第5話   要人の護衛

 カルロ・バルバリーゴは人類共生統合連邦と呼ばれる共同体に所属している。


 この共同体は、ご大層な名称の割りに、人類社会の中で、たいした地位には無い。


 元は5つの小さな恒星間国家が、周辺の大国に対抗するために、結成された連合体が原型だ。


 その後、大国の介入により、分断、統合を繰り返し、徐々に勢力を伸ばしていく。




 この共同体は、結成当初より堅守されている規約があった。




 一つ。加盟国の国家形態は問わない。 


 一つ。経済統合は行わない。


 一つ。加盟国は、戦力の一部を連邦軍に提供する。


 一つ。加盟国は、連邦加盟国以外との外交権を持たない。




 国家形態は貴族制、民主制、王制、独裁制、社会国家主義。代表者不在の無政府主義以外であれば問われない。


 経済政策も加盟国間で自由に締結できる。金利も関税もその国の独自性が認められている。おかげで連邦には統一通貨どころか、統一された度量衡すら存在しない。


 連邦軍に提供する戦力も、各国が独自に決めれる。ほんの一部提供する国家もあれば、ほぼ全ての戦力を提供する国家もある。弱小国ほど、自国の戦力を連邦軍に預けていた。連邦軍は各国の経済状況に合わせた分担金により維持され、指揮系統、ドクトリン、装備は統一されている。連邦内最大の組織だ。


 最後の外交権の放棄が一番、強制力の強く、些細な条約ですら、連邦の審査と承認が必要があり、連邦の総意として行われた。


 連邦は設立当初より、軍事同盟の色合いが強い。それは、設立初期の5カ国の産業構造が違いすぎ、経済統合が難しく、簡単な協定にせざるえず、安全保障でしか折り合いが付かなかった。


 紆余曲折を経てなお、この4点だけは変更の無い、緩い繋がりの共同体であった。 


 ただ問題があるとすれば、加盟は容易だが、脱退は困難である点であろうか。連邦軍がその性質上、一度加盟した国家の離脱を認めなかったからだ。


 故にタシケントに事実上占拠されている。ニルドの現状を軍は看過できないのであった。


 先日、艦隊により救出されたニルド亡命政府の要人は、外交権を有する。連邦中央委員会に送り届けることとなった。




 「それは、理解できる。ニルドの亡命政府は重要だ」


 「なら、ぶつくさ言わんでください。最近、愚痴が多いように見受けられますが」


 「そうかもしれんな。しかし。なぜ我々がタクシーの運チャンのような真似を」


 要人移送は前回の失敗を教訓とし、軍用艦艇をその任に当てることとなった。コンコルディアとムーアがその任に当たる。


 「それこそ、ご自分の胸に手を当てて考えてください」


 黙りこむカルロにドルフィン中尉は続ける。


 「むしろ、この程度で済ませてやると、司令部からの温情では。記録に残らない口頭注意だけで、減俸も無かったのでしょう。後は、この任務でチャラにしていただけるのでは」


 一週間ほど前の作戦で、カルロは上層部の決定を覆そうと、司令部にかなり無茶な上申を行った。当然目をつけられる。


 「なぜ知っている」


 「耳ざとい者なら、皆知っていますよ。その手の情報は、詮索好きな人物が必ずいますからね。すぐにでも出回りますよ」


 カルロは鼻息をついた。


 「で、お客様の詳細は」


 「ファイルを見ていないのですか」


 ドルフィン中尉は呆れて腰に手をやる。


 「7名を適当に振り分けるのだろ。違ったか」


 「そうであります。当艦には4名が乗船予定です」


 「部屋の最終チェックは」


 「万全であります。居住ブロックも接待用の増設パーツも、どちらも確認いたしました。豪華客船とはいきませんが、滞在に不自由は無いでしょう」


 「あのパーツ、付けたままにしてもらいたいな」


 コンコルディアとムーアは、この任務のためにラウンジ、リラクゼーションルーム、スポーツジムが一つになった増設パーツを装備していた。


 「そうなると、タクシー任務が増えますね」


 「戦場よりましたが、突撃艦の仕事ではないな」


 カルロは苦笑いをした。


 「艦長。ニルドの方々が乗船許可を求めています」


 「許可する。さてお出迎えといくか」


 カルロは立ち上がり、搭乗ハッチに向かう。




 4名の男女が乗船してきた。


 「ニルド公国。公子。ロナ・ウルス・エーベルノート殿下であられます。この度はバルバリーゴ艦長殿の協力に感謝いたします」


 品のよさそうな紳士に紹介されたのは、民族衣装と思われる赤いゆったりとした衣装をまとった少年であった。


 「突撃艦コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴ少佐であります。殿下の御来艦を歓迎いたします」


