第13話   雪原

 ニルド沖海戦の結果、タシケント軍は撤退し、惑星ニルドの軌道上は連邦軍に制圧された。


 制空権を確保した連邦軍は、一週間に渡る高高度爆撃を繰り返し反乱軍の拠点を攻撃した。抵抗力が衰えると後方で待機していた陸上戦力を次々に降下させ、主だった都市は制圧された。


 連邦艦隊司令部は組織立った抵抗は終結したと判断し、増援部隊として派遣された親衛艦隊所属の分遣隊はそれぞれの所属艦隊に戻っていった。




 カルロ達、第54戦隊は、揚陸艦の護衛や周辺宙域の哨戒任務を行なっていた。


 「艦長。司令部より入電」


 割り当てられた哨戒任務が終了し、ニルドの前線基地に戻ったタイミングであった。


 これから、コンコルディアはメンテナンス期間に入る。


 内容を確認すると、僚艦ムーアのロンバッハ艦長を呼び出す。


 「司令部からご指名だ。ニルド首脳との連絡武官だそうだ」


 「誰が」


 「君が」


 「なぜ」


 「さぁ」


 ロンバッハは不満そうにため息をついた。


 「軍大学で参謀課程を履修しているからな。こんな任務もあるだろう」


 突撃艦の艦長は「車引き」と、呼ばれる叩き上げと、軍大学で参謀教育を履修したエリートに分かれる。


 軍大学出身者は、参謀将校としての任務も多い。


 「期間は。いつまでも艦を空けていられません」


 「期間は特に、指定は無いな」


 指令文を確認する。


 「期間に関して、確認します」


 「いや、こちらで、確認しておく」


 「お願いします。しかし、なぜ小官が。タシケントの逆撃の可能性は少ないですが、威力偵察を行なってくる可能性はあります」


 先日のニルド沖海戦で、タシケントの艦隊は大きな被害が出ているが、連邦側も損害と増援部隊の帰還で、戦力を減らしている。ここで戦闘部隊の将校を外すと、いざというとき動きが鈍る。ロンバッハの懸念はもっともだ。


 「正式な担当が決まるまでの繋ぎじゃないか」


 カルロは適当な予測を立てた。


 「ああっ。そうだ。判ったぞ」


 手を打って見せる。


 「恐らく、貴官の担当は、公女殿下だ。顔見知りだしな」


 「なるほど、それなら納得いたしました」


 思ったより満足そうに頷く。


 「それも含めて、確認しておくから、準備よろしく」


 「了解」




 「連絡武官を拝命いたしました。アデレシア・ラ・ロンバッハ少佐であります」


 「お久しぶりです。ロンバッハ艦長」


 カルロの予想通り、ソフィア公女殿下の担当だった。


 「呼び捨てで、お願いします」


 「そうですか。ではわたくしのことは、ソフィアとお呼びください、その代わりも、わたくしも貴方のことをアデレシアと呼びます」


 思いがけない要望に、たじろくが、ここで反発するわけにもいかない。


 「了解いたしました。ソフィア」


 「実は、連邦軍に無理を言って、アデレシアに来て頂いたのです」


 そう言ってソフィア微笑んだ。


 ロンバッハの背筋に緊張が走る。通例なら連絡武官は、ニルド出身者が行なうべきだが、先の護衛任務では、そのニルド人から襲われた。背後関係は未だ知らされていないが、問題は解決していないのだろう。


