「もふもふと人間」

 〇


 そこの猫。


 どうしてお前は媚びるのだ。


 貴様は全く警戒しない。


 尻尾を振って寄って来る。


 身体を摺り寄せうずくまる。


 頭をなでてもうろたえない。


 もふもふしても怒らない。


 上手に小首をかしげている。


 自分の魅力を知っている。


 かわいい角度を知っている。


 尻尾をゆらゆらさせながら、優雅に光を浴びている。


 そうして餌をねだってる。


 貴様はそうして生きてきた。


 だけど私は聞いてみたい。


 浅ましいとは思わんか?


 かわいさだけで生きている。


 皆に愛想を振りまいて、おこぼれもらって生きている。


 可愛いだけが生命線。


 人間でいえばもう初老。


 一生そうして生きるのか?


 ニャーと鳴いて生きるのか?


 赤ちゃん言葉で生きるのか?


 悔しくなったりしないのか?


 あそこの野良を見るがいい。


 私が寄れば腰を下げ、うなりをあげて距離をとる。


 研ぎ澄まされた感覚で、わずかな気配も逃さない。


 あれこそ野生の猫だろう。猫のあるべき姿だろう。


 恥ずかしいとは思わんか?ああなりたいとは思わんか?お前は本当にこれでいいのか?


 伝わるはずないと思いながらもそっと尋ねると、猫はこういったように見えた。




 〇


 そこの人間。


 どうして服を着てるのだ。


 今日はこんなに暑いのに、お前の服は暑そうだ。


 ネクタイなどをするからだ。


 スーツなんかを着るからだ。


 黒いカバンを持ちながら、虚ろな目をして歩いてる。


 そんなに会社が嫌なのか?


 じゃなんで仕事に向かうのか?


 貴様は飼われて生きている。


 無理を抑えて我慢して、言われた通りにやっている。


 皆に愛想を振りまいて、おこぼれもらって生きている。


 貴様はそうして生きてきた。


 だけど私は聞いてみたい。


 それで本当に満足か?


 やりたいことをしないまま、お前は人生終わるのか?


 やりたいことに気づかずに、お前は人生終わるのか?


 自分の力で立たんのか?


 あそこの野良を見るがいい。


 魚屋で盗んだ好物を、自分の口で食っている。


 捕まりゃ最期、死ぬだろう。


 見るも無残に、死ぬだろう。


 それでもあいつは人生を、自由だったと思うだろう。


 あれこそ自由な生だろう。人のあるべき姿だろう。


 恥ずかしいとは思わんか?ああなりたいとは思わんか?お前は本当にこれでいいのか?


 伝わるはずないと思いながらもそっと尋ねると、人間はこういったように見えた。




 〇


「これしかやり方を知らねえんだよ」

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