幕間4

 鋼和市東区、街中の百円ショップにて、文化研究部の四人は衣装の材料となる布地を改めていた。

「色は……これで良いかな? ちょっと地味過ぎない?」

 松山絵里香はうぐいす色の布地を手にそう言うと、

「いや、良いと思う。あとはこっちの色でアクセントにすれば……」

 パールホワイトの布地を合わせる竹田智子。

「……うん、【竹取の翁】はこれで良いと思う……」

 ルーズリーフに描いたイラストと見比べながら、梅原亜依が同意する。

「百均にも、手芸用の大きな生地が置いてあるんですね。初めて知りました」

「……ここは隣が手芸屋さんだからね。中途半端な長さで売れない生地を、百均の方に卸しているから……」

 亜依の説明に納得する。

「とはいえ、百均だけに長さが足りないのは仕方ないかな」

「でも色の種類は結構あるから、お得なところもあるよ」

 絵里香の不満を、智子が宥める。

 布地の他に、足袋やマジックテープなど他に必要なものを一通り集め、一同はセルフレジへと向かう。

 PIDがあれば、店外へ出る際にセンサーが自動的に商品を走査し、消費者の銀行口座から直接料金が支払われる仕様なのだが、今回は文化研究部の必要経費として領収証を発行して貰う必要があるのだ。

 購入した商品を、四人で分け持つ。

「他に必要な物は?」

「……もうない、かな……」

 美優の質問に、買い物リストを確認した亜依が答える。

「では、解散でしょうか?」

「いやいや。せっかく集まったんだし、遊ぼうよ」

「賛成」

 絵里香の提案に智子が賛同する。亜依も黙って頷いた。

「それでは、私もお供します」

「もー、安藤さんは真面目だなー」

「友達に敬語は必要ないよ。もっとフランクでも良いのに」

「……私も、みんなより一個下だけど、敬語は使ってない……」

「これが素なので、気にしないでください」

 松竹梅の気遣いに、はにかみながらそう言った。

「何と言うか、安藤さんってどこぞのお嬢様みたいよね」

「あ、それ私も思った。恰好からして、気品があるというか……」

 うんうん、と亜依も頷く。

 この日の美優は、さり気なくレースをあしらったノースリーブワンピース姿で『夏のお嬢様』然としている。白いワンピースの胸元の切れ込みには大きめのリボンタイが添えられていた。頭には白いリボンがアクセントの黒いストローハットを被り、全身白と黒のツートンカラーでお洒落に決めている。

「あはは……、ありがとうございます」

 三人からの称賛に照れる美優。ちなみに、このコーディネートはクロガネの担当医によるものだ。

 彼女曰く、『νガ〇ダムカラーはシックで最強ッ』とのこと。

 意味はよく解らなかったが、評判は良かったので内心彼女に感謝しておいた。



 四人はカラオケボックスに入った。

 ふと、美優は振り返る。

 ハッキング能力で視覚を街中の防犯カメラと同期し、義眼の拡大機能も使って護衛の位置を確認する。

 自分たち居る現在地から三百メートルほど離れたコーヒーショップ、新倉永八がガラス張りでこちら側が見える席を陣取ったのを確認。

 尾行にしては離れ過ぎだが、瞬時に周囲の状況を把握して連絡できる美優にはちょうど良い距離であり、彼女と同行している者に尾行の存在を気取られなくて済む。

 一応、新倉のPIDに、自分たちが利用するカラオケの部屋番号を伝えておく。

「安藤さん、置いてくよー?」

「待ってください、今行きます」

 視線を切り、美優は絵里香たちの元へ向かう。



 J-POP、洋楽にアニソンと、全員が思い思いに数曲ずつ歌った後。

「いやー、安藤さんってば、歌も上手いんだねー」

 絵里香が感心したようにベタ褒めした。

 カラオケマシンの採点システムでは、四人の中で美優がダントツの一位。しかも、百点満点である。

「ホントそれな。満点とか初めて見た。いっそのこと、学園祭当日に舞台で歌ってみるとかどうよ?」

「……良いアイデアだけど、脚本の変更は色々な意味でギリギリ……」

「いや、流石にちょっと恥ずかしいですね」

 謙遜する美優。流石にこの提案には難色を示した。

 ガイノイドである美優は、あらゆる楽曲を瞬時にネット検索でマスターし、歌詞も曲調も完璧に把握して歌える。人工声帯を調節すれば、声真似どころか本人の声すらもコピーできるのだ。

 そのため、歌が好きで真面目に努力している人間に対して申し訳なさを感じる。『生まれ持った才能』どころか、『生まれる前から与えられた機能』は流石に不公平という話ではない。