 簡単には済まない任務のようだ。


 無意識に、腰のホルスターを確認する。突撃艦乗りの商売道具は艦だ。拳銃の射撃訓練など、一ヶ月に一回有るか無いの頻度だ。前回、訓練したのはいつだったか。


 「大丈夫ですよ。アデレシア。護衛の方は信頼できる人たちですから」


 ロンバッハの仕草に、ソフィアは微笑んだ。


 内心の動揺を見透かされ、赤面する。


 「失礼いたしました」


 「では。参りましょう」


 「はい。で、どちらに」


 「もちろん、ニルドです。アデレシアにわたくしの故郷を紹介させてください」




 「なんで、特務なんですか。地上戦も粗方終わって、せっかく休暇が一緒になると思ったのに」


 「連絡武官なんて、ただでさえ鬱陶しいだろうから、女性で顔見知りの彼女が、選ばれたのだろう」


 「そんな、当たり前の、答えが聞きたいんじゃない」


 「どないせっちゅうんじゃ」


 「うっさい。バカ。わざわざ軌道に上がってきたのに、アディーだけ仕事だなんて。なんでぇ」


 前線基地の士官用バーで機動部隊のパイロット、クアン・エイシ中尉は、カルロに絡む。


 ただでさえ、上官に対して口の利き方がなっていない中尉は、酒が入ると憲兵隊に、しょっ引かれるレベルで悪くなる。


 カルロは一切気にしないが。


 「中尉。仮にも上官に対し、バカとは」


 その代わりに、気にする人物がいる。


 「ああっ。アルトリア艦長、大丈夫。酔っ払いに、何言っても覚えていないから」


 「しかし」


 連邦軍、特に艦隊勤務は酔っ払いに比較的寛容だ。かつては酒気帯びで艦を操艦した豪傑もいたらしい。流石に今なら一発で解任されるが、この程度なら笑って済ますのが流儀だ。


