第8話 彼の笑顔

「水無月、相談があるんだけど」


その日の訓練で、また北條君が私と会話してくれたんです。

訓練が終わって汗を拭いているときに、北條君が水を二人分紙コップに汲んで持ってきてくれて。

そう、悩んでる様子で言ってくれました。


どんどん、会話が増えてる気がします。

嬉しい。


「何かな?長い話?」


「それなりに」


「だったら……」


別にね、支部の内部で話しても良かったんですよ。

そっちの方がナイショの話、し放題ですし。


でも私、ちょっとスケベ心ですか?出しちゃいまして。


わざわざ、たまに利用するお気に入りのハンバーガー屋さんに連れて行きました。

ナイショの話するのには向かないんですけどね。


ええ。ゴメンなさい。

役得考えちゃいました。


北條君とデートするときの予行演習したかったんですよ!

でも、ちょっとくらいならいいじゃないですか!


ナイショの話は、隠語使えば大丈夫ですよ!

それに、隠語が伝わらない場合は、耳打ちっていう行為が許可されますし。

やりたいですよ!


で。


席について、夕食を取りながら話しました。

ちなみに私も北條君もチーズバーガーのセット。

ドリンクはお茶を選択しました。


「なぁ、今回の件、犯人に辿り着いて、処理したとして。その場合、世間での事件の扱いはどうなるのかな?」


北條君の相談事は、この事件の最終的な後始末の事で。

表向きはどうなるのか?が気になるようでした。


「やっぱ、迷宮入りになるのか?」


向かいの席に座ってる北條君、不安そう。

うやむやになるんじゃないか?それを恐れてるんですね。

公表できないから、って。


私はなるべく不安にさせないように、嘘にならないように、言葉を選んで答えました。


「……場合によるね。あまり、迷宮入りを増やすと、警察の威信が落ちて治安が悪化するから苦情がきちゃうし」


可能なら、何かこじつけて一応の解決案は示すかもしれないよ。

マト(ジャーム)の表の顔に全ての罪を被せて、被疑者死亡で書類送検とか。


そう、お茶で喉を潤して答えました。


当たり前ですけど、検挙率が落ちたら犯罪者が警察をナメますし。

そうなると、治安悪化しますから。


多少嘘でも、表向きは「こういう風に事件が解決しました」って宣言は必要なわけで。

だからまぁ、そういう結末になる可能性、決して低くないはずです。


「そうか……」


北條君、複雑そうです。


「何かあったの?」


「実は……」


北條君の顔が、深刻そうな表情になりました。

そのときでした。


「おや、ガリベンゴミの弟じゃーん」


余計な人物が現れたのは。




「ガリベンゴミの弟が、女連れ?いっちょ前に?」


すっごく、不快な人でした。

見ようによっては、顔は整ってるように見えなくも無いんですけど。


頭悪そうなのが表情で伝わってきて。

凶暴性、共感性皆無、傲慢さ。

傍に居て、嫌な気分しかしない人でした。


……ガリベンゴミの弟?北條君のことを言ってるの!?

その意味不明な呼び名が不愉快でした。


そして北條君は、そいつのことを無視してます。


そいつ、1人じゃ無くて。

仲間をだいぶ連れてました。

10人超えてたと思います。


他のお客さんも、怯えてましたね。


……ここの店、こんなの入店拒否しなさいよ!

明らかに、他の客に迷惑な客じゃないの!

怖かったの!?でも、社会じゃあるよね!?

怖くても、踏み止まらないといけないことってさ!


……他人任せって、ホント嫌。


不愉快でした。

折角、北條君と疑似デートできて楽しかったのに。


「水無月、出よう」


北條君のその言葉に、私は素直に従いました。


「う、うん。分かった」


ここに居ても不愉快になるだけで、良い事なんて何も無いですし。

この状況じゃ。


そして二人で食べかけのハンバーガーセットを包みなおしていると。


それを自分が馬鹿にされたとでも思ったんでしょう。

この手の人間は、頭の構造が常人と違うようですし。

意味不明の理由であっけなくキレるのです。


「てめえ!舐めてんのか!」


動物みたいに喚きはじめました。

軽蔑しか無いです。北條君も無視してました。


そしたら。


「女連れてどっかしけこむのかよ?……女も知らず焼け死んだガリベンゴミが草葉の陰で泣いてるぜぇ?」


これで、この男が誰なのか分かってしまいました。


……こいつが、お義兄さんを殺した犯人……!

北條君の顔を見て、確信しました。


能面のような表情になってましたから。あまりの怒りで表情が消えたんです。

北條君……落ち着いて……!