「勿体ないな~。それじゃあ、ここでちょっと恋バナでもする?」と智子。

 唐突に話の内容が女子会らしくなった。

「いいですね」と美優が食い付く。

 女子会の王道に少し憧れていたのだ。

 参考までに、現役女子高生の恋愛事情などを仕入れておきたい。

「では私から。皆さんは彼氏とか居るんですか?」

「「「居ないけど」」」

 参考以前の問題だった。

「この話題は二秒で終了ですね」

「そういう安藤さんは、クロガネさんとどこまでの関係なのさ?」

「えっ、関係って……ここは彼氏が居るかどうかの質問じゃないんですか?」

「編入初日から『彼氏は居ないけど心に決めた人が居る』って、噂で聞いたよ」

「初日から⁉」

 確かにそう言ったが、拡散が早い。三人とも違うクラスの筈なのに。

「で、実際の所どうなのさ?」

「心に決めた人ってクロガネさんなんでしょ? ほれほれ、ゲロって楽になっちまいなよ、お嬢さん」

「……気になる」

 同級生の恋愛事情に興味津々なのは共通認識のようだ。

 三人に迫られ、やむなく白状する。

「……ええ、そうですよ。私はクロガネさんが好きです」

『ヒューッ!』

 と、三人ははやし立てる。

「で、今どこまでの関係なの?」と絵里香。

「どこまでって、普通に探偵とその助手ですよ。あとは家主と居候の関係でしょうか? あ、妹か娘のように大事にしてくれる保護者みたいな感じでもありますね」

「何だ、その口から砂糖が吐き出るような甘々な話かと思いきや、味がないトロミみたいな話は? 私の期待を返してよ」

「無理を言わないでください。ちなみに、口から出るトロミはただのヨダレですよ」

 智子の要求を冷静に返す。

「……でも本当に良い人だよね、クロガネさん……」

 亜依の発言に、絵里香と智子が同意する。

「それな。トラブルメーカーの話題が多いから怖い人かと思ったけど、実際に会ってみたら真面目で優しいし」

「私達を手伝ってくれる辺り、面倒見も良いよね。おまけに結構カッコイイし」

「いや~、それほどでも」

「何で安藤さんが照れるのさ?」

「身内を褒められて悪い気なんてしませんよ。むしろ誇らしいです」

「ふ~ん……じゃあ、私が彼女候補に立候補しても良い?」

「それは絶対ダメです」

 智子の冗談に、ぴしゃりと真顔で即答する美優。

「……目が怖いよ……」亜依が怯える。

「安藤さんは、クロガネさんと恋人になりたかったりする?」

「それは、まぁ……」

 絵里香の問いに、曖昧に頷く。

 美優としては恋人以上の関係を求めているのだが、どこかクロガネは距離を置いているため、もどかしく感じている。

「じゃあ学園祭までに、私達が二人の関係を良い感じにしてあげよう」

「は、はい? 一体何を……」

 智子の唐突な提案に戸惑う。

「お互いが意識するように、ちょいちょい二人っきりになる時間を作ったりとか」

「すでに一緒に住んでますし、二人きりの時間は割とありますよ」

「……そういえば、同棲してたね。やだ、同棲ってちょっとエッチな響きしない?」

「そんな同意を求められても困ります。せめて同居と言ってくれません?」

 美優の意見に「同じだよ」と絵里香のツッコミが入る。

「それじゃあ、ここはベタに手作りのお弁当を作って、胃袋を掴んでみるとか」

「すでに掴まれてますね、私が」

 それを聞いた絵里香と亜依は、

「そういえば、クロガネさんが手作りのお菓子を差し入れて来たことがあったね」

「……うん、美味しかった……」

「なんてこったッ! すでに私達の胃袋が掴まれてたッ!」

 頭を抱えて大袈裟にのけ反る智子。

「あの、そんなお気遣い……いえ、余計なお世話は結構ですから」

「余計なお世話ってわざわざ言い直したよ!? 安藤さんが意外と辛辣ッ!」

「……いや、正論でしょ……」

「亜依ちゃんまでっ。こんな面白いネタを見逃す理由はないでしょっ」

「面白いネタって言っちゃったよ、この子……。まぁ、解らないでもないけど」

 呆れつつも絵里香は智子に同意する。いつの時代、華の女子高生にとって恋愛に関する話題は憧れであり、大好物なのである。

「というか、友達が目の前で恋人とイチャイチャするのは逆にムカつかないの?」

「え? ムカつくけど? リア充爆発しろってSNSに呟くくらいには」

 絵里香の問いに、智子はさらりとそう答えた。

「矛盾してません?」と美優。

 ガールズトークは、時に突拍子もなく会話の中身が飛ぶことがあると知ってはいたが、実際に目の当たりにすると戸惑う。

「いや、私が見たいのは、まだ恋人未満の男女がお互いに意識しつつも関係がなかなか進展しないラブコメ的なもどかしさを感じさせるような甘酸っぱい青春あふれる過程だけなんだよ。それを見てえつっていたい」

「……長いよ……」

 亜依のもっともなツッコミを入れる一方で、美優は真剣な表情で考え込む。

「恋人になるというゴールに至るまでの過程……それが、青春……」

「いや安藤さん、間違ってはいないだろうけど真に受けないでね。智子が勝手に悪ノリしてるだけだから」

「ぐっへっへっ」

「……笑い方がキモイ……」


 その後も、何だかんだで美優にとって初めての女子会は、大いに盛り上がった。

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