黄金卿の章―― 神の右腕 其の①

 レイニー・ゾーンを後にしたザッシュ達は、賞金稼ぎ達が出入りする宿――通称隠れ家アウトローにやって来た。そこの2階の一室で騒ぎが収まるまで鳴りを潜めることにした。

 幸いなことに、この場所は賞金稼ぎかそれに準ずるものしか知らない。とりあえずは朝まで待つしかなさそうだな。ザッシュは腕を組みながら静かに片目を閉じる。

 そして、アリスを一瞥した。

 

「ところで、なんでお前はあの場所に?」

 

 窓際の壁に背を持たれかけながら、ザッシュはアリスに賭博場にいた理由について尋ねた。

 

 ザッシュの問いにアリスはない胸を張ってこう答えた。


 「それはですね。……なんと!神の右腕アガート・ラームの情報を入手したからですよ」


 「――神の右腕アガート・ラームだと――!?」 

 

 ザッシュは思わず耳を疑った。

 それはザッシュが追い求めし物。遥か昔、彼が最強の傭兵だった頃。彼のかつての異名であり、その右腕に付けられた名称こそ――神の右腕アガート・ラームだった。


            ――――こんな逸話がある。

 その右腕を持つ者は万物を歪曲させることができ、この世の全てを手にすることができると。

 しかし、未だかつてその姿を見たことがある者はおらず、名称通り伝説上の物であるとされてきた。


 もっともザッシュに言わせてもらえば、そんな大層な物じゃなく只の『自分の腕』に過ぎないものであるのだが。――少なくても彼にとっては。


 「何でも、大昔に『それ』を身に着けていた人は救国の英雄になったらしいですよ。すんごいですよねぇ」


 「――救国の英雄ねぇ……そいつはそんな偉い奴なんかじゃないさ」


 ザッシュは瞼をもみながら思案する。まさか此処でその名前を聞くとは思いもしなかった。だが、これでかなり信憑性を増した。おそらくはここにあるだろう。彼の勘がそう告げていた。

 

 ――そして、同時に思い出していた。かつて『彼ら』に受けた屈辱を。かつて身を焦がした憎悪が心の底からマグマのように煮えたぎり、蘇る様をザッシュは感じていた。


「……え? どうしたんですか、ザッシュさん!」


 気が付けば血が滲むほどに、ザッシュは左手を握り締めていた。彼の形相がよほど凶悪だったのか、以外なことに流石のアリスも少し動揺している。


 「フン。気にするな。やるべきことをもう一つ思い出しただけだ」

 

 「なるほど。よっぽど大事なことなんですね。ザッシュさんのあんな顔、わたし初めて見ましたもん」


 「……初めてもクソもオレとお前は両手で数えるほどしか会っちゃいないだろうが」


 「嫌だなぁ。わたしは星の数ほど会ってますよ」


 ――そういや、このアホはオレのストーカーだったなと、ザッシュは無駄に一つ思い出す。張り詰めた空気が少し和らいだ気がした。

 

 アリスがさり気なく言った一言を華麗に受け流し、ザッシュは更なる情報を聞き出そうと試みる。


 「あっそう。それよりもだ、お前がさっき言っていた『神の右腕』の情報を教えろ。内容によっては礼を弾むぞ」


 「わお。ザッシュさんにしては太っ腹じゃぁないですか。そうだなそうだなぁ、もしその内容がお気に召せたのでしたら、どうぞわたしをおよ――」


 「まぁ、それは万が一にもないから安心しろ。さて話してもらうぞ。お前の知る全てをな」


 不吉なことを言いかけたアリスの言葉をザッシュが速攻でぶった斬る。アリスは咳払いをした後、「それじゃぁ」と前置きをし、その経緯を語りだした。

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