第二蹴 初めての部活

 朝。杉浦と京が一緒に登校してきて、鈴木はほっと胸を撫で下ろした。

 そして、気を取り直すように京の肩に腕を回す。

「はよー。伊吹もう体調いいのか?」

「はよ。ああ、もう万全だ」

 衝撃でずり落ちた鞄を持ち直しながら、京はうなずく。

「おぉ、そりゃ何より。今日家庭科部の入部届出すんだろ?俺も一緒に行く〜」

「なんでお前が行くんだよ。普通そこは結城だろ」

 杉浦が鞄を置いて戻ってくる。鈴木はけっという顔をした。

「女子と二人で行かせるなんてずるいことさせねぇよ。伊吹何気にかっこいいから裏切られそう」

「…かっこいいか?」

 鈴木の拘束から逃れて、鞄を置いて首をかしげる。

「目つき悪いだけだろ」

「ちっちっち」

 人差し指を左右に軽く動かしながら、鈴木はしたり顔をする。

「甘いぜ、伊吹。一見するとクール男子であるお前が甘い物好き、しかも部活は家庭科部とくれば、女子はギャップ萌えと騒ぎ、次々にモテ始めるのだ…」

「ぎゃっぷもえ…」

 あまり身に馴染みのない言葉に、京は真顔で復唱する。そんな異様な空間に、杉浦は呆れたようにため息をついた。

「伊吹に変なこと吹き込むな。こいつはお前と違って純粋なんだよ、きっと」

「なぁにぃ!?男子高校生なんてみんなおんなじようなもんだ!」

 何を根拠に言っているのやら。

 目をすがめて、杉浦は京の両肩に手を置いた。そしてくるりと方向転換させる。

「はい、伊吹はこれ以上鈴木に毒されないようにあっちいこーなー」

「あ、ああ…」

 大人しく言うことを聞いてさっさと去っていく二人に、鈴木はショックを受けたように肩を落とすのだった。


 席に座ってすぐに、松尾が教室に入ってきた。

「おーし、ホームルーム始まるぞ〜」

 間延びした野太い声に、号令係が号令をかける。着席して、出席簿を開いた。

「うん、今日は欠席者なしだな。連絡も特にない。終わり!」

 とても簡単に言って笑う担任に、クラスメイトはどっと笑い始める。

「じゃあなんできたんだよ〜!」

 鈴木が言うと、むんと松尾は腕を組んだ。

「仕方ないだろ〜。仕事なんだから。ほら、もう終わりだから好きにしていいぞ。号令もなし!」

 それに、クラスメイトたちはざわざわと話し始める。もしかしたらこういうことは過去にも結構あったのかもしれない。みんな慣れている気がする。

 妙に感心していると、京の元に美鈴がやってきた。

「い、伊吹くん…体調はもういいんですか?」

「ああ、問題ない。どうした?」

 要件を聞くと、彼女はすっと彼の机の上に一枚の紙を置いた。そこに影が差す。

「お、入部届か。用意いいな、結城」

 杉浦と鈴木だった。感心したように何度もうなずく二人に、美鈴は恥ずかしそうに身を縮ませた。

「そそそんなことはないです!わ、私はただ伊吹くんに早く家庭科部に入部して欲しくて!!」

「助かる。ありがとな」

 京は少し笑って言った。彼女はぶんぶんと首を振る。

「えっと…それで、入部届は担任の松尾先生に出すんです。今ならすぐに出せるので、持ってきました」

「なるほど…」

 たしかに、松尾は自由に友人たちと談笑しているクラスメイトたちを眺めて暇そうだ。

 京は筆箱からボールペンを取り出して、サラサラと記入要項を書いていく。

「…伊吹、字綺麗だな」

 鈴木がそれを覗き込んで、感心したようにほぅと息をついた。

「そうか?こんなもんだろ」

「鈴木の字は独特だからなぁ」

 杉浦が目をすがめて言った。それに、京は目を瞬かせる。

「今度見てみたい」

「…なんか…複雑」

 鈴木が口をへの字に曲げる。それに軽く笑って、京は立ち上がった。

 そのまま松尾の元へ行き、彼の目の前に入部届を出す。

「ん?」

 気づいて、それに目を通した。そして、胸ポケットから印鑑を取り出し、押した。

「ほい。頑張れよ」

「うっす」

 意外にも、驚かれなかった。逆に京の方が目を丸くしていると、松尾が首をかしげる。

「なんだ?」

「…や、驚かないんすね。俺が家庭分って」

 それに、彼はおかしそうに笑った。

「そうだなぁ、驚きはしたけど。でも、伊吹がやりたいって思ったんなら笑ったら失礼だろ。好きな部活に入るのが一番だ」

「…うす」

 なんだか照れ臭くなって、京は軽く頭を下げてその場を離れた。

「無事に受理された」

「おぉ〜!祝、入部!!だな」

 鈴木が親指を立てて、美鈴がグッと両手の拳を握った。

「さっそく、今日から部活に一緒にいきましょう!」

「ああ。楽しみだ」

 胸が躍るのを感じながら、京はそっと笑った。

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