黄金卿の章―― 右腕狩りの男 其の③

 「――は、離してください。わたし、行かなきゃいけないところがあるんです!」

 

 「――アァン!?イカサマしといて何処行くつもりだこのガキャ!どう落とし前付けてくれるんだコラ!」


 「嬢ちゃんよぉ、売られる覚悟は出来てんだろうなぁ、アアン!?」

 

 どう見てもカタギじゃない人種が年端もいかぬ少女の襟元を締め上げて怒鳴り散らしている。


 (みっともねぇ光景だな。大の大人達が何やってんだか。まぁ、かくいうオレも大金がかかっている様な状況でイカサマなんかされた日にゃ、イカサマした奴を達磨にした上で海に放り込むぐらいはするだろうがな。――にしてもこの小娘、どこか見覚えがあるぞ)


 「――あ、ザッシュさん。丁度いいところに来ましたね。この人達おっかないんですよぉ。助けてください!」


 ザッシュが眉間に皺を寄せ、少女について記憶を巡らせていると、彼を呼ぶ甘ったるしい声が耳に届いた。瞬間、彼は思い出す。彼をで呼ぶ人間など、自分の知るところ一人しかいないのだ。


 「――お前、アリスか? てめぇ今度は一体何をやらかした?」


 ザッシュは呆れ果てた様に大袈裟に額を押さえてみせた。


 少女の名はアリス・ウェンリィ。特徴的な金髪の癖毛と頭頂に付けられた赤いリボンの髪留めが目立つ碧眼の少女。普通にしていれば、それなりに男がよるくらいの風貌だが、何を血迷ったか賞金稼ぎバウンティーハンターをしている。そして、何故かザッシュの後を付けてくる変な小娘である。さらには、行く先々で問題を起こしているトラブルメーカーな側面もあった。ザッシュがその露払いをしたのも一度や二度に留まらない。


 「ザッシュさん、聞いてくださいよ。わたし、イカサマなんかやっていないのに、この人達しつこいんですよ。ザッシュさんからも言ってやってくださいよぉ、『可愛い可愛いアリスちゃんはイカサマなんかする子じゃありません』って」


 「そうだな。そんな奴はいなかった。んじゃそういうことで」


 「ザッシュさんの薄情者ー!」 


 ザッシュが踵を返し、颯爽と賭博場を後にしようとすると、何やら分厚い肉の壁が彼の行く手を遮った。邪魔だし、くせぇ。その男が発する大猪ボアの様な悪臭にザッシュは少し咽た。


 「おいおい、兄ちゃんよぉ。ツレをほったらかして何処逃げるつもりだ。どう落とし前付けるのかって聞いてんだよこっちは!なめてんじゃねぇぞ!」


 「ハァ。あのなぁ豚君。そもそもオレとあいつはツレでもなんでもないの。だから、あいつがどうなろーがオレは知ったこっちゃないの。お分かり?」


 ザッシュの、心底面倒くさそうな言動が、巨漢の琴線に触れたのか、顔をゆでダコのように真っ赤にさせた巨漢は、ザッシュの顔のサイズを優に超える拳で殴り掛かってきた。

 

 「――おっと、危ねぇな。さぁて、そっちが殺る気ならオレも遠慮なくいかせてもらおうか……なと」

 

           ◇『緋杭𪆐ヒクイドリ』◇


 ザッシュは秘匿していた『右腕』を解放した。たちまち、腕は殺戮を具現化したかのように三又の鉤爪状の刃へと変化していく。ものの数秒もしないうちに『右腕』は凶悪な戦闘武器と化していた。


 「――な、なんだ。それは!? 腕が剣になった……だと?」


 「理解が早いねェ。どうやら脳内全てが筋肉ってわけでもなさそうだな。1割くらいは――な」

 

 ザッシュが言い終わるや否や、巨漢の二撃目が飛んでくる……が、彼はその巨漢の拳目掛けて、凶器と化した右腕を差し込む。刀身は巨漢の拳にめり込み骨ごと貫いていった。そのまま刀身の軌道をずらし、巨漢の右胸を一突きすると、驚愕の表情を浮かべたまま巨漢は体をだらしなく垂らし絶命した。


 「臭ぇな。この豚。こいつの『右腕』はこっちから願い下げだぜ。さて……と。どうやら本格的に目ェつけられたみたいだな」

 

 気が付くとザッシュの周囲を十数人のゴロツキが取り囲んでいた。

 

(あのアホのせいでとんだ面倒くさいことになった。まぁいい、もしかしたらこいつらの一人くらいは『奴』のことを知っているかもしれん。無駄ではないか)


 「――さて……と。皆殺すか」


        

 ザッシュは首を鳴らし、本格的に戦闘態勢に入る。

 

――チャリーン。誰かがコインを落とした。それが図らずとも戦闘の合図となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る