第14話 撤退戦

「何事だってのよ!」


 スケスケで妙にセクシーなネグリジェ姿のセリーヌが階段を駆け降りてくる。


「あっ! チクビ透けてる! セリーヌのエッチ!」


「うるさいねお黙りっ!」


 そのままノンストップで痛~いデコピンを食らってしまう。

 ヨーゼフはまだ風呂に入っていたのか、全裸で走ってきた。


「うおっ!? ちんこでかい!」


 頭に付いた泡よりもそっちが気になる。

 タローは心の中でヨーゼフを『ビッグ・ヨーゼフ』と呼ぶことにした。

 レオンシオはこんな二人をスルーだ。


「敵襲です」


「何でもない顔が逆にすごいや!」


 セリーヌにまたもデコピンされてしまう。


「お前はいい加減お黙り! ヨーゼフ! レオンシオ! イソポーダをお出し!」


「がってんだ! タロー、お前も乗れ!」


 ビッグ・ヨーゼフに片手で抱えられ、タローはイソポーダの中に放り込まれた。

 セリーヌ、レオンシオが続き最後に、ヨーゼフが運転席に転がり込んだ。

 H型ハンドルの付いた右側の運転席にはヨーゼフの大きな背中が、レオンシオの助手席には無数のレバーやスイッチ、メーターやモニターが取り囲んでいる。

 そして後部座席のタローの隣では、セリーヌが上着に袖を通していた。


「ですがお嬢様、いいんですか?」


 いくつものスイッチやレバーを手際よく動かしながらレオンシオが言う。

 一つスイッチが入るたびに、ランプやメーターに光が灯っていく。

 速度計やエンジン回転計はタローにもわかったが、他の計器が何を表示しているのかはよくわからない。

 油圧計や電圧計くらいは見当が付いた。


「何の話だい?」


「このままタローを連れていけば、直接契約になりませんかね」


 直接契約は最大の禁忌だ。

 フリーランスがエクスプレスを介さずに依頼人と直接契約をすると、莫大な罰金を科せられる上に除名されてしまう。

 セリーヌがタローにエクスプレスへ行くように言ったのは、そのためだった。


「お黙りっ! 自衛の範疇よ!」


 セリーヌが躊躇無く言い切ってくれたおかげで、タローは安堵していた。

 一人ではどう考えても助からない。


「ヨーソロ。ヨーゼフ、スタート・イグニッション」


 レオンシオが最後のスイッチを入れると、ヨーゼフの怒声が轟く!


