幕間5

 パトロール中、たまたま目に付いた公園に立ち寄った清水は、ベンチに腰掛けて自販機で購入した缶コーヒーを片手に一息ついた。

 公園広場では、若者たちが反重力で宙に浮かぶスケートボード、『フロートボード』で思い思いに技を披露し合っていた。

 フロートボードは、最初の推進力こそ従来のスケートボードのように車輪で地面を走ることで賄い、ジャンプして地面から離れた瞬間、車輪を板の底に収納して反重力を展開する仕様となっている。

 この技術は元々、患者を運ぶ車輪付きのベッド――ストレッチャー用に開発されたものだ。搬送の際、段差を越えたり救急車に乗り降りする際の衝撃で、患者の身体に負荷が掛からないようにするためだ。

「……素晴らしい技術の応用と転用は、やはり平和的なものじゃないとな」

 フロートボードで遊ぶ若者たちを尻目に、清水は懐から青いガラケーを取り出した。旧世代の情報端末を慣れない手付きで操作し、たった一件だけ登録されてある電話番号を呼び出す。

 呼出音を数回聞いたところで、相手が出た。

『……はい、黒沢です』

「清水だ。進展があったから報告するぞ」

 余計な前置きもなく、清水は捜査の進捗状況を話す。

「結果だけ言えば、カーム化成は【パラベラム】と関係があると思しき犯罪組織と繋がっていた可能性がある」

 反サイバーメイド団体【パラベラム】。

 全世界に七基しか存在しない高性能自律管理型AI〈サイバーマーメイド〉による管理社会に異を唱え、過激なテロ活動を行う組織である。

『その犯罪組織についての詳細は?』

「【黄昏たそがれ】という組織だ。何でも世界各地に展開していて、構成員は現地の言語で組織の名前を言っているらしい」

『日本だと日本語で【黄昏】と呼んでいるんだな』

「そういうことだ。捜査の撹乱が目的なのか、それとも単に多国籍民族で構成されているのかまでは解らない。これまでに逮捕・検挙した構成員はいずれも末端ばかりで、組織の全容が掴めていないのが現状だ。FBIをはじめ、世界中の諜報機関、国際刑事警察機構ICPOからも【黄昏】はマークされている」

『その辺は【パラベラム】と同じか。【黄昏】が【パラベラム】の傘下、もしくは上役なのか、それとも二つの組織は元々同一なのか』

「それも捜査を続ければいつかは辿り着けるだろう。俺からはこんなところだ、そっちは何か解ったか?」

『カーム化成の幹部殺害の実行犯は、「」だ』

「……そうか。何となく、そんな気はしてたんだ」

 やはりと、清水は渋面を作って納得する。

 『影』……それはクロガネと清水の間で使われる隠語の一つであり、その意味は獅子堂重工を影から守護するゼロナンバーのことを指す。

『実行犯について調べるのは、ここまでにしておこう。俺はともかく、清水さんの身が危ない』

「……そうだな、そうしよう。『影』のも、カーム化成の裏にいる【黄昏】について何かしら行動するだろうし」

 近々、獅子堂重工の圧力で上から捜査の制限や変更が命じられることだろう。中止とまではいかなくとも、ゼロナンバーの作戦に捜査員を巻き込むような真似は避ける筈だ。

『それじゃあ、清水さんからの依頼はこれで終了となるが、良いか?』

「ああ。借りてたガラケーも返そう。仕事が忙しくなってきたから、流石に今すぐとはいかないだろうが」

『了解した、返せる時に返してくれ。それで、報酬の件なんだが』

「ああ、ガラケーの使用料金分だったな。大して使ってないだろうけど、幾らだ?」

 クロガネが提示した金額に、思わず耳を疑う。

「……ちょっと、高くない?」

『当事務所のサービスで、六割増しにしてる』

「増やすなッ! サービスなら、むしろまけとけやッ!」

 清水の怒声が、公園に響き渡った。



 ……値切り交渉の末、互いに妥当な金額で決着した。

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