6 騎士様は泣いていた。

 騎士様は泣いていた。


 結局、僕は騎士様と一緒に眠ることになった。


 ……騎士様と一緒に眠ることができる、という誘惑に(無欲なのが唯一の自慢の)ランは逆らうことができなかったのだ。それくらい、騎士様は美しく、そして、優しい人だった。(なんだかちょっとだけお母さんのことを思い出した)


 その日の夜。

 騎士様はベットの中で泣いていた。


 ベットの中で。

 ……眠りながら、静かに泣いていたのだった。


 雨はいつまでも降り続いていた。

 かみなりは鳴り止むことがなかった。


 夜の間、嵐はずっと、続いていた。


 次の日、ランが目を覚ますと嵐は止んでいた。騎士様はベットの中にいなかった。まるで昨日の出来事のすべてが夢であったかのように消えてしまっていた。

 でも、その誰もいないベットのところに手を伸ばすと、そこには確かに人の温もりがあった。

 騎士様は確かに少し前までそこにいたのだとランは思った。


 ランがベットの中から抜け出して家の外に出ると、そこには旅の支度を終えて、背中にあの大きな十字架のような大剣を背負った騎士様がいた。騎士様は眠っているランに黙って、この家からいなくなろうとしていたようだった。


 騎士様はランの家を早朝の時間に出発しようとしていた。


 そんな騎士様に向かって、ランは「あの、騎士様。もし迷惑でなかったら、私も騎士様の旅に一緒についていってもよろしいでしょうか?」と勇気を出して言ってみた。

 すると騎士様は少し驚いた顔をしたあとで、しばらくの間、悩み、それからランの顔を正面から見つめて、「……危険な旅ですよ。それでもいいのですか?」と真剣な顔でランに言った。


「はい」とランは言う。

 すると騎士様はにっこりと笑ったあとで、「わかりました。では、一緒に参りましょう。ラン」とそう言ってから、騎士様はとても嬉しそうな顔をした。(その顔は、まるで家族と再会をした一人で留守番をしていた小さな女の子のような無垢な笑顔だった)


 こうしてランは憧れの騎士様、台風の騎士リリィと一緒に旅をすることになった。


 二人の旅の目的は『ある舟を追いかけること』だった。


 その舟に乗っている人物に会うことがリリィの旅の目的だった。


 その舟は『空を飛ぶ舟』だった。


 ……いなくなった人たちの魂を乗せて。

 つまり、死者たちを乗せて、空を渡る、小さな古代の箱舟。


『空舟(そらふね)』と呼ばれる、決してそのあとを追いかけてはいけないと言われる伝説に語られる古の舟を追いかける、孤独な、……とても孤独な旅だった。


 ……誰も、自分の心を縛ることはできない。封じ込めることは(どんなに心が、痛くても、……辛くても)できない。……自分の本当の気持ちを偽ることは絶対にできない。


 第一章 終わり

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台風の騎士 雨世界 @amesekai

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