でも、そんな私の思考はこの男たちの続く会話で一瞬停止しました。


「おうおう。お前ら、俺、人を殺したことあるんだぜぇ?」


「さすが藤堂さん!すげぇや!」


「こいつの兄貴の、しょうもないガリベンゴミを、油かけて焼いてやったのよ。ウケたウケた」


「ゴミだけに焼いて処分したってわけですね!?」


「そうそう。面白かったぜ。焼け死ぬまでのリアクション。かあさ~ん、とおさ~ん、ことみ~~、ゆうじ~~~」


……一瞬、会話の内容が理解できませんでした。

久々でした。


ここまで、腐ってる人間と対峙したのは。


私だって、元人間であるジャームを討伐……つまり「殺した」ことは何回もあります。

それは、現行の科学では殺す以外の解決法が無いから。

仕方ないことなんです。そう、割り切ってます。


でも。


ジャームを殺したことを誇ったことは一度も無いです。

自業自得でジャームになる人も居れば、不幸な偶然が重なって、本来は善良な人なのに、ジャームになって自分の世界を壊してしまう人だって居るから。

だから、誇ってはいけないんです。


こいつら、何なの!?

人を殺した事実で、自分にハクがついたでも思ってるわけ!?


あなたたち、ジャーム以下よ!


絶対に許せない!


パンッ!


気が付いたら私、席を立ってその問題の男をビンタで思い切り張り倒していました。


「あなたたち最低の人間よ!外の世界を歩かないで!!」


私、本気で怒ってて。

そのときは、北條君の事も何も、考えていませんでした。




「人を殺したことを後悔せずに誇るなんて!人の思考じゃ無いわ!そんな人間は、外を歩いてはいけないのよ!一生刑務所に入ってて!!」


ジャームでないというだけの、こんな邪悪な人間が大手を振って世の中を歩いてて。

不幸な偶然でジャームになってしまった人は、私たちに討伐される。


何なの?

こんなのが外を出歩ける世界なんて、間違ってるでしょ!!!


大体、更生させるのが刑務所の役割なんだったら、こんなのは牢屋にずっと入れておくべきよ!!

だって、更生して無いんだから!!!

それが本来の在り方じゃないの!?


「……なんだとぉ?」


私にビンタされた問題の男が、私につっかかってきました。

拳を振り上げて。殴るつもりですね。最低。


「女だから殴られないとか思ってんじゃねぇぞ!!」


でも、ちっとも怖くありません。

私は元ですけど、エリートの戦闘員なんです。

こんなの、エフェクト無しでも、素手でも余裕で勝てます。


どうぞ。殴りかかって。

カウンターで蹴っ飛ばしてあげますから。

きっと、相当屈辱的でしょうね。

女の子にやられるなんて。


私はそんなことを考えて待ち構えていました。


なので。


次の瞬間に、北條君がやったことが衝撃的で。

目を丸くしてしまいました。


私とその男の間に割って入って、そいつを殴り倒してくれたんです。


え?え?


突然の出来事に戸惑う私の手を、北條君は掴んで来ました。


「出よう!」


そして。

一緒に走り出して、その場から逃げました。

走ってる間じゅう、夢を見てる気分でした。


今まで、こんな風に男の子に守ってもらったこと、無かったから。




だいぶ離れた場所まで二人で走って。

そこで、立ち止まりました。

公園のようです。

植え込みや、ベンチ、遊具がありましたから。


「ごめんな。ハンバーガーは今度俺が奢るからさ」


北條君が私にそう謝りましたが、まともに彼の顔を見るのに苦労しました。

そのとき、メチャメチャドキドキしてたから。

ずっと、王子様に守られる無力なお姫様なんて……って思ってたんですが、そのときだけは、そんなのもいいかも、って思っちゃいました。


純粋に、私を守ってくれた北條君がかっこよいと思ったんです。


「別にいいよ。北條君のせいじゃないでしょ?」


必死で平静を装って、笑顔でそう彼に言いました。

ここで彼にドキドキしていることを知られたら、私の気持ちがバレちゃうじゃない!


「……あんな邪悪な人間も居るんだね。私たちは、日常を守るために仕事しているんだけどさ。ああいうの見ると、自分の仕事に疑問持っちゃうな……」


冷静さを取り戻すために、そうさっきのことで思ったことを口にします。

北條君から、意識を逸らさないと……

その一心でした。でも……


「……ありがとう」


あれ?

北條君、私の両肩に手を置いて……


「……北條君?」


わ、笑ってる~~~~!!

1年間、見守り続けてきて、北條君の笑顔なんて見たこと無かったのに!


彼は、笑っていたんです。

いつもずっと、基本無気力で。

怒りを内在させて生きてきた彼が。


驚きと、ドキドキと。

平静を装うのに苦労しました。


「北條君って、そんな顔で笑うんだね。はじめてみた」


それは、はじめてみた、心からの笑顔に見えました。

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