第5夜・検札

「ユウちゃん、急いで!」


 ぴろぴろと発車のベルが鳴り渡るホーム。


 いつものとおりミッちゃんに手を引かれながら、いつものとおり階段を1段飛ばしに駆け下りると、いつものとおり、すべり込みセーフ。


「今日も、何とか勝てたみたいね」


 二人してVサイン、二人並んで手すりにつかまる。ミッちゃんは吊り輪に手が届くけど、あたしの手は届かないんだもの。


「ユウちゃんがもう少し早く来てくれたら、もっと楽勝なんだけどね」


「それじゃあ、あたしのせいでいつも遅れてるみたいじゃない」


 あたしがぷっとふくれてみせると、ミッちゃんはそれがおかしいと笑う。その笑顔が可愛いから、つい、あたしの頬も緩んでしまう。


「乗車券を拝見します、お手元にご用意ください」


 ……びっくりした。


 あたしったら、寝ちゃってたのかしら。


 ミッちゃんに聞いてみたら、「ああ、いびきをかいてたよ」だって。


 そんなはずがないじゃない。ねえ。



 あれ?


 地下鉄って、検札してたっけ?


 でもミッちゃんが、「早く切符を出して!」とせかしてくる。


 車掌さんも近づいてくる。とにかく、切符を見せたらいいんでしょ?


 でも、切符って、どこに入れてたっけ?


 ポケットというポケットに手を突っ込んでみたけど、どこにも切符は見つからない。ちらりと横目でミッちゃんを見たら、これみよがしに、自分の切符をひらひらさせる。


 車掌さんが目の前に来た。


 「乗車券を拝見します」


 ミッちゃんが切符を渡しているのを目にして、あたしは決心する。


 あたしは、財布を握りしめて車掌さんに言った。


 「あの、切符を無くしちゃったみたいで」


 「それはいけませんね」車掌さんは言う。「すぐに降りてください」


 乗客の視線があたしに集まった。


 「あの、お金ならちゃんと……」


 「乗車券は販売しておりません」あたしの声を遮るように車掌さんが言う。「すぐに降りてください」


 列車が、キーキーと耳障りな音をたてる。


 いつの間にか、あたしは車掌さんと乗客にドアのところに追いつめられていた。


 「乗車券を持っていないひとは、すぐに降りてください」


 列車が止まった。ちらりと後ろを見ると、外は灰色の闇。何も見えない。


 「ユウちゃん」すまなさそうにミッちゃんが言う。「ユウちゃん、切符を持っていないと、列車には乗れないんだよ」


 あたしの背後でドアが開いた。灰色の中に、あたしは押し出される。


 「ユウちゃん、ごめんね。それから……」


 ミッちゃんとあたしの間を、鉄の扉が遮断する。


 警笛を鳴らして、電車は、ゆっくりと動き出した。



 気がつくと、そこはいつものホーム。一足違いで、電車が、闇の向こうに消えてゆく。


 ミッちゃんが引っ越してからというもの、いつものとおり一人で来たから、いつものとおり、ぎりぎりで間に合わない。


 そうよね。ミッちゃんが引っ越してから、もう1か月になるのに。


 どうして、いつも、ミッちゃんのことばかり考えちゃうんだろう。


 「それから、……。かぁ」

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