黄金卿の章—— 奪還作戦 其の②


「随分と遠いな。まだ歩くのか?」


「アジトの場所を特定されないために遠回りをしている。仕方のない行程だ」


 アジトを後にし、地上へと戻ってきた二人は件の場所へと歩を進めていた。

 瓦礫に埋もれた道なき道を突き進んで行く。途中、何度か機械仕掛けの残党兵に出会しそうになったが、ダビットの機転を効かせた立ち振る舞いのお陰で、接触することはなかった。


「瓦礫を盾にして身を隠すとは……慣れたものだな」


「伊達に修羅場を潜っちゃいないさ。さて、もう少しで着くぞ」


 瓦礫道を抜けて暫くすると、開けた丘の様な場所が現れた。

 ダビットの後方を左腕をコートのポケットに突っ込みながら歩いていたザッシュは、おもむろに口を開いた。


 「そういや聞きそびれたんだが、さっき話に出ていた『ハーティマス博士』ってのは一体誰だ?」

 

 ダビットは後ろを振り返ることもなく淡々と答える。


「――メカニックだ。私が見てきた限りでは、機械工学という分野では他の群を抜いて間違いなく一番優秀な男だよ。故に『黄金卿』に囚われている。奴が『神の御業』とかほざいている、非人道的実験を手伝わせるためにな」


「なるほどな。それじゃ、あのクソ趣味の悪い要塞もどきを作ったのも――」


「ああ。ハーティマス博士だ。たった一人で作ったと聞く」


 鋼鉄城——この丘の遥か先に見える奇天烈怪奇な機械城は、離れた場所から見ても分かるくらいに不気味に蠢いていた。まるで、生餌に群がる害虫共のようにウネウネとした配管や銅線が至るところから乱雑に伸びている。


(あれをただ一人の人間が建築しただと?ふっ、冗談……きついぜ)


 ザッシュは背筋に冷たい何かが奔るのを感じた。


「さて着いたぞ。ここがその場所だ」


 鋼鉄城を眺めながら歩くこと数刻。ザッシュ達は資材置き場に到着した。



「……な、なんだ……此処は……!?」


 異様な光景がそこには広がっていた。打ち捨てられた金属鎧、ぼろぼろに刃こぼれした状態で地面に突き刺さった剣や槍、分解され、あたり一面に散らばった銃火器とその弾薬。多種多様の金属の山がそこにはあった。まるで戦場跡地を思わせるその有様の中で、奇妙な違和感がザッシュを貫く。


(戦場の跡地か?――いや、それにしてはどの武具にも劣化した痕跡がない。まるで、つい先ほどまで戦闘行為が行われていたかの様な……。だとしたら、なんだこの違和感は?)


 「気付いた様だな、この異様さに。御覧の通りここは戦場だった。数日前、ここでレジスタンスの精鋭と黄金卿の機械兵団との戦闘が行われた。結果は見ての通りの惨敗だ。だが、遺体なんてものはここには存在しない。何故かって?全てあの男に奪われたからだ!」


 段々とダビットの語気が強くなる。まるで、底知れない憎しみをそこに見出しているかのように。


「……私は――オレはそれをただ眺めていることしかできなかった。今日一緒に戦った戦友が、明日からは同胞を殺しに来る悪魔の先兵と化す。ザッシュ、君ならこの現実に耐えられるか……!?」


「胸糞悪い話だなって、同調でもして欲しいのか?生憎、あんたらの都合なんて俺には知ったこっちゃないんでね。俺は俺の都合で好きにやらせてもらうだけだ。私情を挟みたいのなら勝手にしろ。だが、俺の邪魔をするようであれば、容赦はしない」

 


 ザッシュの冷めた言い方にダビットは熱が引いたのか、バツが悪そうな顔で頬を掻いた。


「すまない。確かに今日知り合ったばかりの君に話す内容ではなかったな。だが、覚えておいてくれ。君がこれから倒そうとしている男がどれだけ恐ろしいのかを」


「あんたも覚えておくんだな。例え相手がどれだけ強大だろうと、俺の目的を果たすためならぶちのめす。俺は諦めの悪い男なんだ」


ザッシュは口元を上に吊り上げると、愉快そうに答えた。

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ラスト・ブラットーー隻腕の簒奪者 ガミル @gami-syo

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