 「バルバリーゴ艦長が代わりに行ってくれれば、良かったのに」


 それをいいことにさらに悪態をついた。


 「二人はとっても、仲良し。がっかりしてるのだろう」


 「それは、判りますが、バルバリーゴ艦長に当たるのは」


 「いいんだよ。これが、中尉のキャラだから」


 「ほんと。いいキャラしてるよね。流石、命知らずの機動部隊、気風かいいね」


 ナイジェルがクアン・エイシ中尉のグラスにビールを注いでやる。


 「ナイジェル艦長、認めないでください」


 「まぁまぁ。仕事も終わったし。大目に見てよ」


 今度はアルトリアのグラスに注ぐ。さっさと酔っ払わせることにした。


 「わかりました。就労時間外では野暮ですね」


 いまいち納得していないが、とりあえず怒りを引っ込めた。


 アルトリアがビールを一気に飲み干すと、カルロの右耳に装着した端末にコールが入った。


 「はい。バルバリーゴ」


 手を耳に添えると、カルロは目で合図を送り席を立った。


 「カルロか、今、周りに誰かいるか」


 通信は、ベッサリオン大佐からであった。


 「周りですか。戦隊の連中と飲んでますが」


 「そうか、聞かれないようにしろ。緊急だ」


 切迫した声に眉をひそめる。


 「大丈夫ですよ。どうぞ」


 「公女殿下の乗ったシャトルが攻撃された」




 ロンバッハは降下用シャトルに乗り込んだ。どこにでも有る民間機だ。


 「エレベータは使わないのですか」


 「会合のある冬の離宮は、エレベータから離れています。シャトルの方が早いのです」 


 隣のシートにソフィアが座った。


 30分もあれば到着できるらしい。


 ロンバッハは腕時計を確認する。軍で支給されるものではなく、プライベート用のアナログ時計だった。


 「降下。開始時間です」


 アナウンスが流れシャトルが出発した。




 ベッサリオンの言葉に、心臓を鷲掴みされたような衝撃が走る。


 「で、乗組員は」


 声が震えた。


 「公女殿下の生体反応は確認できているが、それ以外の詳細は不明だ」


 「何だって、今更攻撃が、地上は制圧したのでは」


 「詳細は不明だ」


 「どこです。どこに落ちたのです」


 「北半球の森林地帯だ。救助部隊が向かっている」


 「どこからです」


 「ここからだ。第162揚陸中隊が向かっている」


 「詳しい場所は、わかりますか」


 「情報統制がはじまっている。さすがに、そこまで教えられん。ともかく貴様は戦隊を」


 「了解」


 「あっ。おい」


 ベッサリオンが止める間もなく、通信を切る。


 「コンコルディア。応答しろ」


 「こちら、コンコルディア。どうぞ」


 留守番のオペレーターが応答する。


 「フィーザを起動しろ。大至急」


 「アイサー。しばし、お待ちを」


 入港しているコンコルディアは、当然、待機状態だ。


 待っている間にポケットから錠剤を取り出して噛み砕いた。アルコール分解を促進する酵素が入っている。


 一気に体が冷えていくが気にしていられない。


 「フィーザ。起動しました」


 「北半球に降下中の揚陸艦を探知しマークしろ」


 「ここからですか」


 「そうだ」


 「艦長。障害物が多すぎます」


 整備ドッグの中から、どれほどことが出来るのか。


 「やれ」


 「アイサー」


 カルロの剣幕に押される。


 「バルバリーゴ艦長。どうしました」


 トイレから出てきた、ナイジェル艦長が声を掛けてきた。


 「いや。なんでもない」


 「いやいや。どんなバカな警官でも職質するレベルで挙動不審です」


 しばらく、ナイジェルを睨み付けるが。


 「ナイジェル艦長。仮に貴官が、今この瞬間、惑星降下中の友軍を補足するにはどうする」


 「随分と藪から棒ですね。そうさね。イージスコントロールか、いや、整備中は難しいか。他には民間の管制システムにアクセスするか」


 「民間のシステムに?そんなこと出来るのか」


 「軍のラインで無理矢理ですけどね。昔やらかしまして」


 笑うナイジェルの胸倉を掴む。


 「頼めるか」


 「頼む態度ではないですけどね」


 「すまん」


 離した手は震えていた。


 「何が起きたんです。地上で武装蜂起でも起こったので」


 「後で説明する。コンコルディア。フィーザでの探知を終了。これからナイジェル艦長の指示に従い、先の命令を実行せよ」


 ナイジェル艦長にアクセス用のコールサインを送る。


 しかし、場所を特定してどうしようというのか。決まっている救助だ。どうやって、コンコルディアは整備中で動かない。そもそも、突撃艦に大気圏突入の機能は付いていない。突っ込めば大気圏に弾き飛ばされるか、燃え尽きるかの二者択一。


 降下できる船が必要だ。そんなものがどこにある。あったとしてどう使う。大気圏への突入などやったことは無い。操縦自体は自動だが、そこまで持っていくのは人力だ。


 船と権限と技能が無い。あるのは。


 カルロの視線の先にテーブルに突っ伏したクアン・エイシ中尉が写る。もしかして。


 「中尉。聞きたいことがあるのだが」


 「なんですかぁ」


 「大気圏への突入は出来るか」


 「大気圏に突入ぅ。あっ、バカにしてるんですか。出来るに決まってるじゃないですか、どうやって揚陸艦を護衛したと思ってるんです。私の中隊が第一陣だったんですよ。もう、対空砲火が酷くて。空爆で全然排除できて うぁ」


