第39話   化け物

 突然、カルロに天罰が降りた。

 連邦軍と帝国軍が惑星レボルグ周辺で熾烈な砲撃戦を展開しているというのに、突撃艦コンコルディアの艦長室で仮眠と称して食後の昼寝を決め込んでいたからだ。

 寝具の頭上に設置されている呼び出しベルが鳴り響き、反射的に体を起こすとアイマスク代わりに乗せていた軍帽が飛び跳ねる。

 「艦長。緊急伝です」

 天井のスピーカから副長の声が降り注ぐ。

 「なんだ。敵襲か」

 警報音も無く、照明も通常時のままなので、敵襲ではないと分かっているが一応確認。

 「イラストリアよりの暗号を入電。緊急です」

 「解読してこちらに回せ」

 この期に及んでまで、横着をしようとしたが上がそれを許さない。

 「情報レベルH7 解読には艦長のコードが必用です」

 「わかった」

 カルロは枕元の冷めたコーヒーを流し込み、軍帽を被り直すと艦長室を出た。


 「どこのどいつだ。ささやかな仮眠を邪魔しよって」 

 文句を呟きながら艦橋に入る。

 艦長席に着くや掌を専用のコンソールに乗せた。

 「コード承認。解読しろ」

 「アイサー。暗号解読。メインモニター出ます」

 正面のメインモニターに戦域図が表示された。

 カルロは大儀そうにモニターに映し出された情報を読み解く。

 「なになに・・・・・・・なんだこれは」

 「艦長。どういう事でしょうか」

 ドルフィン大尉もカルロと同じように首をかしげた。

 「これだけでは、分からん。次を出せ」

 「以上です」

 「以上って、これだけでは何のことか分からんぞ。どこから回ってきた情報だ」

 「アウストレシア方面軍司令部からでありますが、出どころは・・・・・・」

 「レボルグの防衛部隊からか」

 「恐らく」

 メインモニターに映し出されたのは、惑星レボルグ周辺から撤退していく帝国艦隊の機動図であった。

 司令部も余程、余裕が無かったのか、情報の解析もそれに付随する命令文もなく。只々、現状の情報を送ってきたようだ。

 「どうするんだ。作戦は中止か。続行か」 

 現在、コンコルディアは第13航空打撃群の指揮下で帝国軍の後方線に向かって進撃している。

 この情報が正しいのであれば、カルロの前には撤退中の帝国艦隊主力がいることになってしまう。

 このまま接敵すれば部隊は一瞬で蒸発だ。

 「イラストリアからの指示は」

 「ありません」

 「だろうな。進むか、退くか、留まるか、それが問題だ」 

 カルロの言葉に艦橋内でもクルー同士が言葉を交わし始めた。

 「しかし、レボルグの防衛には成功してたようです。よかったですね」

 「代りに我々の前に展開されちゃ、たまらんがな」

 防衛に成功した事は喜ばしいが、機動図を見る限り帝国艦隊は整然と後退している。レボルグの守備隊が打ち破ったという訳ではなさそうだ。

 そうなると、第13航空打撃群は組織だった大軍と鉢合わせになってしまう。

 敵補給線で警備用の二線級部隊と交戦するのと、損傷しているとはいえ主力艦隊と交戦するのは生きるか死ぬかの違いだ。

 「艦長。ムーアから入電です」

 「繋げ」

 メインモニターにロンバッハ艦長が映し出された。

 「このまま前進という事にはならないでしょうね」

 いつも通り挨拶も無しに話を切り出す。

 「司令部が突撃ラッパを吹かなければな」

 司令部から作戦の停止命令が無くとも、この状況では現場の判断で前進を止めても命令違反にはならないだろう。むしろ、その判断のためにこの情報が送られたとみるべきだ。

 「準備すべきです」

 「何を? 」

 長い付き合いだ。ロンバッハが何を言いたいのか直感的にわかるが惚けて見せる。

 「我々が先行偵察すべきでしょう」

 「空母には偵察機もあるぞ。偵察巡洋艦も」

 偵察専用の機材を装備しているのは主にこの二つだ。

 「偵察機は足が遅い。短い。空母の存在が暴露される。偵察巡洋艦は艦隊直衛です。どちらも使えません」

 立て続けに欠点を指摘する。

 「だから我々が、敵主力艦隊に対して先行偵察か。勇ましいことだ」

 カルロは肩をすくめて見せたがロンバッハは動じなかった。

 「我々が最適です」

 「了解だ。具申しよう。イラストリアに繋げ」

 作戦を中止しないのであれば、ロンバッハの意見は最適解と言えた。

 