 カルロは搭乗員ファイルに目を通してないことを、激しく後悔した。


 「バルバリーゴ艦長。世話になる」


 笑顔で返される。内心の動揺を抑え、殿下と呼ばれる少年を用意した部屋へ案内した。




 「絵本かな?」


 カルロは政府要人と聞いて、当たり前だか大人を想定していた。それが王子様とは。そう言えばニルドは王制だったなと、思い返す。


 「小官は王子様を始めて、拝見しました」


 妙に嬉しそうな、ドルフィン中尉を横目で見る。


 「副長。お客様のファイルを」


 「今さらでありますか」


 差し出された、ファイルに目を通す。


 「ロナ・ウルス・エーベルノート公子。14歳。現公爵の三番目のお孫さんか。前の奪還作戦で大変な目にあったようだな。で、随行員が・・・・・・ん。この女性は、ソフィア・リリー・エーベルノート。こっちは王女様ではないか。しかも、19歳。くそっ。公女殿下は、ムーアに乗り込みか。司令部も気が利かん。変わってもらえんものか」


 「気を利かせた結果でしょ。それともロンバッハ艦長にお願いしてみますか、王子様と王女様を交換しましょうと。ロンバッハ艦長の顔が見ものですね」


 肩を竦めるドロフィン中尉に、カルロが言い返そうとすると、オペレーターが報告を上げた。


 「艦長。司令部よりゾンターク大尉がお越しです」


 「ゾンターク大尉?」


 心当たりの無い、カルロはドルフィン中尉の方を見る。


 「小官も存じません」


 「まぁ。いい。用件は」


 「乗艦許可を求めておいでです」


 「司令部から何か命令があるのだろう。通せ」


 カルロの予想は当たっていた。中年の士官が目の前に立つ。


 「司令部より連絡将校として派遣されました。ゾンターク大尉であります。こちらが命令書になります」 


 命令書を受け取り、目を通す。


 「了解した。なんだ。中央委員会まで随伴するのか。貴官も大変だな」


 「いえ。小官もニルド人であります。この程度のこと、何でもありません」


 「ますます。大変ではないか。副長。ゾンターク大尉に部屋を用意せよ」


 カルロは同情した。


 「アイサー」


 コンコルディアとムーアはニルドの要人を乗せ、ナビリア星域のお隣、アウストレシア星域を目指して出航した。




 出航して、しばらくすると、ロンバッハ少佐に、カルロから通信が入った。


 「ですから、マニュアルに書いてある通り、やれば良いでしょう」


 ロンバッハ少佐が呆れる。


  「これだけでは、判らないから、聞いているのではないか。今まで貴人の相手なんぞ、したことが無いのだ。」


 VIPの対応について、軍のマニュアルに目を通したが、要領を得ない。


 恥を忍んでロンバッハ少佐に泣きついた。流石に恥ずかしかったのか、艦橋ではなく艦長室から個人端末で通信している。


 「わたしも、公女殿下のお相手は初めてです。別に我々は彼らの臣下ではないのですから。先日、中央委員会の委員を乗せましたよね。それと、同じ対応すれば良いでしょう」


 「前と同じ?。そんなことしたら、今度こそ口頭注意では済まないではないか」


 小声で叫ぶように言うと、ロンバッハはため息をつく。


 「どのような対応をしたか、聞かないほうがよさそうね」


 「特にこの、艦長主催の晩餐会を開くのが望ましい。の部分だ。まさか我々の食事を出すわけにもいかないだろう」


 「なにを言っているの。客人用の糧秣は別途、支給されているでしょう。それを、お出しすれば良いでしょう。後、晩餐会は開かなくてもいい。これは、戦列艦のような大型艦の場合。小型の戦闘艦なのですから、簡単な食事会で充分。先方も気にしません」