 カルロは最後まで言わせない。


 「素晴らしい。お前さんが大好きなアディーに会いに行こう」


 「はぁえ」


 「どうしました」


 カルロの態度の豹変にアルトリアは戸惑った。


 「ここだけの話だ。他言無用だ」


 「了解」


 「りょーかい」


 「先ほど公女殿下の搭乗したシャトルが攻撃を受け、墜落した模様だ。それ以外の詳細は不明」


 クアン・エイシ中尉がゆっくりと首を上げた。


 瞳を限界まで見開いて、親の敵を見る形相だ。


 立ち上がり、走り出そうとするのをアルトリアが抑えた。


 「離して」


 「落ち着きなさい。貴方が動いてどうするのです。救助部隊に任せるのです」


 「落ち着いていられるか、地上の制圧は都市部とその、周辺だけだ」


 「そうなの」


 「当たり前だ。一週間やそこらで、地上の制圧なんて終わらない」


 「聞いてない。そんな話」


 「常識で考えたらわかる」


 言い争う二人に酔い覚ましの錠剤を渡す。


 「取り合えず、それを飲んでくれ。クアン・エイシ中尉に頼みがある」




 気が付くと、突き抜けるような青空だった。


 何が起こったか思い出そうとするが、頭が動かない。特に痛みは感じられない。


 とにかく起き上がろう。


 ロンバッハは体を起こすと、現実が飛び込んできた。


 木々のまばらな雪原の上にシャトルは墜落していた。ロンバッハからは1Km以上離れているだろう。




 シャトルが出発してから適当にソフィアとお喋りしていると、着陸へのアプローチに入ったとアナウンスが流れる。


 展望用の窓からは、下を見ると雲の切れ間から、陽光を浴びて光り輝く白い世界が広がっていた。


 「綺麗」


 ロンバッハは呟いた。


 「そうでしょう。このあたりは保養地として人気が高いのです」


 嬉しそうなソフィアの言葉が終わると、衝撃がシャトルを包んだ。反射的にソフィアを庇うように抱きしめた。そこから記憶が無い。


 「攻撃された。のか」


 よく生きていたな。途中で機外に放り出されたのだろう。


 改めて自分の体を確認する。手はある、足も付いている。出血は。あちこち触ってみるが、特に手に付かない。まだ安心は出来ないが、取り合えず生存に問題は無いらしい。


  ともかくシャトルに向かい、救助を待たなくては。


 歩き出そうとすると行く手に、金色の何かが広がっていた。


 「ソフィア殿下」


 膝まで沈む雪を掻き分け、公女を抱きかかえる。


 公女の金髪を掻き分けて、口元に耳を付ける。


 「良かった。息はある。殿下。殿下。ソフィア」


 頬を叩いて呼びかけた。


 「うっ。ロンバッハ艦長」


 「そうです。私が見えますね」


 ソフィアが頷いた。


 「痛い所はありますか」


 話しかけながら、ソフィアの身体を触る。


 深い雪が、二人の身体を守ったらしい。目立った外傷は無かった。


 「何が起こったのですか」


 「シャトルが墜落しました。事故か攻撃か、現状では判断できません。移動します。立てますか」


 とにかく救助が来るまで、体力を温存しなくては。ロンバッハはソフィアを立ち上がらせた。


 幸い見た目ほど気温は低くない。快晴なのもありがたい。




 「自分は反対です。救助部隊に任せるべきです」


 アルトリアが必死に訴える。


 「だったら。付いてこなくていいですよ」


 クアン・エイシ中尉は、降下用偵察型スペンサーの操縦システムをチェックしながら、そっけなく答える。


 「そうだ。これは任務ではない。貴官は残って、ナイジェル艦長と共に戦隊を統括してくれ」


 シートベルトを掛けながらカルロはアルトリアに答える。


 「しかし。下手すれば脱走罪です。銃殺されます」


 「問題ないよ。偵察任務の途中で偶然、墜落現場に出くわす予定だから」


 中尉が、しれっと、答える。


 「そういうことだ。人員コンテナのチェックは」


 「オールグリーン。狭いけどそれは、我慢してもらいます」


 後部のコンテナには、医療とサバイバルのキット、そしてコンコルディアとムーアから志願したクルーが完全武装で10名搭乗している。


 救助要員を募集すると、両艦から志願者が殺到した。とくにムーアの志願者が必死に訴えかけるので、当初半々の人数を予定したが、ムーアから7名コンコルディアから3名となった。