「コンタクトォーッ!」


 車体全体がまるで貧乏揺すりのように震えだし、前面のCRTモニターに光が走る。

 暑いと思ったらすでに工場は炎に包まれていて、外の熱が中にも伝わってきているようだ。


「……やっぱりカイザー!」


 タローを助けてくれた恩人ロボット。

 その恩人の胸部ハッチが左右に開き、中から碍子の付いたアンテナが飛び出ている。

 炎に照らされて、金属のボディと光電管の目が光っていた。

 当然だが表情は無く、不気味な迫力がある。

 実際問題、カイザーは強い。

 それも、とてつもなく。

 カイザーはいい具合に距離を取っている。

 五十メートルは離れてるようで、緊急停止コードを受け付ける距離ではない。


「投降しなさい。そうすれば殺しはしないわ」


 電気的に増幅された女の声には、なんの感情もこもっていない。

 ヨーゼフは声の主に聞き覚えがあるようだ。


「やっぱアイツっすかね、『T』」


「後よ、後! 早くお出し!」


 セリーヌはタローの首に腕を回すと、外部スピーカーのスイッチを入れて叫んだ。


「じゃあーしいっ! アタシのイッセンマンを横取りしようったって、そうはいかないよっ!」


「ああ、やっぱりセリーヌにはぼくが札束に見えるんだ。まあ、わかっていたけどね」


 セリーヌはモニターに映る影を指さし、叫んだ。


「ヨーゼフ、レオンシオ、やっておしまいっ!!」


「ほいさぁ! イクぜ、男のマシンガン!」


「センス悪っ! でも威力は強そうだ!」


 車体の左側から、無数の曳光弾の炎がカイザーの胸に正確に吸い込まれていく。

 でもダメだ。

 これではダメなのだ。

 タローは叫んでいた。


「カイザーの装甲は三センチもある鋼板に錫メッキしたものなんだ! 五・五六ミリ弾じゃ凹ませる事もできないよ!」


「ならこれでどうよ、男のキャノン砲!」


 耳が痛くなるような爆音が轟き、カイザーの胸で大爆発が起こった。

 イソポーダには機銃の他に大砲も付いている。

 直撃のはずだが、カイザーはピンピンしていた。


「やっぱ榴弾じゃだめか! 頑丈なヤツだぜ」


 ヨーゼフがレバーとペダルを操作すると、タローの目の前に前席のヘッドレストが飛び出してきた。

 いや、そうではない。

 イソポーダがものすごい勢いで動き出したのだ。

 タイヤを軋ませ、そのまま左右に揺れながらバックする。


「……うわっ、ぶつかる!」


「歯ぁ食いしばれ!」


「な!?」


 そのままシャッターを突き破り、ドリフトしながら表へ出た。

 車……というかダンゴムシは意外なほどの高速で、狭い路地を突き進んでいく。

 右へ。左へ。

 曲がるたびにタローの身体は左右に揺られ、右に揺られた時はセリーヌの柔らかい身体がクッションになってくれた。

 調子に乗っておっぱいを楽しもうとすると、痛~いデコピンを食らってしまう。


「調子に乗るんじゃないよ、このエロガキ!」


「ごめんなさい……でも、わざとじゃないんだ。最初のうちは」


 それでもブラウン管のバックモニターには、一定の距離を保ってピッタリと付いてくる青い影が見えた。

 カイザーの足にも車輪が付いていて、平地なら歩くよりもずっと速く走れるのだ。


「追いつかれる!」


 カイザーの撃ったリニアガンが正面と左側の街灯に命中し、道を塞ぐ。

 必然的にイソポーダ号は右に曲がる事になる。


「まずいな。追い込まれているぞ」


 レオンシオも気がついているようだった。カイザーの攻撃が外れるなど、まずあり得ない。

 レーダーで目標をロックオンし偏差射撃を行うため、読んで字のごとく百発百中なのだ。

 レオンシオが何かボタンを押すと、バックモニターに銀色のキラキラ光る粒子が漂っている様子が映った。


「チャフだ。これで射撃レーダーを攪乱する」


「でかした!」


 ヨーゼフがレバーとペダルを忙しく操作すると、強い遠心力でタローは壁に叩きつけられた。

 この奇妙な車両でドリフトを決めたのだ。

 しかしカイザーとの距離は開かない。

 踵から飛び出る杭を地面に打ち込むことで急旋回もお手の物。

 相変わらずぴったり付いてくる。

 何度目かもわからないリニアガン攻撃で、また正面と左側に瓦礫の山ができてしまう。このままだと元の場所に戻ることになる。

 そうすれば、あのお姉さんが待ち伏せしている事は間違いない。


「ヨーゼフ。お跳び」


 セリーヌは脚を組んで、爪にヤスリをかけている。顔だけを見ると、ものすごく興味が無さそうだ。


「こういうのを無茶振りって言うんだろ。ぼくは知ってる」


「さあ、どうかな!」


 ヨーゼフはハンドルを勢いよく引き上げると、こんどは座先に身体が押しつけられた。

 景色がどんどん下へ流れていく。

 本当にジャンプしたらしい。


「そうか、脚はこのためにあったんだ」


「そういう事だぜっ!」


 着地の衝撃で火花が散るのがモニター越しに見えた。

 イソポーダ号は瓦礫を跳び越えたのだ。そのまま直進に移る。


「どうだい、裏をかいてやったわ! このセリーヌさまがねっ!」


「意外に頭が回るんだよね、この人。さすがオトナの女は違うなぁ。ってセリーヌ! 前! 前!」


 正面を映すモニターに、どこかで見たようなドラム缶ロボが仁王立ちしていた。

 今にして思えば、瓦礫が一カ所だけ不自然に低かった気もする。


「セリーヌ! 見事に手の平の上で踊らせられちゃって! んもう! バカ! バカ!」


「やれやれ、これだから脳筋って言われるのよ、ヨーゼフ。しっかりおし」


「人のせいにしてる! ひどい!」


「ンアッー!!」


 ヨーゼフが雄叫びを上げながらシフトレバーをリバースに入れ、タイヤがコンクリートを焦がしながら軋んだ。

 急減速に合わせて電光石火の前進切り替え、ステアリングを強引に左へ。

 イソポーダ号がギリギリ通れるほどの狭い路地へ入る。

 ボディの左右から火花を散らしながらゴミ箱を蹴散らし、猫を追い払いながら強引に進んでいく。


「さすがヨーゼフ。だてに長年運転手しちゃいないねぇ」


 セリーヌがヘッドレスト越しにヨーゼフの頭を撫でた。

 じっさい、この大きな車両を手足のように操るテクニックは大したものだ。

 そう思ったのもつかの間、ヨーゼフは急ブレーキを踏んだ。


「サーセンお嬢、こりゃ行き止まりっすわ」


「このバカチン!」


 セリーヌのデコピンを食らったヨーゼフは、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。


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