 「なるほど」


 「失礼に当たらない程度に会話して、・・・・・・あなたには、難しそうね。とにかく、あまり構わない様に。リラックスしていただくのが一番です。どうしても心配なら、随行員に相談しなさい。以上」


 ロンバッハは有無を言わさず通信を切る。


 「あっ。切るな。・・・・・切られた。だが、随行員に相談するのは良いな。そうしよう」


 そうすることにした。




 身なりの良い、随行員に確認すると、ロンバッハと同じようなことを言われ一安心。


 「なるほど、殿下は士官学校に入学されると」


 「そうなのです。祖国の現状を打破するためにも、わたしに求められていることです」


 「ご立派な、お考えです。しかし、ご安心を。殿下のご卒業までには、我らが必ず、ニルドを解放してご覧に入れます」


 「ありがたい。意気込みです」


 連絡将校も交えた食事会では、当たり障りの無い会話に終始する。おそらく公子はニルド陥落後、同じ会話を延々と繰り返しているのだろう。カルロは傍で聞いていて、これでは、どちらが気を使っているのか判らなくなり、痛ましく感じた。


 「殿下。不詳、先達として士官学校での、極意を伝授いたしましょう」


 場を明るくしようと、カルロは唐突に話題を振る。


 「それは、興味深いですね。なんですか。その極意とは」


 ロナ公子は礼儀正しく乗ってくれる。 


 「まず、士官候補生は全て寮生活です。寮内では全てが競争。日々の課題だけでなく、食事の時間ですら競争です。まずはここで、勝たなくてはいけません」


 「なるほど」


 「そして、大事なのは、寮内での人望です。殿下、人望を得るにはどう振舞うべきと、お考えですか」


 「どうでしょう。競争に勝って、実力を見せることでしょうか」


 「ご明察。他の寮生に力を示さなくてはなりません。その近道をお教えしましょう」


 身を乗り出して、声を潜める。


 「それはですな。あえてルールを破ってみせることです」


 「ルールをですか」


 「ルールを破るとは、語弊がありますかな。正しくはルールの抜け穴を突いて、寮生の役に立って見せることです。これが出来れは、殿下には人望が付き、快適な学園生活が送れます。保障いたします」


 「それは、バルバリーゴ艦長の経験ですか」


 なにやら、不穏なことを吹き込み始めたカルロに、まずいと感じたのか、ゾンターク大尉が口を挟む。


 「いやいや。私は、踏み抜いてしまう方でして。そうすればよかったと、今思い返したまで。殿下。話半分にお聞き流しください」


 カルロは、ウインクして見せた。


 「ははっ。覚えておきましょう。バルバリーゴ艦長」


 ロナ公子は、少し打ち解けた笑顔を見せた。


 その後、ハルバリーゴが士官学校時代やらかした、武勇伝を盛りに盛って、面白おかしく話した。特に同室の仲間と共謀し、争っていた隣部屋の入り口を、夜の間にレンガで埋め、朝の点呼に間に合わないようにした件は、大いに喜んでもらえたようだ。


