第9話 邪魔しないで

え?え?

どうなってるの?


北條君、すごく近いんだけど?


何か、急に動き出した感じでした。

正直、意味が分からなかったです。


私、何かした?


……後から彼に聞いたら、あのとき怒りを爆発させてくれたのが嬉しかった、って言ってくれて。

彼との繋がりを感じて嬉しかったな。


ただ純粋に許せなかっただけなんだけど。それが良かったなんて。


彼は私を見つめていました。

ずっと見つめ合っていたかった。


でも、まだ私たち、そういう関係じゃありませんし。

私の目的は、彼に告白してもらって、彼の恋人になって彼の家族に加わることですから。


今はそのときじゃないです。名残惜しいですけど。

私は目を逸らし、恥じらいを込めてこう言いました。


「北條君……そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。あと、そろそろ手を離して」


「あっ、ゴメン」


彼の手が私から離れました。


「……一応、私だって女の子だから、あまり気安く触るのはやめてね」


本当は、このくらいなら別に嫌じゃ無かったけど、一応言っておきました。

軽い女と思われるの嫌だったし。


「悪かった。でも、ありがとう」


「何もお礼を言われることしてないよ。腹が立ったから暴れただけだし」


本当に、大したことしてないと思ってたんです。

昔からずっと持ってた悪癖が出てしまった、くらい。


逆に、私の方がお礼を言うべきだと思ってました。


「あ、でも。これはお礼を言わなきゃかな?……殴られそうになったとき、守ってくれてありがとう」


「それこそ礼を言われることじゃ無いよ。あの状況で動けるのに水無月を守らなかったら、俺、クズじゃん」


フフッ、と二人で笑い合いました。


……


あれ?


何か?すごくいい雰囲気じゃない?

これ?来ちゃうの?告白?

私の1年越しの想い?とうとう恋人になれちゃう?

北條君が雄二君になっちゃう?水無月が優子になっちゃう?


もし来たら、何て答えよう?


もちろん、答えはYESだけど、印象に残るように考えて答えないとダメかな?

結婚式も、お金をかけるのは離婚を防ぐためだ、って話を聞いたことあるし。

結構、大切なことかもしれない。


私、UGNのエージェントだし。

そのあたりを組み入れて、組織の構成員ぽくしたら印象深いんじゃ……?


そんなことを考えていたら。


邪魔が入りました。


私たちの前に、男が現れたんです。




「あなた……!」


この男、知ってます。

さっきの許せない男の手下の一人だった奴です。

この軽薄な服装には見覚えがあります。

顔の方はよく見てなかったから覚えてませんでしたけどね。


何しに来たの?

報復?


良い雰囲気に邪魔してくれて。

本当に、不愉快な人たち。


「水無月、知ってんの?」


「さっきの不快な男の手下だった人よ。……何の用?報復?」


私が知ってることを伝えると、北條君、一歩前に出て私を守る位置に立ってくれました。

ああ、やっぱ北條君、女の子には優しいんだね。素敵。

それにはときめいてしまいましたけど、この雰囲気を壊してくれた恨みは消えません。


こういう人たちって、本当に迷惑。

邪魔しないで。


「……めん」


何か言ってました。ブツブツ。

めん?


「何?」


北條君が焦れたように問い返すと。


「……ごめん!」


そいつ、いきなり頭を下げてきました。


「一夫の言ったこと、最低だと思った!でも、一夫が怖くて俺、一緒に笑ってしまった!だから謝りたい!ごめん!」


報復じゃ無くて、謝りに来たんですか。

不愉快な人って思ったのは言い過ぎだったかもしれませんね。

取り消します。

でも、今来ないで欲しかったです。


すごく、良い雰囲気だったのに。


「……もう、いいさ。怖かったんだろ?行けよ」


北條君、厄介払いしたそうでした。


「……許してくれるのか?」


「許せるわけねーさ。ただ、もういいってだけだよ」


ですよね。

北條君、許す立場に無いですもの。

実際に侮辱されたの、お義兄さんですしね。

殺されたお義兄さんが「許す」とでも言わない限り、無理ですよ。当たり前です。

で、もう亡くなってる以上、それは無理な相談。


だから北條君は一生許さない立場を変えられない。

あなたたちは、そういうことをしたんです。


「でもっ、許してもらわないと!」


「……何でもかんでも、頑張れば許してもらえるなんてのは、甘いから。諦めて、帰れって。心配しなくても、報復なんてしないからさ」


しつこい人ですね。

謝ればなんでも許してもらえると思うなんて、子供の発想ですよ。

一回やったら終わりって事はあるんです。

特に、本人ではなく、その本人に繋がる誰かを侮辱するってのは絶対にやってはならないことなんです。

構造的に許せなくなりますからね。


この人、ここまで生きてきてそんなことも学ばなかったのでしょうか?

頭、悪いですね。


でも、北條君は大人でした。

こんな人に、妥協案を提案してあげたんです。


「……どうしても気が済まないってなら、一夫についてくのやめな。あいつがあそこまで増長するの、自分についてくる奴がいるからだろ」


「それに、謝られても、その後も変わらずあいつの取り巻きの一人で居られたら、こっちとしても「もういいよ」なんて言えないと思わないか?」


それで、やっと納得したようです。

やれやれですね。


「分かった。あいつとは手を切る。本当に、ゴメンな」


あなたが謝るべきはそこじゃないんですけどね。

私としては。




問題の謝罪男の姿が見えなくなりまして。

また二人きりになれました。


ですけど。


さっきまでの雰囲気がもう無いです。


見事に破壊されてしまいました。


ああもう!

折角北條君と良い雰囲気だったのに!


友人から恋人にランクアップできたかもしれないのに!!


私が表情に出さずにイラついていると、北條君の視線を感じました。

彼が私を見ています。


その視線、熱かった。


……やっぱり、間違いないと思いました。


北條君、私に興味持ってくれてます。女の子として。

勘違いじゃ無いはずです。


でなきゃ、彼が他人を、女の子をこんな熱い目で見たりしないハズ。

彼はそういう男の子のはずですから。


ああ……これでもう、後は告白待ちですね。

もうちょっと、彼の男の子を刺激するようにプッシュを繰り返せば、きっと、告白してもらえるハズ。


もうちょっとで、叶うんです。

嬉しい!


そんなことを考えていると、北條君、顎に手を当てて考え始めました。

何を考えているのでしょうか?


告白の仕方でしょうか?

ここが、勝負所かもしれませんね。

私は彼に接近し、彼の目の前で手を左右に動かしました。


「……北條君、何をそんなに考え込んでるの?」


どうですか?

どうですかこの仕草!

ときめいたんはありませんか!?


……何か、手ごたえを感じた気がしました。

来るかもしれません。


来て!!


「ちょっと言いたいことがあるんだけど……」


来た!!


そのときです。


空気が固まりました。


ワーディングです。

また、邪魔が入りました。

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