 画面に現れたカシマ大佐は、苦虫を噛み潰したような顔でカルロの上申を聞いた。

 「許可はできん」

 「では、どうしましょう。このまま前進いたしますか。それとも後退」

 「検討中だ」

 「本隊は、ここに留まるが、一時後退すべきかと。我々が見てきましょう」

 「危険度が無視できん」

 「おおよその位置だけでも確認しましょう。機動図では確かに帝国艦隊は撤退していますが、欺瞞情報の恐れもあります」

 「ふん」

 言われなくともわかっとると、カシマ大佐の顔は物語っている。

 「なに、外延部の部隊にちょっかい掛けるて、敵さんの出方を見るだけです。後の解析は司令部にお任せします」

 「四隻で何ができる」

 「いくらでもやり様は」

 「具体案は無しか」

 大佐は呆れたように頭を振る。

 「我々が全力で逃げれば、早々に追いつかれることはありません。撤退中でしたら、深追いもしないでしょう」

 「撤退行動が欺瞞であったら」

 「それなら、追いかけてくる連中も少数です。なんとでも」

 「随分いい加減な作戦だな」

 「はい。今しがた思いつきましたので」

 この短時間で詳細な作戦案など出るはずもない。

 「いつもそうなのか」

 「緊急時は」

 カルロの返答に大佐は目を閉じて考え込んだ。

 「いいだろう。第54戦隊は速やかに前進し、状況を探れ」

 「アイサー」

 「ただし。てめえらの後ろにはバンガードを付ける。警護の駆逐艦もだ。そんな嫌そうな顔をするな。貴様らのやることに口は出さねぇよ。敵に追撃されたらその弾幕に隠れろって言ってんだ」

 「いえ。バンガードを動かすと、本隊の索敵能力が低下します。危険です」

 巡洋艦バンガードは偵察型に特化した艦だ。普段は第13航空打撃群右翼に展開している広域索敵の要の艦であった。この艦を動かすと本隊の防衛力が低下してしまう。ロンバッハが一顧だにせず却下した案であった。

