第2夜・衝突

 警笛を鳴らして、地下鉄のホームに電車が滑り込む。黒服の女のひとが、赤ん坊を抱いて降りてくる。


 ぼくは、そのひとが降りきるのを待つ。女の人はぼくに会釈して、


「きゃっ!!」


 横から割り込んできた人に突き飛ばされ、よろけて、ぼくに倒れかかる。


 正確には、横から割り込んできた人を避けようとした女の人が、よろけて、ぼくに倒れかかってきたのだった。


 慌てて支えようとしたけど、非力なぼくは、一人と赤ちゃんの体重を支えきれずに、一緒に倒れてしまう。


 その衝撃に、赤ちゃんが、火が付いたように泣き出した。


「あ、す、すみません!」


 お母さんが慌てて、ぼくにあやまる。


「それよりお子さんは大丈夫ですか?」


 ちょうど、ぼくとお母さんのお腹に乗った形になったから、たぶん大丈夫だとは思うけど。


「え、あ、大丈夫です」


 お母さんは、一生懸命に赤ちゃんをあやす。


「ミッちゃん、もう大丈夫でちゅよ~」



 最終的に、赤ちゃんが落ち着くまで5分ほどかかった。もちろん、電車には乗れなかった。


「どうもすみません、付き合っていただいて」


 お母さんは平謝りだが、


「大丈夫ですよ、どうせ学生はヒマだし」と笑って答えておく。


「それに、ぼくもミッちゃんなんで、他人事とは思えなくて……あ、ミチルといいます」


「まあ、そうでしたの、この子と同じ名前ですね」


 お母さんも笑った。赤ちゃんもようやく笑った。


 ちなみに、ここは駅のコンコース、ベンチに隣り合って座っている。


「それにしても困ったわ」


 お母さんが愚痴ぐちる。


 話を促すと、


「実は、この子のおむつとか入ったバッグを、電車の中に置き忘れて来ちゃって…」


「なら、駅員さんに届けないと。モノがモノだし、電車の中だったら、きっと見つかりますよ」


 もちろん、駅員への届け出も付き合った。


 しばらくして、終着駅で、件のバッグが見つかったという連絡があった。


 そこで問題が発生。


 ホームに降りようとすると、赤ちゃんが泣き出して手に負えなくなるんだ。


 どうも、さっきの転倒がトラウマになったようで、ホームが怖くなってしまったらしい。


 しょうがないので、


「代わりに、ぼくがもらってきましょうか?」


「……よろしいのですか? 申し訳ありません」


 結局、ぼくが、終着駅まで行ってくることになった。


 委任状を書いてもらったりしていたら、ホームに電車が来る気配が。


 急がなきゃ!


 階段を2段飛ばしにおりて、ちょうど降りてきた人を避けながら、電車に飛び込む。


「きゃっ!!」


 黒い服の人は、意外に可愛らしい悲鳴を上げて倒れ込む。


 そして、非常ベルのように響きわたる、赤ちゃんの泣き声。


 その向こうには……



 扉が閉まった。

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