 思いのほか、食事会は和やかに終えることが出来た。




 ニルドの要人を乗せた第54戦隊の二隻は、順調に航海を続けた。


 「警戒を怠るな。安全宙域に入ったとはいえ、何が起こるか判らん」


 タシケント軍の襲来は無いが、海賊集団の襲撃はあり得る。


 「艦長。またジェネレーターの温度が上がっています。確認するので出力を下げてください」


 機関長の言葉に、頭をかく。


 「修理したばかりなんだがな。しょうがない、ジェネレーター出力を30%まで、落とせ」


 「アイサー」


 機関長は、ジェネレーターの出力を下げ、様子を見るために立ち上がった。


 「それでは、ちょっくら、見てきます」


 「頼んだ。ムーアにジェネレーターの出力を下げた事を連絡しろ」


 カルロはオペレーターに指示を出す。


 その瞬間、艦が揺れた。


 「緊急警報。外郭温度上昇。ジェネレーター出力低下。予備電源に切り替わります」


 艦内の照明が切り替わり、警報音が鳴り響く。


 「第一級戦闘配備」


 カルロは鋭く命じる。


 「状況確認急げ、どこからだ」


 ドルフィン中尉が叫ぶ。


 「フィーザに反応有りません」


 「そんなはずは無い。よく探せ。ムーアにも問い合わせろ」


 「ムーアから入電。映像来ます」


 ムーアから送られた、外部映像を見て艦橋は凍りつく。


 コンコルディアの機関部から盛大に煙が噴出していた。


 「ジェネレーターが爆発した?」


 誰かがつぶやいた。


 「殿下の安全確認を最優先。艦橋にお呼びしろ。消火急げ」


 保安要員が、居住区画に向かって走り出す。




 「バルバリーゴ艦長。状況は」


 ゾンターク大尉が艦橋に飛び込んできた。


 「現在。確認中だ。だが、外部からの攻撃ではなさそうだ。フィーザに反応は無いし、ムーアも敵性勢力を確認していない」


 「とにかく、殿下の身の安全を第一にしなくてはなりません」


 「そうだな。ジェネレーターの状況は」


 「反応有りません」


 「温度は」


 「低下中であります」


 「艦長。ここは、危険です。殿下をムーアに移しましょう」


 「落ち着きたまえ。殿下は艦橋にお呼びしている」


保安要員に警備された。公子達が艦橋に入ってきた。


 「バルバリーゴ艦長。これは、攻撃か」


 蒼白な公子の肩をたたき。


 「大丈夫です。殿下。攻撃ではありません。申し訳ない。このコンコルディアは相当な気分屋でしてね。ジェネレーターが癇癪を起こしたようです。現在調査中でして、念のため、お越しいただきました」