 「もう一隻残っとる。貴様らよりは安全だ」

 「ご配慮感謝いたします」

 「データリンクを途切れさせるな」

 「アイサー」


 部隊の最後尾を進んでいた、第54戦隊の四隻は二手に分かれて僚艦を追い抜く。

 猟犬が解き放たれたのだ。

 その後ろを二隻の駆逐艦に護衛された偵察巡洋艦バンガードが続いた。

 上申が許可されるとカルロは配下の艦と回線を繋ぎ命令を伝えた。

 「何か意見のあるものは」

 「武人の本懐であります」

 カルロの質問にイントルーダのアルトリア艦長が背筋を伸ばして答えた。

 「いや、そうではなく。作戦案だ。何かないか」

 「司令に案が無いのなら、教範通りでいいでしょう」

 無策なカルロにロンバッハが常識論を上げた。

 「そうだね。状況不明の場合は小細工せずにセオリー通りで行こう」

 「よし。セオリー通りやるか」

 ロンバッハとナイジェルの答えに同意した。

 「全艦、突撃態勢。取りあえず敵の後方線を突っ切るぞ」

 「「「アイサー」」」

 突撃艦乗り以外が聞いたら、頭がおかしいと思われる命令であったが、彼らは皆、突撃艦乗り。誰一人疑問を浮かべなかった。敵に当たって砕くのが突撃艦乗りのセオリーだ。


 本隊に先行して二日目。

 第54戦隊は帝国軍の補給線が走っていると思われる宙域に到着した。

 「警戒を厳とせよ。衛星とのリンクはどうだ」

 「オールグリーン。反応ありません」

 副長の報告に眉をひそめる。

 「そろそろ何かの反応があるはずだがな。それとも進路を変えたか」

 「しかし、この宙域は空間が不安定です。選べる進路は少ないはずです」

 「なら、なぜ何もいない」

 予想していた接敵ポイントには帝国軍の艦影は見当たらなかった。時折、輸送船らしき小規模な船団の艦影が探知される程度で、帝国軍の主力部隊は影も形もない。

 「小官に言われましても」

 ドルフィン大尉が肩をすくめて見せた。

 「変光星のエネルギーが入り乱れて、索敵範囲が狭いな。敵に発見されにくいが、こちらも同じという訳か」

 「はい。どういたしますか」

 「こっちから言い出したんだ。見つけるまでは帰れんだろう」

 「次の角を曲がってみれば目の前、という事も考えられますが」

 「運命的な瞬間だな。笑えんぞ」

 「艦長。よろしいでしょうか」

 二人の会話にフィーザのオペレータが声を掛ける。

 「おう。何か見つけたか」

 「いえ。敵艦の反応ではありませんが、気になる反応がありまして」

 「焦らすじゃないか。システムは何と言っている」

 「太陽フレアの一種と判断しています」

 得られたデータは艦の中央システムで一括で解析される。

 「それの何が問題なんだ。こんなに力場が入り乱れてるんだ。フレアの一つや二つおかしくないだろう」

 ドルフィン大尉が問いかける。

 「そうなんですが、そのフレアに人工物と思われる反応が時折混じります。あっ、またです」

 オペレータがフィーザの設定を変更し確認作業に入った。

 「太陽フレアに人工物反応か。奴ら燃えない船でも開発したかな」

 カルロがつまらない冗談を口にした。

 「そんなわけないでしょう。詳しく解析できるか」

 「もう少し近づいていただければ」

 「よし。方位を報せ。進路を変更するぞ」

 「アイサー」

 コンコルディアはフィーザの反応に応じてこまめに進路を変えて前進した。

 膨張しきった変光星を越えた時。警報音が一斉に鳴り響いた。

 「大規模重力反応を探知。IFFに反応なし」

 パネルに現れたデータを確認したオペレータが報告を上げる。

 「全艦、第一種戦闘態勢発令」

 「アイサー。第一種戦闘態勢。各艦に通達します」

 「見つけたな。主力か」

 カルロはメインモニターに表示されたデータを睨みつける。

 「反応出力なおも増大。何かの集合体と思われます。少なくとも艦ではありません」

 「艦でなければなんだ。前進基地か」

 オペレータが素早くパネルを操作して返答する。

 「分かりません。ライブラリーに該当データなし。目標は移動しています。推定進路834、基地ではありません」

 「大きさは」

 「概算で全長20㎞」

 オペレータの報告に艦橋内は騒然となる。

 「20㎞だ? 間違いないか」

 大型の正規空母イラストリアですら全長1㎞も無いというのに。其の20倍だ。

 「はい。レボルグ方面に向かって前進しています」

 「何でしょう。移動型の要塞か何かでしょうか」

 「まさかな。話には聞くが、トリニダーゴ戦線でもお目にかからん代物だぞ。こんな田舎にまで引っ張ってきたってのか」

 「しかし、ライブラリーに該当データが存在しない巨大移動物体は他には」

 「映像に出せるか」

 「この距離では無理です」

 オペレータは首を振る。光学撮影できる距離ではなかった。

 「主力艦隊を探しに来たら、とんだ化け物とご対面か」

 「どうしますか」

 「一時後退しバンガードと合流する。全艦。進路変更438」

 「アイサー。進路変更438」

 コンコルディアは来た道を引き返す。予想外の化け物との遭遇に安全を優先した。デカブツの護衛部隊に発見されたら面倒なことになる。


 データリンクを回復させイラストリアとの交信が復活すると、コンコルディアの得たデータに驚かない者はいなかった。最前線のカルロやカシマも驚いたが、後方のアウストレシア方面軍司令部の驚きはそれをはるかに上回っていた。

