とりあえず落ち着けお前らあああァッ!」


 鋼和市北区の一角にあるクロガネ探偵事務所。

 その日、クロガネこと黒沢鉄哉の怒号とも悲鳴ともつかぬ声が響き渡った。



 人の心を持った規格外のガイノイドにして頼れる探偵助手、安藤美優。


 ムードメーカーにしてクロガネの担当医でもある海堂真奈。


 狙撃の達人で、どこかクロガネに依存的な褐色少女のナディア。



 三人のヒロインが一堂に会した時、漂うのはラブコメの香りか、それとも修羅場の臭いか。

 確かなのは、華やかになった探偵事務所とは別に、クロガネの気苦労が増えたことだろう。

「……かぐや姫でも、こんな無理難題は出さないだろうに」

 クロガネは疲れたようにそう呟き、溜息をこぼした。

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機巧探偵クロガネの事件簿3 〜剣鬼と青春の学園祭〜 五月雨皐月 @samidaresatsuki

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