体育2

「やっぱり制服よりこっちのほうが違和感がないな」


 誰もいないことをいいことにそんなことを言いながら、時計を見るともう授業開始が近く慌てて部屋を出てカギを閉めて体育館に走った。


「はぁはぁ……、どうにか間に合ったか?」


「少し遅いね。準備はみんなですることになっているじゃない。授業的には遅刻じゃないけど、準備という意味では遅刻」


 この授業は美海や蓮とも一緒だ。グループは違うが。グループ自体は出来る人とできない人がバランスよく組み入れられていて、できる人が教えることで先生がいなくても回るようになっている。よくある仕組みだ。ちなみに俺は出来る側に属していて同じグループの人にああだこうだと言ってきた。そんなわけでできなかったら恥ずかしい。


「花崎、ちょっと来るんだ」


 授業の準備に混じろうとしたら先生が俺のことを呼んだ。この授業での先生は担任なので別に注意とかではないだろうから安心はしている。


「先生、どうかしたんですか?」


「うん、グループ分けのことなんだがな、今日はいままでどおりで頼む。それで不都合があるようならまた考えよう」


「分かりました。正直前と同じように動くかは不安ですが頑張ってみます」


「そうか、色々と動きも違うだろうからケガには特に注意してやれよ」


 俺は分かりましたと答え再び準備に入った。器械体操では大きなマットが必要だが、それがすごく重く運ぶのには苦労する。

 俺は混じるのは遅かったが、どうにか授業開始直前に準備を終えることができた。そして集合して、先生の諸注意と今日やることを言われて、グループに分かれた。


「花崎く……さん、飛ぶときにまだ怖いんだけどどうしたら怖くなくなるかな」


 同じグループの女子だ。名は井川という。どうも俺の呼び方には苦慮しているらしい。


「別に呼び方はなんだっていいよ。それで怖くなくなる方法か……、壁倒立とかは問題なくできるんだよね?」


「それは怖くない」


「ならもう慣れしかないんだよなあ……かと言って目をつむるのはよくないし。強引で粗雑なアドバイスだけど、回数をこなすしかないと思う。それ以外の方法は分からない」


「そっか、怖いけどポジティブにやろうか。何事も前向きに、ね!」


 井川が納得してくれたかは分からないが、俺なりには一生懸命アドバイスをしたつもりだ。これで恐怖心が消えてくれれば御の字だ。俺も飛んでみよう。

 まずは少し勢いをつけ、両手を振り上げる。いつもだとここから倒立の姿勢に持っていき、少々強引に飛ぶのだが、体が柔らかくなったのだろうか。柔らかい動きで飛ぶことができた。


「驚いたな」


 着地して声が出てしまった。俺は筋力に都合でてっきり飛べないものだとばかり思っていた。しかし実際には飛べた。これは案外、行けるところまではいけるのではないだろうか。


「おい、俺意外と運動能力は落ちていないかもしれないぞ!!」


 声高らかにグループの奴らに宣言した。するとやはりというべきか、みんなは驚いた顔をした。


「花崎はもともとの運動センスがいいんじゃないか?」


「いや、俺は球技は壊滅的だよ。握力とか腕の筋肉を鍛えても球技ができるようにはならなかったからな」


「となると、元からできていたことについては身長や筋力が変わっていても体が覚えていたということか」


 身体が覚えている、か。これは俺にも思い当たる節がある。例えば、鉄棒で逆上がりをしたのは小学校の低学年の時が最後だった。高校になって部活で逆立ちをしようということになって、やったら簡単にできた。それが体が覚えているということなのだろう。


「そうなるんだろうな。そうだ、幸田はやらないのか?」


 ここまで俺と会話していたのは幸田という男でクラスは別でこの授業で知って仲良くなった。


「俺もやってみるかな。ただ苦手だけど……」


 幸田は飛ぼうとしたが、着地できず、背中から落ちた。ああ、あれは痛いぞ。下にはマットが敷いてあるから多分ケガはないけど、衝撃は強いはずだ。


「お前は、まず倒立から練習したほうがいいんじゃないか? 形ができていないんだもん」


「くそ、できるやつに言われると何も言えない」


「悔しがるなよ。できるようになりたいなら、地味なことから始めないと」


「うん、花崎がすごくかわいいからそういうことを言われると、やる気が出てくる」


 なんだそれは、と言いたいが、俺は実際に顔が随分と整っているらしいから、否定することはできない。それにイケメンと言われると嬉しいように、かわいいと言われて、煽りと明確にわかる以外の状況で嬉しくないと感じる人がいるのだろうか。

 端的に言えば気分がいいということだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

主人公、恵の運動能力については作者の運動能力を参考にしています。僕自身も走るのだけは学年でトップクラスでしたが、球技はどうにも苦手で体力テストのハンドボール投げでは10mくらいしか投げられませんでした(笑)。ちなみにその時の得点は2点だったと記憶しています。それ以外の種目は8~10点だったのに解せぬ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る