 「人望があるな。あいつは」


 「当たり前でしょう。アディーは優しい。んでもって可愛い」


 「部下に優しいとは見えなかったが」


 「小官の話を聞いてください」


 「付いてこないなら、機体から離れて」


 すさまじい剣幕で怒鳴る。


 「判りました。艦長一人で行かせる訳には行きません」


 「いや。一人ではないんだが」


 「小官も救助に向かいます。待ってください。パイロットスーツを」


 クアン・エイシ中尉は部下に目配せをした。


 「40秒で支度しな」


 連邦軍に古くから伝わる慣用句が飛び出した。


 それを聞いたカルロは軽く笑う。早く大笑いできる心持に戻りたいものだ。


 「偉そうに」


 一睨みすると、アルトリアは走り出した。


 「すまんな」


 「かまいません。正直。私では救助の人手までは集められません。バルバリーゴ艦長の力は必要でした」


 「お互い様だな」


 スペンサーはエンジンの暖機運転に入った。




 「ソフィア伏せて」


 針葉樹の陰に身を伏せる。幸いソフィアの衣装は白基調であったので、雪原に溶け込みやすい。ロンバッハの連邦軍の軍装はグリーン基調。木々に隠れるのが基本だ。


 「アデレシア。救助の人ではないのですか」


 「判りません。しかし、現れるのが早すぎる気がします。安全が確認されるまでは、動かないで」


 「判りました」


 視線の先に、冬季迷彩の武装兵が、シャトルを捜索していた。


 白一色の冬季迷彩では遠目に、所属がわからない。最悪、反乱軍の残党の可能性がある。いや、一番の可能性だ。迂闊に出て行けない。


 二人はタイミングを見計らって、移動を開始した。


 一時間ほど進むと小川に差し掛かる。


 「ソフィア。私に負ぶさってください」


 「どうしたのですか。わたくしはまだ歩けます」


 「ここから、この小川の中を進みます」


 「どうして、わざわざ川の中を」


 「足跡を消すためです」


 ソフィアは振り返る、雪原に二人の足跡が続いている。


 「この程度では、本格的に撒くには足りませんが、やらないよりましです。幸い浅いです」


 笑って見せた。


 ソフィアは戸惑っていたが意を決して、負ぶさることにした。


 「しっかり捕まってください」


 「重くありませんか」


 「大丈夫ですよ。救護訓練では女でも男性を運ばされますから」


 ロンバッハは小川を上流に向かって進む。


 「男の人を運ぶのですか」


 「そうですね。流石にタンカを使い二人で運びます。ですが、あいつらは全身筋肉で出来ていますから、見た目より重いです」


 そのまま小川を上流に向かい、適当な岩場から上がった。


 「アデレシア。大丈夫ですか。こんな冷たい水の中を」


 「ご心配には及びません。連邦の軍装は完全防水てす。この程度では濡れません。保温力も高いです」


 「そうなんですか」


 心配そうに足元を見る。


 「この防水の所為で、我々は雨の中、傘を差す事も許されないんですよ」


 疎林を進み、見通しのよい、丘に出た。周囲を警戒するが、晴れた空に薄雲が流れているだけだ。連邦の救助隊なら必ず上から来るはずだ。


 取り合えず、救助に時間が掛かることを想定し、ビバークできるようにしなくては。




 「連邦の人から見れば、我がニルドは足手まといのお荷物ですね。今のわたくしの様です」


 「ソフィア。内乱はどこの国にもあります。ニルドだけではありません」


 ロンバッハの作った簡単な雪洞に二人は身を寄せ合った。


 「そうでしょうか。アデレシアは、この反乱の原因をご存知」


 「報道されている以上のことは、存じません」


 「ある宗教がきっかけです」


 国際紛争の中でも一、二を争う問題だった。


 「お爺様は昔から、ローダビアの教えを信仰していました」


 「ローダヒア。たしか百年ほど前に集団自決を起こした」


 連邦でもカルト教団として有名なものだった。


 「そうです。当時200人もの信者が原子分離機に飛び込んで自殺しました」


 「狂っている」


 「お爺様は、ローダビアの教えを元にニルドを統治したかったのです」


 「だから、連邦に加盟したのですか」


 「そうです。連邦は統治形態を問いません。例えそれが神権政治でも」


 「流石に、カルト教団による統治まで認めてはいません」


 「ですから表向きは今まで通りの貴族制でした。しかし、ここ最近、内々に、神権政治に舵を切ったのです。ローダビア信仰を隠して。多くのものが反対しました。大叔父様のセム侯爵も、神権政治に反対でした。その上その信仰がカルト教団のものだった。ですからクーデーターに及んだのです」


 「お父上は、どうなんですか、こう言っては何ですが、現公爵はご高齢です。代替わりすれば、問題もなくなるのでは」


 「確かに、そうです。父はローダビアを信仰していません」


 「ならば」


 「父は、神権政治による公爵家の支配自体は否定していません。いえ。むしろ肯定的でした。しかし、このままでは貴族達の反対が強いと感じたのでしょう。反対派にクーデーターを起こさせ、それを鎮圧して反対派の排除を試みたと、わたくしは見ています。まさか、大叔父様がタシケントに武力介入を要請するとは」


 「元は神権政治派と貴族制派との権力抗争ですか」


 ソフィアは頷いた。


 「本当に情けない。国民に何の関係の無い争いです。ただ被害だけを撒き散らすだけ。連邦軍の皆様も、そしてタシケント軍の方々も、こんな下らない理由で命を落とされたかと思うと。わたくしは」


 ソフィアは両手で顔を覆った。


 ロンバッハは何も言えず、ただソフィアを抱きしめるしかなかった。




 「これは、どうやって着陸するんだ」


 ナイジェル艦長からもたらされた情報を元に墜落現場へアプローチする為、ニルドの周回軌道に入る。


 「アプローチに1Km 着陸には200m 程の平らな空き地があれば、どこでも」


 「それは、微妙な数字だな」


 「最悪。コンテナを目標地点に降下させて、アディーと公女を保護してもらいます」


 「了解」


 偵察型スペンサーは、ロールをしながらアプローチを続けた。




                                    続く

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