 「移動要塞? 間違いないのか。このデータでは不足だ」

 「そんな事よりも、帝国艦隊主力はどこなんだ。どこに消えた」

 「移動型の補給基地ではないのか、そこで補給して再度侵攻するのでは」

 カルロが報告したポイントは司令部が帝国艦隊の撤退予想進路のど真ん中であった。

 そこに、帝国艦隊主力が展開していれば問題なかったのだが、報告されたのは正体不明の大型移動物体のデータのみ。肝心の艦隊主力を見失ったままであった。

 「偵察隊からの報告は」

 「敵水雷戦隊に進路を阻まれ、前進できません」

 レボルグからも突撃艦を中心に編成された偵察部隊がいくつも送り出されていたが、芳しい成果を得られていない。帝国軍は戦艦や巡洋艦などの戦列艦を撤退させたが、代りに小規模の水雷戦隊を広範囲に展開し、レボルグの連絡線を圧迫し始める。既に何隻かの輸送船が消息不明になっていた。

 「最悪の事態だが。迂回進撃が考えられる」

 「しかし、この星を見過ごして、前進するだろうか」

 「現にしている。補給線が圧迫されているのが証拠だ。補給線確保に部隊を出すべきだ」

 紛糾する議論の中で、過激な意見が飛び出した。

 「今、一番敵に近いのは、第13航空打撃群だ。彼らに威力偵察を命じては」

 参謀の一人がそう提案すると、それまで話していた者たちは一斉に口をつぐんだ。

 「巨大構造物の概要が明らかになれば、帝国の意図も明らかになるだろう」

 「それは、あまりに酷な作戦だ。もし、補給型の移動要塞だった場合。敵主力と鉢合わせになる。第13は文字通り全滅する」

 「そうだ。しかも彼らは、ナビリアからの支援艦隊だぞ。それを、我々の都合で全滅させたとあっては、どう申し開きするつもりだ」

 「今、優先すべきは敵主力艦隊の動向だ。レボルグからも支援部隊を出して掩護すればよい」

 「半端な数では、両方全滅だ。大規模な部隊になるぞ」

 「致し方あるまい。幸い。こちらの巡洋戦隊には余裕がある」

 「損傷率8.8% 何だぞ。そんな余裕があるか」

 「一番軽微ではないか」

 戦略予備とされていた巡洋艦の損害は、他の艦艇に比べれば確かに軽微であった。

 「レボルグの防衛はどうなる。要塞砲の損傷は激しいのだ。防衛艦隊に大きな損傷が出た場合防衛線が一気に崩壊する」

 「第4親衛艦隊が来援している。彼らの到着まで持てばいい」

 「暴論だ」

 「いや、正論だ」

 双方の意見に妥当性があるため結論が出ない。

 「ともかく、この移動物体が何なのかをはっきりさせよう。話はそれからだ。第13には何とか偵察してもらうしかない」

 主席参謀が先走った議論に待ったを掛けた。

 「アイサー。第13航空打撃群に対して、目標物の確認を優先させます」

 アウストレシア方面軍司令部は巨大物体への再度の接近を下命した。


 カルロはその命令をバンガード経由で受け取った。

 「んなこと、一々言われなくてもやっとるわい。おい。衛星の状況は」

 受け取った命令に悪態をつく。

 「駄目ですね。妨害衛星が撒かれているようです。排除しないことにはこの距離からの探知は難しいです」

 安全性を第一に探知衛星による索敵を行っていたが、帝国側も対応してくる。目標は輸送船程度のゆっくりとした速度でレボルグ方面に前進していることだけしか判明していない。

 「バンガードに前進してもらうしかないか」

 「はい」

 高性能な各種偵察機器を搭載しているのだ。ここが彼らの働き場所だ。

 「艦長。バンガードから前進信号です。進路184」

 バンガードの艦長もカルロと同じ結論に至ったようだ。こうなったらバンガードの指揮下で何とかデカブツの尻尾を掴むしかない。

 「了解。進路184.半速前進。全艦、バンガードの前方に展開せよ」

 前進を開始したバンガードの露払いの位置に四隻のエスペラント級が展開する。

 巨大移動物体の正体と帝国艦隊主力の位置はいまだ不明のままだった。



                    続く

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突撃艦コンコルディア 加藤 良介 @sinkurea54

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