第12話 しのびよる影

「一千万♪ 一千万♪ 手数料引いても八百万~♪ Yahoo!」


 セリーヌはぷりっとしたお尻を振り振りしながらタローの前を歩く。

 スラックスは下半身の形がはっきり出るので、タローは好きだった。

 両脇をヨーゼフとレオンシオに抱えられ、第五層を東へ東へと歩いていく。


「臭いよぉ。暑いよぉ。というか、ぼくの足浮いてるよ。逃げないったら!」


「グチグチ言うな!」とヨーゼフ。


 この辺りは工業エリアのようで、今の時間帯はほとんど人が居ないようだ。

 人工太陽――超高輝度LEDは、夕方になると暗くなるらしい。

 時計を持っていないので正確な時間はわからないが、今はもう夕方のはずだ。

 タローたちは、その中の小さな工場に入っていった。

 入り口には『日光浴クラブ会員募集中』という手書きのビラが貼ってあるが、外で育ったタローは違和感に気付かない。


「泊めてくれるのは嬉しいけどさぁ」


「いいから入れ!」


 ヨーゼフにたたき込まれるようにして中に入る。


「すごい!」


 作業場の真ん中に堂々と置かれているのは、巨大なダンゴムシだ。

 どうやら乗り物らしい。車輪やキャタピラの代わりに、脚が八本付いている。


「オレたちの乗り物だぜ! 名前はイソポーダ号!」


 後で知った事だが、イソポーダはダンゴムシという意味らしい。


「へえ……すごいや!」


 大きさは小型バスほど。

 全体は潰れた半球形で、細い三日月型の鉄板を何枚も重ねられてその形になっている。

 何枚かの三日月がめくれ上がり、座席やハンドル、レバーなどが並んでいた。

 色は緑と砂色のまだら模様に塗られている。

 レオンシオが珍しく話しかけてきた。


「興味あるか?」


「えっ? ……うん。ぼく、けっこう機械類好きなんだ。家に居た頃も捨てられてた車とかいじって遊んでた。ガソリンが無いから動かなかったけど」


 レオンシオの口角が少しだけ上がったように見えた。


「そうか。全長五・五五メートル。全幅二・三三メートル。全備重量一五トン。最高速度は三八キロで、エンジンは空冷V型一二気筒水素ガスレシプロ一五〇馬力、排気量は二一七二〇CC。武装は五・五六ミリ機銃と主砲が五七ミリ砲……」


 ずいぶん詳しい。

 色々ギミックがあるようだが、それを話す前にヨーゼフがレオンシオの襟首をひょい、と持ち上げた。

 まるで猫を持っているようだ。


「おいレオ、そういうのは後でいい。タローを風呂に入れろってよ、お嬢はもう上で休んでる」


「……わかった。タロー、来い」


 風呂は意外と本格的な造りで、タローは一週間ぶりに身体を洗えた。

 液状のシャンプーとボディソープだは初めてで、とてつもない泡立ちだ。

 タローは脂と苛性ソーダで作った石鹸しか使った事がない。


「ほらよ」


「えっ? いいの?」


 風呂から上がると、なんとレオンシオは新しい服を貸してくれた。

 サイズもピッタリだ。

 レオンシオは大人としては小柄だが、タローよりは大きい。

 わざわざ用意してくれたようだ。


「意外といいやつなのかな」


「何か言ったか」


「ううん。ありがとうレオンシオ」


 お礼を言うと、なぜかポケットに手を突っ込んでそっぽを向いてしまった。

 レオンシオの耳は真っ赤だ。

 そのままこちらを見る事なく、タローと入れ替わるようにして風呂に入っていった。


「ほらよ! 毛布だ」


「ヨーゼフも、ありがとう」


 ヨーゼフは古びた毛布を放ってよこす。

 カイザーから聞いていたが、アーコロジーの中は気温が一定に保たれているので寒くはないはずだ。


「……って寒い! おかしいなぁ。まあ、カイザーの言うことだしな」


 ヨーゼフはやたらに重そうなダンベルを両手に持って、トレーニングをしていた。


「すごい! ぼくだったら両手でも難しいと思うよ!」


「このくらい当然だ。男ならな!」


 ダンベル運動を何回も何回も、機械のように正確な動きとタイミングで繰り返していた。


「ずっと……昔はな。年がら年中……暖かかったし、夜でも……スイッチ一つで昼間並み……に明るかったもんさ。……でも、十五年前……からかな。夜は……ずいぶん冷えるようになったし、……停電も……しょっちゅうだ」