 カルロは笑顔を見せる。


 「艦長。状況がお分かりないのですか。これは明らかに攻撃です」


 ゾンターグ大尉が血相を変えて抗議する。


 「大尉。いいから。落ち着きたまえ。副長。機関長を呼び出してくれ。作戦室にいる」


 カルロは艦橋から、隣接する作戦室に入った。




 「艦長。これは内部破壊工作です」


 機関長が声を潜める。


 「くそ。やはりか。ジェネレーターどうだった」


 「酷いもんです。4つの内、2つは、相当な損害を受けております」


 「残りは」


 「そっちは、損害軽微です。応急処置で何とか」


 「最悪の事態は免れたか」


 「艦長。ある意味運が良かったですよ。爆発前にジェネレーターの出力を絞っていなかったら、どうなってたことか」


 「どうなっていた」


 「艦が二つに裂けていたでしょうね」


 「二つに。そりゃ変だ。」


 「何が変なんです」


 「まぁ。いい。副長を呼んでくれ。それと、修理は少し待て」


 「アイサー」


 機関長が出で行くのを確認すると、通信端末を取り出す。


 「ロンバッハ艦長。ああ。そうだ。大丈夫だ。心配要らない。それより、一つ頼みがあるのだが」




 「殿下。一時的にムーアに移乗していただきます。ただいまコンコルディアは機能を喪失しております」


 「判った。バルバリーゴ艦長」


 公子は引きつった表情でうなずく。


 保安要員に先導されて、公子と随行員が出て行く。それに続こうとしたゾンターク大尉の前に、ドルフィン中尉が立ちはだかる。


 「大尉。貴官はコンコルディアに残ってもらう」


 「なぜです。本職の任務は殿下の随行です」


 カルロの決定に大尉は異議を唱える。


 「そこは、否定する気は無い。しかし、爆破犯を自由にするわけにもいかん。副長」


 「アイサー。ゾンターク大尉。貴官を拘束する」


 ドルフィン中尉は拳銃を突きつけた。大尉の両脇を保安要員が固める。


 「馬鹿な」


 「馬鹿でも判る犯人だからな」


 カルロはつまらなさそうに言う。


 「現在、この艦に爆発物を仕掛ける人物は、貴官しか存在せん。推理にもならん」


 「言いがかりだ。ニルドの随行員やこの艦にスパイが紛れ込んでいる可能性もあります」


 「私の。部下ならこんな、へまはしない。随行員なら、先日の救出作戦は失敗しとる。はい。証明完了。自爆テロのくせに、スマートにやりすぎたな。連れて行け」


 カルロは有無を言わさず決め付けた。


 抵抗する、ゾンターク大尉を保安要員が、無理矢理引きずっていった。 


 「艦長」


 ドルフィン中尉が指示を求めた。


 「ああ。殿下には戻っていただけ。機関長。ジェネレーターの修理を開始しろ。オペレーター、ムーアに繋げ」


 カルロの命令を受け、クルー達は一斉に動き出す。


 「艦長。ムーア、出ました」


 モニターにロンバッハ少佐が現れる


 「ロンバッハ艦長。どうだった」


 「こちらも、艦内を隈なく捜索していますが、爆発物は発見されておりません。怪しい動きをする者もいませんでした」


 「そうか。公女殿下のご様子は」


 「弟君がご無事と聞いてからは、落ち着いておられます」 


 「そうか。本当に単独犯の仕業か。良く判らんな。合理的に考えれば、お二人が揃っているところを狙うべきだ。衝動的な犯行なのかな」


 「自爆テロを強行するには、中途半端な感じがしますね」


 ロンバッハも首を傾げた。


 「艦長。接近する物体あり。距離47HRS、数3 IFFに反応あり。第17戦区のパトロール隊のようです」


 「パトロール隊? 救難信号は出していないはずだ。ロンバッハ艦長」


 確認するように、視線を向ける。


 「偶然と考えるのは危険でしょう。むしろ向うから、答えが来た」


 「なるほど。二段構えか。ランチの準備。ロンバッハ艦長」


 「判っています。公女殿下を頼みます。対抗電子戦用意」


 軍帽から零れる銀色の髪と、その奥の碧い瞳が怪しく輝く。




 「こちら、ナビリア方面軍、第54水雷戦隊所属。突撃艦コンコルディア。接近中の友軍に告ぐ。所属を明らかにせよ」


 「こちら、アウストレシア方面軍、1547パトロール隊所属、541号艇であります。先ほど、爆発反応を確認。状況をお知らせください」


 「機関にトラブルが発生した。現状、本艦は動力を喪失。漂流中である」


 「了解しました。救助に向かいます」


 「無用だ」


 「しかし。そういうわけには」


 「本艦は単独で、特務中だ。救助は別途手配している」


 「単独でありますか、もう一隻確認できますが」


 「ほう。もう一隻確認できるのか。火を噴いている当艦はともかく、この距離で対抗電子戦中の艦を発見できるのかね。パトロール艇も随分性能が向上したものだな」


 それっきり通信が途絶える。


 「どうやら、敵対勢力で間違いなさそうだな」


 「艦長。公女殿下の移乗完了です」


 「よろしい。ムーアは」


 「最大戦速で、離脱中」


 「さて、どちらに食いつくか」


 「奴等に常識があれば、ムーアを追撃するはずですが」


 「こちらに一隻振り向けてくるかもな。機関長」


 カルロがモニターに呼び出と、汗まみれの、機関長が現れる。


 「10分ください。何とかバイパスしてみます」


 「頼むぞ」