「そうなんだ。うん? 十五年前? それって……」


 胃の辺りがそわそわしてきた。


「ああ、……そうだな。お前は……まだ生まれてない時代の……話さ」


 ダンベルをずっと続けていたヨーゼフは、今度はベンチプレスに移っていた。

 明らかに百キロ以上ありそうだ。


「十五年前に何があったの?」


 バーベルは軽々と持ち上がった。


「ふんっ! ……決まっているだろ。『神殺し』だぜ。……それ以来、水はろくに飲めなくなる、ふうっ! 電気は途切れ途切れ、夏は暑く冬は寒い、と。ふうっ! ……オレみたいに身体を鍛えているイケメンは別だがな、ふうっ! 病人や年寄りはたまったもんじゃねぇ」


「神殺しって?」


 ヨーゼフはそのままの状態をキープ。タローは正直なところ、力尽きてバーを戻せなくなったらどうなるのだろうと気が気ではなかった。


「さあな。細かい事はわからん。だが、多くの人が生き方を変えられちまったのは事実だぜ。大停電、断水、気温の変動に……あとは不況が始まったな」


「そうなんだ」


 もう一度、震えながらバーベルが上がる。


「お嬢だって、けっこういいトコのお嬢様だったんだ。ポウッ! オレは運転手、レオは技師でね。イソポーダもレオの設計だぜ。……アッー! あの事件が無けりゃあよ、今だってご両親と一緒に暮らせてたのによ」


「セリーヌにも両親が居るんだ?」


「死んだよ。十五年前の災厄でな。けなげな人だせ。婚約者が結婚詐欺師だとわかった頃には、家も財産も無くして残ったのは莫大な借金ばかりさ。風呂に沈むか、傭兵稼業に身をやつすか、二択で選んだのがこの仕事さ」


「風呂って?」


 風呂とは何だろうか。今入っていたのとは違うらしい。

 ピラミーダでは常識なのだろうか。

 考えていると、レオンシオが戻ってきたのにも気がつかなかった。


「ヨーゼフ。風呂が空いたぞ」


「おう。じゃ、今日はこの辺にしとくか……せいっ!」


 ヨーゼフはバーベルを戻すと、服を脱ぎ散らしながら歩いて行く。

 タローはバーに付いている重りを数えてみた。

 バー自体の重さが十キロ。

 重りは左右同じ物が付くので、合計すると二百キロになる。


「化け物だー!」


「静かにしろ」


 レオンシオはタローの横で毛布を被ると、両手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。


「十五年前に何が起こったか、気になるか?」


「うん。神殺しとか風呂とか、わからない事ばかり。ヨーゼフはなんか、ぼくの話をあんまり聞いてないみたい」


「だろうな。ヨーゼフは言いたい事を言いたい時に言うだけだ。会話にはコツがいる。つまりな――」


 レオンシオは『神殺し』について教えてくれた。

 かつて、このアーコロジー・ピラミーダは一台の電子頭脳、通称『ソフィア』によって管理されていた。

 人類がピラミーダに住み始めて数世紀。

 いつしか人々は、ソフィアを神と崇めはじめた。


「馬鹿な話だろ。そもそもソフィアは人間に造られたんだからな。基本的にはロボットの陽電子頭脳と同じものだ」


「そうなの?」


「そうだ。プラチナ・イリジウムの合金で海綿状に回路を成形した、ある種の量子コンピューターだな。そいつがオーバーフローしてバグった。……とされている。実際にはわからんがね」


 ソフィアはピラミーダ内のあらゆる環境、すなわち気温や湿度をはじめ上下水道や電力などを管理していた。

 ピラミーダは完全にオートメーション化されており、管理区域に人が入る事は無かった。


「入れたのは元老院の議員たちだけだった。だが、連中も電子頭脳の専門家って訳じゃない。結局エクスプレスに外注したようだ。狂いはじめたソフィアを破壊するために、な。で、依頼を受けたのが――」


「うおあああ!?」


 目も眩むような極太ビームが打ち込まれ、壁と床に大穴が空いた。

 コンクリートの床が真っ赤に溶けている。

 壁に空いた穴から、銃のようなものを構えた影が見えた。

 くせのある赤毛のお姉さんだ。

 どこかで見たような気がする。

 お姉さんの隣には、ドラム缶に手足が生えたような影が立っている。

 やはり来た。


「やれやれだ。どうやら俺たち、とんでもないモノを拾ったらしいな」


「人をモノ扱いしないでよ!」

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