 「敵艦3。本艦の針路を妨害する模様」


 「コンコルディアに向かわないのか、無能ね」


 ロンバッハがクスリと笑う。


 「どうなさいますか、艦長」


 ムーアの副長が問いかける。


 「中央突破」


 ロンバッハの命令は端的であった。


 「アイサー」


 ムーアは包囲線を強行突破する動きを見せた。




 「ムーア。敵包囲網、突破します」


 「よし。時間が稼げる」


 「艦長。公女殿下がおいでです」


 艦橋に公女が現れる。


 「姉上」


 ロナ公子が、駆け寄る。


 「ウルス。無事でしたか。良かった」


 公女が儚く微笑む。


 「公女殿下。お目にかかれて光栄です。コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴであります」


 「ソフィア・リリー・エーベルノートです。この度は」


 「殿下。お気になさらず。我が軍の不祥事です。申し訳ない」


 失礼と知りつつ、ソフィア公女の台詞を遮る。


 「我がニルドでは、以前より反連邦の勢力が力を持っていました。しかし、連邦軍の中にまで広がっているとは」


 ソフィア公女が眉をひそめた。


 「内戦の原因も、それですか」


 「理由の一つではあります」


 暗に違うと、ソフィア公女が答えた。




 「艦長。ムーア反転」


 「何。チャートに出せ」


 一度。包囲線を突破したムーアが反転し、コンコルディアの鼻先を掠めるコースを取る。


 あからさまな、伏撃戦術。


 「罠猟か。容赦ないな。しかし、エネルギーが戻らんことには」


 現状。コンコルディアは、対空砲一発も撃てない。


 「艦長。ジェネレーターの応急修理、完了です」


 ドルフィン中尉の報告に、艦橋の空気が変わった。


 「ベストタイミング。機関始動。最大出力でどれぐらいだ」


 「片肺です。60%も出れば御の字です」


 「それもそうだ。全艦、雷撃戦用意」




 「敵艦。発砲」


 ムーアの後方から、敵艦が必死に砲撃してくる。


 「ついてきているようね。副長。私とバルバリーゴ艦長とのスコア差は?」


 ロンバッハの唐突な質問に戸惑う。


 「スコア?。撃墜スコアですか。確か、艦長が8、バルバリーゴ艦長は4?でしたか」


 「5よ。これで追いつかれる。ふふっ」


 何が嬉しいのか、組んだ両手を鼻に付けて笑う。


 ムーアの副長は、「共同撃破になるのでは。」という認識を、賢明にも表明しなかった。彼はロンバッハ艦長には気分良く、働いてもらいたかったからだ。




 「目標を補足」


 「1番から3番発射」


 「アイサー。1番から3番発射」


 コンコルディアから、必殺の10式量子反応魚雷が3本飛び出す。


 敵艦は、頭に血が上ったのか、無力化したと思い込んで、コンコルディアの眼前を無警戒に横切る。


 外れようが無い。


 3本の魚雷が敵艦の横っ腹目掛けて突進する。


 「1番2番着弾。3番至近弾です」


 敵艦は、無力化された。


 「何とか乗り切った。アウストレシア司令部に連絡。救助隊と憲兵隊のデリバリだ」


 「アイサー。上手く当たりましたね」


 「ムーアのおかげで、手加減する余裕が生まれたな」


 コンコルディアより発射した3発の量子反応魚雷は、反応剤の量を減らしたため、3隻とも撃沈には到らなかった。




 コンコルディアからの通報を受けた、アウストレシア軍管区から送られた駆逐戦隊が、損傷した自称パトロール艇を拘束していく。一隻はどう見ても、駆逐艦であった。


 その姿を眺めながら、カルロはコーヒーをすする。


 「ロンバッハ艦長。助かった。この数の実行犯を拘束すれば、背後関係も探れるだろう」


 「炸薬を減らして、拿捕を目指すとは、お優しい」


 「なんだ。拿捕しやすくするために、囮になってくれたのではないのか」


 「・・・・・そうですよ」


 違ったらしい。


 「ええ。そうですとも。反乱勢力とはいえ、友軍ですからね。殺すのは忍びない」


 ロンバッハは何度も頷く。


 「これで、もしゾンターク大尉が、犯人でなかったとしても、お咎めは無いだろう」


 「はい?」


 聞いてはいけないことを、聞いてしまった。ロンバッハは頭が痛くなる。


 「ちょっと待ちなさい。ゾンターク大尉がコンコルディアのジェネレーターを爆破したのよね」


 「たぶんな」


 「たぶんって」


 「証拠なんて無いからな。誤認逮捕の可能性は充分ある」


 ロンバッハはしばらく唸った後。


 「あの状況では、やむを得ないでしょう。犯人が不明な状態では、まともな戦闘行動は取れないでしょうから」


 自分に言い聞かせるように、呻く。


 「艦長。曳航準備完了」


 ドルフィン中尉の報告に頷く。


 「よし。それでは、ロンバッハ艦長。お願いします」


 「はぁ。両殿下を乗せて、先に行けばよかった。副長。曳航索の確認」




 機関を損傷し速度の出ないコンコルディアは、ムーアに引きずられ、アウストレシア星域を進んでいった。




 


                                           続く

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